赤、青、黄、そして名もなき色たち―――まるで夢の断片を集めたような作品群。その部屋の中央。たった一脚の椅子に座る年老いたその男は、まるで嵐の中心で静かに佇む芸術そのもののようだった。
「個性…。」
沈黙に包まれた騒がしい部屋で、男は呟く。
「個性を表現していたはずの私の個性が失われたのはいつからだろうか…。 個性を求める私のこの姿こそが、まさに無個性の象徴なのではないのだろうか…。」
長く無造作に伸びた黒髪、その中に混じる白髪。多くの皺が寄せ集まった深緑色のエプロンには様々な色の絵の具がこびりついており、老人がどれだけの作品を創って、どれだけの年月をかけてきたかを物語っているかのようだった。
「個性を表現する事が個性なのか…? その個性は果たして本当に私だけにしか出せないものなのだろうか…?」
答えを求めるその老人はゆっくりと首を回して数多くの作品たちを見渡してみる。
もちろんその中に答えがあるなんて思っていない。ただ、答えをその中に生み出してあげたかった。
「――私はずっと個性を求めてきた。金、女、物、名誉、食い物…そんなもの全て投げ出して、私の全てを個性に費やしてきた。だが、その個性を求め続けていた私こそが無個性なのだとしたら、ここにある作品全ては…失敗作だ。」
その言葉を吐いた老人を責め立てるかのように、悲しむかのように、沢山の作品たちは老人を無言で見つめていた。
「私が個性を、自分にしか出せないものを描いてきたように、過去の画家たちも、現代に生を受けし者共も…そして未来を色どりし星たちも、自身にしか出せない個性を出したつもりで生きるのかと思うと、何処か憂鬱だ。」
天井を見上げた老人はまるで機械かのように再び呟く。
「自分自身が個性だと思っていても、その個性が誰かに理解されてしまえば個性ではないのではないのか…。 その人自身にしか分かりえない個々の特性、性質…唯一無二のアイデンティティ…それが“個性”」
だから私の作品が表彰される度に、どこか虚しさや喪失感を抱いていたのか。金、女、名誉、全てそう。金も名誉も女も、個性には必要ない。自分を表す為にはどれも足手纏い。必要最低限で最大限の個性を出すのが芸術なのだ…。
「そうか、そうか…。私がずっと求めていたものは、ずっと私と共にあったのか。」
木造のこじんまりとした家。その中央に位置する部屋で、死体が発見された。発見されたときにはすでに原型はなく、蛆と蝿で覆われていた。
個性を求めた老人は、個性に生き、個性に死んだのだ。
死体の腰掛けるその近くには、まるで作品名かのように一筆こう書き記されていた。