日の光が僅かに差し込む執務室で、
「異民族討伐部隊の遠征で、食事に毒?」
「食事は村で作られたもの、異民族に与したとして、村長を取り押さえています。ご指示を」
「分かった。少し時間をくれ。」
「御意。それと、もう1つ。」
「何だ?」
「一昨日の夜、下女の失踪が発生したと。」
「
「それが、少し特殊なようで…」
「…分かった。昼頃、雅彦と
「御意……ところで、
「ああ、玉葉妃の侍女は4人。同じ上級妃である
「ええ。ですが玉葉妃は、明るく穏やかでありながら、貴方様と違い、同時に聡明で用心深い。」
「おいッ。」
「雅彦の件もあります。事実でしょう。」
「あれは、俺の勘が当たった。お前も、あいつを雇って後悔はしていないだろう。」
「確かにその通りですが、結局、貴方様の勘という事実は変わりません。」
「……話を戻すぞ。帝の寵妃という立場は、常に人を疑わなければ、命がいくつあっても足りない。」
「ええ。ですから、どこの馬の骨かも分からぬ者を侍女にはしないでしょう。」
「ああ。そして、新しい侍女は………フフフッ、高順、都合のいい駒が見つかったんだ。」
「ん?」
「例のソバカスの下女だ。薬に対する知識を利用しない手はないだろう。」
「なるほど、ですがその知識を悪用されたら…雅彦のようになるとは限りませんよ。」
「悪用できないようにすればいい、簡単なことだ。」
(念のため色目でも使っておくか。)
昼頃、執務室
「何か…疲れたな。」
(今日は先日の件で、玉葉妃の侍女になった、
「あのイカレ具合、呪術師の才能あるよ。」
「何1人でぶつぶつ喋ってんだ?」
「…お、麟扁。どうした?」
「いや、高順様から、ここに来るようにって呼び出されてな。」
「俺も同じくだ。」
「…俺とお前がわざわざ執務室に集められた。つまり…」
「ああ。壬氏様から、直々に呪霊退治を命じられる。…か。」
「その通り、察しが早くて助かるよ。」
そう言いながら壬氏と高順が、執務室に入ってくる。
「何があったのですか?」
「それに関しては、高順から説明がある。」
「はい。…一昨日の夜、複数名の下女が行方不明になりました。」
「チッ、クッソ!」
「複数名?何人いらっしゃるんですか?」
「報告では、40名余りと。」
「40名!…嘘だろ。」
「主に、どこで行方不明になったんですか?」
「それが…最後に目撃された場所に類似点がないんです。」
「それは、どういう?」
「後宮内のあらゆるところで、失踪したってことじゃねえのか。」
「ええ。そうなります。」
(となると、生まれた場所に固執しない個体。水の呪霊よりも知性があるということになる。)
「では、何か手掛かりは?」
「痕跡などは、発見できなかったそうです。…ただ、奇妙な証言がいくつか。」
「奇妙な証言?なんだそれ?」
「『その夜、帝を名乗る不審な声を聞いた。』『どこからともなく声がして、年齢を聞かれた。』などです。」
「帝?」
「帝を名乗る声って、それ…大丈夫なのか?」
「大丈夫なわけが無い。帝の名を騙るなど、許されて良いはずがない。」
多少怒気を孕んだ声で、壬氏が話に介入する。
「そう…だよな。」
「雅彦、実在の人物を模倣した呪霊などいるのでしょうか?」
「…います。少なくとも、それだけは断言できる。」
「そうなのか?」
「ええ。“
「
「例えば、何か妖怪と言われて、思いつくものはありますか?」
「……九尾の狐…とかか?」
「はい。まさにそれです。呪霊は人が何かを畏怖する感情から生まれる化け物ですが、人は何かを畏怖するとき、より鮮明に想像できる方が恐怖心が強くなるでしょう。つまり、九尾の狐などの具体性を持った妖怪などの伝承の方がより恐れられ、より強い呪霊になります。大変失礼なことをお聞きしますが、帝とは、そこまで嫉まれるようなお人でしょうか?」
「いや、少なくとも、国の情勢は現在安定している。多方面から嫉まれることはそうそうない。」
「左様ですか…」
(たった一夜で40人が場所に関係なく失踪。そのうえ、呪霊は自身を帝と名乗った。…その力と知能を考慮すると、確実に特級。どうしたもんかな…)
「どうする、雅彦。祓いに行くか?」
「……いや、どこにいるかも分からない、どんな姿かも分からない。ただ、少なくとも…強い。多分、まともに戦ったら、死ぬ。」
「いや、でも、そうか………」
「…高順様、相手が、本当に帝の呪霊なのか、帝を名乗るただの賢い呪霊なのかは定かではありませんが、下女には今後一切、夜中に外出をしないよう、しっかり伝えてください。」
「分かりました。」
「…作戦会議は終わりか?」
「ええ、そうですけど…何かありましたでしょうか?」
「今夜、もう一度翡翠宮へ向かう。」
「承知致しました。…麟扁は?」
「そうだな…どうする?」
「俺は、遠慮します。では、これで。」
(ん?…わざわざ遠慮する意味もあるか?)
現在地点:翡翠宮
(どうやら壬氏様は、異民族討伐部隊へ出された食事に毒が盛られた騒動に対して、猫猫の意見を聞くために翡翠宮を伺ったらしい。が、当の本人たちはというと。…)
「フフフッ」キラキラ☆
「うッ………」
「何故効かない………フフフッ」キラキラ☆
「「「きゃーー」」」
「ううッ………」ブルブル
「むっ……」
(なんか……もう、訳が分からない。何を牽制し合ってんだこの2人は。そして玉葉妃は、そんな興味深そうに2人を交互に見るんじゃないよ。)
「今日は…何の御用でしょうか?」
そう言われると壬氏は箱を取り出し、開ける。
「ある武官からもらったものなんだが、味見してくれないか?」
「
猫猫は1つ手に取り、割って匂いを嗅ぐ。
「あ……催淫剤入りですね。」
「食べなくても分かるのか。」
「健康に害はないので、美味しく頂いて下さい。」
「もらった相手を考えると素直に食べられないもんだろ。」
「今晩あたり、そのお相手から訪問があるかもしれませんね。」
(滅茶苦茶サラッと脅すじゃないですか。)
「何だ、匂いで分かるのか。」
(…あなた分かってて食べさせようとしてたんですか!ほらほら猫猫だって、ありえん物を見る目で見てるよ。)
「フフフフッ、アハハハハハッ。」
(なーに笑ってるんですか。貴方様も貴方様で……腹の底が見えない……)
壬氏は1度咳払いをしてから、もう1度口を開く。
「もう1つ、お前に聞きたい件がある。」
「はあ……何でしょう。」
「先日、遠征に出ていた異民族の討伐部隊が、毒を盛られた。」
「毒?」
「食事を取った多くの兵士が、吐き気や呼吸困難を訴え、気分を害する者が出たという。」
「吐き気や呼吸困難ですか…」
(そうだったんだあ。)
「食事は近隣の村で作られた。異民族に与したとして村長を捕えたが、とある武官がそれを沈め、処分は保留となっている。」
(普通に考えれば、村民が毒盛っただけに考えられるけど…新手の呪霊か?……ん?部屋の外…誰か…いや、いるな。しゃーない、行くか。)
「「壬氏様。…あっ、」」
「…どうした、雅彦。」
「部屋の外、近くに呪霊が。」
「分かった。…玉葉妃、大変申し訳ないが、この者が、お手洗いに行きたいそうなので、1度、離席させてもよろしいですか?」
「…ええ、分かったわ。」
「それでは、失礼します。」
雅彦は翡翠宮を出た後、少し歩き開けた場所で足を止める。
「はあ…困るなあ、玉葉妃、ましてや
呪霊は、そんなことを言われているとは露知らず、雅彦の背後にとびかかる。
「“
次の瞬間、雅彦の背後に櫻の根が出現。壁となり、呪霊の巨体を弾く。
「…まだだ。」
出現し、夜空へ昇った根は曲がり、呪霊を拘束する。
「ただの根だと思って、油断したか。技を使わなくても、ある程度、応用が利くのが≪根≫の長所だ。」
「グラッ…ズジザア”ア”ア”」
「やっぱりお前じゃねえよなあ。…弱いし、気配バレバレだし…はあ、もういい。“圧殺”」
「グッ…グッガア”、ガア”ア”ア”ア”ア”」
グジャアァン
雅彦がそう唱えると、根の圧力が一気に増し、呪霊の身体は砕けた。
(…あー、あれ以来、術式持ちの呪霊と1度も当たってない…でも、40人余りが行方不明、いるのは確実。けど、目撃場所もバラバラだし、単独か…複数か…明らかにイラついてんなあ、俺も、相棒も。)
「さて、1体だけか…強いのは。“
生成された葉が、辺り一帯にいる十数体の
「只今戻りました…あれ?」
「あら、雅彦。遅かったじゃない、あの子たちなら、もう帰ったわよ。」
「あッ、左様ですか。では、私も。失礼しました。」
雅彦が廊下を歩いている時、ふと、外壁を見ると、謎の人物が右へ左へ、行ったり来たりしていた。
「ん?妙なことする人もいるもんだな……呪霊に襲われないといいけど、あの高さなら見つからないか。」
雅彦は、執務室に戻り、扉を開けようとする。
「壬氏様、戻りまし、ん?…開かない。いないのかなあ。」
(明かりついてるからいなきゃおかしいけど。『今晩あたり、そのお相手から訪問があるかもしれませんね』あッ!そういうことか…なんか、人いるんだけど…多分男だよな、無視するか。)
「ふーッ、ふーッ。壬氏様ー」
その男の目は明らかに普通ではなかった。
「下手な呪霊より怖えよ!」
やっぱり大変だ。原作1話分も進んでねえしよ。