「この概念が生まれてから、この問いに人類は長きに渡り科学や哲学、宗教などの観点から様々な議論を交わしてきたが、現代に至る昨今までその結論に答えは出ていない。」
数多くの書物が積まれた部屋の中で椅子に靠れた老人はそう口にすると、ふと青年の方に目をやった。
「君は神を信じるかね?」
老人の溜息交じりの問いと暗い眼差しに青年は少し戸惑いつつも
「はい。 ――神は古来より信じられてきましたし、現代科学でも証明することの出来ないような出来事は神の仕業なのかとは…。」
と、少し自信なさげに応えてみた。
青年からフラフラと目を逸らした老人は暖炉に燃え揺る炎に目線を逸らすとゆったりとした口調で再び話始めた。
「―――そうか…。 実際この問いに答えたる結論は今もこれからも現れることはないだろうが…青年よ、私はこう考えてみるわけだ。」
青年はその老人が今から話そうとしていることがどうも自分の考えに大きな変化を齎しそうな気がして、椅子に腰を掛けて耳を傾けてみた。
「私は、神は存在しないと考えてみる。 というのもだ、神というものは抑々人間が創り出した概念的存在に過ぎないのだ…。人類は以来、理解の範疇を超える未知なる存在への不安を統べる存在を神と称して信仰してきた…。そして、何れ神は絶対的・超越的な権力を持ちし存在と仮定され、社会秩序の象徴として概念が確立されていったのだ…。つまり、神とは《人類の必要性から創り出された社会秩序の象徴的概念》なのだと、私は思うのだ…。」
全てを話し終わった老人は、再び青年に暗い眼差しを向ける。
「君は神を信じるかね?」
次は老人のその問いに溜息や迷いのようなものは感じ取られなかった。
青年は少し考え込むと、これまた自信の無さそうな声で応えてみる。
「――考え方には賛同したいですし、神がいないことの説明にもなってしまう気もしますが…。私は概念的存在と一概に捉えてしまうのも如何なものかと考えてしまうのです。これから私が語る内容は答えと言うに相応しい結論では無い事を前提としますが。」
老人から目を逸らした青年は一点を集中し見つめながら、少しずつ話始めた。
「神たる存在が概念的存在であるとした場合に関してもですが、今回は神の定義を“その存在以上偉大なものを想像不可とした、最も完全体な存在である”とします。無論、この定義が神の定義として真であるかは別としますが、今回の私の考えを説明するうえで都合がいいのでそうさせていただきます。この場合、完全体な存在である神を定義付ける為には、少ない複数人の世界で存在する神(集団秩序の象徴的概念)よりも社会の混乱が基本的にない多い人数の生活する世界の神(社会秩序の象徴的概念)の方が偉大となってしまうのです。つまり、定義に矛盾する神という存在は、定義することの出来ない人類の想像しうる範疇を超えた存在とするか、全てのパターンに適応することの出来る存在となるかだと考えられます。」
青年は長々と語り終えた後、少し不安げに老人の方を見てみた。
「うぅぅむ……。」
唸りを上げた老人は青年の話に納得する様に頷くと、三度口を開いてみる。
「神の定義が真であるか、これに答えがないのは論じるまでもないが…もし、最も完全体な存在である神を想像・または存在証明まですることは出来るのだろうか?」
深く考え込んだ老人のその一言に青年はハッとした。
「最も完全体な存在である神を想像・存在証明してしまった場合、抑々その存在を認知した時点でそれは完全体な存在であるとは言えません…。その神が全知全能であるが故、認知することは疎か認知出来ないことも出来ない…。」
「つまり、神がいる事は証明することが出来ず、完全体な存在である神がいる事に関しては定義することが出来ないのだな…。」
老人は暫し黙りこくると、震える声で青年に問いかける。
「君は神を信じるかね?」