呪術師と茘の者たち   作:有苑

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ということで、第1クールも終盤に入ってまいりました。
前回、引き上げたところからです。


第13話 それぞれの役割

雅彦(まさひこ)、連れて来たぞ!」

 

麟扁(リュウヘン)が、見張りの宦官たちを連れて来た時、転落した下女は、息を吹き返した。

 

「ゴッ、ゴホッ、ゴッ…ウェ、ゴホッ。」

 

「大丈夫か!」

 

「………あれ…ここ、どこ?」

 

「何があったんだ?」

 

「分からない、水に落ちた音がして来てみたら、この下女が沈んでやがった。」

 

「そうか…あっ、壬氏(じんし)様を呼んでくる。」

 

「頼んだ。」

 

1人の宦官は、麟扁とそんな会話した後、壬氏を呼びに向かった。

 

「大丈夫か?」

 

「何で私…生きてるの?」

 

「……悪運が強かった、とでも言っておく。」

 

「そう………。」

 

「取り敢えず…毛布か何か…温まれるもの……」

 

「必要ないです。」

 

そんなことを言うと、下女は、後宮の中に戻ろうとする。

 

「おい、風邪引くぞ。」

 

「そんな心配をする意味がありますか?」

 

「………」

 

雅彦が返答に迷っていると、下女は、振り返ることもなく歩き出す。が、一度溺れかけた為か、数歩歩いた後、倒れた。

 

「おい、大丈夫か!」

 

「……息はある。はあ、無茶するからだ。…ともかく、どこか……寝かせられる場所は……。」

 

「雅彦!…何があった?」

 

「おはようございます、壬氏様。恐らくですが、この下女は自殺を図ったのかと。」

 

「そうか…見たところ、柘榴宮の下女だろう。息はあるか?」

 

「はい。息を吹き返した後、後宮へ無理矢理戻ろうとした為、限界が来て気絶してしまいましたが。」

 

「……一先ず寝かせられる場所があれば良いな?」

 

「お願いします。」

 

「分かった。付いて来い。」

 

「はい。」

 

雅彦は気絶した下女を背負いながら、壬氏の後に続いていく。十数分も歩けば、どこかの宮の離れに着いた。

 

「ここなら大丈夫だ。寝かせておけ。」

 

そう言うと、壬氏は他の宦官に寝床の準備をさせ、雅彦はそこに、下女を寝かせた。

 

「これで、ひとまずは大丈夫かと思います。」

 

「そうか…では、お前に聞きたいことがある。何故この下女は飛び降りた?」

 

「それは……現時点ではほとんど分かりません。分かることといえば、この下女が死にたがりということです。」

 

「……なるほどな。そこの君、この下女の監視をしてくれるか。」

 

「承知しました。」

 

壬氏は近くにいた宦官に指示を出すと、雅彦を連れて退出しようとする。

 

「壬氏様、私もこの下女を監視してよろしいでしょうか?」

 

「分かった。好きにしろ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 

 

 

 

 

 

高順(ガオシュン)

 

「はい。」

 

「柘榴宮に向かい、あの下女についての聞き込みや、遺書がないか調べろ。それと、薬屋にも報告してくれ。」

 

「御意。」

 

 

 

 

 

 

1時間後、雅彦たちがいる離れに、猫猫(マオマオ)がやってきた。

 

「ここですか。」

 

「猫猫、どうかしましたか?」

 

「高順様から、とある下女が自殺を図ったと報告を受けました。念のため、診てくれと。」

 

「そうですか。ただ気を失っているというより、眠っているに近い状況なので、触れても大丈夫です。」

 

「分かりました。」

 

猫猫は、下女の手首に触れ、脈を測ったり、その風貌を確認したりする。

 

「……なるほど。」

 

猫猫のそんな呟きを耳にした雅彦は、疑問符を浮かべた。

 

「何か分かったんですか?」

 

「ん……ここは?」

 

まさに子がそんな質問をしたとき、下女が目を覚ました。

 

「起きたようですね。」

 

「ああ。気分はどうだ?」

 

「…帰らせてください。」

 

下女は雅彦の顔を見るや否や、足早に去ろうとする。

 

「ダメだ。お前を保護し、監視するようにと、後宮管理者からの指示が出てる。」

 

「…………」

 

その言葉に、下女は俯く。

 

「何故あんなことをした?」

 

「…………」

 

雅彦の質問に、下女は口を固く閉じる

 

「話す気はないようです。」

 

「…だな。」

 

 

 

 

 

結局、その下女が雅彦たちに何かを話すことはなかった。

 

 

夕暮れ時、高官たちの宮の離れ

 

「娘は尚食の下女で、昨日まで普通に働いていた。衛兵の見解では、昨夜塀に登り、堀に身を投げた。未遂に終わったが、いわゆる投身自殺だろうと。」

 

「投身自殺…」

 

猫猫は、何か引っかかったのか、考えるそぶりを見せる。

 

「そうですか…こちらでは、一切口を開かず、何の情報も得ることはできませんでした。」

 

「そうか…どう思う?」

 

その質問には、猫猫が答えた。

 

「自殺かどうかは分かりませんが、少なくとも1人では無理だと思います。」

 

「どういうことだ?」

 

「壁に梯子はなく。傍らに、登るための道具もなかったからです。後宮の城壁は、私の身長の4倍ほどあります。」

 

「道具がないと無理というわけか。」

 

壬氏のその発言を、雅彦が否定する。

 

「…待ってください。一応、方法はあるのでは?」

 

「ええ。厳密に言うと、道具を使わずとも登ることはできます。以前あった、幽霊騒ぎを覚えていますか?」

 

芙蓉(ふよう)妃の件か?」

 

「はい。どうやって芙蓉妃が外壁に登ったのか疑問で、城壁を丹念に調べて回りました。そこで、職人が利用したと思われる、突起を見つけたのです。」

 

「…ですが、それを使って登るのは、大抵の女性が難しいのでは?」

 

「ええ、その通りです。ましてや、あの下女のような纏足の者は。」

 

纏足…足が小さいほど美しいとされる風習のこと、猫猫は、後宮でも纏足特有の歩き方を見かけていた。

 

「自殺でないなら、他殺だとでもいうのですか?」

 

雅彦の質問を、今度は壬氏が否定する。

 

「いや、あの者は自殺だ。間違いない。」

 

「何故、断言されるのですか?」

 

「柘榴宮にある、下女たちの寝室から、あの者の遺書が見つかった。」

 

「こちらです。」

 

そう言いながら、高順は、机に遺書であろうものを置く。

 

「そこに、園遊会の時、里樹(リーシュ)妃の食事に毒を盛ったのは自分であるという旨の記述があった。」

 

「…なるほど。しかし、猫猫の推測が正しいのなら……」

 

「その自殺に、協力者がいる可能性は大きいですね。」

 

「下女が口を割らないのは、協力者がいるからか。」

 

「恐らくは……」

 

そう言うと、猫猫は部屋の左側にある、花瓶に飾られた南天燭の枝に触れる、何か考え事をしているようだった。

 

(一介の下女が、わざわざ里樹妃の命を狙う意味など考えられない。だが、阿多(アードゥオ)妃の下女なら推察はできる。しかし、園遊会からあと少しで2ヶ月も経つ。今更になって自殺する意味など…何がしたかったんだか………俺は、自殺なんてする気なんて、微塵も湧かない。俺や麟扁の命1つで、何百人を救える。無駄死にはできない。それに、俺の選んだ道に間違いはなかったと証明するためにも、俺は戦い続け、救い続けるしかない。……にしても、何を悩んでいるんだ?)

 

「何を考えている?」

 

「死ぬならどんな毒にしようかと…」

 

(はい?)

 

「なっ……死ぬ気か?」

 

「滅相もありません。ですが、人はいつ死ぬか分かりません。たとえ望まなくとも、他人の悪意が加わることで、不本意な死を遂げることがあります。浩然(こうねん)様のように…」

 

(それも…そうか。)

 

「それがいつ訪れるのか、誰にも分からない。運命には抗うことができる人間なんて、ほとんどいない。」

 

「……………」

 

(……俺は、抗えるだろうか…壬氏様や玉葉(ぎょくよう)妃、他の者たち、俺自身を守れるだろうか……呪いは廻る、それに終着点はない。消滅することもない。呪術師(俺たち)は、目に視える“それ”を潰せるだけ。根本の解決なんて、存在しない。きっと、後何百人、何千人と救っても。何百体、何千体と祓っても…答えは出てこない。)

 

「……壬氏様。」

 

「ん?…何だ?」

 

「もし私を処刑する場合、毒殺にしていただけませんか?」

 

(……ッ!)

 

「なっ…なんでそうなる?」

 

「もし私が何か粗相をした場合、処分を下すのは壬氏様でしょうから。」

 

「………」

 

(そんなこと……その時に言えばいいだろうに……こんな場で言わないでくれ………頼むから。)

 

「すみません、調子に乗りました。縛り首でも斬首でも、文句は言いません。」

 

「いや、だからなんでそうなるッ!」

 

(本当にその通りですよ…勘弁してください。)

 

「…私が平民だからです。些細な失敗で簡単に吹き飛ぶ命です。」

 

「そんなことはしない!「するしないではなく、できるできないですから。」………。」

 

「ご用が済んだのなら、失礼します。」

 

猫猫は退出していった。

 

「壬氏様。」

 

「……何だ?」

 

「その下女への処分はどうなりますか?」

 

「一旦は保留だ。里樹妃暗殺が事実と認められ次第、処刑される。」

 

「そうですか…。」

 

(処刑か……俺が処刑されるなら、“布都御魂(ふつのみたま)”が最適解だろう。(いぬい)家へのケジメも、それなら付く。)

 

「……お前も、何を考えている。」

 

「……いえ、何も。」

 

「はあ、薬屋もお前も、何を考えているんだか……。」

 

 

 

 

 

数日後 執務室

 

壬氏は高順からの報告を聞いていた。

 

「先日の報告が、ようやく届きました。」

 

「腕に火傷を負った者を探せと言ってからふた月も経っている。時間のかけすぎだ。」

 

「申し訳ありません。」

 

「…で、一体誰だ?」

 

「はい、意外と大物でした。柘榴宮 風明(フォンミン)淑妃(しゅくひ)・阿多妃】の侍女頭です。」

 

「………そうか。下がってよい。」

 

「はっ。」

 

「………腕に火傷を負った者とは、何の話でしょうか?」

 

「……来ていたのか。」

 

「はい、つい先ほどですが。『忘れろ』というのでしたら、忘れます。」

 

「いや、いい。……堀に身を投げた下女はどうしている?」

 

「ほとんど口を開きません。何か言うと思えば、『里樹妃に毒を盛ったのは私だ。処刑するなら早くしろ。』としか。どうして、まだ処刑しないのですか?」

 

「…その下女が、里樹妃を暗殺しようとした可能性が低い……というか、対抗馬が出てきた。」

 

「対抗馬?」

 

「阿多妃の侍女頭、風明。知ってるか?」

 

「…名前と……あと、ご実家が養蜂場をされていることぐらいなら。」

 

「そうか…ふた月ほど前、色付きの木簡が燃やされたらしい。それは、暗号である可能性が高い。そして、その木簡は、袖口が焦げた女物の衣に包まれていたらしい。ここ数ヶ月で、手に火傷を負った者。それに該当した風明こそが、里樹妃暗殺の真犯人だ。」

 

「…ッ!……では、何故あの下女は噓を吐き続けるのですか?」

 

「さあな、阿多妃への忠義か、風明への恩か、」

 

(忠義か…阿多妃は、今年中に後宮を去る。1度目の出産の際、東宮を1人産んだが、幼くして死亡。さらに、その際、子宮がなくなり、子を成せなくなったためである。そして、新年のあいさつと共に、新しい上級妃を迎え入れる。それを回避するには、現在時点での上級妃の椅子に、空席を設けるしかない。その為に、里樹妃は狙われた。)

 

「その件についても、猫猫に捜査してもらうのでしょう。」

 

「ああ。今日、翡翠宮で、玉葉妃と里樹妃の茶会が開かれる。その終わり時にでも、向かうつもりだ。」

 

「そうですか。私は何をすれば?」

 

「お前は……暇なんだったら、堀に身を投げた下女の監視をしてくれ。」

 

「承知しました。」

 

 

 

翌日 猫猫は、柘榴宮の大掃除の手伝いをすることになった。

 

 

 

 

 

翌日の昼頃 翡翠宮:応接室

 

壬氏、高順、雅彦は、猫猫からの報告を聞いていた。

 

「……以上が、柘榴宮での出来事です。」

 

「そうか…それで?」

 

壬氏は、客人用の椅子に大胆な姿勢で座り、紅茶に蜂蜜を混ぜ入れ、飲む。高順と雅彦は椅子の後ろに立つ。

 

「…それ以上でも以下でもありませんが。」

 

(壬氏様の態度が、家でも見ないぐらい軽いんですが。)

 

「では、質問を変えよう。もし特別な方法で外部と連絡を取るとすれば、誰だと思う?」

 

(嫌な聞き方をするものだ、このお方は。分かっている筈であろうに。)

 

「…可能性があるとすれば、侍女頭の風明様ではないかと。」

 

「根拠は?」

 

「左の手首に包帯が巻かれていました。あの色付きの木簡は、袖口が焦げた女物の衣に包まれていたそうです。」

 

その言葉を耳にし、壬氏、高順、雅彦の3人はアイコンタクトを取る。

 

(やっぱり、そこに行きつくか……。)

 

「…まあ、及第点だな。」

 

そう言うと、壬氏は、猫猫の目の前に立つ

 

「いい子には、ご褒美をあげないとね。」キラキラ☆

 

「うよよよっ…え、遠慮します。」ブルブル

 

「遠慮することはない。」キラキラ☆

 

そう言いながら、壬氏は蜂蜜の入った壺に指を入れ、掬う。

 

「うわぁ~~。結構です。ほっ、他の方に差し上げてください。」ブルブル

 

(また始まっ………壬氏様?それはマズいんじゃ……どっ、どうしよう。高順様は………そっぽ向いてる。………俺もそうしよ☆)

 

目の前の現実から目を背けようとする雅彦たちをよそに、壬氏は猫猫を壁際に追い詰める。

 

「高順様!」

 

猫猫が声を張り上げ、助けを乞う。だが、視線の先には、明後日の方向を見る高順と、同じく明後日の方向を見る雅彦がいた。その光景を見て、猫猫は、2人に下剤を盛ることを固く誓うのであった。

 

「甘い物は嫌いなのか?」

 

「辛いもの好きなので、」

 

「だが食べられるんだろう?」

 

そんな会話は時間稼ぎにもならず、猫猫の前には、蜂蜜を絡ませた壬氏の指が迫っていた。命令と割り切るか、尊厳のために逃げ出すか、2つの葛藤に板挟みにされた時、猫猫は一抹の結論にたどり着いた。

 

「………蜂蜜。」

 

「ん?……薬屋?」

 

それだけを呟く猫猫の姿に、壬氏は困惑する。

 

「うちの侍女に何をしているの?」

 

壬氏は、驚きながらも声がした方向に体を向ける。

 

「うっ…玉葉妃、これは……。」

 

「誰の許可を得てそんなことを?」

 

言い訳をしようとする壬氏を、玉葉妃は怒気を孕んだ声で詰める。

 

 

「うっ……アハハッ……」

 

情けない引きつった笑いをしながら、壬氏はそそくさとその場を去った。

 

小猫(シャオマオ)、ついいたずらが過ぎただけなので、壬氏様を許してやってくれませんか。」

 

高順は、後がない壬氏の弁明をする。

 

「では、次は高順様がねぶれば問題ないかと。」

 

「ねっ…ねぶる……それは、ちょっと……うっ……」

 

猫猫の恐ろしい提案に、高順は吐くそぶりを見せ、震える。

 

「はあ、分かればいいです。それで、いくつか確かめたいことがあるのですが。それと、徳妃 里樹様のもとをお伺いしたいのですが。」

 

「承知しました。」

 

自分が話題に上がっていないことに気付き、雅彦は勝利を確信していた。

 

 

 

 

 

夕暮れ時 金剛宮

 

猫猫、雅彦は、里樹妃のいる部屋に入る

 

「失礼します。」

 

「いらっしゃいま!……あら?壬氏様はいないの?」

 

「はい。突然、申し訳ありません。」

 

「フンッ、それで?翡翠宮の侍女が何の用かしら。」

 

お目当ての宦官が来ていないことを知ると、明らかに不機嫌になる。

 

(なんか…壬氏様がいないとはいえ、猫猫に対して無愛想過ぎないか?)

 

「お伺いしたいことがあります。」

 

そう言うと、自身の袖を使い、顔の目元から下を見えないようにすると、里樹妃の目の色が変わる。

 

「あっ…あなた、園遊会の……聞きたいことって?」

 

(あっ、ソバカスで気づいてなかったのか……確かに、ほぼ化粧も何もしてないもんな。)

 

「蜂蜜はお嫌いですか?」

 

「えっ…なんで分かるの?」

 

「顔に出ていますから。」

 

「えっ、むー。」

 

自分の顔に全て出ていたことが恥ずかしかったのだろう、頬を膨らませながら、扇で口元を隠す。

 

「昔、蜂蜜でおなかを壊したことが?食中毒によって受け付けなくなることは、珍しくありません。」

 

その問いに、里樹妃は首を横に振る。

 

「それは違うわ、覚えていないの。赤子のことだから、一時は命も危うかったと聞いたわ。以来、乳母たちにも食べるなといわれていて。」

 

「あなた、失礼じゃなくて?里樹様にずけずけと。」

 

里樹妃に賢い相談相手がいることが、相当気に食わなかったのか、里樹妃の侍女たちは、猫猫に対して一斉に威嚇する。

 

(なぜ蜂蜜で瀕死に?後で猫猫に聞いてみるか………にしても、こいつらうるせえな…釘、物理的に刺してやろうか。藁じゃくて直接お前らに……)

 

「何よその目。後ろにいる宦官も。」

 

直後、猫猫が驚いた顔をして雅彦の方に振り返る。

 

「大丈夫ですか?」

 

「えっ、ああ、うん。大丈夫。釘刺してやろうかなと思っただけなので。」

 

「そうですか。」

 

そんな会話をし終えると、猫猫は再び里樹妃の方に、顔を向ける。

 

「あんな侍女の話なんて聞くことありません。」「ええ。徳妃である里樹妃に対して無礼ですわ、早く追い返すべきです。」

 

あまり反論できない猫猫たちをのことを、侍女たちは言いたい放題で文句を言う。

 

(こうやって、自分たちだけが味方と思わせる作戦ってか、世間知らずの幼い姫君がこれをされたら、騙されるしか道はない。頼れる者が、侍女しかいないからだ。俺たち視点でも、信用できんのは毒見役のみ。こいつ的にも、1人で抗うのはキツイだろう。にしても……ア"ー、こいつら、マジで五月蠅(うる)せえ、どうしたもんか…)

 

雅彦が何を言おうか迷っていた時、猫猫が、一足早く口を開いた。

 

「私は、命を受けてここに来ました。言いたいことがあれば……壬氏様に直接どうぞ。」

 

「じっ、壬氏様に?直接!?」

 

その発言を耳にした途端、侍女たちの目の色が変わる。ついでに、猫猫の目も。

 

(………それはもう、嫌がらせじゃないですか。まあ、仕方ないけど……悪い顔してらっしゃる、そんな猫みたいな目をして、耳を生やして…耳?…………耳ッ!?…見間違えか……)

 

壬氏のことで盛り上がっている侍女たちや、意味のないことを考えている雅彦をよそに、猫猫は里樹妃に質問をする。

 

「それと、もう1つだけ。柘榴宮の侍女頭、風明様を面識はありますか?」

 

その質問に、里樹妃は顔を強張らせる。何か相当怖い記憶があるそうだ。

 

「あるわ……よく、阿多様と遊ばせてもらってたから。でも、ある時から…ずっとその人に、『邪魔だから、あっちに行って』って、だから、少し、怖いの。」

 

「そうですか。お時間をいただき、ありがとうございます。では、これで。」

 

「ええ。また何かあったら来てちょうだい。」

 

「はい。」

 

猫猫が会釈をしたのち、雅彦も無言で礼をして、退出した。

 

 

 

 

 

「…猫猫、ちょっと質問していいか?」

 

「何でしょうか。」

 

「蜂蜜って、滋養に良いんじゃなかったか?どうして、それで死にかける?」

 

「確かに、蜂蜜は滋養に良いとされています。ですが、花の蜜には、毒性を持ったものが多いです。大人や、5歳以上の子供が摂取する分には無害ですが、生まれたばかりの幼児には有毒。時には、命をも奪います。」

 

「……なるほど。確かに、気付かずに与えてしまう可能性もあるな。」

 

「ええ、だから危険なんです。」

 

数歩歩いたところで、猫猫は歩みを止める。

 

「猫猫?どうした。」

 

「雅彦様。」

 

「あー、雅彦でいい。」

 

「いえ、面倒なので。後宮の昔の出来事を知る方法はありますか?」

 

「面倒って………そうだなあ、宮廷の…書庫だったら、あるかもな。」

 

「分かりました。」

 

その後、2人は書庫に向かい、猫猫にいくつかの本を渡し、雅彦もとある資料を借り、解散した。

 

 

 

 

その数日後、猫猫からの報告はないまま、風明は自首した。

 

 

 

 

早朝 執務室

 

「阿多妃が、四夫人の座にとどまれるようにするため、園遊会で里樹妃に毒を盛ったという名目で、風明が自首してきたんだが…雅彦、どう思う?」

 

報告書を眺めながら、壬氏は、雅彦に取り敢えずの質問をする。

 

「どうと言われましても…私ではなく、猫猫に聞くべきだと思われますが。」

 

「それは分かっている。お前に、何か書き物を集めさせていたようだからな。昼時には向かう。だが、元から阿多妃は、上級妃を降りることが決定している。後宮を出た後、南の離宮に住まうことになった。」

 

「左様ですか。……堀に身を投げた下女は、どうなりますか?」

 

「あー、いたな、そんなの。」

 

(扱いがひどい。)

 

「風明からの自首内容に、『先日自殺を図った下女は、私の指示でそうさせた。』という記述もある。それに伴って、今日中には釈放される、報告しに行ってもらえるか?」

 

「承知しました。」

 

 

 

 

 

雅彦が堀に身を投げた下女が保護されている離れに向かう途中

 

(風明の動機は、阿多妃が上級妃でいられるようにするため。妥当っちゃ妥当だが、それだと、猫猫が里樹妃のもとを伺ったのが引っかかる。当てが外れた可能性もあるが、猫猫に限ってそんなことがあるとは思えん。だったら何故……里樹妃の話を聞いた後、風明との面識を聞いた。それは、猫猫の中で何か確信があったから……だとしたら蜂蜜…いや、そんな訳……そんな理由で……。)

 

そんなことを考えているうちに、離れに到着する。

 

「……直接聞くか。」

 

雅彦は、見張りに来た旨を伝え、中に入る。

 

「体調はどうだ?」

 

「…何かありましたか。」

 

雅彦の質問は当然のように無視される。

 

「はあ、」

 

「溜息を吐きたいのは私です。早く処刑してください。」

 

その言葉に、雅彦の目が鋭くなる。

 

「それについて、悪い知らせだ。風明が自首した。」

 

「えっ、ウソよ、ウソ。そんなの……。」

 

「嘘じゃない。風明からの自白に、お前を自殺させたのは自分の指示だったという内容も含まれている。よって、お前も今日中に釈放される。」

 

「……なんで、言うはずない。あの方が…風明様が!」

 

「…やっぱり、知ってたんだな。」

 

「どうして……どうしてッ……自分の指示だったなんて嘘を………。」

 

下女は膝から崩れ落ちる。

 

「それもか……お前に1つ、聞きたいことがある。」

 

「はあ…ううっ……なっ、何よ……」

 

目に涙を溜めながら、下女は雅彦を睨む。

 

「風明が、里樹妃に毒を盛った動機は、阿多妃が、上級妃の座にとどまれるようにするためとされている。」

 

「ええ、そうよ。」

 

「けど、実際はそれだけではないんじゃないか?」

 

その言葉に、下女の顔が青白く染まっていく。

 

「どっ、どこでそれを!」

 

「誰にも聞いてねえ、思いついただけだ。安心しろ、俺の考えた戯言の集まりだ。誰にも言わねえ。………お前に聞きたいのは、俺の戯言がどれだけ真実に近いかだ。」

 

「…………。」

 

「一連の騒動、カギになるのは『蜂蜜』『東宮の死因』そして、『それを知る者』この3つだ。」

 

「とっ、東宮の死因?それは、白粉じゃなくて?」

 

「確かに、公的にはそう認められている。ただ、今回の件を調査していた知り合いが、蜂蜜の毒性とその被害にあったお方の話に妙に食いついた……そいつの推理眼を信じて、蜂蜜が絡んでいると考えた。」

 

「………。」

 

淡々と自分の憶測を語る雅彦を見る下女の目は、震えていた。

 

「蜂蜜の毒性は、主に幼児に現れる。それが、東宮の死因と仮定すれば…」

 

「そっ、そんな高級品が、都合よくその時にあるとお思いですか?」

 

「風明の実家は養蜂をしている、蜂蜜の貯蔵に困ることはない。お前もそれは熟知しているだろう。」

 

「くっ………。」

 

「だが、結果として白粉の毒性による死亡と断定された。それは、蜂蜜の毒性を知る者がほとんどいなかったからだ。しかし、身をもって知っている人物が、1人いらっしゃった。それは、「もう言わなくてもいい!」…やっぱり、そうか。」

 

「ええ、その通りよ。阿多様のご子息の死因は蜂蜜!誰も知らなかった蜂蜜の毒性を、里樹妃が、里樹妃だけは知っていた!だから、風明様は殺そうとした。自身が阿多様のご子息を、1番大切なものを奪った直接的な原因だと知られるのを防ぐために!」

 

「それをお前は、庇おうとした。そして、そこまでした理由は、お前の立場が関わっている。」

 

「どこまでも知っているのね。」

 

「ああ。ずっと引っかかってた、何故一介の下女であるお前がそこまでするのか。調べたところによるとお前、風明に並ぶ古株らしいな。」

 

「ええ、そうよ。私は、一介の下女。そんな私を、任期が終わっても、阿多様や風明様は雇い続けてくれた。だから、役に立ちたかった…少しは、恩返しがしたかったのよ………。」

 

余程耐えられなかったのか、下女は泣き崩れた。

 

「そうか……ありがとな、話してくれて。……じゃあ、柘榴宮に戻っていいぞ。」

 

「私は、どうすれば良いの?私のミスで、風明様は処刑される…私は……私はどうすれば、どう生きれば良いの⁉︎」

 

「どう生きれば良いか、か。……背負って生きるしかねえだろ。それに、阿多妃が、後宮を去り、南の離宮に住まうことが決定した。風明がいなくなる分、お前が支えてやれ。」

 

その発言に、下女の声が震える。

 

「じゃ、じゃあ!風明様は……何の為に……何の為に死ななければならないの⁉︎」

 

「人の死に意味を見出すことは、その者たちへの冒涜に繋がる。何でそうしたか、では無く。何を思ってそうしたか、それが重要なんだよ…。」

 

下女は、俯くことしか出来なかった。

 

(何の為か……確かにな。誰かの為にした行動全てに、意味があるとはかぎらない。必ず報われる訳じゃない。客観的に見れば、『愚か』という一言で片付けられるかもしれない。人の思いとは、そんなものだ。)

 

 

 

 

 

 

 

2週間後

阿多妃が後宮を出るため、淑妃の証である冠を返上する。その光景を、雅彦や麟扁、猫猫を含めた大勢の者たちが見物していた。

 

「なあ、雅彦。」

 

「どうした?麟扁。」

 

「あの2人…似てねえか?」

 

「……確かにな。でも、だったらなんだって話だろ。」

 

「いや、血縁者とか……。」

 

「阿多妃のご子息は1人、それに、幼くして亡くなられている。有り得ねえよ。」

 

「そうか……。」

 

「まあ、自分にそっくりな人だって、1人や2人いるもんだろ。」

 

「……そうだな。」

 

2人がそんなことを話していると、2人の人影が、阿多妃のもとへ飛び出していた。

 

「お待ちください!」

 

「里樹様!」

 

「……里樹妃!?」

 

(そういえば……よく、遊んでいた、などとおっしゃられていたか。)

 

「あの毒見役……やるじゃねえか。」

 

「ああ、よくやってくれてるよ……他はあんなんだけど。」

 

雅彦の目線の先には、主人のことなど眼中にない他の侍女たちがいた。

 

「あいつら…。」

 

「相変わらずだ……。でもまあ、あの侍女がいて良かった。」

 

「……だな。」

 

2人が阿多妃と里樹妃の方へ向き直る。その2人は、親子のように笑っていた。子を2度と作れない親と、親元を離れた子。その2人が惹きあったのは、必然だったのかもしれない。

 

「さっ、帰るぞ。」

 

「おう。」

 

(……何か、こう…嫌な予感がするな……)

 

雅彦は、段々と曇りゆく空を見上げながら、そんなことを考えていた。

後日、予想は的中し、雅彦は信じられないほどの腹痛を感じた。

 

「うっ、ぁぁぁぁぁぁああああ!」




終わったー。
雅彦は無事、下剤を盛られたようですね♪
今回のタイトルは、阿多妃、里樹妃、風明、身を投げた下女が、親子のような関係や、誰かを庇おうとしたりする構図に、それぞれの役があり、それによって引き起こされた騒動だったな、と感じたのでこうなりました。

次回もお楽しみに。
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