銀河で賞金稼ぎやっていたら、謎のヤンデレ宇宙生物に体を寄生された男の話   作:モーフ

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エイリアン見てたら思いついたので書いてみた


未知との遭遇

 ここは銀河連合の巡回も届かぬ、辺境の死角――フロンティア・スペース。

 

 星どころか小惑星すら漂っていない静謐な空間に、貨物船の残骸が静かに漂っていた。

 

 巨大な貨物ブロックは裂け、内部構造がむき出しになっている。濃密な酸素と血液の混じった気体が微かに漏れ、光の届かぬ虚無へと消えていく。

 そこにはもはや命の気配はない。ただ、冷たく沈黙する金属の亡骸が静かに宙を漂っていた。

 

 やがて――その残骸の周囲に、黒く塗装された十数隻の軽装宇宙艇が現れた。

 

「ハッハッハ! 見たか、見事な収穫だぜ!」

 

 甲高い声が、通信回線を通して艦内に響いた。

 発言の主は、宇宙海賊団スレッド・ヴァルチャーの副長ジミエル。細身に派手な義眼を装着した男で、感情の起伏がやたらと大きい。

 

「こりゃあ当たりだったなぁ船長。トリニウムの精製品、エタ連の医療カプセル、ついでに高品質タンパク素材まで入ってやがった。おまけに全員吹っ飛ばしてやったしな!」

 

「喜ぶな、ジミエル。荷物を詰め終えたら即座に離脱だ」

 

 低く、硬質な声が返る。

 主である《スレッド・ヴァルチャー》の船長、クロノ・ベイル。元軍人という肩書きに違わぬ厳格な面構えと、常に冷静沈着な思考を持つ男だった。

 

「残骸はすべて自動爆破。痕跡は残すな。銀河連合の哨戒網がここに辿り着くまで、二十分と持たん」

「チッ、せっかくのお楽しみを」

「なら、次はお前が囮になれ」

「そりゃご勘弁……」

 

 手際よく収奪された物資が各船へと転送され、残骸の処理が始まる。

 

 異様なほど冷静で慣れ切っているのは、民間船を襲撃し、全員殺し、物資を奪って爆破するのが彼らにとって日常であり仕事だったからだ。

 

 今日もひと稼ぎした、あとは逃げるだけ――海賊たちがそう思っていた時だった。

 

「……空間異常……?」

 

 艦橋のオペレーターが、訝しげにモニターへ顔を近づける。

 

「おい船長。空間座標に乱れが……流動がある。量子波が……」

「……空間が崩れている?」

 

 次の瞬間、宙域に黒い稲妻のような空間の裂け目が走った。

 光が沈み、あらゆるセンサーが一時的に沈黙する。

 

「何かが来るぞ、離脱準備――!」

 

 クロノの号令が飛ぶより早く、それは現れた。

 

「棺……?」

 

 現れたのは棺のような物体だった。

 灰色がかった楕円柱の長さはおよそ四メートル、滑らかで無機質な外殻が特徴的だった。

 

「なんだ……ありゃ?」

「貨物か? いや、あの質感、人工物かどうかも怪しい」

 

 船団の各艦で警告音が鳴り響いた。

 エネルギー探知機が異常な反応を示していた。

 

「中から……微弱な熱源? いや、これは生体信号か?」

「生命体? あれがか?」

 

 ジミエルが身を乗り出す。クロノも、眉根をひそめたまま無言で凝視していた。

 

 船団に緊張が走った。

 だが、欲の前ではすべてが霞む。

 

「……拾え」

 

 クロノが短く命じた。

 

「船長、マジかよ。あんな不気味なもん――」

「もしかしたら宝かもしれねぇ、有害な放射線はないか?」

「ないですね」

「なら決まりだ」

 

 海賊船の一隻が動いた。

 捕獲用のマニピュレータが、そっと棺に伸びる。

 

「コイツも回収するぞ」

 

 棺のような物体は、慎重に海賊船の貨物室へと運び込まれた。念のために複数のセンサーによる検査と、放射線、毒性物質、生物汚染の検出が行われたが、どの項目も安全を示していた。

 

「エネルギー値も沈静化してます。今のところ、爆発性反応や腐食性の兆候はありません」

 

 オペレーターが報告を終えると、船内に微かな安堵が広がる。

 

「……ってことは、お宝確定か?」

 

 ジミエルがにやつきながら棺へと歩み寄った。

 重々しい外殻は、今もなお沈黙を保っている。表面は灰にくすんだ金属のようで、微かに生物的な滑らかさも感じさせた。人工物か、あるいは……そうでないか。誰にも断言はできなかった。

 

「なあ、これ、どこに開閉部があると思う?」

「触るなジミエル。まだ解析も済んでいない」

 

 クロノが鋭く声を飛ばす。副長は肩をすくめて一歩引いた。

 

「へいへい、わかってますよっと。触らぬ棺に祟りなしってな……けどさ船長、ひょっとしたら太古の文明のブツだったりしませんかね?」

 

 クロノは棺を見下ろして言った。

 

「わからん。だが……もしこれがオーパーツなら売値は戦艦一隻分では利かんだろうな」

「マジかよ、夢あるな……」

 

 他の海賊たちも徐々に集まり、棺の周囲を囲むようにして興味津々に眺め始めた。

 

「まるで誰か埋まってるみたいだな」

「なあ、エネルギー源って……これ、生き物じゃないよな?」

 

 冗談混じりの会話が飛び交う中、クロノは短く命じた。

 

「勝手に触れるな。すべての接触は俺の許可を取ってからにしろ。いいな?」

 

 皆が黙って頷いた。

 下手に怒らせたら、殴られるどころでは済まない。

 その重苦しい空気を払うように、クロノが続ける。

 

「――さて。今日は十分な収穫があった。棺の件は明日改めて解析班に回す。それまで厳重に保管しろ」

「つまり、今夜は祝杯ってことだな?」

 

 ジミエルが満面の笑みで腕を上げる。

 他の海賊たちも「よっしゃ!」と声を上げ、各自の艦に戻っていく。

 

「トリニウム冷却しとけよ! 今日は飲むぞぉ!」

「奴らから奪い取った酒は沢山あるぞ!」

 

 興奮と笑い声が船内に満ちる。

 やがて宴の準備が進められ、スレッド・ヴァルチャーの艦内には久々の活気が戻っていった。

 

 誰もが棺の事を一時的に忘れていた。

 しかし――静かな貨物室の中央、厳重に封じられた棺の表面に、微かに走る脈動があった。

 

 誰にも気づかれぬまま、それはほんの一度、わずかに呼吸するかのように膨らみ、そして収縮した。

 

 ――トン……トン……と。

 

 まるで内側から誰かが叩いているかのように。

 

 ◆◆◆

 

 宴は最高潮を過ぎ、アルコールと笑い声に満ちていた空間もやがて次第に静けさを取り戻し始めていた。

 酒に酔い潰れてソファに沈んだ者、誰かの腕枕で寝息を立てる者、残った飲み物を抱えてふらつく者――どこか無防備で、だが血の気の多い者たちが、わずかな平穏の中に身を沈めていた。

 

 その中を、男が一人ふらつきながら歩いていた。

 

 整備班の中堅で、喧嘩よりも機械の分解が得意なタイプの海賊だった。

 顔はやつれており、目の下には常に隈がある。だが海賊というには珍しく、情緒があるというか、妙に繊細な感性を持っていた。

 

「くっそ、酒の回り早ぇ……」

 

 呟きながら、トイレからの帰路、ふと彼は立ち止まった。

 艦内の空調音に混じって――確かに聞こえたのだ。金属音のような小さなカチッという音が。

 

(……ん?)

 

 眉をひそめ、周囲を見回す。廊下の照明は薄暗く、赤みがかった非常灯がぼんやりと揺れている。

 もう一度、今度はギィ……という金属の軋む音が、すぐ先から聞こえた。

 

 ――貨物室だ。

 

 ヴァクトの表情が険しくなる。

 

「……まさか、誰かあの棺を勝手に動かしてんじゃねぇだろうな?」

 

 酔いが少し冷めた。

 思い当たるとすれば、物欲の強い下っ端か。

 

ったく……触るなっつってんのに。馬鹿どもが……」

 

 ぶつぶつと文句を言いながら、ヴァクトは貨物室のドア前に立ち、インターロックを解除した。扉が静かに開き、冷え切った金属の空間が現れる。

 

 そこにいたのは――誰も、いなかった。

 

 だが、何より彼の足を止めさせたのは、室内の中央にあったはずの棺が、跡形もなく消えていたという事実だった。

 

「…………あ?」

 

 完全に酔いが引いた。

 額に汗を浮かべ、ぽかんと立ち尽くす。

 重さ百キロを優に超える異物。貨物昇降機も使わずに、こんな短時間で消すことなど不可能だ。

 

「誰か……持ち出した? いや、バカ言え……こんなデカ物、クレーン動かさなきゃ無理だろ……」

 

 ヴァクトは辺りを見回した。壁面の拘束アームは解かれたままだ。ロックピンも外されており、明らかに何者かが意図して開放した痕跡がある。

 

 それとも――まさか、内側から出てきたのか?

 

「…………ッ!」

 

 その可能性に思い至り、背筋に冷たいものが走る。

 彼はポケットから小型端末を取り出し、艦内通信にアクセスしようとした瞬間――

 

 背後で何かが粘つくような音を立てた。

 

「――っ!」

 

 ヴァクトは反射的に振り返った。

 視界の端に、黒い影のようなものが――天井から、滑るように降りてきていた。

 

「ひ――っ!」

 

 ヴァクトが恐怖から叫び声をあげようとした。

 だがそれは叶わなかった。

 

『さようなら』

 

 男と女の声が二重に重なったような不気味な声が囁かれ、血飛沫が舞った。

 

 鮮血が舞う中で、黒い影は言った。

 

『さて……残りも片付けるか』

 

 ◆◆◆

 

 目蓋の奥に暗い波が漂っていた。遠くで何かが軋むような音が聞こえていた気がする。断続的に、波紋のように、音が耳に届く。

 

 やがて船長クロノ・ベイルのまぶたが、重く持ち上がった。

 

「…………ん」

 

 艶のない髪が枕に散っていた。寝室の照明は落ちていて、赤色の非常灯だけが壁を静かに照らしていた。

 時計を見ると、予定よりも一時間以上眠っていたことが分かる。

 

「……寝過ごしたか」

 

 掠れた声で呟く。だがクロノは特に焦るでもなく、乱れたシャツの前を片手で整え、ゆるゆると立ち上がった。元軍人としての習慣が抜けておらず、目覚めた後の動作に一分の無駄もない。

 

「そろそろ着いた頃か? ジミエル」

 

 副長の名を呼びながら、クロノは船長室を出た。普段なら廊下には誰かしら海賊たちがいるはずだった。

 

 だが今夜は違った。

 音がない。

 まったく何も、船員たちの声すらも。

 足音だけが虚しく、金属の床に響いた。

 

(……妙だな)

 

 この船に長くいて、これほど静まり返った瞬間などあっただろうか。あの馬鹿共の誰一人、喚き声を上げていない。宴の残骸の一つも転がっていない。

 

 クロノは片手で腰のホルスターに触れる。装備されていたハンドブラスターの冷たい感触が、感覚を現実に引き戻す。

 

 彼はゆっくりと廊下を歩き始めた。

 無人の通路を抜け、居住区を確認する。が、そこにも誰もいない。食堂、娯楽室、果ては医務室まで覗いたが人の気配が全くない。

 

 「……何の冗談だ、これは」

 

 眉間に深い皺を刻みながら、クロノは呟いた。

 たとえ全員泥酔していたとしても、警戒を解くほど甘くはない連中だ。艦内には常に数人の見張りを立てている。それが一人も反応しないなど、通常ではあり得ない。

 

 「ジミエル!」

 

 名を呼ぶ声が艦内に響いた。

 だが、返答はなかった。

 

「おいジミエル、起きろ……ったく、どんな悪ふざけだ」

 

 歯噛みしながら、クロノは操縦室へと足を向ける。

 ここに来れば、ジミエルか他の誰かが通信を操作しているだろう。そう思っていた。だが。

 

 操縦室の自動ドアが開くと、そこには――

 

 「…………ジミエル?」

 

 椅子に座ったまま、背を向けている人影があった。

 その独特な姿勢、細身の体格、派手な義眼――見間違えようもない。副長ジミエルだった。

 

「お前か……なんだこれは。全員寝てんのか? それともてめぇが何かやらかしたか?」

 

 だが返事はない。

 ジミエルはただ、背を向けたまま微動だにしない。

 

 クロノの眉がひくつく。彼は一歩、また一歩と慎重に歩み寄った。

 

 そして、ジミエルの肩に手をかけようとした瞬間――ゆっくりと振り向いた。

 

「……なっ」

 

 その顔は原型を留めていなかった。

 

 右半分の頬骨は砕け、眼窩は陥没している。

 眼は落ち、舌が垂れ下がっていた。左側の皮膚は裂け、喉の奥から血泡が漏れていた。

 

 「じ……ジミ……」

 

 言葉が終わる前に、ジミエルの体は操縦席から前のめりに――ドシャリ、と重い音を立てて崩れ落ちた。

 

 血の匂いが、操縦室に満ちる。

 

 「…………誰だ」

 

 クロノは無意識にハンドブラスターを抜き、全方位に目を向けた。その時だった。操縦席の奥、陰に隠れていた座席に、誰かが座っていた。

 

 ボロ布のようなフード付きの上着をまとい、顔の一部を隠していた。黒髪が額に垂れ、血に濡れた手が無造作にひざに置かれていた目元には古傷が一本走っている。

 

 若い男――二十代前半、もしくは半ばあたりだ。

 

「てめぇ……誰だ」

 

 クロノが鋭く問いかける。指先には一分の迷いもなかった。

 しかし、その問いに対し、青年はわずかに顎を上げると、静かに――だが明確に、こう答えた。

 

 「……アゼル」

 

 声は低く、どこか乾いていた。

 まるで言葉を発すること自体に意味を見出していないかのように。

 

「アゼル……? どこかで――ああ、てめぇ賞金稼ぎか!」

 

 アゼルの名を聞いてクロノは気づく。

 彼は数年前から活躍している賞金稼ぎだ。

 数多の銀河や辺境を股にかけ、カルテルや海賊を潰して回る存在。

 

 しかし彼は()()()という噂を聞いていた。

 

 罠に嵌められ、宇宙の藻屑になったと。

 

「てめぇは死んだって噂だ!! 生きてる理由もわからねぇが、どうやってここに入ってきた!!」

「……どうやって? 何言ってやがる、お前たちがわざわざ俺を船内に入れてくれたんだろ」

 

 そう呟いたアゼルの言葉に、クロノの眉が跳ね上がった。

 

「……意味わかんねぇことを――言ってんじゃねぇよ!」

 

 クロノは迷いなく、ハンドブラスターの引き金を引いた。

 閃光と轟音、放たれたエネルギー弾が一直線にアゼルの額を撃ち抜いた。

 

「――――!!」

 

 血飛沫が操縦席を紅に染める。背後の壁にまで肉片と血が飛び散った。アゼルの頭にはぽっかりと穴が空いていた。焦げた骨と脳漿が覗く。彼の身体は揺れ、椅子の背にもたれかかるように沈んだ。

 

 クロノはゆっくりと息を吐いた。

 

「……終わりだ」

 

 確信していた。

 あの距離、頭を撃ち抜いて死なない奴など存在しない。いくら腕が立とうと生身の肉体に抗えはしない。

 

 だが――

 

「は……?」

 

 ピチャッ――奇妙な音が響い

 

 クロノはその音に目をやった。

 するとアゼルの頭部の傷口から、黒い液体のようなものが這い出して、砕けた骨や肉片を繋ぎ合わせていた。

 

「……あ?」

 

 目の前で、アゼルの頭が修復されていく。

 欠けた額、裂けた頬、抉れた眼窩までもが、徐々に元の形を取り戻していくのを――クロノはただ呆然と見つめるしかなかった。

 

 数秒後、完全に元通りになったアゼルが、静かに目を開け、口角をわずかに上げた。

 

 「……いってぇな……」

 

 低く、呆れたような声で笑う。

 

「ほんとに、化け物になっちまったんだな。俺は」

 

 クロノはその場で一歩、二歩と後退った。

 

「……なんだ……何なんだ、てめぇは……!」

 

 すると空気が変わった。

 アゼルのすぐ傍から今度は女の声が響く。

 

『よくも私の愛しい宿主様に向かって撃ったなぁ?』

 

 その声は空気の奥から直接脳に響くような、不気味で、粘ついた響きだった。

 

 次の瞬間――アゼルの右腕が、異形に変形した。

 皮膚が裂け、黒い鱗のような体表が露出する。指は鋭利な爪となり、筋繊維が膨張して腕全体が怪物のように肥大化する。

 クロノが反応するより早くその腕が一閃――彼の首を、がしりと掴み上げた。

 

「がっ……ぐ、ぉ……!」

 

 クロノの足が床を離れて宙に浮かぶ。

 鋼のように固く、異質な感触の爪が彼の喉を締め上げる。

 

「お、おまえ……は……いったい、何なんだ……」

 

 苦悶に顔を歪ませながらクロノは問う。

 その問いにアゼルは静かに目を細めて答えた。

 

「一回死んで……化け物として生まれ変わったのさ」

『より強く、より愛おしい存在でしょ?』

 

 一緒に女の声が囁かれると鈍い音とともに、アゼルの爪が、クロノの頭蓋を両側から締め上げ、そのまま潰した。

 

「はぁ、やれやれ」

 

 クロノ・ベイルの首を掴んでいたアゼルはそのまま死体を()()()()。指先から血管のようなものが死体を這うと、そのままメキメキと骨と肉を捻じ曲げながら肉体に取り込まれていく。

 

「相変わらず……これには慣れない!」

 

 ぬるりと流れ落ちる血が床を染める中で、彼はもう一度深く一息を吐いた。

 

「やっと……やっと生きて出られたか」

 

 安堵と皮肉を混ぜたような声で呟くと、アゼルは操縦席に身を沈めた。背中が椅子に沈むたびに、全身の筋肉がゆるんでいく。どこか遠くの鼓動が、自分のものとは思えないほど、静かに感じられた。

 

「まさか……よりにもよって、また海賊の船に拾われるとはな。まぁ民間人に拾われたら、それはそれで説明が面倒になるがな……」

 

 乾いた笑いが喉から漏れる。言い終えるより先に、彼の肩のあたりが不自然に膨らみ、何かがそこから滑り出るように現れた。

 

 それは少女だった。

 

 灰色の髪がふわりと空間に舞い、異質な艶を放つ二本のねじれた角が彼女の頭から突き出ている。年齢にすれば十代前半ほどの外見だが、その瞳は古の星々を渡ってきたような深い光を湛えていた。

 

「アゼル……」

 

 少女――ニルは彼の背中に手を回し、ぎゅっとしがみつく。

 瞳はより一層どろりと濁っていた。

 

「ああ、やっと。やっと広い宇宙に出られるのね……!」

 

 その声音は悦びと陶酔に満ち、体温を伴う幻のように耳元でささやかれる。

 

「ありがとう……愛おしい、私の、大事な、大事な宿主様……。血肉も骨も大好き。皮の裏まで余す事なく私のもの……」

 

 ニルは喉を鳴らすように艶めかしく言いながら、アゼルの首筋に唇を寄せた。

 

「やめろ」

「いけず」

 

 だがアゼルは顔をしかめ、肩越しに彼女を睨んだ。

 

「言っておくけどな! 人前では出てくるなよ! ニル!」

「だってぇ、もう殺し終わったんでしょ? ねぇ、もう私たちしかいないのよ? 寂しかったの、ねぇ、アゼル……」

「もう切っても切り離せないだろ、寂しいもクソもない」

「じゃあ、じゃあ! 宇宙が熱的死するまで一緒にいてくれる?」

「…………重たい、愛とか色々……」

 

 げんなりとした声を吐きつつも、アゼルの指先は彼女の柔らかな髪を梳いていた。その感触は妙に心地よく、脳に染み込んでくるようだったのだが、これは彼女が無理矢理操ってやっているだけだ。

 

(……まぁこいつに寄生されなきゃ、死んでたのは事実だからな)

 

 罠に嵌められて殺されたアゼルの肉体を再構成し、意識を引き戻してくれたのが彼女――種族不明、謎の寄生体ニルだった。

 

「ねぇ、アゼル。せっかく出て来れたんだから……これからどうするの?」

 

 くすくすと甘く笑いながら、ニルはアゼルの胸に頬を押しつける。その仕草は幼いようでいて、どこか獣のそれを思わせる。彼女の湿度と粘度の高い愛情を受け流したアゼルは、前方のスクリーンに視線を移した。

 

「決まってるさ。俺を一度……殺した奴らに」

 

 低く呟いたその声には、凍てついた憎悪と燃えさかる復讐の意志が滲んでいた。

 

「……仕返ししてやる。銀河の果てに逃げてたって……絶対に見つけ出してぶっ潰す」

 

 言いながら、彼は操縦桿に手を伸ばした。

 指先がレバーを倒すと、船体がわずかに震え、エンジンが始動音を響かせ始めた。

 

「くふふふ、楽しくなりそう!」

 

 ニルは微笑むとアゼルの胸の上で、指先で円を描くように遊ぶ。アゼルはそれを無感動に見ながらここに至るきっかけを思い出していた。

 

(こいつの力があれば……俺は――)

 

 そう、それは今から数ヶ月前――ニルと出会う少し前まで遡る。

 




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