前回から数日とんで、現在は、翡翠宮に向かっている様子です。
「
「きゃー。壬氏様ー今日も美しいですわー。」
「じ、壬氏様、きょ、今日は何処へ行かれるのですか?」
数人の下女たちは、当たり前のように目の前の麗しい宦官へ黄色い声援を飛ばしていた。
「これから、翡翠宮にいる、
「い、いえ。なんでもございません。」
壬氏は壬氏で、それはまあ何とも甘い声を使い、目の前にいる下女たちを躱していく。
「玉葉妃、体調はいかがでしょうか。」
「心配してくれてありがとう。今のところは大丈夫よ。この子が生まれてくる日が、本当に待ち遠しいわ。」
そう言って自らの、異様に膨れたお腹をさする。その様と眼差しは、だれがどう見ても母親のそれである。
「体調面以外でも、生活や食事に関しては大丈夫でしょうか。」
「ええ。大丈夫よ。
(とは言っても、大丈夫なようには思えない。玉葉妃は妊娠が発覚した影響で毒を盛られ、毒見役が2人も毒によって精神に異常をきたし、解雇されている。玉葉妃自身も、精神的ダメージを負っているに違いない。だが、陰鬱とした態度では体調を悪化させ、子の出産にすら影響しかねない。)
「出産まで、あとどれくらいでしたかな?」
その質問には翡翠宮の侍女頭、紅娘が答えた。
「医局の報告では、あと3週間ほどだそうです。もちろん、助産師は既に雇っています。」
「紅娘、あなたがやってくれてもいいのよ。」
「やりません。一応、勉強をしてはいますが。」
この後宮、一応医官はいるはずなんだけどなあ。誰も信用してねえ。
「承知しました。では、出産の時を楽しみに待っています。」
「ええ。楽しみにしていてね。」
その後、壬氏と
「取り敢えずは、大丈夫そうでしたね。」
「だといいけどな。」
「あとは、玉葉妃と侍女たちを信じるほかありません。」
「だな。無事に出産が終わることを祈っておこう。」
「この出産で、後宮内のバランスが崩れる可能性もありますが。」
「それは男か女かによるだろう。それに、賢妃・
「…そうですね。」
またまた数日とんで壬氏様の仕事場です。
「…………何があった!」
玉葉妃の助産師として雇われていた
「一週間以内だ。何が何でも見つけ出せ。」
「「「はッ!」」」
(何処へ行った?少なくとも勝手に後宮を抜け出すことは不可能。ならば、いまだに後宮内で息を潜めている?どうして?どうやって?……分からない。)
「壬氏様。」
「…なんだ。」
「彼に頼ってみてはいかがでしょうか。」
「…!ッ、アイツか。」
「ええ。彼なら何かわかるかもしれません。」
「確かにな、行ってみるか。」
彼…こと
「雅彦!」
「壬氏様?…お久しゅうございます。」
「はあ…はあ…雅彦、教えてくれ。」
「大丈夫ですか。そんなに息を荒げられて。」
「私から説明致しましょう。」
「えっ、あっ、えっと…」
「高順と申します。」
「高順様。何があったのでしょうか。」
「とある方の助産師が先日、失踪しました。」
「助産師?その方は、出産まであとどれぐらいでしょうか。」
「もう、2週間ほどです。」
「本当ですか!…最後に目撃された場所などは?」
「最後の目撃証言は、食事を持って行って、一向に返しに来なかったので確認しに行ったところ盆と食器を残して、いなくなっていたそうです。」
「自分でその方が済んでいるお屋敷から抜け出したという考え方は?」
「そこら一帯はとても警備が厳重で、到底1人の人間が抜け出すことはできません。何より、そこを抜け出すことは死罪に値します。」
「そこまで厳重なんですか。そこまでのリスクを冒してでも抜け出すメリットがあるとは考えられませんね。承知しました。今夜、私をそこに連れて行ってください。」
「待て。」
「壬氏様?どうかしたのですか?」
「お前はいったい何者だ。…それに…どうやって馬屋を破壊した。まずそこを答えろ。」
「私は、呪術師を生業としています。」
「呪術師?なんだそれは?」
「呪術師とは、呪霊を祓い。人々を救う仕事で御座います。失礼ですが、その方や助産師の方が済んでいたお屋敷は誰かの怨念が集まるような場所でしょうか。」
「怨念…確かに、可能性はある。…何故そんなことを聞く?」
「呪霊とは人が何かを畏怖する感情から垂れ流された呪力が具現化することで発生します。そして、呪霊は人を攫うなどの危害を及ぼします。」
「そんなもの、聞いたことも見たこともない。」
「当然です、呪霊は人…いや、非術師の目には見えませんから。」
「お前には見ることができるのか?」
「ええ。私が捕まった1件で、馬屋を破壊したのも半分は呪霊の仕業です。」
「そんなこと、誰が信じられる。」
「そうですよね。私が言っていることはインチキ霊媒師と何ら変わりません。それでも、信じてください。いや、信じなくてもいい。一度、私に騙されて下さい。」
「壬氏様。」
「………分かった。お前を迎えに行くのは、今夜でいいんだな。」
「ええ。この時間帯は人の出入りも多い。あまり、騒ぎにしたくはありません。」
「分かった。では、また来る。」
「…お待ちしております。」
壬氏と高順は落ち着いた様子で帰っていく。
「結局、信じることにしたのですね。」
「まあな。それに、アイツに賭けてみたくなった。それだけだ。」
またまたとんで、ついに夜がやってきました。
「雅彦様。」
「私奴なんかに様を付けるのはお止めください。お迎え、感謝致します。」
2人は後宮の門へと歩を進める。そこには壬氏様が待っていた。
「ここですか。…何ともまあ、とても大きな屋敷。いや、宮といったほうがよろしいでしょうか。」
「鋭いな。如何にも。ここは帝の子を成すための女の園≪後宮≫だ。」
3人は壬氏を先頭に門の前まで歩いていく。
「じっ、壬氏様。お疲れ様です。…彼は?」
「ああ、お疲れ。彼は私の連れだ。触診の必要はない。」
「しょッ、承知致しました。」
「高順様、触診とは何ですか?」
「この後宮は、帝とその血縁者を除き、男は入れません。入れるのはそれを切除された宦官のみです。」
「え”ッ、そうなのですか。じゃあ、私は?」
「今回ばかりは、完全に特例です。時間もありませんし。」
「…なるほど。」
(すごい…背筋が凍る。)
「お前たち、行くぞ。」
「はっ、」
「はい!」
3人は門をくぐり、後宮の中へ入っていく。
「うげっ、な、何ですかここは?」
「どうかしたのか?」
「いえ、す、すごいですね。滅茶苦茶いますよ。…
「危険性はないのか。」
「襲ってくるほど強いわけじゃありません。ただ、こんなにいると。…この後宮で働く人の心労は、些か無視できたものではありません。」
「そうか。…なるほどな。」
「ここですね。」
雅彦は袋小路になってる路地を指さし、足を止める。
「…何もないぞ」
「ええ。ですが、僅かに
「残穢?」
「呪術師や呪霊が何か行動を起こしたときに見える、足跡のようなものです。」
雅彦は指さした路地に向かって歩いていく。
「待て。」
「来てはなりません。」
「…何故だ?」
「村の娘のようになりたいのですか。」
「………」
「私の姿は少しの間見えなくなります。再び、私の姿が見えるようになったら、来てください。」
そう言って、雅彦は壬氏たちから30mほど離れたところまで歩を進める。
「さて、やるか。」
雅彦は一度大きく深呼吸をして、覚悟を決める。そして右手で掌印を結び、帳を下す。
「闇より出でて、闇より黒く。その穢れを、禊ぎ祓え。」
そう言うと、ドーム状に広がる黒い靄が現れ雅彦を中心とした半径20mほどの一帯を覆い隠し、雅彦は姿を消した。
「さあ、出てこい。」
その言葉に呼応するように、月にかかっていた雲が晴れ、月明かりに照らされると辺り一面が明るくなる。そこには3mを優に超す人型のナニカが立っていた。
「ようやくお出ましか。」
「グルグジャア”ア”ア”」
(この様子、腹の中に1人、喰われてるな。だとすると、あまり外傷は負わせられない。…手加減する理由はないな。)
「“
そう唱えると地面から木の幹が出現し、呪霊を足を貫き、その巨体を固定する。
「グルドグジャグギャア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”」
(下半身は固定した。次は、上半身!)
「“
そう唱えると雅彦の背後から木の根が2本現れ、呪霊の上半身を両側から拘束する。
(この手応え、一撃じゃ無理か。…かくなる上は、)
「おい、呪霊。」
「グルサズジャア”」
「何言ってるかわからんと思うが一応聞いておいてくれ。≪俺≫の術式“
(“術式の開示”威力は上がった。これならいける。狙うは眉間、一撃で葬る。)
「“夜桜・根”
硬化させた木の根が出現し、呪霊の頭蓋を貫く。呪霊は倒れる間もなく灰燼に帰す、喰らった人間の遺体を除いて。
雅彦は遺体を抱き、帳を上げる。
「何が起こっている。」
「私にはサッパリ。」
(少年の姿が見えなくなってから、数分後再び彼が姿を現した。その胸には何かを抱いており頑なにこちらを見ようとしない。)
「終わったのか?」
「………」
「どうした?」
「もうじき出産を迎えられるというその方か、もしくはその方のお付きの方に、『助産師を変えるよう』お伝え願えますでしょうか。」
「…死んでいるのか。」
「ご覧になられますか?…あまり見せられるものでは、ないのですが。」
(酷い姿だった。本当に人間かと、村の者たちが疑いたくなったのがよく分かる。下半身は存在せず、右腕も噛み千切られ、血ではない、黒いナニカが滴り落ちていた。顔の左半分は醜く膨れ上がり、一見すれば死んでいるように見える。しかし、瞼や左腕はピクピクと痙攣しいて、『生きている』という事実を押し付けられる。自分がまだ生きていることを彼女以上に恨んでいる生物など、この瞬間には存在しないのだろう。)
「助からないのか。」
「どれだけ腕のいい医者であろうとも、
「……分かった。」
その後、役所の者に遺体を預け、3人は独房に戻ってきた。
「今回の件は助かった。」
「いえ、申し訳ございません。…助けることが…できなかった。…助けられなかった!」
「「……」」
(こいつは、人情に篤く、お人好しなのだろう。偶然立ち寄った村で、『頼られた』なんていう理由で、馬屋を破壊できるような化け物と闘い、死んでいても、どれだけ惨い姿であっても、遺体を連れて帰ってきた。そのせいで、自分が疑われることや、恐れられるぐらい分かっていただろうに。今回の件もそうだ。こいつは見ず知らずの妊婦と、その助産師のために命の危険を冒し、挙句の果てには『これ以上苦しまないように』と彼女のことを思って、自ら罪をかぶった。)
「では、また何かあったら、伝え下さい。最低でも、遺体や形見ぐらいなら見つけられます。」
「そうだな。…分かった。」
「では、またお会いしま「お前を雇おう。」「えっ?」」
「どういうことですか?」
「本気ですか?」
「さっきの反応からして、まだ後宮内には、その呪霊とやらがいるんだろ?」
「えっ、ええ。というよりはあの感じからして、あの宮がある限りは、永久的に生まれ続けるかと。」
「なら、お前は後宮にいる呪霊を生きている限り、一生祓い続けろ。≪俺≫が、お前を俺専属の呪術師として迎えてやる。ほら、出ろ。」
(ん?俺?一人称そんなお方だったか?)
そういうと、壬氏は独房の扉を開ける。
「えっ、よっ、よろしいのですか?」
「何をしている。早くしろ。」
「えっ、あっ、はっ、はい!」
「あと、これからは乾の名を捨てろ。」
「えっ?」
「お前の名は雅彦。それだけだ。」
こうして、乾 雅彦またの名を雅彦は、壬氏専属の呪術師となった。まあいわゆる、≪出世≫である。
終わったああああああ5000字、長かった。
質問先読みして、現時点で雅彦がやれる事と階級を書いておきます。
領域展開× 極の番× 反転術式× 彌虚葛籠(簡易領域)× 現時点では何にもできません。
術式の格 十種影法術などの相伝の術式より2,3段ほど下。
階級 2級
これから 術式も術者本人も、伸びしろはなかなかのもの。
櫻朴操撃…ほぼ花御の術式じゃねえか!という声は無視するので、悪しからず