切裂ヤイバの献身   作:monmo

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第五十二話

 

 

 

 

 

 目の前は、まるで大災害の跡の様だ。想像を絶する様な大地震か、あるいは超巨大な隕石の墜落現場みたいな。

 道路は残らず土砂と瓦礫に飲み込まれ、背の高いビルは自重に耐えきれずに崩れ落ちたのか、空が広く感じる。残る建物も亀裂が走っていて、窓ガラスが割られて斜めっていて、無事な建物が1件もない。まるで街を丸ごとミキサーにかけたみたいな、地獄絵図が広がっている。きっとあそこには何人かの民間人も、ヒーローも残っていたんだと思う。

 

 そんな瓦礫の山の上へ黒紫色のワープゲートから降り立った俺は、続いて通り抜けてきたトガちゃんに振り返る。

 

「………………っ!」

 

 そして彼女も、目の前に果てしなく広がった廃墟を目の当たりにして、言葉を詰まらせた。

 

 その圧倒的な破壊の爪痕に、両手で押さえた口元の奥で彼女は大きく息を飲み込んだ。

 これから俺が相対する死柄木の圧倒的な力の前に、震える瞳から不安が見て取れる。

 

「トガちゃん……」

 

 でも、そんな業は彼女に背負わせない。

 

「ヤイバくん……」

 

 不安の隠しきれない声で俺を呼ぶトガちゃんへ、俺は冷や汗を流しながらも出せるだけの笑顔で彼女に答えた。

 

「ありがとう……しばらく隠れてて……!」

 

 例えトガちゃんが死柄木に思う所があったとしても、彼女を彼と戦わせるワケにはいかない。ここからは俺と死柄木だけの戦いだ。

 そんなトガちゃんは俺を見て、憂いた視線のまま呟いた。

 

 

 

 

 

「死柄木くんを、殺すんですね……」

 

「…………止めるんだ」

 

 

 

 

 

 彼女もきっと、長い間を彼と共に過ごして思う所があったのかもしれない。

 俺も、彼のヴィランとしての原点を……『志村 転狐』としての過去を知っている以上、後ろめたい気持ちはあった。

 

 けども、俺には目の前に大切な人がいる。

 

 アイツの作る世界に、彼女がカァイイく笑う世界は存在しない。全ては愛しい彼女のために、ここまで戦ってきたのだから。

 

「行ってくる……!」

 

 操血刃を伸ばして跳ね上がろうとしていた俺のコスチュームの袖を、彼女が掴んだ。

 

「トガちゃん……?」

 

「病院で言ったこと、覚えてますか……?」

 

 林間合宿の事件が終わった後の事なのだろうか。覚えていないと答えようとした俺に、彼女は両手で俺の腕を掴み直す。

 

 

 

 

 

「ヤイバくんだけに、ツラい思いはさせません……!」

 

 

 

 

 

 その言葉に、彼女がエリちゃんの心を動かしたのと同じ様に、彼女もまたヒーローである事を思い知らされた。

 でも、それでも、俺は彼女が死柄木に手を下す事を許さない。彼女にはなんの未練もなく、笑っていてほしかったから。

 

 だから、それまでの間は力を分けてもらう事にした。

 

「じゃあ……『飛べる個性』って、持ってる……?」

 

「もちろんですっ!!!」

 

 迷いながら尋ねた俺の問いかけに、明るいトガちゃんが元気良く答えて飛び上がった瞬間、彼女の背中からパーカーを突き破って広がったのは、鳥の翼だった。

 風に煽られて舞い上がる羽根を見て俺が最初に想像したのは、No.2のプロヒーロー『ホークス』の個性である『剛翼』だったが、明らかに違う部分が存在した。

 

 ホークスの羽が赤錆みたいな色に対して、こっちの羽は何も混ざりっ気のない純粋無垢な真っ白……

 

 そんな翼を広げた、俺のトガちゃん……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天使だ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 違う、今そんな場合じゃない。

 

 死柄木との決着をつけるべく、俺は顔をブンブンと横に振って雑念を払うと、震える口を動かして彼女を見上げる。

 そして、指抜きグローブを付けた自分の手を、彼女の前に差し出した。

 

「お願い……!」

 

「はいっ!」

 

 トガちゃんが俺の手を掴んだ瞬間、その翼が風を纏って羽を散らしながら大きくはためかせ、彼女の体が俺を掴んだまま浮き上がる。

 そのまま、彼女は背中へ抱き付くようにして俺を両手で抱え込むと、翼を羽ばたかせて空高く舞い上がった。

 

 

 

 

 

 早い。

 

 

 

 

 

 圧倒的に早い。

 

 

 

 

 

 風を切りながら彼女が空を飛び抜ける速度で、景色がみるみる内に変わっていく。死柄木の壊した蛇腔市が、病院があった辺りまで一望できた。

 吹き抜ける風の冷たさで思考が冷えてきた俺は、ヘルメットに備え付けていた八百万特製の無線機で緑谷達蛇腔市側のヒーロー達の盗聴を試みたが、聞こえてくるのは雑音ばかりで通じなかった。

 

「クソッ!」

 

 もしかしなくても、死柄木が妨害電波か何かの個性で通信を遮断したのかもしれないし、こんな有様だ。パニックで通信が混線している可能性もある。とにかく冷静になればなるほど、嫌な予感が全身を駆け巡った。

 

「……ッ!?」

 

 それと同時に、確かに感じた。

 

 底の無い悪意の様な……ステインとよく似ていたけど、彼の狂信的な意思とは違う、明らかな殺気を。

 

「死柄木くん……なんで、もう崩壊を使わないんですか……?!」

 

「探してるんだよ……!」

 

 目下に広がる廃墟を見渡しながら呟いたトガちゃんの疑問に反射的に答えてしまった俺へ、彼女は更に問いかける。

 

「探す……って、誰をですか……?」

 

「……ッ!?」

 

 その疑問に、彼女は死柄木の目的を知らなかった事を俺は失念していた。同時に何か思考の中で見落としがないか、彼女に抱えられて死柄木を探しながら、作戦前にトガちゃんから知らされた情報を洗い直す。

 彼が動き出した場合に起こり得る事も、全て。

 

 

 

 

 

 死柄木が目覚めたという事は、あのギガントマキアとかいう巨人が動き出す条件を達成してしまった。

 

 

 

 

 

 遠く離れた蛇腔から山荘までどうやってなんてわからなかったけど、そんなの無線機を使えば簡単だろう。奴は間違いなく動き出した。

 

 向こうには、緑谷達雄英ヒーロー科1年のビッグ3は誰1人いないし、司令塔の飯田もいない。けれども、副委員長の八百万がいるし、切島や芦戸、上鳴や常闇がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大丈夫……あっちにはマウントレディと、なんたって峰田もいる。向こうは……大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 考えを止めるな。

 

 

 

 

 

 予測しろ、サーと同じように。

 

 

 

 

 

 俺が成すべき事はなんだ?

 

 

 

 

 

 死柄木が目覚めた。ギガントマキアを起こした今、次に求めるモノは?

 

 ヤツの目的は全てを壊す事だが、この眼下に広がる個性の有様とマキアがあれば、可能だ。

 

 じゃあ敵の気持ちになって考えろ。

 

 

 

 

 

 その目的の障害となるのは?

 

 

 

 

 

 オールマイトか?

 

 違う。酷な話だけども……残り火を使い切った彼は、死柄木の脅威なんかじゃない。

 

 ヤツはオール・フォー・ワンからオリジナルの『オール・フォー・ワン』を受け継いだ。今の彼は人の個性の与奪が自由自在だ。

 

 それは、なんのために?

 

 後継者としての側面はあるのかもしれないが……

 

 

 

 

 

 ……それは、間違いなく緑谷の『ワン・フォー・オール』を奪う目的だろう。

 

 

 

 

 

 いや、待て。史実としての知識を頭から切り離せ。

 確かにヤツは『ワン・フォー・オール』を求めているのかもしれないが、史実の言動……それもオール・フォー・ワンを含めたとしても、ひとつだけ疑問に残ってしまった事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奴等は『ワン・フォー・オール』を緑谷が引き継いでいる事を知っているのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、知らない。知っていたら、こんな状況に持ち込むよりも早く、いくらでも奪う機会があったハズだ。

 緑谷が死柄木と戦うのが運命だと思っていたから、考えが浮かばなかった。彼が個性を奪われる可能性を。

 

 じゃあ、今はどうなんだ?

 

 この状況下で、どうやって緑谷に『ワン・フォー・オール』があるのを見抜いて、どうやってそれを奪いに来る?

 敵の気持ちになって考えろ。

 

 オール・フォー・ワンの側近だった氏子は、1番彼と親しかったハズ。だから『ワン・フォー・オール』の個性がどんなモノかも知らされていただろう。元々はアイツの個性なのだから。

 

 そして、その個性の内容を死柄木に話していないハズがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どう探す?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイツだったら、『オール・フォー・ワン』を持った緑谷をどう探す?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな一大作戦を仕組んだからには、戦いに参加しているのは間違いないと思うかもしれないけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 参戦しているヒーローを片っ端から捕まえて、個性を奪ったってキリがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 判別が必要だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 持っているのが『オール・フォー・ワン』と検索する個性が…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 林間合宿の死闘が、鮮明になって思い返された。

 

 あのハイエンド一歩手前ぐらいの強さを誇った脳無が、どうして彼女を執拗に狙っていたのか。

 

 

 

 

 

 それが、今になって回答となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風に煽られたからじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 内側から迫る鳥肌。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭の中で組み上がる最悪の状況。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 氏子ってヤツは、最初からコレを狙っていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もしかして、爆豪を救出する時の彼女を、非常に危険な状況に晒してしまったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相手の方が思考が上手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不安は、それだけじゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 崩壊した都市を見わたすに連れて、頭の中で過る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑谷は、こんなモノに勝てんのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだほかの継承者もいるのに、『黒鞭』をマスターして……『危機感知』がやっとこさ追いつけてきたんだ。

 残り2代目と3代目の不明な個性、そして6代目の『煙幕』がまだ発現していないんだぞ?

 

 もしも、緑谷が史実よりも個性の発現が遅れているとしたら、俺が添木になってやらなくてはならない。

 

 例え、トガちゃんとの約束が果たせなくとも、俺の命を捧げても彼が負ける未来は防がなければならない。

 それが、最善を尽くすための最終防衛線だ。

 

 

 

 

 

 そう、自然と思う事ができた。

 

 

 

 

 

 とにかく、まだヤツは諦めていない。

 

 彼女の個性を。

 

 林間合宿を狙ってきた以上、氏子やオール・フォー・ワンは知っていたハズ。否、知らなかったとしても、予測がついたハズだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女達はこっち側の作戦に参加している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この惨状を、氏子が想定していたとするなら、彼女が蛇腔側にいる事を知っていたハズだ。

 

 だって、彼女達の個性は戦闘向きじゃない。

 山岳救助が主だった彼女達は、ヴィランと正面から激突する群訝山荘の襲撃には合っていない。

 

 病院の入院患者を避難させる任務なら病院からも距離を取れるのだから、これだけ崩壊をブッ放しても巻き込まれるリスクは少ない。

 

 何をすべきなのか決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 探さなきゃ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死柄木よりも早く……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラグドール………………ッ!!!!!!」

 

「えっ!?」

 

 俺の呟きは、彼女に聞こえてしまっていた。

 

 けれども、彼女が深く問い訪ねるよりも早く、俺は彼女に叫んでいた。

 

「トガちゃんッ! 高度を、上げてッ!!!」

 

「は……ッ、はい……ッ!」

 

 苦しそうな彼女の声が聞こえたけれども、白い翼は羽を散らしながら更に高く空へと昇っていく。吹き荒れる風の音でトガちゃんの荒い息遣いも聞こえなくなる中、俺は彼女に抱きつかれたままゴーグルの倍率を最大まで上げる。

 彼女達と何度も関わり合いを持っていたから、予測できた。

 

 着た事があるからこそ、わかる。彼女達のコスチュームは大自然の入り乱れる山岳でも、ひと目で安心できるほど目立つ。

 これだけの大災害だろうが、彼女達は怯まない。それどころか自分達の得意分野である事から、率先してヒーローとしての使命を果たそうとするに決まっている。

 

 だから、遠目からでも目立つコスチュームと『相方』の目立つ個性が絶対に見える!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホラ、見えた……!

 

 

 

 

 

 民間人の救出に全力を尽くしているのだろうか、倒壊した瓦礫を巻き込みながら土石流が道を開いている。

 だが、死柄木も彼女を探そうとしているのなら、俺と同じ様に土石流を探そうとしているだろう。

 

 もう迷ってはいられない。

 

 それを捉えた俺は、装具のポーチからコンプレスに渡された個性破壊弾のケースを取り出す。

 手に掴んだ赤いケースを開き、その中に収められていた2発分の小さな注射器みたいな弾丸を、俺は腕の鉄甲である操血刃の射出口に押し込んだ。

 

「トガちゃん……本当にありがとう……!」

 

「ヤ……ヤイバくん?」

 

 そう、俺の名前を呼ぶ彼女の表情には汗が滲み、疲労が現れていた。ワープゲート自体も黒霧本人でなければ相当な負荷になるらしいが、そこに万能すぎる上に負荷の高いホークスの剛翼が合わさった。

 もう、これ以上は無茶をさせるワケにはいかない。

 

 彼女の協力は、もう充分。

 

 ここから先は、俺1人で決着をつける。

 

 そこまで決意を定めた俺は、彼女と目を合わせて告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「離して」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 群訝山荘の最前線での戦闘を終えた上鳴、骨抜、小森の3人は、途中までファットガムの体に埋められて運ばれ、インターン生の大半が集まる後方へ戻ろうとしていた。

 しかし、山荘から荼毘の青い炎を見た常闇は、ダークシャドウを使ってファットガムの脂肪から力ずくで抜け出し、戦線へと戻って行ってしまったのだ。彼らの輸送を任務としている以上、慌ててファットガムが常闇を追いかける事となり、残る3人は自力で集結位置へと辿り着く結果となった。

 

「いねえ……って、どーゆー事だよッ!!!!!」

 

「イタタッ、わっかんねえってぇっ!!」

 

 だが、そこに常闇と同じく戻ってこなかった切裂の事を聞いて、峰田は上鳴に飛びついて胸ぐらを掴んだ。

 彼に引っ張られて地面に膝をつきながら、上鳴は切裂を見失った直前の状況をありのままに話し、その内容にクラスメイト達から八百万を筆頭に不安が広がっていく。

 

「そ、そんな……ヤイバさんが……!」

 

「やめろ峰田」

 

「切裂が………………らしくねえな……」

 

「骨抜と小森は見てないのっ!?」

 

 口元に手を当てて彼の安否を心配する八百万の前で、上鳴の胸ぐらから手を離そうとしない峰田を障子が押さえて止める。その近くでは切島が腕を組みながら俯き、冷静に彼という男を考えている中、不安を隠せない芦戸が上鳴と一緒に戻ってきたB組の2人へ問い尋ねる。

 

「あの真っ赤な刃でズババーンってやってから……見えなくなっちゃったノコ……」

 

「そっか……し、仕方ないよ……小森……」

 

「なんでぇアイツッ! 自分ばっか良いトコ持っていきやがって……!」

 

「鉄哲、そうじゃない」

 

 小森の説明を目の前で聞きながら、彼の操血刃の脅威に共感して頷く黒色。隣では金属化した両手をぶつけてブツブツと文句を垂らす鉄哲に、拳藤がビシリと修正する。彼女も前線にいた上鳴達から聞く切裂の性格とそぐわない行動に、疑問を抱いていた。

 もう1人のB組生徒であり、雄英の推薦組でもある気丈な骨抜に、同じく推薦組である取蔭が問いかけた。

 

「骨抜、あんたは見てないの?」

 

「ああ。もしかしなくても、プロヒーロー達と一緒に山荘へ突撃したんだと思うけど……」

 

「切裂も、たま〜に猪突猛進なトコ、あるもんな……」

 

「ウラめしい…………2人が早く、戻ってくるといいけど……」

 

 自分が必殺技を放った時にはもう、彼の姿はなかったと首を横に振りながら説明する骨抜の様子に、砂藤が普段の切裂の様子や訓練風景を思い浮かべる。後方で待機の命令がかかっている以上、前線へ探しに行く事もできない状況に、柳は不安を口にする。

 そんなクラスメイト達に、これまで彼とインターンを共にしてきた瀬呂が心配しながらも不安を取り払うべく軽口を叩いた。

 

「まあ……アイツならちょっとやそっとじゃ、やられる男じゃねえ……大丈夫だろうよ」

 

「そう、だよな……ッ!」

 

「あぁ……主よ…………彼が無事であらん事を……!」

 

 彼の台詞に立ち上がった上鳴が辿々しくも気合いのこもった返事をして、そこに塩崎が目を閉じてたまま彼に祈りを捧げていた。

 そんな中、切裂と一緒に消えた常闇を尾白が首を傾げながら心配する。

 

「それにしても、常闇もいないなんて……!」

 

「もーっ! 勝手に動きすぎだよっ!」

 

「後で怒られるだろうね」

 

 尾白の後ろで葉隠が地団駄を踏みながら全身で不安と怒りをアピールしている近くでは、庄田が冷静にこの任務が終わった後の事を心配していた。

 ちなみに常闇はこの時、荼毘に襲われていたホークスを救出して、戦場の中間に位置する救護所へと飛んでいた。彼の動向を知る者は、プロヒーロー含めて誰もいなかった。

 一方で、障子に肩を掴まれて上鳴から手を離した峰田は、複雑な感情を露わにしたまま彼を掴んでいた手に目を落としたまま、喋ろうとしなかった。

 

「………………」

 

「峰田氏……」

 

「峰田……大丈夫?」

 

「切裂に掴まれたの、まだ引きずってんのか?」

 

 宍田や芦戸に心配される峰田の近くで、瀬呂は切裂達が戦線へ行く前に起こった、ひと悶着を思い返す。

 ヴィランとの対決という真剣になるのは当然な任務に対して、どこか違和感を感じるほど感情の切羽詰まった彼が峰田と話をしていたのだ。

 

「あん時の切裂も、ヘンっちゃヘンだったけどな……」

 

「確かに……明らかに緊張していた」

 

「でも……あんなに怒らなくても……」

 

 砂藤の言葉に障子もうなずき、そこに芦戸が困惑しながらも言葉を零す。珍しく彼に否定的な言葉を。

 当初、人員の配置が決まった時、後方支援に配置されていた峰田は端的に言って調子に乗っていた。自分の個性が範囲攻撃に向かないのは理解していた彼は、前線の活躍を彼に任せて自分は逃亡を謀るヴィラン達を捕まえる事に全力を注ごうとしていた。普段の無邪気な態度を見せながら。

 

 それが普通であり、切裂だってソレを望んでいると峰田は思っていた。

 

 しかし切裂は峰田を見て普段の反応とは一変、ヴィランと対峙している時の様な本気の声で、「今回だけは悪フザけは無しだ。絶対に油断するな、何がなんでも全員助けて、生きて帰ってこいッ!」と後方支援してはややオーバーに感じるほどの使命感に駆られた約束を彼に無理矢理結ばせ、前線へと行ってしまったのだ。

 

「………………」

 

 その台詞が今、前線から戻って来ない彼の言霊となって、峰田を不安にさせていたのだが、そこに宍田が毛むくじゃらの大きな手を峰田の肩へ小さく当てる。

 

「切裂氏は峰田氏を信頼しているからこそ、ああ言ってくれたのですぞ」

 

「任されちゃったんならさ、しっかりやり遂げなよ。それが1番、切裂も望んでるんでしょ?」

 

 宍田と取蔭の言葉に続いて、自分と同じぐらい彼と親しい切島が峰田の前に出る。

 

「やってやろうぜ峰田……! あんな心配なんて、取り越し苦労だったって思わせるぐらいにな……!」

 

「切島………………あぁっ!」

 

 自分と同じく後方支援に回された者同士、何事にも全力勝負であたる切島の言葉に、峰田が顔を上げて決意をみなぎらせた。

 

 その時だった。

 

「うわッ!!?! ヤバいッ!!!」

 

「えッ、どうした耳郎?!」

 

 それまで、ずっと耳たぶのジャックで音を確認しながら前線の様子を探っていた耳郎が、突然地面の中から響き渡った音に思わずジャックを引き抜いて、飛び上がった。

 

「なんか、メッチャデカいのが動きだしてるッ!!?!!」

 

「何ッ!?」

 

 数人のクラスメイト達が驚き、彼女は慌てて再び地面にジャックを突き刺し、その響き渡る冷静に音を分析する。

 足音であるのは間違いなかったが、明らかに大きすぎる。先程から微かに聞こえていたマウントレディの足音よりも、遥かに大きな音が増えたのだ。

 そして、その音はマウントレディとひとつになって移動を始めていた。

 

「デカいのがこっちに向かってくるッ!!!!!」

 

「だから、その『デカいの』って何ッ!!!?」

 

「わかんないけど……ッ!」

 

 上鳴の疑問に耳郎は頭を振りながら、それでも音を手繰って索敵を続ける。同じく索敵役である障子が複製腕を大きく枝分かれにして伸ばし、先端の目で直接状況を確認しようとしている所に切島が問いかける。

 

「見えるか!?」

 

「いや……まだ遠い……!」

 

 山ひとつ以上も奥である山荘の様子は、透視能力を持たない障子では見る事は叶わない。それでも複製腕から耳も増やして、耳郎と同じように前線の状況を探ろうとしている後ろで、芦戸が不安に声を震わせた。

 

「優勢だったんじゃないの?」

 

「先程の定時連絡では、作戦は予定通り進んでいるハズでしたが……」

 

 八百万の言う通り、数分前にプロヒーロー達の連絡で前線の状況が伝えられたが、それ以降の連絡が止まっていた事に彼女は少しだけ違和感を感じていた。後方支援であるインターン生側から前線に連絡を促すのは躊躇われたから、彼女は何もできなかったのだ。

 そこに索敵の2人に続いて戦況を確認しようとする者が声を上げる。

 

「く……ッ! だったら直接ッ!!!!!」

 

「峰田っ!?」

 

 まだ切裂の事が気がかりだったが、峰田はクラスメイト達から少し離れるなり、頭のモギモギを合体させて峰田バルーンを作成。その膨張するバルーンを真上から踏み締め、彼の小柄な体が一気に数100メートル高くまで飛び上がった。

 林内の木々を優に超えて高さを確保した峰田は、耳郎と障子が耳を澄ましていた山荘の方向へ顔を向けていた。

 

「は?」

 

 

 

 

 

 そして彼は、その目を疑った。

 

 

 

 

 

 浮遊感から落下を始める彼の視線の先には、山みたいに巨大な人間が、こちらに迫っていたのだから。

 そこには巨大化しているマウントレディの姿も一瞬だけ見えたが、巨人の突進する勢いを押さえきれず、逆に木々を薙ぎ倒して地面を削りながら押され続けていた。

 

「何が見えたッ!?」

 

 小さなバルーンに着地した峰田に切島が尋ねたが、彼は震える口で見えたモノを説明する。

 

「マ、マウントレディが……ッ!」

 

「なんだって!?」

 

 彼女よりも大きな巨人が自分達側に向かって爆走していると彼が説明する最中、プロヒーロー達へ個別に連絡が走った。

 

「何ッ!? 包囲が突破されたッ!!?」

 

「前に詰めるぞッ! ラインを下げるなッ!!!」

 

「インターン生は、この場で待機ッ!!!」

 

 それまで、インターン生のフォローを任務としていたプロヒーロー達が、彼らを置いて前線へと走る。もしかしなくても峰田が今見た巨人、ギガントマキアを止めようとしているのは、考えなくても察知できた。

 だが、あんな大きな巨人をどうやって止めるのか。

 

「まっ、待って!」

 

「無茶だッ!! あんなバケモン……人が増えたぐらいじゃ止まらねえッ!!!」

 

 この目で実物を見たからこそ、峰田はプロヒーロー達に対しても遠慮せずに制止を求めたが、例え力不足でもヴィランに立ち向かわなければならないヒーローである彼等は、峰田達インターン生を置いて行ってしまった。

 

「オイオイ……ヒーローが集結してんだろ……?」

 

「なんで状況が悪くなるんだ……クソッ!」

 

 急に慌ただしくなった戦況に瀬呂や尾白が不安を零していると、複製腕を伸ばせるだけ高く伸ばして目を光らせながら、無言で集中していた障子が声を強めて話し始める。

 

「見えてきた……ッ! が……マズい、マウントレディが投げ飛ばされた……! それに青い炎も見える……!」

 

「なんだってっ!?」

 

「マウントレディが投げ飛ばされる……って、どんなヤツだよッ!!?」

 

 その言葉を聞いてクラスメイト達に動揺が広がる中、峰田は動き出そうとする。

 

「ウソだろ……マウントレディっ!!!」

 

「待て峰田ッ!」

 

「お待ちくださいっ! 今、無線が……!」

 

 彼女の無事を確認すべく、もう一度バルーンで飛び上がろうとしていた峰田を八百万は止める。それと同時に彼も動きを止めていた。

 この場にいる全員が装着している、八百万の創造したインカムから知っている声の通信が聞こえたからだ。

 

『聞こえるかしら……クリエティ……!』

 

「「「「「ミッドナイト先生っ!!?」」」」」

 

「ミッナイの通信だ!」

 

 その声が誰なのかすぐ理解した数人に続いて、砂藤が周りのクラスメイト達に伝える。だが、スピーカー越しに聞こえてくる声や呼吸からして、彼女には明らかに苦痛と疲労が伴っていた。

 

『状況はわかってるわよね……?』

 

『はい……耳郎さんと障子さん……それに、峰田さんのお陰で……!』

 

 冷静を保とうとする八百万の声を聞いて、ミッドナイトは信頼を寄せながら願う様な声で、彼女に現状と説明を始める。

 蛇腔総合病院側で何かが起こって、目覚める筈のなかった巨人が目覚めてしまった事。

 マウントレディがなんとか食い止めようとしたが力敵わず、シンリンカムイの個性で後一歩の所まで肉薄したものの、荼毘とコンプレスによって再接近の機会を失った事。

 他のプロヒーロー達も巨人を追いかけているが、生半可な攻撃はまるで通用せず、距離を離されている事。

 

『アレは力押しでは誰も止められない……眠らせたい……!!』

 

『え!?』

 

 だからこそ、ミッドナイトは自分の不甲斐なさを噛み締めながら、教え子へ希望を託した。彼女達ならギガントマキアを食い止めてくれると、信じて。

 後方から山荘側の包囲網をマキアの突撃に紛れ込んで抜け出て来た、異能解放戦線の構成員が自分に向けて駆け寄ってくる音を耳にしながらも、彼女は最期を懸けて八百万達へ状況を伝えた。

 ミッドナイトの言葉に驚く八百万の声が聞こえても、彼女は話し続けた。

 

『法律違反になっちゃうけど……事態が事態よ……麻酔で眠らせるの……!」

 

「何をおっしゃっているのですか、先生っ!!!」

 

「先生ッ! 今どこにいんだよッ!!」

 

 この状況では違反もやむを得ないと言い張るミッドナイトに、八百万が峰田が通信に割り込んだが、彼女は答えようとはせずに八百万へ話を続ける。

 しかし、明らかに内臓を負傷した力無い声と弱々しい息遣いに、今まで何度も親友と修羅場を潜り抜けてきた峰田は、彼女に何かがあったのだと一瞬で察した。

 

『ヒーローに麻酔を渡して、その場を離れなさい……難しければすぐ退避を…….!』

 

「先生……先生はッ!!?」

 

 八百万の問いかけに、彼女は謝るばかりで、自分の状況を伝えようとはしなかった。

 

『……ゴメンなさい……! 貴方の判断に……委ねます……!』

 

 そうしてもう、彼女からの通信は聞こえなくなった。

 

「先生っ! ミッドナイト先生ッ!!!」

 

 今の声を聴いて彼女を助けるべく、迷わず飛び出して行ってしまう者がいたからだ。

 

「障子ッ!!!!!! ミッナイ先生の場所わかるよなァッ?!!!!!!」

 

「峰田っ!!?」

 

 その小さな体から発せられているとは思えない程の大声に、周りのクラスメイト達が峰田を見て驚いた。

 インカムを押さえながら、迫真の表情で障子へと顔を見上げた峰田の瞳と目を合わせ、障子は複製腕を何本も伸ばしながら答えた。

 

「目では見えなかったが……戦闘の音から察するに最後の炎が見えた、すぐ後だ……!」

 

「おっしッ!! 待ってろ先生っ!!! 今助けに行くからッ!!!」

 

 インカムに向かって叫ぶ彼の声に、ミッドナイトは反応した。しかし、それは自らの助けを求める声ではなく、自分を助けようとする彼を止めさせる声。

 

『……ダメッ!! 貴方がヤツを拘束して……来ちゃ、ゲホッ……!』

 

 だが、ギガントマキアを止めるには彼の個性が必須。彼女が峰田を制止させようと口を開くも、血反吐混じりに咳き込む声がインカムから聞こえ、それは更に彼を焦燥を煽らせた。

 

「先生は負傷してる……!!!」

 

「それでも逃げろと、それほどの相手だと……!?」

 

 彼女の通信が聞こえた事で、ミッドナイトに危機が迫っているのはこの場にいる誰もが察知した。そして、こちらに迫ってくる巨人をなんとしててでも止めなければならないという使命も。

 

 作戦の選択肢は2つに1つ。予断は許されなかった。

 

 しかし、ミッドナイトから最期を託す声がインカムへ流れても、迷いなどなかった峰田はクラスメイトの集団から飛び出し、少し前にプロヒーロー達が駆け出して行った方向と同じ方へと駆け出す。

 

「待て峰田ッ!」

 

「アイツと約束したんだッ!!! 『何がなんでも全員助け出してこい』ッ、てなぁッッ!!!!!」

 

「峰田っ!!!!!」

 

 数人のクラスメイト達が止めようとするも、もう彼を捉えられる者はこの場にはいない。彼は頭のモギモギでジャグリングを始めながら、進行方向の木々に向かってモギモギボールを投げつけ、次々と投げつけながら加速を始める。

 

「森ん中ならオイラは誰よりも速えッ!!!! ジャンブル……からのッ、跳峰田アラウンドッ!!!!!!」

 

 最早、彼が止まる事はない。そして、彼なら不可能を可能にする。そう誰よりも早く判断した障子は、インカムで峰田へ通信を繋げた。

 

「峰田、細部の方角と距離は示す! 急げッ、足音が先生に集結している! 歩いている……味方じゃない!」

 

『わかったッ!!! 待ってろッ、先生ッッ!!!!!!!』

 

 すぐ近くにギガントマキアがいたというのに、悠長に歩いている者がヒーローである筈がない。ヴィランが近くにいる事を障子から伝えられ、彼は更に素早く森の中を飛び抜ける。

 

 そして、残された者達もミッドナイトの言葉に従って動き始めた。

 

「イヤホンジャック! テンタコル! 音の位置から距離とココへの到達時間をっ!! 巨人の大きさを目算でいいので、お伝えください!!!」

 

「了承!」

 

「わかった!」

 

 峰田が覚悟を決めて動き出した様に、彼と同じく決意を固めた八百万の指示で、先程から地面にジャックを差して索敵を続けていた耳郎と、複製腕を更に限界まで伸ばしてギガントマキアを探ろうとする障子の声が重なった。

 

「マッドマン、あなたの力もお貸しください! みなさんっ、動く準備を!!」

 

「つうか、もう見えてるしッ!?! 早いよッ! こっちに来るまで1分もかかんな…………減速した少しッ!!!」

 

 八百万がクラスメイト達に細かく指示を飛ばしている間に耳郎の焦る声が遮ったが、その声が途中で途切れたかと思えば聞こえてくる音が変わってギガントマキアの速度が落ちた事に、少しだけ声を明るくさせた。

 その状況をいち早く複製腕の目で確認した障子が、捉えた状況を八百万に伝える。

 

「マウントレディが巨人の足にしがみついている……! ヴィランの全長、約25メートル……ッ! 峰田、10度右にズラせ! そのまま真っ直ぐだ!!!」

 

『了解ッ!!!!!』

 

 冷や汗を流してギガントマキアの大きさを計算しながら、ミッドナイトの救出に向かう峰田の誘導を行うマルチタスクをやってのけた障子に、隣で八百万は腕から液体の麻酔薬が入った容器をクラスメイト人数分想像しながら、自分へと言い聞かせる様に話し始める。

 

「雄英に入学してから1年、どの先生からも敵に背を見せるヒーローになれと教わった事はございません……!」

 

 その言葉に真っ先に反応したのは、切島と芦戸。彼女の創造した容器を手に持ったまま、同時にうなずいた。

 

「ったりめえだ!」

 

「うんっ!」

 

「決まってるだろ、そんなこと!」

 

 容器を持った砂藤も気合いのこもった台詞を吐き、この場にいる全員が巨人を止める決意をみなぎらせる。

 

「私は戦います……皆さんは」

 

「言うな! 野暮だぜ! コス着て外出りゃ、ヒーローなんだ!」

 

 エレクトライダーに乗った上鳴が、その手に容器を持ちながらゆっくりと浮かび上がり、八百万に告げる。それはインターン中にマウントレディが言っていた言葉だった。

 

「わかりました……私達全員、此処で迎え撃ちますッ!!!」

 

 例え切裂や轟がいなくとも、自分達の全力をもってギガントマキアの動きを止めるべく、インターン生達は自分達の任務へと動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛇腔病院の崩壊が起こった時、プッシーキャッツの4人は病院から運び出した入院患者達を麓の街へと輸送する任務に就いていた。死柄木の覚醒で引き起こされた崩壊が到達するまで距離のある場所に位置していたからこそ、彼女達は崩壊による大破壊の渦から逃れていた。

 当初はメンバーの4人の中でも唯一の広範囲攻撃を誇るピクシーボブの『土流』で形成した土壁すら崩していく『崩壊』に、彼女達は逃げの一手を余儀なくされていた。が、それでも彼女は土の波に乗って距離を保ちながら何度も土壁を形成し、崩壊の進行を遅らせる事で逃げ延びていた。

 

 だが、崩壊が終わったそこに広がるのは、破壊の限りを尽くした爪痕が広がる街だった場所。数えきれないほどの民間人が助けの声を求める地獄の様な光景に、彼女達は迷いなく自らの役目を果たすべく救助へと駆け出した。

 一方通信だが妨害電波に左右されない『テレパス』で指揮を執るマンダレイや、救助者やメンバーの現在地をリアルタイムで確認できる『サーチ』のラグドール。そして人並み以上の力技を持つ『虎』も優れているが、彼女達を山岳救助において圧倒的な優位性を持つのは『土川(つちかわ) 流子(りゅうこ)』こと、ピクシーボブの個性。土砂を自在に操れる『土流』であり、その範囲は死柄木の『崩壊』には大きく及ばないものの、民間人の救助に大きく貢献した。

 彼女の動かす土砂によって瓦礫は押し除けられ、怪我の大小問わず身動きの取れなかった人々が動く地面によって次々と被害の少ない郊外へと運ばれていく。そこに土砂のタワーで見える範囲のヒーロー達とメンバーにテレパスを送り続けていたマンダレイが泥と汗に塗れた額を擦りながら、崩壊した道路の前で避難所へと運ばれていく民間人を目で追っていたラグドールに叫ぶ。

 

「エンデヴァー達はっ!?」

 

「かなり遠くまで離れちゃったけど……無事みたい! でも……」

 

 彼女の問いかけに、余裕のない口調でラグドールが崩壊の爆心地側を睨んだ。その視界の先では、確かに病院へと襲撃を仕掛けたヒーロー達の個性を示す光が彼女には見えていたのだが、同時に認めなくてはならない現実を目の当たりにして、苦しそうに声を漏らした。

 そんなラグドールの様子に、民間人をひと通り運び終えたピクシーボブが彼女の方へ顔を向けた。

 

「でも……?」

 

「光が……何人か、見えなくなったわ……」

 

 それは、あの崩壊に巻き込まれてしまった事を意味する。瓦礫に塗れた周囲の状況も合わさり、もう生きてはいない事を彼女達は察した。

 

「そ、そんな……」

 

「く……!」

 

 これだけの被害を目の当たりにしても認めたくはなかったが、ヒーロー側に殉職者が出てしまった事にマンダレイとピクシーボブが思わず苦悶の声を漏らした。

 しかし、この場で悔やむ暇が無いのは明白。それは彼女達プッシーキャッツだけでなく、この場で救出活動を続けるプロヒーロー達も同じだった。

 

「悲しむのは後だ!」

 

「多くの人を救うには、アンタ達の力が必要なんだぜ!」

 

「信乃、流子。今は悔やんでいる場合ではない!

我等に救いの声を求める人々の為に、全力を尽くすのだっ!!」

 

 無名のプロヒーロー達や虎の激励によって、ピクシーボブは更に大きく土流を動かしていく。人々は恐怖や痛みの声を漏らしながらも、彼女達の姿に賞賛やお礼を返して後方へと運ばれていった。

 そうしてラグドール達の心は僅かだが安定を取り戻し、辺り一帯の民間人を救出して別のエリアへと他のプロヒーロー達と移動し始めようとした、その時だった。

 

「ここら辺の救助は終わったかしら!?」

 

「ええ! 次の人口密集地帯まで、みんなで移動する───

 

 マンダレイと会話をするピクシーボブの個性はイレギュラーの思惑通り、遠目からでも大きく目立った。

 それは、ヒーロー達の居場所を探れるラグドールを狙う相手からも、問題なく捉えられてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瓦礫を吹き飛ばすほどの衝撃波を放って、ラグドールに狙いを定めた奴は高速で飛来した。

 

「むッ!!?」

 

 剥き出しで放たれたその殺気は神野事件において数秒の間であったが、オールマイトの宿敵であったオール・フォー・ワンと対面した経験のある虎だけは、いち早く動く事ができた。

 

「智子ッ!!!!!」

 

「えっ!?」

 

 虎が叫びながらラグドールへと駆け出し、彼女が顔を動かそうとした時にはもう、その殺気の正体は道路を叩き割り、倒壊したビルを吹き飛ばして一直線に彼女へと迫っていた。

 

「いた……!」

 

「な───!!

 

「あッ───!?!!

 

 彼女達と救助活動を行っていたプロヒーロー、ケサギリマンとMr.ブレイブの姿が、その突き抜ける人影が通過した直後にはもう、塵となって消えていた。

 そうして、何が起こっているのかも理解が追いつかなかった彼女達の前で、青白い肌と半袖の装甲服を纏った、今まさにラグドールを狙う明確な悪意を持つ死柄木の姿を捉えたのだ。

 

 

 

「「「「し……死柄木 弔ッ!!?!!!?!」」」」

 

 

 

 彼女がサーチに集中している瞬間を狙って、彼は接近を仕掛けてきたのだ。

 

「派手なネコ……ヒットだ……!」

 

 護衛の様に塞がっていたプロヒーローを瞬く間に崩壊させ、そのまま死柄木は迷いなくラグドールの顔面へと手を伸ばした。

 

「あ───

 

 視界に広げられた五指が、彼女の頭を掴もうとする。

 

 

 

 

 

 虎が必死に彼女の名前を叫び上げたまま飛び出したが、死柄木の空中を飛行するスピードには追いつけなかった。

 

 

 

 

 

 死柄木をサーチする隙も暇もなく、ラグドールは明確な死を連想した。

 

 

 

 

 

 彼女が幻視したのは、高校生の頃からずっと一緒であったメンバーの3人との思い出。

 

 

 

 

 

 そして、ヒーローコスチュームで幼い子供達に囲まれながら、自分に向かって笑いかける1人の青年。

 

「ぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声も、自分から抱きついた温もりも、全てが思い起こされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虎に遅れてマンダレイとピクシーボブが叫ぶ。次の瞬間には彼女の顔が死柄木に捕まれ、個性を奪うと同時に塵となって壊されてしまう筈だった。

 

 

 

 

 

 その時と同時に、死柄木に向かって上空の死角から一直線に弾丸が迫った。

 

 

 

 

 

 真っ赤な血を散らしながら、同じく赤色を帯びたガラス製の小さな注射器。

 それは、トガヒミコの剛翼を離して上空から急降下する切裂 刃によって放った個性破壊弾であった。

 鉄甲から操血刃の伸びる勢いだけを利用して空気砲の様に放たれた弾丸は、重力も合わさって加速を続けながら死柄木の首筋へと真っ逆さまに落下し、彼の指がラグドールに触れるよりも早く命中してみせた。

 

 だが、死柄木の首へ確かに直撃した弾丸は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の青白い肌に弾かれ、そのまま砕けて地面に飛散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「は?」」

 

 2人の声が同時に重なり、ラグドールの眼前まで手を伸ばして迫っていた死柄木の動きが一瞬だけ緩んだ瞬間、その声のもう1人の主は両手を合わせた刃で急降下したまま、死柄木をフルスイングでビルの瓦礫へと叩き飛ばした。

 

「キャっ!?!!?」

 

 衝撃波と砂埃が飛散し、ラグドールが目を閉じながら吹き飛ばされそうになるも、彼女の体は真っ赤な刃に優しく絡め取られて地面に降ろされる。

 

「むっ!?」

 

 虎が身を挺してラグドールを守ろうとした視線の先、数秒前までラグドールを襲おうとしていた死柄木を弾き飛ばした、切裂 刃が彼女達の前に降り立っていたのだ。

 

「ヤ、ヤイバくん…………!!?」

 

「………………」

 

 そのまま地面にへたれ込む彼女の声に、3点着地で膝立ちしたままの彼は、答えなかった。

 ラグドールはもう一度、振り返ってもらおうと彼の名を呼ぼうとした。その声は明るく、希望に満ち溢れるほど嬉しさを込めた、筈だった。

 

「ヤイバく───

 

 だが、呼びかけようとした彼女の視線の先、死柄木からラグドールの前に立ち塞がる様に構える彼の姿が、彼女には背中越しにも関わらず酷く、恐ろしく感じた。

 そして、それでも彼は振り返らなかった。

 

「ブ、ブレイズ……!」

 

「ど、どうしてココに……!?」

 

「あなた……山荘側のハズじゃ……!」

 

「ヤイバくん………………?」

 

 他のプッシーキャッツのメンバー達も彼の姿に喜んでみせた一方で、どうして群訝山荘から遠く離れたこの蛇腔病院にいるのか当然の疑問が湧き上がるも、その問いかけにも彼は答えない。

 次に呼びかけようとした時には、砂埃を巻き上げていたビルの瓦礫が吹き飛び、残骸を散らせながら死柄木が現れた。

 

「お前は……いや、なんでお前が……!」

 

「………………」

 

 こうして相まみえるのはUSJ以来だが、死柄木は彼よりも彼の放った個性破壊弾に意識を持っていかれていた。

 死穢八斎會との事件以来、ドクター以外に誰にも渡さずトガヒミコ達敵連合内に秘蔵していた個性破壊弾を持っているという事実に、冷静さを見繕うとする彼の思考に混乱が走る。

 山荘はもう全滅してしまったのではないかと考えたが、それでもギガントマキアが復活しているなら状況を覆せると彼は焦燥の中でも、親しい連合の構成員達の無事を信じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対して切裂本人も、何が起こったのかを理解できていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの頃のダボついた服とは違う、ややアウトローじみた黒の装甲服に、自身の着ていた迷彩服みたいに丈夫な作りをした黒のズボンから狙いは外していた。間違いなく死柄木の肌に命中した筈の個性破壊弾が、金属の様な音を立て弾かれてしまった。

 触れずとも、彼にはその手応えが感覚として伝わった。理解しても、信じたくはなかったが。

 

 切島の硬化と違って表面に視覚的変化が一切起こらない、自分の個性とよく似た様な硬化だった。

 

「お前がなんでソレを持ってんのかは知らねえが……返してもらうぞ……!!!」

 

 怒り混じりに声を漏らした死柄木の視界には、まだ焦燥に囚われる切裂の姿だけが映り、プッシーキャッツの事もサーチを持つラグドールを襲う目的も、思考の端に追いやられていた。

 言葉を終える同時に地面を蹴り付けて飛び出した死柄木が、空中を低空飛行しながら彼に向けて全てを壊す右手を伸ばした。

 

「ッ!!!」

 

 対して向こうが攻撃動作に移った瞬間、切裂はまだ背後の近くにいたラグドールと残りのプッシーキャッツの3人へ操血刃を伸ばして絡め取り、背中と脚部から伸ばした操血刃で上空へと跳ね上がった。

 

「きゃっ!?」

 

「あっ!!」

 

「キャっ!」

 

「ぬうッ!?」

 

 最初にラグドールへと急接近した動きから察するに、空中を自由に移動できる個性を持っている。そして、その凄まじい高速移動を出されては彼女達に逃げる術はない。そこまで理解していた彼は操血刃でプッシーキャッツ達全員を空中に持ち上げ、崩壊の伝播に巻き込まれないように逃した。同時に、死柄木に対して常に前へと立ちはだかるべく、驚いている彼女達を操血刃で自在に動かして狙いを逸らしながら、残る操血刃を伸ばして彼を常に空中戦へと誘う。

 その驚愕は対峙する死柄木の動揺すら誘ってみせた。

 

「あぁッ!?」

 

 自分の血液を刃にする能力と、バネの様に体を跳ねらせる使い方には、彼の記憶の中に覚えがありすぎるからだった。

 死柄木が黒霧と同等に信頼を置いていた、彼女の姿に。

 

「フンッ!!!!」

 

「ぐおッ!!?!」

 

 その数秒の油断を突き入れない彼ではない。死柄木の手を回避して空中に跳ね上がった切裂の腕から数本もの別の操血刃が拘束で伸び広がり、空中に上がろうとした死柄木の体を躊躇なく連続で刺突する。

 だが、刺し貫こうとした操血刃は死柄木の体で火花を散らしながら、金属の削れる様な音を響かせて弾かれる。肌には浅くはない裂傷が刻み込まれて鮮血が飛散するものの、すぐさま『超再生』によって傷口が修復されていく。

 その様子は操血刃に運ばれていたプッシーキャッツ達の目にも留まった。

 

「傷が……ッ!?」

 

「そんなッ!」

 

 ラグドールとピクシーボブの声と同時に、操血刃を体で受け止めた死柄木が口元をニヤつかせながら切裂を見上げる。しかし、それも想定の内だと言わんばかりの表情で彼は死柄木に触られる前に操血刃を縮め、細かった刃を数本に束ねて合体させる。

 

「あ……?」

 

 最初に飛行していた通り『オール・フォー・ワン』以外にも個性を移植されている。ハイエンド以上の力が死柄木にそのまま反映されていると結論づけた。

 どれだけの個性を持っているのか想像つかないが、目覚めたばかりで体が本調子に乗る前に決着をつけなければならないと、切裂は攻撃を続行した。

 

「ラアッ!!!」

 

 切裂の束ねた操血刃が空中で螺旋を描く様に回旋し、甲高い駆動音が空中に響き渡る。貫通力を一点に集中させた刃の先端を彼が細めると、飛び上がろうとした死柄木の心臓に向かって一気に振り下ろされる。

 自分の体のみならず、血の刃でも斬撃波を飛ばす事に成功した切裂は当然、操血刃で鎖鋸刃斬人も螺旋刃斬人も扱える領域まで成長させていたのだ。

 

「ガハァッっッ!?!!!!」

 

 一直線に刺突した操血刃が、火花を散らしながら死柄木の胸元に深々と突き刺さった。彼の見開いた真っ赤な目が、操血刃で繋がった切裂の姿を捉えて離さない。

 

「ハハッ……馬鹿が……!」

 

 切裂の一点集中の一撃は、それでも硬化した死柄木の体を貫通するには至らない。口から血を吐きながらも、彼は薄ら笑いを浮かべながら胸元に突き刺さった操血刃に手を触れようとする。

 

「どうかな……?」

 

「は?」

 

 その油断の否めない態度を取り続けた死柄木に、冷静な返事を告げた切裂の操血刃が脈動する様に動いた瞬間、死柄木の体内に刺さった操血刃が無理矢理彼の中で膨れ上がり、肉や内臓を押し除けて内側から彼を血の刃で刺し貫いた。

 

「ごハァ゛ぁあ゛ぁァァァっッッ!?!!!?!!」

 

 口から大量の血反吐を吐き出しながら、背中や首、頭から真っ赤な血の刃を伸ばした死柄木の姿に、プッシーキャッツ達が思わず目を顰める。唯一、虎だけが奴に確実な致命打を与えたに違いないと、巻き付かれた操血刃から身を乗り出した。

 切裂本人も今のは効いた筈だと手応えを感じながらも、そのまま四肢を破裂させるべく更に血を送り込もうとした。

 

「がぁ……あ゛ァァァッ!!!!!」

 

「んッ!!?」

 

「何ッ!?」

 

「ウソでしょ……!」

 

「まだ……ッ!?」

 

 しかし、頭と心臓を刺し貫いたにも関わらず、死柄木の命は健在だった。ぎこちなく体を震わせながら口元から飛び出した刃を歯で噛み砕き、脳無の様に膨れ上がった筋肉で腕から飛び出した刃を内側から無理矢理へし折ってみせると、自由に動く様になったその手が自身の胸に刺さった操血刃に触れた。

 

「あぁッ!!!」

 

「ヤイバくんッ!!!」

 

 ラグドール達が叫んだ瞬間にはもう、死柄木の触れた箇所から操血刃が灰色に染まりながらヒビ割れて崩壊し、彼を内側から拘束していた操血刃だけが死柄木の内側から傷口を突き破る外側まで崩壊していく。

 そして、崩壊は操血刃と繋がった切裂の元へと伝って牙を向けるが、彼は自分の体へ到達する前に操血刃を元の血液に戻して空中に飛散させ、崩壊の伝播を逃れていた。

 

「何……ッ!?!」

 

 傷口を邪魔する刃が消えた事で再び全身を超再生で回復していく死柄木だったが、切裂が余裕の表情で崩壊を避けられた事に驚愕と苛立ちが募り始める。

 その隙を狙わんばかりに、崩壊から分離させた操血刃の断面から再度形成した操血刃で、再び切裂は死柄木の体を貫こうとした。

 

「ハァッ!!!」

 

 インターンにおいて治崎と対峙した時と全く同じ戦法であり、死柄木に対しても優位を取れると確信していたからこそ、切裂はこの技術を磨いた。彼は死柄木に対して完全に対策を取りながら攻め入る事ができた。

 だが、死柄木は何度も同じ戦法が通じる様な相手ではない。彼は顔面に向かって伸びてきた操血刃を白羽取りで押さえつけた。

 

「チィッ!!!」

 

 刃は先程と同じく回旋していた。死柄木の手から火花と鮮血が飛び散っていくが、寸前の所で刃を無理矢理止められた切裂は彼に操血刃を掴まれるよりも早く、刃を元の血液に戻した断面から幾本に分離させて伸ばした操血刃で、死柄木の体を削りながら絡め付けた。

 

「何ッ!!?」

 

「フンッ!!!!」

 

 咄嗟に死柄木は数本の操血刃に触れて崩壊を起こしたが、彼は残る操血刃で彼の体を拘束したまま、空中に打ち上げる。同時に崩壊された操血刃を分離させ、プッシーキャッツ達を地面に解放すると同時に残りの足から伸ばした操血刃で更に強く地表から跳ね上がった。

 

「あっ!!?」

 

「ブレイズッ!」

 

「ヤイバくんっ!!!」

 

 地上に置いていかれたプッシーキャッツ達が叫ぶも、切裂は振り返る事なく死柄木を操血刃で捕まえたまま、更に血の刃を伸ばして攻撃を仕掛ける。このまま空中に拘束させながら、彼は戦闘を継続させるつもりだった。

 

「グゥッ……今のは、痛かったぞォ……ッ!!」

 

 その彼の目の前で操血刃に拘束された死柄木が、片腕を鉛色の大きな刃に変化させて、切裂の操血刃を振り払う様に破壊した。

 

「ッ!?」

 

 間違いない、自分と同じ個性。

 

 死柄木がなぜ自分の個性を持っているのか疑問が浮かんだが、この世界では『刃』など単純な個性はありふれたモノであり、彼はすぐさま頭の隅に追いやりながら目の前の死柄木を捕まえるべく次の操血刃を素早く伸ばす。

 その刃が死柄木の刃に弾かれた次にはもう、次弾で伸ばした操血刃に加えて切裂が腕と足の刃で飛ばした斬撃波が彼に襲いかかった。

 

「オラァァァァッッ!!!!!!!」

 

「グゥッ、ガァッ!!? ゴハァぁッ!!!!」

 

 瞬間的に鎖鋸刃斬人を発動させ、ひと振りで数十発分に纏めた斬撃波が、死柄木の硬化した体を用意に削っていく。当然、斬撃波は彼には触れる事ができないため、崩壊させる事も叶わない。

 そのまま斬撃波を浴びせながら、死柄木に巻きつけた操血刃を落下の勢いでビルの残骸に叩きつけると同時に別の操血刃で瞬時に地面から跳ね上がり、瓦礫と砂埃の中からボロボロになりながら再生を続ける死柄木に、切裂は再度猛攻を仕掛けた。

 

「ごっッ……ごの……ッ!!!」

 

「発泡斬撃波ッ!!!!!!!!」

 

 空中では崩壊させる物は何も無い。機動力こそ縦横無尽に空を飛べる死柄木に軍配が上がるも、『崩壊』と『刃』だけの相性なら、個性を磨き上げた切裂の方が上であり、機動力も崩壊を逃れる操血刃が拘束を続ける以上、発揮を封じられていた。

 しかし、ドクターからオリジナルの『オール・フォー・ワン』を継承して目覚めた死柄木に、それまでオール・フォー・ワン本人が溜め込んできた莫大な個性が、彼に最適解を導き始めた。

 

「クソッタれぇェェッッッ!!!!!!」

 

「ッッ!?!!」

 

 空中を振り回しながら死柄木に何度も刺突を続ける操血刃が、激情のままに叫んだ彼の背中から何本も伸びる黒と赤色の絡み合った様な模様をした棘……『鋲突』によって、その刃を刺突でいとも簡単に破壊したのだ。

 

「ヤベッ……ッ!!!!」

 

「ヤイバくんっ!!!」

 

 そのまま死柄木の鋲突が切裂に迫り、地表で見上げるラグドールが叫んだ彼が腕の刃で軌道を逸らそうとするも、鋲突は硬化した彼の脇腹を火花と鮮血を纏って擦っていった。

 

「グゥッ!!」

 

「チッ!!!」

 

 残りの鋲突で自身を拘束する操血刃を破壊した死柄木は、直撃を逸らされた事に舌打ちする。そして今度は指先から5本の鋲突を伸ばして確実に彼を貫こうとするも、その時は切裂から伸びた操血刃が鋲突を弾きながら死柄木を再び拘束するべく迫っていた。

 瞬間的に鋲突と操血刃が空中で入り乱れ、ガラスの破片の様に赤い刃が火花を散らして飛散していく。純粋な硬度は鋲突が上か、1本の鋲突に対して数本の操血刃、あるいは自身の変化させた刃で弾き返しながら、切裂は死柄木を捉えるべく血の刃を伸ばし続ける。

 

「2度と捕ま……ぁア゛ァッ!!?」

 

 操血刃は高速で動こうとした死柄木を捕らえる事は叶わなかったが、死柄木の伸ばしていた鋲突に絡み付けるのは容易であった。

 そのまま戻ろうとする鋲突に合わせて操血刃を縮めながら、死柄木との距離を瞬時に詰める切裂の四肢から再び斬撃波が放たれる。

 

「クッソッッ!!!!」

 

 死柄木が刃になった腕を振るうも、その刀身から斬撃波は微塵も現れない。

 

「なぁんでだよッ!!!!!」

 

 自身の硬化以外、思い通りにいかない個性に逆上しながら、代わりと言わんばかりに死柄木は刃になっていないもう片方の手の平から直接放った数発の斬撃波が、切裂の放つ斬撃波を相殺……されなかった。

 

 単純な性能しか見ていなかった斬撃波と、洗練された刃から直接放たれる多段仕様の斬撃波では、質が違う。

 

「ガハァァあぁァッッ!?!?!!!」

 

 死柄木の放つ斬撃波を粉砕して叩き込まれた彼の悲鳴と同時に、その姿が炸裂した白煙に飲み込まれるも、切裂はすぐさま操血刃を伸ばして煙の中に消えた彼を刺し貫いた。

 

「逃すかよ……ッ!」

 

「い゛ッ……痛゛ぇえェェ…………ッ!!!」

 

 空中で数回の爆発が起こった後、白煙から両腕の骨を断ち切られて筋肉だけで中途半端に繋がった死柄木が現れる。その腹には操血刃が深々と突き刺さっており、彼を捕らえて離さない。

 超再生は無尽蔵に彼を回復し続け、腕も骨から再生して元通りにしていくが、それでも痛みだけは彼の精神を逃さなかった。鋲突を中途半端に伸ばしながら、彼は拳を握り締めて苛立った感情を曝け出す。

 

「ハァ、ハァ……! クッソッ!!! なんでトガみてえにできねえんだ……ッ!! 同じハズだろうが……ッ!!!」

 

「は……!?」

 

 その言葉に、切裂は思わず操血刃の動きを止めた。

 今、死柄木が使っている『刃』の個性は、トガヒミコが使っている『刃』の個性。つまり、自分と同じ『刃』の個性であると回答が合致した。

 彼が斬撃波も操血刃も使えない理由は単純。個性を鍛えていないからである。彼の能力は個性を磨き上げたPlus Ultra先にある結果なのだから。

 

 ただ、切裂にとって想定外だったのは、最後に文化祭の後にトガヒミコと会った時、彼女はその時点ではまだ操血刃を使えなかったのだ。

 

「ッ!」

 

 油断で操血刃が緩んだ瞬間、死柄木の鋲突が背中側から一気に広がって、切裂ごと操血刃を貫こうとする。

 

「あッ!!!」

 

 咄嗟に腕の刃で鋲突を弾きながら操血刃を更に死柄木の体へ押し込むも、鋲突の対処で遅れた操血刃が破壊されて再び死柄木が自由の身となる。

 数本の操血刃が彼の体を突き破るも、痛みに顔を歪ませながら生えた刃を崩壊させる死柄木が獰猛な笑みを浮かべだ。

 

「やめだ……ッ!」

 

「あァ!?」

 

 まさか逃げるのかと疑念が切裂の頭に浮かんだが、彼の考えは外れた。

 顔を見ればわかったのだ。死柄木の視線が自分自身ではなく、地上に残っているラグドールへと向けられている事に。

 

 死柄木は個性破壊弾を持つ彼と、サーチを持つラグドールを塵に還してはならないと、闇雲な個性の反撃を抑えていたのだ。

 しかし、このままでは並行線で決着がつかず、時間が経つに連れて別のヒーローの援軍が到着する可能性も予測していた。現に地上に残されたマンダレイは、電波妨害に左右されない自身の『テレパス』で周辺のヒーロー達に必死で増援を呼びかけていたのだから。

 

 だが、彼女がどれだけ救援を呼びかけても、死柄木と切裂の援護に辿り着く者は、未だに誰1人としていなかった。

 

「ッ!!?」

 

 死柄木の視線に気付いた切裂は、無意識な程に素早い動きで操血刃を伸ばした。が、その刃が彼を捕える事はなく、衝撃波を纏いながら急降下する死柄木がラグドールに迫る。

 

「ラグドールッ!!!!!!!」

 

「あッ!!!?!」

 

「寄越せッ!!!!!!」

 

 落下する重力のままに切裂が叫びながら死柄木を追うも、加速すら行う彼の機動力には敵わない。

 操血刃も間に合わない切先の奥で、死柄木がラグドールを掴みかかろうと両腕を伸ばしたが、寸前の所で彼女の目の前に瓦礫を巻き込む土石流が一気に盛り上がり、防壁となって死柄木を防いだ。

 

「なッ!?」

 

「流子っ!!?」

 

「ピクシーボブっ!!?」

 

 この場において、死柄木の崩壊に対してもう1人優位を取れる個性を持った彼女が動き、誰もがその方向に視線を向けた。

 

「………………ッ!!!!!」

 

 その瞳には恐怖も、決意も覚悟も全てを入り混じらせた、今までに見た事のない表情で死柄木を睨む、汗を滴らせたピクシーボブの姿があった。

 瓦礫や砂の入り乱れる土流は、指で掴む事ができない。『スナッチ』と同様に死柄木に崩壊させる隙を与えまいと、ラグドールを守ろうとした彼女は土石流を大きく唸らせながら死柄木を捕まえようと的確に動かそうとした。

 

「悪くはないな……」

 

「ッ!?」

 

 だが、ピクシーボブの『土流』はあくまで崩壊に対しての優位性であり、それだけでは敵わないという事実を、彼女は心の中で受け止めていた。

 それでも、一瞬の隙を与えれば彼が再び優勢に移れると信じて、ピクシーボブはラグドールを守った。

 そして、死柄木に対抗できる自分以外のメンバーを、逃すために。

 

「後で貰ってやるから、下がってろ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、放たれたのは衝撃波。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土石流どころか、その裏にいたピクシーボブ。死柄木を操血刃で捕えようとした切裂、。ほかのプッシーキャッツのメンバーすら巻き込む破壊の波動に、残骸と化した都市の瓦礫が吹き飛び更地となる威力の衝撃波が彼女達を襲った。

 ヒーロー側の無線機を妨害した『電波』に『重荷』で質量を付加、それを手の平の穴から勢いを付けて『押し出す』事で放たれた強烈な衝撃波。オール・フォー・ワンが得意としていた、個性の複合による広範囲攻撃を死柄木は実行に移したのだ。

 

 5人の叫び声は、互いに誰にも聞こえなかった。

 

 衝撃波が廃墟を吹き飛ばした直後、ようやく頭が冴えてきたと言わんばかりに首を動かしながら砂埃の中から姿を現した死柄木が、手の平から先程よりも数段は威力の低い衝撃波を放って周囲に漂う砂埃を払った。

 

「クッソ……まだ加減が効かねえな…………でも、死んじゃいねえだろ?」

 

「うぅ……ぁ……ッ!」

 

 視界が一気に晴れて最初に現れたのは、仰向けに倒れたラグドールの姿。頭のカチューシャは外れ、コスチュームも見る影もなくボロボロになってしまった彼女の肌や額に、鮮血が地面にまで流れ落ちる。

 その半開きの瞳が死柄木を捉えても、もう彼女は逃げる事ができなかった。

 

「ドクターの言ってた『サーチ』……コレがあれば『ワン・フォー・オール』を探し出せる……!」

 

「ぅ…………くゥ……!」

 

 歩きながら余裕の笑みで話す死柄木の言葉に一瞬だけ出た知らない個性『ワン・フォー・オール』に疑問を抱くも、彼女は目の前まで迫る死柄木の恐怖に飲まれていた。

 

「りゅ…………流子…………!」

 

 辛うじて顔を横に向けた視線の先、吹き飛ばされた瓦礫の山にうつ伏せて倒れるピクシーボブの姿が彼女には見えた。

 全身をボロボロにして流血まで起こしている彼女がほんの少し、僅かに震える腕で立ち上がろうとしているのがラグドールには見えたが、すぐに脱力を起こした様に倒れ伏す。

 

 これ以上動かないでと、彼女は願った。

 

 その反対側では頭にまで泥を被ったマンダレイが、怪我で動かない体に歯を食いしばって泣くのを堪えながら、必死にテレパスで助けを求めていた。

 

「お前の個性、有意義に使ってやるからさ……安心して死ね……!」

 

 他のメンバー達の姿は見えない。そして、最愛の彼の姿も見えなかったが、もう彼女には探す体力も失われていた。

 軽い足取りで歩み寄っていた死柄木はもう、倒れたまま動かない彼女のすぐ前に立っていた。

 

「ヤ…………ヤイバ、くん……!」

 

 最後に口にした、彼の名前と同時に、虚な瞳から涙が零れ落ちる。

 

 2度も自分の事を助けてくれた彼でも、あれだけの衝撃波に巻き込まれて、無事で済むハズがない。

 

 

 

 

 

 殺される。

 

 

 

 

 

 願わくは彼の無事を祈って、全てを諦めようとしたラグドールの顔に手を伸ばそうとした死柄木の足の間を抜けて、彼女の晒された足に赤い弾丸が突き刺さった。

 それは、ようやく彼女の個性を奪おうとした死柄木の前で唐突に起こったのだ。

 

「は……?」

 

「ぁ───

 

 

 

 

 

 チクリと肌を刺す痛みの直後、まるでノイズの様な頭痛と混濁に襲われ、そのままラグドールは目を閉じて意識を失った。

 

 

 

 

 

 当然、その弾丸を知る死柄木は、何が起こったのかを瞬時に理解した。

 同時に、頭に血を上らせた彼は怒りに任せて声を荒げた。

 

「お前……よくも……ッ!!!!!!!!!」

 

 明らかに動揺した死柄木が血管を浮き上がらせながら、鬼の様な形相で弾丸の飛んできた方向へと振り返った。

 

「ハァ……ッ! ハァ……ッ!! ゼェ……!」

 

 そこにいたのは、迷彩服を纏った全身をボロボロにしながらも、個性破壊弾を装填していた右腕の小手を左手で押さえつけ、死柄木越しにラグドールへ向かって伸ばしたまま膝立ちでフラフラと構える切裂の姿があった。

 個性破壊弾を彼女に撃ち込む事で、彼は死柄木に『サーチ』を奪わせるのを防いだのであった。

 

「USJで殺すべきだったよ……お前は……ッ!!!」

 

「ぐっ……ッ!」

 

 恨みがましい声で死柄木がそう呟いた直後、彼の腕に神々しくも禍々しい光が一気に収縮に、それは線となって切裂に放たれた。

 

「ガぁァッッ!?! ァ……アぁ…………ッッッッ!?!!!!?!!!!」

 

 史実ではギガントマキアの肌すら容易に貫いた光線を浴びた彼は、全身を硬化して背後にいるピクシーボブとマンダレイを守るべくその身を挺した。

 が、その威力は硬化した彼の体を貫き、光線を乱反射させながら瞬く間に体を焼き焦がしていく。

 

 彼の悲鳴すら轟音に飲まれ、閃光の眩しさに誰もが身動きの取れない中、不意に死柄木から放たれる光線が止まった。

 

「ハァ……ハァ……ッ!?」

 

 何が起こったのかもわからず、大きく片膝をついて息を吐く切裂の体から黒煙が吹き出し、難燃性の迷彩服が黒く染まっている。

 

「この女の個性は必要なんだ……なぁ、持ってんだろ……? 『血清』を……!!!」

 

「………………ッ!」

 

 それでも、死柄木の台詞から彼が何を考えているのか予想のついた切裂は、ヘルメット越しに頭を叩いて意識を取り戻そうと急ぐ。

 だが、そんな彼の前で死柄木は光を収めた手から、今度は鋲突を構えると同時に、身体中から強靭な顎と不揃いに並んだ牙だけしかない怪物の頭部を何体も触手状に放出し、意識のないラグドールに向けて金属音を立てて噛み付く動作を繰り返した。

 

「寄越せよ。そしたら、彼女だけは生かして───

 

 言葉が言い終わるよりも早く、死柄木の足元から伸びた真っ赤な操血刃が彼の体を削り、ラグドールに触れようとしていた顎を破壊する。

 そのまま、切裂の足の傷口から地面を潜って伸びていた操血刃で倒れたままのラグドールを掴もうとするが、そこに体を欠損させながらも手を伸ばした死柄木の鋲突が血の刃を破壊する。

 

「く……ッ!」

 

「ハッ……そうかよ……ッ!」

 

 すぐにでも切裂を消し炭にしようと両手に破壊の光を溜め込もうとした死柄木だが、激情のままに放とうとしたその光を彼は寸前で押し殺してみせる。

 それを目で捉えていた切裂は硬化しながらも、操血刃を伸ばして無理矢理体を立ち上がらせて死柄木に対峙するが、その足取りは頭でも打ってしまったかの様におぼつかない。

 

 そこに再び死柄木の手の平から光が収縮され、爆音と共に破壊の光線が切裂へと真っ直ぐに撃ち出される。

 

「ぐぅゥゥウぅゥゥゥゥゥゥっッッッ!!!!!!!!!!!」

 

 全身を硬化して両腕の刃を構え、背後のピクシーボブ達を守ろうとした彼の体が、白熱化しながら更に焼けついていく。刃で照射される光線を弾ききれずに、体が激痛の悲鳴を上げた。

 それでも歯をくい縛りながら、両足を地面に突き刺して光線に耐える彼に対して、死柄木は悠長に笑った。

 

「ハハッ! いつまでもつか───

 

 

 

 

 

「うおォォォォッッっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 光線の威力を更に上げようとした彼の背後から、他のプッシーキャッツのメンバーと同じ様にコスチュームをボロボロにさせた虎が飛び出したと同時に、自身の個性の『軟体』で死柄木へ複雑に絡みついた。

 そのまま彼女は光線を放つ死柄木の腕にまで蔦の様に巻き付き、無理矢理膝を曲げさせる事で切裂に照射されていた光線を、彼の顔面へと直射させた。

 

「ゴブぉ゛ウォ゛ぉえ゛゛ェっッッッッ!?!!?!?!!!?!!!!」

 

 至近距離で光線を自身の顔に浴びる事となった死柄木から、言葉にならない悲鳴が半壊した顔面から光と肉片をブチ撒けながら響き渡る。顔面から逸れた光線は絡みついた虎の肌を焼き焦がすも、彼女は構わず死柄木を固定させる。

 

「とっッ、虎さんッ!!?!」

 

 不意を突けたとは言え、死柄木に肉薄してしまった彼女の凶行に、切裂から血の気が引いたと同時に彼の混濁していた思考が一気に冷やされた。

 その直後に顔へ放っていた光線が死柄木の手の平から止まり、黒煙と共に顔面が丸々と削げた彼の口らしき穴が、僅かに動いた。

 

「クッ……どいつもこいつも……ッ!!!」

 

「ぬうッ!!!」

 

「ッ!」

 

 続く様にして死柄木の体から伸びた顎の怪物が虎の頭部を狙って大口を開いて迫るも、すぐさま速度を取り戻した切裂の操血刃によって、怪物は意図も簡単に首を刎ねられると同時に死柄木へ突き刺さろうとした。だが……

 

「ハァア゛ァァァァァァァッッッッ!!!!!!!」

 

「がぁ……ッッッッ!?!?!!!?!!!!」

 

 彼女の気合いのこもった発声と同時に、死柄木に絡みついていた彼女の筋肉が膨れ上がり、彼の体から一気に身体中の骨が折れる音が鳴り響いた。

 

「ご……ッ!?!!?!」

 

 死柄木の体が、骨組みの無くなった人形の様に力無く垂れたまま、その四肢をありとあらゆる方向に捻じ曲がらせた。

 首の骨まで完全に外されて、穴という穴から大量の血を鼻血と同時に吐き出した死柄木の頭がダラリと垂れ下がり、彼はそのまま動かなくなった。

 

 だが、それで死柄木が死ぬとは切裂も虎も思ってはいない。

 

「虎さん離れてッ!!!!!!!」

 

「我に構うなッ!!!! 智子達を───

 

 焦燥する彼の前で、今までにない程の強い口調で虎が切裂に叫んだ直後、力無く垂れ下がっていた死柄木の頭がいきなり首の皮が伸びたまま反り上がり、顔を逆さまにさせた状態で虎を捉えた。

 破壊されてしまった顔面を、眼球すら中途半端に再生させた状態で。

 

「悪くはないけど……いかんせん地味だな。お前はいらねえ」

 

「なにッ───

 

 生きている人間とは思えない様相に、一瞬だけでも動揺してしまった彼女は死柄木を絡めつけていた腕を、無意識に緩めてしまった。

 その瞬間、骨の再生も終わらぬまま自身の腕をうねらせて、虎の拘束から抜けた死柄木の手が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の体に触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「虎さ───

 

 叫ぶ切裂の目の前で、意識だけは手放さなかったマンダレイとピクシーボブの前で、死柄木に触れられた彼女の腕から色素が消え、次の瞬間には彼女の肌がその逞しい筋肉やボロボロのコスチュームごとヒビ割れ、砕けていく。

 彼等の視線を受け止めながらも、彼女の白い瞳は確かに切裂へと向けられており、肺が動かずとも、口元が壊れようとも、託すかの様な声で彼のヒーロー名を呟いた。

 

「ブ……ブレイズ───

 

 操血刃が死柄木に向かって伸び、無理矢理にでも虎から引き剥がそうとするも、そのまま彼女の姿は彼等の前で塵となって、崩れ落ちて消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「柔ぁッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」

 

 激痛も何もかもを忘れて、マンダレイとピクシーボブの2人が同時に悲鳴の様な声を上げて、彼女の名前を叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 切裂は届かなかった操血刃を伸ばしたまま、声を震わせた。

 

「あ……ッ! あぁ……ッッッ!!!!!!!」

 

 歪む視界が映すその場所に、虎の姿は残っていない。

 彼女は全身が崩れ落ちて塵となり、更地を吹き荒れる風に流されて消えた。

 

「ッッッッ!!!!!!!」

 

「ぶゥッッっッ!?!!!?」

 

 歯を割らんばかりに強く噛み締めながらも、彼の操血刃は歪な姿で体のバランスを支えようとしていた死柄木を突き飛ばし、目の前で意識を失っているラグドールを掬い上げて自身の両腕で抱きかかえた。

 

「マンダレイさんッ、逃げ───ッ!?

 

 彼女をマンダレイとピクシーボブの2人に任せて逃し、誰も巻き込まない1人で死柄木に対峙しようと彼は叫ぼうとしたが、その視線の先に映ったマンダレイの様子を見て彼は言葉を止めてしまった。

 

「柔……」

 

 

 

 

 

 カチューシャも頭から外れて、コスチュームも破けてしまった彼女は地面に膝をつき、座り込んでいた。

 

 

 

 

 

 あれだけ助けを求めていたテレパスも、今は完全に途切れている。

 

 

 

 

 

 もう、発動する気力も精神も、残ってはいない。

 

 

 

 

 

 ただ、虎の消えていった地面の箇所を見つめる彼女の瞬きすらしない瞳から、留めなく涙が零れ落ちていた。

 

 

 

 

 

「マンダレイ……っ!」

 

「信乃……!」

 

 その様子を見てしまった切裂は声を振り絞りながらも、彼女を立ち上がらせようとラグドールを抱えたまま操血刃で一気にマンダレイとの距離を詰める。

 すぐ近くに倒れていた、傷だらけの腕で立ちあがろうとするピクシーボブも操血刃で持ち上げ、自分の前へとプッシーキャッツ達を引き寄せた切裂が彼女達に告げる。

 

「逃げてください……!」

 

「ヤ、ヤイバくん……! あ、アナタ……!」

 

 それは、過去にラグドールが話してくれた林間合宿の事件と同じ様に、身を挺してまで彼女を逃そうとしたヒーローである彼の姿が、ピクシーボブの脳裏に浮かぶ情景と瓜二つに重なった。

 マンダレイもラグドールも動く事のままならない今、土流で機動力を確保できる彼女に2人を任せ、彼が1対1で死柄木を食い止める作戦は、酷く合理的であった。

 しかし、プロですらないまだインターン生である彼をたった1人であの怪物の前に残す事など、彼女のヒーローとしての意思が許す事ができず、彼女は思いとどまってしまった。

 

「バカな男だ……時間稼ぎにもならなかったな……」

 

「「ッ!?」」

 

 一方で、グネグネと曲がりくねった四肢を、内側から骨の擦れる様な音を立てて再生しながら体を元に戻した死柄木は、身体中の骨が正しく嵌ったのを確認する様に腕を回しながら歩み出し、切裂に狙いをつける。

 その顔は超再生によって骨から肌まで修復され、髪の毛すら元の長さにまで生え揃っていた。

 

「諦めろよ。女3人守りながら、勝てると思うのか? ……1人死なせちまったのに」

 

「ッ!!!」

 

 瞬間、切裂はピクシーボブに最後の目配せを送ってから、背中から伸ばした操血刃で自分1人だけを弾き飛ばし、両腕を刃にしながら死柄木に向けて突進する。

 だが、死柄木の体から迎え撃つかの如く伸び広がった怪物の顎が、何体も現れながら大口を広げて彼に喰らい付いた。

 

「グゥぅぅゥゥゥッッ!!!!!!!!」

 

 迷彩服こそ突き破られるものの、噛み潰そうとした怪物の顎の力にも切裂の硬化は負けず、逆にその口内に並ぶ牙を砕いてみせたが、突進した彼の勢いは失われる。

 その隙を狙って死柄木は動き出していた。

 

「諦めが悪いな……ッ!」

 

「う゛ぅゥッ!?!!!」

 

 自ら生み出した怪物を斬撃波で薙ぎ払い、大顎の死角から現れた死柄木の手が彼の頭に触れようとした、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セントルイスッッッスマァァァシュッッッッッ!!!!! エアフォォォォォォォォォスッッッッッ!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「み、緑谷……!?」

 

 全身を緑色に輝かせた雷光を纏い、黒鞭による高速機動からの浮遊を発動させて飛来した緑谷が、その脚を蹴り上げて放った衝撃波で死柄木を吹き飛ばしながら、彼の前へと現れた。

 

「ブゥぅゥウ゛ぅゥゥゥゥッッッッ!!!?!!」

 

「うぉォォォォォォォォォォっッッッッ!!!!!!!!!」

 

 続け様に放った2発目の衝撃波で、瓦礫の山となったビルの一角まで吹き飛ばされた死柄木を見届けてから、緑谷は軽やかに地面へと着地する。

 しかしマンダレイのテレパスのみならず、緑谷の中に眠る『ワン・フォー・オール』の継承者達の声に導かれてこの戦場に到達した彼は、作戦前に別の場所へと別れたハズのクラスメイトを前に純粋な驚きを見せた。

 

「き、切裂……くん……っ!!?」

 

 遠く離れたれた群雅で任務をしているハズの彼がどうしてこの場にいるのかと緑谷は問いかけようとしたが、その後ろにいる満身創痍のピクシーボブ、放心状態のマンダレイ、そして意識のないラグドールを抱える彼の姿を見て、状況はそれどころではない事を察した。

 

「プッシーキャッツ…………っ、虎さんはっ!?」

 

「………………」

 

 切裂は答えられなかった。

 

 ただ、問いかけた瞬間に見開いた彼の瞳。

 

 そしてピクシーボブ、マンダレイの表情によって緑谷は語ってしまった。

 

「そ、そんな……!」

 

 さっきまで発していた彼の声が、嘘の様に小さく零れ落ちる。

 

 震える瞳の裏に、林間合宿とチームアップの情景が浮かび、そこに虎の姿が思い返された。

 

 そして、彼女がもういないという事実が突きつけられた瞬間、緑谷の中で悲壮と同時に怒りが湧き上がる。

 

 そこに聞こえた、元凶の声。

 

「イッテぇ……ッ、どこから来やがったんだ……?」

 

 崩れ落ちた瓦礫を吹き飛ばし、緑谷によって負った傷を再生させながら砂埃から飛び上がって姿を現した死柄木が、自分に横槍を入れた緑谷を見下ろす。

 

「お前も……見た事あるな……!」

 

 USJにて脳無を妨害し、保須事件でもヒーロー殺しと接触した緑谷の姿を、死柄木はある程度記憶に残っていた。

 それでも、彼の態度が興味の薄い反応であったのは、彼の個性が喉から手が出るほど求めている『ワン・フォー・オール』であると、まだ知らなかったからである。

 この場に緑谷が現れてしまった事に、切裂は彼が死柄木にワン・フォー・オールを奪われるリスクを感じずにはいられなかった。

 

 けれども、このプロヒーローの増援が何故か一切訪れない危機的状況下において、彼の援軍はこれ以上ないほど頼もしく、そして窮地を覆す機会だと信じたかった。

 だからこそ、彼は動揺も焦燥も押さえつけて、緑谷に簡潔な状況を説明した。

 

「……緑谷……ラグドールさんが狙われてる……! 彼女達を何とかして逃さないと……!!」

 

「……ッ、わかった! 僕らが時間を稼ぐからッ、すぐに……」

 

「ダ……ッ、ダメよあなた達……ッ!」

 

 互いに身を挺して最善を尽くせる者同士、多くを語らずとも意見は合致した。背後でピクシーボブが2人の対話を遮ろうとするが、彼等にはもう時間が残されていなかった。

 

 それに、緑谷がこの場に到達したからには、彼に追いつく事のできる親友も、この場に向かっていると切裂は確信していた。

 

「オイオイ……そんなガキに俺が止められるとでも思ってんのか? お前の方が、まだ張り合いが───

 

 死柄木は突如として現れた緑谷を嘲笑いながら、空中で急加速をかけて突進を仕掛けた。

 

 

 

 

 

「A・P・クラスタァァァッッ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 瞬間、眩い閃光と同時に空まで広がる絨毯爆撃の様な爆破の連続が死柄木を飲み込む。

 

「ぐァアぁァァァッッッ!?!!!」

 

 再び地面に叩きつけられて黒煙と砂埃の中へと消えた死柄木を一瞥し、爆破を数回繰り返した爆豪が彼等の前に着地を果たす。

 

「かっちゃんっ!!!」

 

「爆豪っ!!!」

 

「なぁんでテメェがいやがんだァッ!!!!!」

 

 2人の明るい声に対して吐き捨てる様に叫んだ爆豪の台詞に、思わず切裂は言葉を詰まらせる。

 しかし、彼が返事をするよりも早く爆豪は彼の周りにいるプッシーキャッツのメンバーとその様子を見るなり緑谷よりも早く状況を理解してみせると、その眉間に青筋を立てながら切裂に向かって吠えた。

 

「俺とデクでなんとかしてやるッ! 急げッッ!!!」

 

「爆豪……!」

 

 それは虎がいない事への、純粋な怒りであった。

 

 ここで起こってしまった事実と、間に合わなかった不甲斐なさ。噛み締めた悔しさを押し殺し、爆豪は感情的になって叫ぶ。

 

「テメェのワケは後で聞くッ! 猫ババア共を連れてけッ!!!」

 

「ハッ……勝てると思うのか……?」

 

 そこに割り込む死柄木の声が響き渡り、雷光を全身に瞬かせる緑谷と手の平で数回の爆破を繰り返す爆豪が同時に構える。

 その2人の視線の先から衝撃波で砂埃を吹き飛ばした死柄木が、その両手に禍々しい光を溜め込み始めた。

 

「見ろ……お前等以外、誰の助けも来ねえ。プロヒーローですらねえ学生風情が、俺を止められるとでも本気で思ってんのかァッ!!!!!」

 

 死柄木が叫んだと同時に、彼の両手の平から地面を削るほどの威力を備えた破壊の光線が、爆音の爆光を纏って放たれる。

 

「前ッ!!!」

 

「読めてらァッ!!!!!」

 

 しかし、その直前に緑谷が放った言葉よりも早く、連続する爆撃を只一点に集中した『A・P・バースト』を爆豪が放つ。

 本来、切裂の硬化を突き破るために編み出した、連続爆撃の瞬間的な一点集中により、死柄木が放った光線は爆破に阻まれて、空中に飛散する。

 

「フンッッッッ!!!!!!!!」

 

「グぅ……ッ!?!! オォォ……ッ!!!!」

 

 そこに緑谷の蹴り上げで放たれたエアフォースが地面と瓦礫を巻き込みながら分散した光線を飲み込み、空中で炸裂した光が死柄木の周りで消えていく。

 思わず身を腕で守った死柄木の前で、緑谷は彼の次の動きに神経を集中する。ワン・フォー・オールの継承された個性のひとつ、対象の殺意を察知する個性『危機感知』の副作用である頭痛にも耐えながら。

 

「それでも……! 僕はお前を止めなくちゃならない……ッ!!!」

 

「少しはやる気になってくれたか? あぁッ!?」

 

 そして、その危機感知によって緑谷が示すよりも早く動いていた爆豪。ここまで彼が先を予測する力を備えたのは、かつての林間合宿でのムーンフィッシュとの遭遇において、環境が原因で爆破を思う様に使えず碌な戦闘経験を取る事ができなかった事に変わって、ムーンフィッシュ以上の猛攻を放てる切裂との訓練によって引き上げられたのが原因であった。

 咄嗟にラグドール達を守っていた切裂は、この2人なら死柄木を倒せるかもしれないと希望を抱いた。

 

 だが、当の死柄木は光線を潰された事に驚きはしたものの、状況の優位を疑わなかった。ギガントマキアが目覚めた今、山荘の状況は覆った。後はマキアが来るまで、脳無と時間を稼いでからラグドールを捕まえればいい、と。

 

「行って切裂くんッ!!!!!!」

 

「行けェナマクラッ!!!!!!!」

 

「ッ!!!!!」

 

 2人の声に押された彼は、背中の操血刃で死柄木と緑谷達の前から飛び退きながら、倒れていたラグドールとマンダレイ、そしてピクシーボブを別の操血刃に巻き付ける。

 

「ヤ、ヤイバく……っ!!?」

 

 彼女の言葉に構わず、彼は再度操血刃で跳ね上がり、緑谷の爆豪の残る戦場を後にした。

 空中へと飛び上がったすぐ背後で爆発音が鳴り響き、地面や建物の破壊される音と共に、地鳴りが起こった。

 

「行かせるかぁァァァァァァァッッッッ!!!!!!!」

 

「ちょっとは構ってけッ!!!! 全身手マン野郎ッッッ!!!!!!!」

 

「邪魔だ……雑魚共……ッ!!!!」

 

 緑谷と爆豪の声が聞こえても、死柄木の声が聞こえても、彼は振り返る事なく移動を止めなかった。

 

 操血刃で運ぶ彼女達を絶対に失ってはならないと、言い聞かせる様に自分を信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾度かの跳躍。

 

 周囲のあちらこちらから戦闘の地鳴りが響き渡る蛇腔市の市街、死柄木の崩壊に巻き込まれて残骸の山となった大通りの地面に着地した彼は、それまで操血刃を巻きつけていた彼女達を放した。

 

「きゃッ!」

 

「あ……っ!」

 

「………………」

 

 ラグドールは意識がまだ目覚めておらず、その大きな瞳を閉じたまま眠っているかの様に気を失っている。

 目を覚ました彼女に、虎の事を伝えなくてはならないという残酷な役割を、彼女達に任せようとしている事に、悔しさだけが募った。

 

「行ってください……」

 

「待っ、待ってヤイバく───

 

 それでも、ピクシーボブに向かって冷たい声で彼は告げた。すぐに緑谷と爆豪の所に戻らねばと、もう一刻の猶予も与えられなかった。

 

「行けッッッつってんだよッ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

「っ!?!!!」

 

 どうしても離れようとしない彼女達に苛立ってしまった彼は、ピクシーボブに向かって感情的な声で叫んだ。

 今まで一度も聞いた事のない彼の感情を剥き出しにした声に、彼女は怯んだ。そこに彼からの両腕が肩を強く掴んで、ビクリと体を震わせる。

 

「……ゴメンなさい……」

 

 その彼の口から、か細い声の謝罪が聞こえたと同時に、我に帰った様に彼女の肩を離した。

 

「とにかく、ひたすら離れてください……! ピクシーボブさん! マンダレイさんと、ラグドールさんの事……お願いします……!」

 

 逃げる方向を指差し、早口で告げた彼が操血刃を伸ばして、ピクシーボブ達を残して跳ね上がろうと地面を突き刺す。

 

「ヤイバくんっ!!!!!!」

 

 ピクシーボブは叫んだ。

 

 彼が振り返った時、今にも溢れ出してしまいそうな感情を必死に押し殺した彼女の顔が、見えた。

 

 

 

 

 

「また……会えるわよね……!?」

 

「………………」

 

 

 

 

 

 彼は答える事なく顔を戻し、背中から伸ばした操血刃で跳ね上がり、緑谷と爆豪が死柄木と混戦を繰り広げている方向へと飛び去っていった。

 飛び立った彼が視線を後ろに向けると、破壊された瓦礫の山の中で土石流が動き出し、マンダレイとラグドールを支えながら後方へと滑っていくピクシーボブの姿が見えた。

 

 その様子だけを見届け、彼は更に跳ね上がる。

 

 そして彼の姿が見えなくなっていく最後に、ピクシーボブは振り返りながら避難所に向けて走った。

 

 それは、言葉を失いながらも意識を保ち続けていたマンダレイも、同じだった。

 

 

 

 

 

 彼女は最後まで振り返った。

 

 

 

 

 

 彼が消えていった方を、何度も。

 

 

 

 

 

 虎の消えていった方を、何度も。

 

 

 

 

 

 彼等いたその場所を、見えなくなるまで。

 

 

 

 

 

 ずっと……

 

 

 

 

 

 ずっと…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怯えていた。

 

 

 

 

 

 ヒーローである彼女達の言う事を聞かせるには、そうするしかなかった。

 

 

 

 

 

 最初に接敵した時点で、彼女達を守りながら死柄木を押さえつけるのは不可能だと察していた。

 

 

 

 

 

 事実、そうなった。

 

 

 

 

 

 ラグドールさんに、もう合わせる顔がない。

 

 

 

 

 

 マンダレイさんもピクシーボブさんも、泣いていた。

 

 

 

 

 

 思い出したのは、彼女達とのインターン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───智子の事を、宜しく頼む……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特徴な白目と、綺麗に生え揃った歯を輝かせて、笑っている虎さん。

 

 

 

 

 

 峰田や爆豪、マウントレディとも一緒になって……彼女達と励んでいたインターン。

 

 

 

 

 

 あの笑っている風景には、もう2度と戻れないんだと、悟ってしまった。

 

 

 

 

 

 どうして、こうなってしまったのだろうか。

 

 

 

 

 

 操血刃で跳ね上がった体を、地面に着地して踏みとどまる。

 

 

 

 

 

 呼吸が苦しくて、気持ちの悪い動悸が止まらなかった。

 

 

 

 

 

 自分の視界に焼き付いてしまった。

 

 

 

 

 

 目の前で見てしまった。

 

 

 

 

 

 虎さんが、あいつに崩されてくのが。

 

 

 

 

 

 俺は存在しないハズの人間だ。

 

 

 

 

 

 俺が彼女達を巻き込まなきゃ、虎さんは死ななかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────俺が、殺したんだ───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────────────っっッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 言葉にならない叫び声を上げながら地面を殴りつけ、辺り一帯に亀裂が走った。

 

 衝撃波で吹き飛ばされた時、次に意識が覚醒した時にはもう死柄木が彼女に接近していた。

 

 残る1発の個性破壊弾を死柄木に向かって撃つのも考えたが、最初の不意打ちですら硬化で弾かれしまっては、焼け石に水だった。

 『サーチ』を奪われた時点で死柄木は緑谷の中にある『ワン・フォー・オール』を見抜くだろう。そうなったら、彼以外に加減をする必要はなくなる。

 

 そうなったら終わりだった。

 

 それが最善だと思ったのに、結果はどうだ?

 

 結局ラグドールさんは、個性を失った。

 

 虎さんまで犠牲にしてしまった。

 

 最善を尽くそうとしたのに、俺のせいで全て狂った。

 

 死柄木が何故か俺の個性を持っている時点で、詰んでいたのだ……

 

 それでも、緑谷と爆豪の所に戻らねばと、拳を握りしめて飛び立とうとしたその時……

 

「え……?」

 

 

 

 

 

 不意に装具のポーチの中から、携帯電話の音が鳴った。

 

 しかも緊急地震速報のヤツだ。

 

 いつも任務前は事務所か寮に置いてしまうのだけれども、今回だけは万が一のために持ってきていた。

 画面を開いてスワイプした瞬間『ヴィランによる大規模被害発生』の報告が表示されて、最初はこの病院周りの事だと思いながら、ページを開いた。

 

 でも、違った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『該当地域にお住まいの方は、すぐに避難を始めてください』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝手に再生された動画からLIVE中継で聞こえたのは、抑揚のないアナウンサーの声だった。

 

「は?」

 

『繰り返します。現在超大型のヴィランが、和歌山県群訝山から京都府蛇腔市まで真っ直ぐ北上しております』

 

 俺の予想した通り、死柄木が目覚めた時点でギガントマキアは動き出していた。

 それでも、向こうにいる峰田と切島、そしてマウントレディ達ラーカーズがいれば、抑えられると思っていた。

 

 だが、ニュースキャスターの言葉は続いた。

 

『予想進路、未野市、香薫市、根羽呂市、播土市、藻周市、堀巣市、蔵人市、仮妥市、唐鞠市、維奈良市、波羽市、砂色市、侍土市、阿野戸市、手野市、大他市、朝瑠多市、那鳩市、加和市、古平良市───

 

 

 

 

 

 え……?

 

 

 

 

 

 延々と読み上げられる市名に続いて、ギガントマキアがいると思われる位置が画面に表示されている。

 

 その場所は山荘から、降りて来てしまっていた。

 

 山の形を変えるような、あんな化け物が街に降りてしまったら、どうなるかなんて考えなくてもわかる。子供の作った積み木の街を、大人が靴履いて蹴散らす様なモノだ。

 ヒューマライズの比じゃない、未曾有の大災害がこの国で起こる事になる。

 

 その思考を無理にでも隅に追いやり、俺は山荘の襲撃が始まる前に見た作戦地図を思い返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 峰田や切島達、後方支援班は山荘の真後ろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギガントマキアが進んでいる方向だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その更に後方に負傷したヒーロー達を搬送する救護所が構えられていたハズなのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギガントマキアの位置はもう、その場所を超えて市街に入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 待て……峰田は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 切島や芦戸は……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八百万は……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マウントレディは……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラスのみんなは……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が、こっちに来ちまったから……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何処で間違えた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 せっかくトガちゃんと会えたのに。

 

 

 

 

 

 トゥワイス達が背中を押してくれたのに。

 

 

 

 

 

 それ以外、何もかも上手くいかずに。

 

 

 

 

 

 全てが死柄木に壊されていく。

 

 

 

 

 

 全てが息苦しくて、胃の中の物が逆流してしまいそうになる。

 

 

 

 

 

 視界は真っ暗に歪んで、それでも倒れるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 ヤツへの怒りで、真っ赤に染まった。

 

「ヤイバくん……」

 

 冷静になれ。

 

 どちらを助ける?

 

 群雅と蛇腔。

 

 緑谷と爆豪か?

 

 ギガントマキアを止める?

 

 プロヒーローとクラスメイト達でも、どうにもならなかった相手を1人で?

 

 峰田達やマウントレディが優先か?

 

 アイツらの無事を確認するのが先か?

 

 なんで、こんな事になったんだ?

 

 時間が足りない……!

 

 人も足りない!

 

 このままじゃ、トガちゃんが笑っている世界は……

 

「ヤイバくんっ」

 

 俺は、峰田と切島を信じた。

 

 あの2人なら、ギガントマキアだろうが何だろうが絶対に負ける事なんてないと、闇雲に信頼して。

 

 でも、違った。

 

 きっと『青山』は、群雅に残っていたんだ。そりゃそうだ!!!!!

 

 俺は……トガちゃんが全てなんだから……!

 

 経緯はわからないけども、その『俺』が欠けてしまったからだ。

 

 ギガントマキアが街に降りてしまったのは、自分のせいだ。

 

 俺のせいで……アイツらは……

 

「ヤイバくん……!」

 

「ッ!?」

 

 ピクシーボブとは違う女性の声。不意に呼びかけられた声に振り返ると、そこには俺の言いつけ通りに身を潜めていたハズのトガちゃんが、ホークスの剛翼で降り立っていた。

 よく見れば、コスチュームの一部が破けて内側の輸血パックが見えている上、彼女の頬や膝からは擦り剥いた傷で出血していた。

 

 考えなくてもわかる。死柄木の放った衝撃波に巻き込まれてしまったのだろう。

 

「トガちゃん……!」

 

 俺が掠れる様な声で名前を呼ぶと、彼女は膝立ちだった俺を抱きしめてきた。

 

「ヤイバくん、死柄木くんはもう……私の見ていた死柄木くんじゃなかったです……」

 

「そう……だね……」

 

 もしかしなくても俺と死柄木の戦いを見ていただろうに、彼女は見守ってくれた。緑谷やラグドールさん達がいなくなる、俺が1人となる空間を狙って彼女が待っていてくれた事に、嬉しさと同時に儚さが心を突き抜けた。

 

「前の死柄木くんにはなかった……スゴい怖い感じがしました……まるで、死柄木くんじゃないみたいな……」

 

 オール・フォー・ワンを継承して雰囲気が変わりすぎているのは、長時間行動を共にしていたトガちゃんにも、一目瞭然だっただろう。彼女の言葉を俺は何の疑問もなく、受け止める。

 

「あの2人……ヤイバくんのオトモダチだったら……死柄木くんに勝てますか?」

 

 大丈夫、あの2人なら負けない。

 

「勝つさ……あの2人は……っ!!!」

 

 この物語の主人公なんだから。

 

 プロヒーローなんか比較にもならない、最強の2人の組み合わせなんだから。

 

 数秒にも満たない時間しか見届けられなかったが、緑谷は『危機感知』を使えていたし、爆豪はソレよりも早く先読みを捉えて動いて見せた。

 あの2人が全身全霊をかけて、本来存在するハズのない俺に入れない領域で戦っているのだ。

 

 ここまで来て諦めてたまるか。

 

 俺が俺として、やるべき事を成さなくては。

 

「ヤイバくん……?」

 

 少し心配そうに覗き込んできた彼女に、勢いで取り繕った笑顔を向けて、俺は地面に膝をついたまま瓦礫を払った。

 

 2人が平和にした世界が、ボロボロであっていいハズがない。

 

 あの化け物……

 

 

 

 

 

 ギガントマキアを止めなければ。

 

 

 

 

 

 緑谷と爆豪が死柄木を倒しても、奴が健在だったら国が復旧する前に取り返しのつかない所まで壊れされてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺のせいで、何の関係もない人達が死んでしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの歩く大災害は、群雅山荘から欠けてしまった俺にしか止められない。

 狂った運命を取り戻す事はできないかもしれないけども、これ以上の地獄を産んでたまるか。

 

「トガちゃん……ゴメン……!」

 

 俺はポーチの中から群訝山荘側の地図を開き、座標を探す。

 彼女にもう一度だけ、最後の移動を果たしてもらうために。

 

「大丈夫です、ヤイバくん……!」

 

 彼女の剛翼が背中へ収まり、次に体から紫色のガスが広がる。ただでさえ、長距離になればなるほど負荷の高い『ワープゲート』だ。次で、しばらくは使えなくなる。

 

 それでも、俺もトガちゃんも、迷いはなかった。

 

「もう少しだけ……俺のワガママに付き合ってくれッ!」

 

 俺の願いに、彼女は大きく頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次回『バタフライ・エフェクト』




『More』……やっぱり嬉しかったですね……!

 デクくんとお茶子ちゃんの未来が、これからずっと明るいものでありますように……!





 ……喜びたいのにコッチの話の差で素直に喜べない……!
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