時間は掃討作戦の開始直後にまで遡る。
京都府蛇腔市にある『蛇腔総合病院』 その創始者にして現理事長である『
しかし、そんな彼の正体はオール・フォー・ワンの協力者にして脳無の開発者、『氏子 達磨』と敵連合のメンバーに偽名を利用していた『ドクター』呼ばれるヴィランであった。彼は個性医療の第一人者という立場を利用して患者達を物色し、彼らの命も体も個性すらもオール・フォー・ワンに捧げてきた狂信者である。
なぜ、一個人である彼が裏社会の魔王に心酔したのかは話すと長いが、そんな彼の悪事も終わりを告げた。公安や警察はホークスからの情報と徹底的な調査の末に殻木の正体を特定。病院の地下こそが巨悪の重要拠点であり、死柄木も潜伏しているという情報も得た。
そのための同時進行作戦だ。群訝山荘でエッジショット率いるヒーローたちが集結していたように、この蛇腔総合病院でもエンデヴァー率いるプロヒーロー達が奇襲を開始していた。
正面玄関から堂々と乗り込んだヒーロー達は、速やかに職員と入院患者達の避難を開始。そこに一早く『ラビットヒーロー・ミルコ』が地下実験施設へと繋がる霊安室へと飛び込んだ。
薄暗い左右の部屋から続々と出てくる脳無の集団を蹴散らしながら、ミルコは一気に前方に跳ね上がって通路を一直線に突き進む。そのまま脳無ごと地下への扉を蹴破り、彼女は『泥ワープ』を使える脳無で逃げようとしていたドクターの前まで、一気に到達した。
照明らしい照明の代わりに、紫色に発光する巨大なカプセルが夥しいほど整列され、中には開発途中の脳無が鎮座されている。壁には個性のストックされたカプセルも保管されており、天井にはパイプやらダクトやらケーブルやらが無数に張り巡らされた、不気味な空間だった。
作戦遂行の懸念事項だった泥ワープを使える脳無を、蹴破った扉で潰してしまった事も知らずに。そのままミルコは殻木の確保に蹴り掛かったが、それは寸前の所で『二倍』の個性持ちの脳無に妨害されてしまう。その隙を見計らって殻木が懐の端末装置から、カプセルの中のハイエンドを起動して混戦に持ち込むのが本来の正史だった。
だが、彼はそれを行わなかった。
「奇跡じゃ……指示もなく個性を使用するなんて……! 守ってくれたんじゃなあ……ワシを守って……ううっ!」
「泣き言は蹴られてからにしろッ!!!」
四つん這いで椅子まで逃げ回ろうとするドクターに、ミルコが再度飛びかかる。しかし彼は嘆いたまま彼女を丸いレンズの付いたゴーグル越しに睨みながら、気色の悪い笑みを浮かべていた。
「『モカちゃん』の勇気、無駄にはせぬぞぉ……! エンデヴァーがいる以上……奴の相手は『フードちゃん』に任せなければ……!」
そのドクターの言葉にミルコは蹴るための足を振り上げながら、僅かな違和感を抱く。個性の『兎』としての危機感知能力が発動するも、その正体を認識する前に彼女は急襲を受けた。
本来なら未回収だった『フードちゃん』と呼ばれる脳無がトガヒミコによって回収されていた事。
そして、個性の覚醒した彼女の血が、脳無にこれ以上なく馴染んでしまった事。
最善を尽くそうとしたイレギュラーの行動を、矯正するどころか最悪化に向けて動き始める、あまりにも残酷な運命が何も知らない彼女に立ちはだかった。
音速で放たれた斬撃波によって、ミルコの左腕が肩口から断面を晒して撥ね飛んだ。
「ッっッ!?!!!?!!」
空中で鮮血を撒き散らしながらミルコのしなやかな体躯が吹き飛び、バランスを崩して地面に転がるも受け身をとって立ち上がった彼女の目の前に、ソレは現れた。
羽も無いのに空中に浮遊したまま直立した姿勢を一切崩さず、原型を留めないほど破けて古ぼけた黒い燕尾服を纏う3メートル近くの長身。
紫色の皮膚が破けて赤い筋繊維の剥き出しとなった体に、口元はフェイスマスクで覆っているかの様に鼻先近くまで覆われ、切れ込みの様な鋭い視線は金色に瞬く。そして、頭頂部の脳味噌は衣類と同じ色味をした軍用ヘルメットに防護されている。
それは間違いなく、ハイエンドと呼ばれる個体だった。
「ホーーーーーッホッホッホッホホホホホホホホッッッ!!!!! あの覚醒したトガヒミコの血と……もう1人の男の血が混ざり合った途端……ココまで素晴らしい結果が出るとはのぉっ!!!」
「グッ……ッっ!!?」
高笑いをしながら脳無の背後で立ち上がったドクターは、そのまま目の前の椅子に這いずる様にして座る。椅子はキャスター付きとは思えない超スピードで、ドクターを乗せたまま研究所の最奥へと移動してしまった。
彼の台詞に気を取られたものの、目の前の脳無はミルコが動き出すのを待っているかの様に、空中で静かに佇んでいた。
「ナメてやがんなぁ……ッ! 腕1本取って、調子に乗ってやがる……!」
残る右腕と歯で器用に左腕の肩口を髪の毛で縛って止血してから、ミルコは自分の腕を切り落とした脳無に向かって挑みかかった。
その瞬間、腕を伸ばした脳無の体から燕尾服を突き破って、『彼』と同じ様に刃が伸び広がり、ミルコの頬や腰を掠らせる。
「丁度良いハンデだッ……『
そのまま跳躍と共に鮮血を散らしながら縦回転する彼女の脚は、脳無の広げた刃すら砕いた。そして、勢い強く放たれた渾身の踵落としが、ヘルメット越しに脳無の脳天へと突き刺さる。
だがしかし、金属をもへし折る素早い足技を脳無は平然と目で捉え、その踵がヘルメット越しに脳天を打ち抜くよりも早く、奴は片手でミルコの脚を掴んでいた。
そして、彼女の足技を手で受け止める事となった脳無の手からは、重たい金属音が大きく響き渡った。
「なッ!?」
足が痺れるほどの威力で体の動きが鈍ったミルコに向かって、脳無は彼女の脚を掴んだまま冷静に視線を向けると、振り払おうとする彼女を掴んでいない片腕を大型の刃へと変化させて、力のままに薙ぎ払った。
『脳無』とは複数の個性を持てるよう死体を改造、調整した存在。そこに意思は無く、プログラムされた行動しか取る事はできなかった。個性の所持数と改造強度によって、体色の真っ白な『下位』 色の足された『中位』 色が混ざり過ぎて黒ずんだ『上位』に区分される。上位は個性のほかに常人の10倍以上の筋力を有し、その更に上に位置するのが最上位『ハイエンド』 上位以上のスペックに加えて生前の性格が反映された、高度な自立思考能力を持つ。ドクターは戦闘志向の強いヴィランを候補として厳選し、限られた上位をハイエンドとして改造してきた。が、それには莫大なコストと時間が掛かった。
素材を用意するだけの労力は勿論だが、個性の人工移植による手術と、そのための巨大な設備。定着までに必要な3ヶ月以上の着床期間。個性を個人でストックできるオール・フォー・ワンの力がなければ、量産はほぼ不可能であった。
しかし、その前者による問題を彼は解決してしまっていた。
治崎が『巻き戻し』という能力しかなかった壊理の血から『個性破壊』という能力を抽出した様に……『変身』という能力でしかなかったトガヒミコの血から、新たな力をドクターは生み出していた。
それは決して戦闘に直結する能力ではなかったものの、魔王のしもべである脳無の製作に、これでもかと役目を果たした、果たしてしまったのだ。
「『カエルちゃん』と『ドリルちゃん』を持ち帰れなかったのは残念じゃったが……データは十分に揃った……!」
研究所の最奥部へと戻ったドクターは、椅子から飛び降りるなり目の前に鎮座するひと際巨大なカプセルの前にあるコンピュータを、手慣れたスピードで動かしていく。
そのカプセルの中には、酸素マスクを装着した死柄木が眠っていた。
背後で地鳴りが何度も響き渡るも、ドクターは寝首を掻かれるとは微塵も思っていなかった。それだけ、あの洗練された脳無を過信していたのだから。
血液から個性を抽出する能力と、個性を短期間で繋ぎ止める能力。
ドクターに必要だったのは強靭な素体とストックされた個性であったからこそ、インターンの時点でハイエンドのプロトタイプの完成に至っていたのだ。
「『ジョンちゃん』と『モカちゃん』を失った今、ワシと死柄木はここから逃れる術を失った。じゃが、今までのノウハウを注ぎ込んだハイエンドの中でも、あの個体だけはワシの特別性じゃ……! 死柄木 弔を起こすまでの間、ワシを……魔王の夢を守っておくれぇ! 『リーパーちゃん』っ!!!!!」
自分の最高傑作の前で、同じく最高傑作と称するほどの信頼を込めて、ドクターは死柄木を呼び起こす装置を動かし続けた。
ただ、彼も想定していなかった事として、ミルコに少し遅れて研究所に到達したトップヒーローがいた。史実のハイエンドをリスクを踏まえて一切動かさず、現状で動かしているハイエンドに頼った事で、霊安室の脳無を蹴散らしながら仲間と共に飛び込んできたプロヒーロー。
「ミルコ!!! 無事かッ!!?」
亀甲模様のガントレットに、緑色の大きなマント。そして目元を隠す白のヒロイックなマスク。
堅実な成績を収めるNo.6にして、緑谷 出久やセメントスに並ぶ程のオールマイトオタクであり、重度の熱血漢『シールドヒーロー・クラスト』であった。
「ムムッ……!!?」
だが、そんな彼ですら広間に飛び込んだ瞬間に思わず足を止める。
紫色の照明が照らす研究室に映ったのは、黒ずんで見える大きな血溜まり。無造作に打ち捨てられている骨ごと断ち切られた褐色の腕、脚……そして、血に染まった白髪だった。
「ミルコッ!! どこだッ、どこにいるッ!!?」
叫ぶクラストに続いて、彼より遅れて到達した無名のヒーロー達も目の前の血溜まりに動揺する中、ポタポタとどこからともなく垂れ落ちる血の雫の音に気付いた『
「クラストッ、上だ……ッ!!!!」
「ミ、ミルコ……ッ?!」
彼の言葉のままにクラスト達はその視線を上げて、誰もが息を呑み、寒気を走らせた。
「ぁ…………ガは……っ……ァ…………!」
そこにあったのは、両腕と両脚を切断されて身動きの取れなくなったミルコが、宙に浮かぶ脳無に兎の両耳を掴まれてぶら下げられる、悲惨な光景だった。
「ミルコォッッ!!!!」
それを捉えたクラストは叫びながら、自らの個性である六角形の鱗の様な形をした『
しかし、すぐさま脳無はミルコを掴んでいない腕を刃に変化させ、振り抜く事で生まれる斬撃波をクラストに放った。
「ムムッ!!!?」
咄嗟に両手から盾を何枚も形成して重ね、真正面から脳無の斬撃波を受け止めたクラストだったが、その衝撃までを防ぐ事はできなかった。
まるで大砲の弾でも受け止めたかの様な衝撃で、破壊された盾の破片を散らしながら空中で乱回転するも、クラストは受け身を取りながら研究所の床を転がって着地する。その脚からも形成した盾で地面を食い込ませた急ブレーキで、床はガリガリと削れて砂煙を起こす。
「クラストッ!」
「なんという威力……ッ! そして鋭さよ……ッ!!」
「ミルコを助けなければッ!」
青い全身スーツに赤いマントを羽織ったヒーロー、エクスレスが特徴的な光る右目から金色のレーザーを放つが、脳無は左右へ不規則に揺れ動きながら、まるで軌道が読めているかのようにレーザーを回避する。
当然、エクスレスはミルコに当たらないように正確な射撃を脳無に浴びせたが、奴は耳を掴んでいるミルコを守る様に体を逸らして、残りの腕の刃で避けきれない光線を正確に弾いた。そして、数発のレーザーが命中しても硬化している奴の体は表面を黒く焦がすばかりで、擦り傷にもならずに再生されていく。
(……ッ!? コイツ……ッ)
「クソッ!!!」
脳無の動作にミルコが疑問を抱いた直後、レーザーがまるで効果のない事に射撃を止めたエクスレスが声を絞らせる。しかし、圧倒的な力量差を見せつけられても、彼等がヴィランを前に諦める事はない。
「連携だクラスト! まずはミルコを助けるッ!!」
「かたじけないっ!!!」
もう1人の虚無僧の様なコスチュームを身につけたヒーローが、手を合わせて祈りながら放出される緑色の光で周囲のヒーローの身体強化を行う。そこに甲冑の様なコスチュームのヒーローがクラストと息を合わせ、エクスレスの援護射撃の下に脳無へ突撃を仕掛けた。
が、それでも脳無はミルコを掴んだまま自由自在に空中を動き回り、ヒーロー達の連携攻撃を回避しながら、甲冑のヒーローに向けて手の平から鉛色に光る刃を伸ばそうとした時だった。
「ッ!!?」
突然、彼の眼前へと伸びた刃が止まり、クラストが盾を形成させて放った『シュート・シールド』によって破壊される。
同時に研究所から病院へと出る通路から『抹消』を発動させて目を赤く光らせるイレイザーヘッドが飛び出し、続いて全身に炎を纏って飛行するエンデヴァーが現れた。
「イレイザーッ!」
「ミルコ……ッ!?」
「ミルコ……クソ……ッ!」
2人も脳無に捕まったミルコの姿を見て思考を止めたが、すぐに彼女を助けるべく動き始める。イレイザーは脳無から視線を外さず距離を置き、そこにエンデヴァーが全身の炎で研究所内を照らしながら突進を仕掛ける。
対して抹消によって浮遊する力も奪われた脳無は難なく床に着地するも、彼の個性と顔を目を捉えたまま口を小さく開いた。
「い……イレイザぁ……ヘッド……!」
「ッ!?」
元々メディア露出は控えていたハズなのに、なぜ目の前の脳無が自分を知っている事に疑問を抱いたイレイザーヘッドだったが、その思考を隅に追いやって次に浮かんだのは焦燥。
相手は自分の個性を理解しているという、事実だった。
エンデヴァーも脳無の声を聞いて抹消を理解されたと瞬時に結論づけたが、それは今すぐ目の前の奴を仕留めれば済む話だと思っていた。
福岡で戦った個体と類似した特徴を持つ奴に、出し惜しみは不要。再生する前に全て焼き焦がすつもりだった。
「赫灼熱拳・ジェット───ッ!!!!?!
しかし、脳無はエンデヴァーを前にして冷静に、右手で掴んでいる四肢を失ったミルコを彼の前へと突き出した。
「構うなッッ!!! 殺れェッッ!!!!!」
「できるわけ……ッ!?!」
血反吐を吐きながら激情のままに叫ぶ彼女の体の寸前にまで炎が迫るも、エンデヴァーは放出していた炎を弱めてしまう。
その瞬間を狙っていたかの様に、ミルコを盾にするのを止めた脳無がエンデヴァーを真正面から蹴り飛ばした。
「ぐあッッッ!!!!!!」
「エンデヴァーッ!!!」
クラストやプロヒーロー達によって抱き留められたエンデヴァーがすぐさま立ち上がるが、再度攻撃を仕掛けるよりも前に目の前の脳無の身体中から歯の生え揃った口が開いた。
「ッ!?」
「起キロ『フード』……エンデヴァーが、キ……来タ……!」
「なんだッ!?」
咄嗟にエンデヴァーは一旦距離を取るべく、炎で上昇しながら様子を伺う。肉薄した距離を離すのは惜しかったが、自分の知らない個性による攻撃を警戒したからこその判断だった。
彼は脳無から目を離さず、イレイザーヘッドに向かって叫んだ。
「『抹消』はッ!!?」
「やっているッ! おそらく、異形型の延長だ……!」
イレイザーは捕縛布を構えたまま、片手のゴーグルを指で押さえる。間違いなく自分の目は赤く光り、個性は発動していた。
抹消で無効化できないという事は、個性そのものではなく副次作用である肉体の変化。つまり異形型に見られる人間離れした身体の一部である。
しかし、脳無は全身から開いた口で誰かもわからない相手に語りかけるばかりで、攻撃の気配が感じられなかった。そこにもう一度肉薄を仕掛けようとわエンデヴァーを筆頭にクラストやヒーロー達が攻めようとした瞬間、耳を掴まれ振り回されて悶えるミルコが叫んだ。
「ぐぅ……上だエンデヴァーッ!!!!!」
「ッ!?」
直後、イレイザーヘッドの死角を突いた2体目のハイエンドが、潜んでいた天井からエンデヴァーやプロヒーローを巻き込んで隕石の如く研究所のフロアへと突撃した。
「ぐあぁァッッ!?!!」
「グぅゥッ!!!!」
人並み以上の巨体によってヒーローの数人は撥ね飛ばされ、エンデヴァーは脳無の腕によって床に沈み込ませるほど強く頭を押さえつけられていた。
「ツ、強いヤツ……ミつ、見つケタ……ッ!」
「き……貴様は……ッ!!」
その正体は自身が福岡で戦闘を繰り広げ、惜しくも取り逃してしまった脳無。彼が知る由もないがドクターによって『フードちゃん』と名付けられた脳無だった。
2体目の脳無の登場によって、状況に混沌が広がる中。ゴーグルによって損傷こそ防いだものの、体を打ちつけた衝撃でイレイザーヘッドは目を瞑ってしまっていた。
「っ!」
抹消が消えたのを感じた脳無は全身の口を閉じ、研究所内に所狭しと整列された周囲のカプセル5台……自分と同じハイエンドの入ったカプセルに体から刃を伸ばしてガラスごと、その肉体を突き刺した。
「何ッ!?」
いち早く立ち上がったクラストの視界の中で脳無から紫電が走り、その稲妻は刃を伝ってカプセル内に到達した。
個性の制限を解除されたリーパー脳無にとっては、彼等ヒーロー達を制する事など造作もないと思考していた。
だが、奴はヒーローを制する事よりもドクターの目的を優先させるほど、柔軟な思考を有していた。
「オ前等モ……起キロ……!!」
リーパー脳無の声に数秒も経たずとしてカプセルのガラスを叩き割り、中の紫色に光る液体を撒き散らしながら、脳無が動き出した。
「マズいッ!!」
ヒーロー達の前に飛び出したのは、特徴である脳味噌が近未来的なデザインのアイアンヘッドギアに包まれた、サイボーグの様な個体。
四肢と後頭部から魚の様なヒレを伸ばし、女性らしさを残した長髪や丸みのある体躯の目立つ個体。
浮き上がるほど目立つ肋骨に、後頭部からしなやかに伸びる骨の様な棘を持つ個体。
見上げるほどの巨漢に、象の様な長い鼻を持つ個体。
同じく巨漢にブクブクと膨れ上がった脂肪の様な体を震わせる個体の脳無が、プロヒーロー達に向かって一斉に攻撃を仕掛けてきた。
しかし、エンデヴァーやプロヒーロー達も呆気に取られているばかりではない。すぐさま脳無の制圧に向けて動き出す。
「ウォォォオォォォォォッッッッ!!!!!!!!」
頭を掴まれていたフード脳無を跳ね除け、エンデヴァーは逆に脳無を掴んで急上昇し、天井に叩きつける。
続いてクラスト率いるプロヒーロー達も各々の個性で、脳無達へと挑みかかる。イレイザーヘッドもすぐさま復帰して立ち上がるなり再度抹消を発動させ、ヒーロー達の援護に回った。
しかし、抹消の正体が判明されてしまった彼が脳無に集中攻撃されるのは、当然。彼の視界から逃れるべく、暗闇に染まった天井に体を溶け込ませて浮遊したまま、リーパー脳無はミルコを片手に優々と戦況を確認する。
「クッソッ!! 個性を消されているというのに……ッ!!!」
「ツ、使えナイ……ッ! ア、ぁイツを……コ、殺ス……ッ!!」
個性を封じられた脳無達は、残る自身の身体能力と再生能力だけで、互角以上にプロヒーロー達と交戦する。その様子を観察するリーパー脳無の眼下で、残り6体の脳無にヒーロー達は押され始める。
しかし、そこへ更にヒーロー側の増援が研究所内へと雪崩れ込んできた。
「YEAAAAAAAAAAAAAAAAH !!!!!!!!!!!!」
通路から放たれた音波によって、研究所に整列するカプセルの幾つかがヒビを走らせると共に破壊され、クラスト達と戦闘を繰り広げていた複数体の脳無がまとめて吹き飛ばされる。
その個性を誰よりも知っていたイレイザーヘッドの叫ぶ先、同じ雄英教師にして学年まで同じだったプレゼントマイクが姿を現す。
「マイクッ!!」
「待たせたなイレイザーッ!! で、あのジジイはどこだァッ!!!」
病院内で『二倍』の分身を掴まされて苛立ちの限界に達していた彼は、眉間に皺を寄せながら復帰しようとする脳無に向けて、更に音波の追撃を放つ。床すら捲れ返りそうな勢いで放つ音波が研究所内を滅茶苦茶に破壊しながら轟音を響かせる中、頼もしさに息を吐くイレイザーヘッドの視界の先で、更に見知った人物が現れる。
「クッソッ! メチャクチャじゃねえかッ!!」
プレゼントマイクの後ろから飛び出し、個性の『錠』で瓦礫を固定させる事で倒れていた脳無の動きを封じようとするロックロックが、相変わらずの悪態を吐きながらも戦線に現れた。
「ロックロックッ!!!」
「院内の脳無は全て制圧した! 残るはここだけだッ!!」
彼の言葉を聞いて、遅かれ早かれ病院の制圧に任されたヒーロー達が到着すると勝機を得た直後に、エンデヴァーと取っ組み合いを行っていたフード脳無が、身の丈以上の体格を誇る竜の爪によって一気に体を裂かれた。
「エンデヴァーッ!!!」
「リューキュウッ!?」
ドラゴンの姿に変身したリューキュウがエンデヴァーとの戦いに割って入り、フード脳無を巨大な爪で乱暴に切り裂く。
上半身が丸ごと裂かれ、腕や翼まで千切られたフード脳無だが、その脳味噌を破壊するには至らなかった。たちまち超再生が起こり、赤い筋繊維が黒い肌に覆われて再生されていく。
「クッ……これでも再生するというの……ッ!?」
「頭だッ! 頭を狙えッ!!!」
「畳みかけろッ!!」
牙の並んだ歯を噛み締めるリューキュウに、周りで他の脳無を食い止めるヒーロー達が矢継ぎ早に叫んだ。
「ミルコを掴んでいたヤツがいないぞッ!」
「やはり、抹消に気付いて姿をくらましたな……ッ!」
ヒーロー達の言葉にイレイザーヘッドがゴーグルを押さえながら周りを見渡すも、彼女を捕らえたままのリーパー脳無の姿は彼から見えなくなっていた。
「誰でもいいッ! 早く死柄木の所にッ!!」
「グラントリノ!」
リューキュウに続いて飛行しながらヒーローの援護に回ったのは、これまでずっと物語の裏側で戦い続けてきたグラントリノ。個性の『ジェット』によって空中を超スピードで飛び回りながら脳無の頭を蹴り付けた彼だが、威力が低いのか瞬く間に再生されて致命傷に至らない。
(見る間に再生されていきよる……ッ!)
自分も老いには勝てないかと心の中で悪態をつきながらも、その隙を逃してはならないと他のヒーロー達も各々の個性で追撃を行う。
そんな戦況を天井の暗がりから確認したリーパー脳無は、ミルコを掴んだまま研究室の奥へと飛んで行く。
「いたぞッ!?!」
「見えたッ!!」
「待てェッ!!!!」
「行けクラストッ!!!!」
後ろで何人ものヒーロー達の声が聞こえたが、それはハイエンド達の唸り声と爆音によって掻き消される。そんな様子を聞き捨てたリーパー脳無は、研究所の奥へ奥へと浮遊しながら突き進み、幾多の太いケーブルが伸びる細い通路を抜けて、カプセルの整列された広間とは違う部屋に到着した。
「ッ!?」
そこにあったのは、ひと際大きなカプセルに紫色の光る液体に鎮められた死柄木 弔。チューブの伸びる酸素呼吸器を口元に当てられて、立ったまま目を閉じている彼の姿があったのだ。
ようやく目標であったヴィランの姿を捉え、目を見開いたミルコの隣で高度を落としたリーパー脳無は、ずっと掴んでいた彼女の耳から手を離して研究所の床に寝転がす。
「ぐッ……!」
衝撃で頭が揺れた上、四肢と体力も奪われた今の自分では動く事もできず、ミルコは顔だけを悔しそうに向ける。
そんな彼女の様子だけを一瞥して、脳無はドクターの前へと降り立った。彼は忙しなく死柄木のカプセルの前に備わったコンピュータを動かしていたものの、主の下に帰ってきたリーパー脳無を見た瞬間に気色の悪い笑顔を綻ばせた。
「ホーーーーーッッホッホッホッホホホホホホッ!! さすがはリーパーちゃんじゃっ! 研究の為に態々生け取りにしてくるとは……優しい子じゃのうっ!!」
そのまま彼はコンピュータも無視して脳無の目の前まで近寄ると、四肢を失った血みどろのミルコを一瞥してからペタペタと皺だらけの手で脳無の体に触れた。まるで愛玩動物を愛でるかの様に。
しかし、それまで子供みたいに脳無の前ではしゃいでいたドクターの声は一転し、奴から距離を離しなしながら独り言の様にしわがれた声で告げた。
「じゃがスマンなぁ……リーパーちゃん。この研究所はもう終わり……ワシもおしまいじゃ……」
「な……なにしやがる、ジジイ……!」
そんな様子を睨みつけながら、ミルコは失われた四肢でなんとか2人の方へと体を向ける。切断された断面から血液が漏れ、貧血で視界を歪ませながらも意識を保とうとしているが、もはや限界に近い。対してドクターは彼女に哀れみを帯びた視線を向けて、髭の形が変わるほど気味の悪い笑みを見せつけた。
「科学者が完璧な研究成果を出した時……次に何をするかわかるかのぉ?」
その問いかけにミルコが答える間もなく、脳無の差し出された腕から幾本も伸び広がった刃が、ドクターの体を刺し貫いた。
予想外な脳無の行動に、呆気に取られたミルコが自身の目を見開いた。
「な……ッ!?」
「その成果を自分で試すのじゃよ……!!!!!!」
血の滴る刃が体を貫いても、その痛みすら快感の様に笑っていたドクターの首を、脳無が続け様に腕を変化させた刃で撥ね飛ばした。
鮮血で真っ赤に染まった白衣が靡き、刃の引き抜かれた頭の無い体が力無く倒れていく。宙を舞う笑ったままのドクターの首が脳無によって捕まれると、その頭を柑橘類の皮を剥く様に指でメリメリと引き裂き、その大量の血溜まりの中から果肉の様に脳味噌を取り出した。
そして、そのまま脳無はフェイスマスクの様な切れ目から首元まで広がった大口を開け、血に染まった手の中にあるドクターの脳味噌をひと口に丸呑みにしてしまったのだ。
「………………」
ゴクリと飲み込んだ喉の音を鳴らし、脳無は口元から血を垂らしながら何事もなかったかの様に死柄木のカプセルの前へと歩き始める。そして、先程から視線を釘付けにされていたミルコには目もくれず、さっきまでドクターの立っていたコンピュータの前へと移動した。
「あ…………ぁあ……ッ…………ぁ……!」
今度は自分が、ああなるかもしれない。
死ぬ覚悟はしていたが、あんな殺され方は真っ平ゴメンだと、脳無の見せつけた余りにも悍ましい光景に身を竦ませていたミルコの体が、不意に誰かに持ち上げられた。
「あッ!?」
「ミルコッ!!!!!」
彼女の元へと駆けつけていたのは、ハイエンドの猛攻を掻い潜り、ひとりヒーロー達の乱戦の中から飛び抜けきたクラストだった。他のプロヒーロー達による決死の尽力によって、彼1人だけがドクターの潜む死柄木のカプセルの前へと到達したのだ。
しかし、クラストにとって人命救助はヴィランの掃討よりも優先度が高い。彼は脳無から解放されていたミルコの所へと向かうのは、当然だった。
「あぁ……おいたわしや、ミルコ……!」
「に……逃げろ…………クラスト……っ!」
自分1人では動く事もままならない今、ミルコは脳無を睨みながら震える口元で、必死にクラストへ指示をしようとする。
その彼女の瞳からは、涙が零れ落ちていた。
「ダ…………ダメだ……ッ、ア……アイツ、は……ッ!」
(あのミルコの心が折られているッ!?)
チャートランキングは自分よりも1つ上。なによりも、ヴィランとの戦いを楽しむ傾向の強かった彼女が、脳無に手も足も出せず泣いている。
それだけ強大すぎる相手を前に、クラストは彼女を助けて且つ今目の前にいる死柄木を確保する方法を考えようとしていた。
だが、そんな2人を無視したまま脳無は片腕から刃を伸ばし、まるで指の様に器用に操作しながらドクターがさっきまで動かしていたコンピューターのコンソールを叩いていた。
(一刻も早くミルコを下げさせねば……だが、そうなると死柄木が……ッ!)
後方ではまだ幾多のプロヒーロー達が脳無を辛うじて押さえ込んでいる。自分1人だけが突破した今、リーパー脳無を倒して死柄木を止めれるのは自分しかいないと考えたが、そこに抱かれていたミルコが頭を動かして彼の素肌の腕に噛み付いた。
兎の生存本能が頭の中で警鐘を鳴らし続けていたのだ。
「ムッ!?!」
「逃げろォ……ッッ!!!!」
目を血走らせながら腕に歯を立てるミルコと目が合った直後、脳無の操作する機械から雷鳴と共にカプセル内へと紫電が伝い、死柄木が大きく跳ねた。
そうして、彼の視線が見開こうとしたのと同時に、クラストの腕から離した口から大量の血反吐を吐き出し、ミルコが叫んだ。
「逃げろォォォォォォォォォォォォッッッッッッ!!!!!!!!!」
「ッ!!!!!」
その危機迫った声に押されて、彼は彼女を抱えてカプセルと脳無から背を向けて、ただ走った。
通路を駆け抜けて、再び脳無と戦闘を繰り広げているプロヒーロー達の下へと姿を見せた時、フード脳無を自らの炎で紫のカプセルを巻き込んで吹き飛ばしたエンデヴァーが、2人に気づいた。
「クラストッ!!!! ミルコッ!!!!!!!」
彼の呼び声に、他でも戦闘を継続していた周囲のヒーロー達も、ミルコを救出してきたクラストの姿に、安堵の息を吐く。
だが、イレイザーヘッドとプレゼントマイクの2人だけは、ドクターの姿も死柄木の姿も見えない事に、悪い予感を走らせた。
瞬間、2人の飛び出してきた通路から一斉に亀裂が走り、けたたましい音を立てながら崩れ落ちた。
瓦礫すら全て塵に還されていく、崩壊が始まった。
(コレは死柄木の崩壊ッ!? いや、しかし……接触する物に伝播しているッ!!?)
いち早く察したグラントリノが後退すると同時に、その研究フロアで激闘を繰り広げていた、エンデヴァーを筆頭としたプロヒーロー達も脳無との戦闘を放棄して、一目散に駆け出す。
イレギュラーである切裂 刃以外、ヒーロー側で唯一情報の無かった死柄木の強化内容を、彼等は今此処で見せつけられる結果となった。
とにかくこの場から一刻も早く脱出すべく、グラントリノは自分と1番近かったプレゼントマイクを引っ張り上げ、出口を目指して飛翔しながらヒーロー達に叫んだ。
「全員退避ッ!!! ヒビに触れるなッ、死ぬぞッ!!!!!」
「何だッ!!?」
「逃げろォォォッ!!!!!」
それに続いてミルコを抱え続けるクラストも、必死になって彼らの元へと走り続けた。そんな2人を数人のヒーローが名前を叫ぶ。
「ミルコッ!!! クラストッッ!!!!」
「走れぇッッ!!!!!」
「諦めんなッ!!!!」
だが、彼の個性は機動力に直結しない。必死に走る彼だったが、崩壊の広がっていく速さには敵わず背後から追い詰められていく。
「く……ッ!」
こうなったら、ミルコだけでも味方へと投げ飛ばして命を繋ごうと彼が彼女を前へと放り投げる体勢を取ろうとして、それをミルコが止めようとする。
しかし、突如としてクラストの足が体ごと浮き上がり、まるで何かに吸い寄せられるようにして勝手に空中遊泳を始める。その腕にミルコを抱きかかえたまま。
「ムムッ!?」
2人の吸い寄せられる先には、宇宙服の様なコスチュームを着たヒーローが、片手の指先から形成した黒い塊で2人を吸い寄せ、もう片方の手の指から形成する黒い塊で研究室のカプセルを吸い込もうとして逆に自分が吸い寄せられて浮かびながら、空中機動を行っていた。
「13号ッ!!?!」
「落ち着いてッ! このまま前に流しますッ!!!」
普段の性格とは違う荒々しい声で、指先のブラックホールを慎重に操作しながら、彼女はミルコとクラストを飛んでいたリューキュウへと受け流す。
彼女はその大きな竜の腕で、2人を抱き止めて加速した。
「掴んだわッ!」
リューキュウの声を聞いて、安心する13号は息を吐きながらもほかのヒーロー達を助けようとブラックホールを動かした。
しかし、その動作で自分の速度が減速を起こした瞬間、崩壊していた瓦礫が13号の片腕へと接触した。
「あ………………ッ!!!!」
「13号ッ!!!!!」
数人のヒーロー達が彼女に気付いて、視線を集中した前で13号の腕は、指先からコスチュームの宇宙服ごと腕を伝って崩壊を始める。
それを止めて助かるには、自分の個性を使うしかなかった。
咄嗟に彼女は自分自身の腕へ、ブラックホールを近づけた。
「くぅ……ぁ……あ゛ァ…………ッッッ!!!!!!!」
苦悶の叫びと共に彼女の片腕が、崩壊していた箇所ごと塵となって黒い天体に吸い込まれ、二の腕ごと失われた。
(こ、これで……ッ!?!)
だが、痛みとブラックホールを動かした事で、空中でバランスを崩した彼女が減速して、壁もケーブルもカプセルも破壊していく崩壊の波に飲み込まれそうになる。
しかし、片腕を失った彼女の宇宙服がリューキュウの伸ばした尻尾に絡め取られ、彼女の危機は去った。
「クッソッ!!!」
崩壊の速度は凄まじく、スピード系の個性でもない限り走っていては逃げれなかった。それはこの場にいたほとんどのヒーロー達に該当した。
クラストと13号を回収したリューキュウが、高度を下げて崩壊の波から逃げるヒーロー達を助けようとした。
「乗ってッ!!!!!」
彼女の声を聞いて、近くで走っていたイレイザーヘッドが、その竜となった足に捕縛布を伸ばして巻きつけ、飛び上がる。その数秒後には崩壊に追いつかれていた場所が粉々になり、彼に続いて『マニュアル』など何人かのヒーローもリューキュウにしがみつき、命からがら崩壊から逃げ延びた。
「イレイザーッ! うわッ!!?」
しかし、最後に飛び上がろうとしたロックロックの足が躓いたと同時に、崩壊に触れてしまった。
そのまま飛び上がった彼の腕をイレイザーヘッドが迷いなく掴んだが、ロックロックの足はつま先からヒビとなって足に広がり、瞬く間に崩れ落ち始める。
「ッ!?」
「ロックロック……ッ!!?」
それでも名前を呼ばれた彼は、イレイザーヘッドと視線を合わせた。
「………………!」
彼はイレイザーへッドの手を、自ら振り払った。
次の瞬間には彼の姿は影も形も残らず、崩壊の波に飲み込まれて完全に消えた。
イレイザーヘッドの叫び声すら誰にも聞こえる事なく、リューキュウはグラントリノやエンデヴァー、13号達とそのまま加速して地下研究所を飛び出し、倒壊を始めていた病院の隙間から瓦礫を押し除けて脱出した。
「殻木は!?」
「し……死んだ……」
「「ッ!!?」」
同じ事務所のサイドキックである『キドウ』と『オニマー』を掴んでいたエンデヴァーの問いかけに対しての、ミルコの呟きに戸惑いを隠せないイレイザーヘッドとプレゼントマイクだったが、そんな2人に合わさる様にして1人の男が声を振り絞らせて叫んだ。
「ロックロック……エクスレス……バックドラフト……皆、皆……おォォオ゛ォォぉォォォッっッ!!!!!!!!」
ミルコを抱えたままリューキュウの背中にしがみつくクラストが、血涙を流しているかの様に幻視するほど感情を思い詰めた顔で、涙を流していた。
「『高木』は……結婚していたんだぞ……ッ!!! 子供もッ、まだ産まれたばかりだったんだぞォォォォォォォォォッッッ!!!!!!!」
地下通路を高速で飛び抜けるリューキュウの背中で、ロックロックの本名を叫ぶクラストに何人ものヒーローが苦悶の表情を浮かべる。
一般的に結婚数の少ないヒーローにおいて、ロックロックは珍しかった。ヴィランとの戦いに命を懸けるヒーローにおいて、殉職も珍しい話ではない。そのリスクを置いても、愛を持って家庭を築いたヒーローをクラストは尊んでいた。
それが今、目の前で失われた事に、彼は自分の無力を嘆いていた。
その間にも広大な敷地を保っていた院内のエントランスにまで崩壊は到達し、壁や天井ごと崩れ落ちる建物の隙間から飛び出したヒーローが、砂煙を突き破って空へと脱出に成功する。
しかし、飛行能力のあるヒーローは、今回の様な地下を攻略する襲撃部隊にはほとんど回っておらず、ロックロックと同じ様に間に合わなかったヒーロー達も少なくはなかった。
病院が崩れ落ちても、崩壊は止まる事を知らない。病院から道路や山へと伝い、麓のビルやマンション、住宅街へと広がった破壊の渦は病院を中心に全てを塵へと返した。
その最中、救助活動を行っていた幾多のヒーロー達をも巻き込んで、崩壊は伝播していく。
崩壊は止まった。
市内を代表するほどの大きな病院も、地下深く張り巡らされていた研究所も、今は影も形も残っていない。
そこには目を覚ました死柄木の出てきたカプセルと、ソレに付随する機械だけが残った高台があるのみだった。
「さっむ」
エクスレスのマントを奪わず塵に還し、半袖の装甲服しか纏っていない死柄木が思わず肩を震わせると、彼の前に舞い降りる影がいた。
「ん?」
それは紛れもなく、ドクターの脳を飲み込んだ脳無。浮遊のできる奴は、あの崩れ落ちる研究所の中で死柄木の崩壊から逃れていたのだ。
「ハッ……寂しい仲間だな……」
それに続いて、死柄木の見上げるリーパー脳無の背後に広がる背後には、同じく飛行能力のあるフード脳無が気だるげに青空を旋回していた。
「とにかく、起きたらやる事があんだったよな……」
そんな2匹の脳無を尻目に、死柄木は近くに設置されていた輪転機の様な機材の蓋を開ける。
そこにあるのは、ドクターによって複製された赤いガラスの様な色合いの目出す個性破壊弾。それも、数発が収納されていた。
「なんだよ……こんだけしか増産できなかったのかよ……」
しかし、史実の輪転機よりも明らかに大きさの小さかった輪転機には、弾丸は数発しかない。正史通りエクスレスに壊されていたら、完全に全滅してしまう個数しか残されていなかったのだ。
脳無ばっかに精を出していたなと勝手に思い込みながら、死柄木は個性破壊弾を無造作にズボンのポケットの中へと押し込んだ。
「ッ!!? ハァ……ハァ……ッッ!」
途端、急激な頭痛と共に脳内に響き渡るオール・フォー・ワンの声。『かわれ』と呼び続ける彼の声を、死柄木は唸りながら頭を押さえつけて、なんとか抑え込む。
「いいね……崩壊が自由に操れるなんて……」
一旦は別の事を考えようと、死柄木は輪転機の周りを見渡し、次に自分が目覚めた時にやらねばならない事、ドクターに頼まれていた事を思い返した。
「さて……見たところ状況は良くなさそうだが……俺が起きたら始めるんだったな……!」
少し早めの足取りで、死柄木はカプセルの近くに落ちてあった手の平サイズの端末機械を手に取り、スイッチを押して呟いた。
「おいで、マキア……みんなと一緒に始めよう。今ここから、全てを壊す……!」
そうしてスイッチを離した死柄木が遠くを見遣る。もちろん姿も形も見えないが、これでギガントマキアの咆哮と共に彼が動きだしたのを確信した。
後は自分の仲間達と合流し、好きに壊して回るだけだ。
が、まだ彼にはやるべき事がある。
それは眠る前、ドクターに言われていた事だった。
自分達の障害となる、受け継がれる個性『ワン・フォー・オール』
オールマイトが使い果たした今、それを継ぐ者がいる事。
その個性を奪う事。
そして、そのワン・フォー・オールを探すのに最適な個性を持ったヒーローがいる事を。
「えーと、誰だっけ?」
死柄木はドクターに言われていた事を断片的に思い出しながら、機械端末を動かして別のページに進んだ。
そこに映っていたのは、画面が4分割されたプッシーキャッツの4人だった。
そして、その1人を強調するようにして枠が光っていた。
その彼女の個性に関する説明文を見て死柄木は黙ったまま、静かに笑ってみせたのだった。
次回『イレギュラーの因果』
本来なら『原作キャラ死亡』のタグを入れるべきなのでしょうが……
最序盤ならまだしも、このタイミングでそのタグを入れてしまうと、その行為自体が『ネタバレ』になってしまいます……
きっと、今から1話を読み始める人もいますから……!
なので……どうか章の終わりまでは、お待ちください