銀河で賞金稼ぎやっていたら、謎のヤンデレ宇宙生物に体を寄生された男の話 作:モーフ
アストラルが目の前に現れ、敵意を出してきた時の対処法は何か――この問いに対して、ほとんどの者は全力で逃げる事と答える。
これはアゼルに限らず、裏世界に長年身を置き、数多もの修羅場を経験した者でさえ退却を選ぶ。それほどの存在である。
だがもし戦闘が免れない場合は己の全てをかけて打倒するしかない。単騎で惑星国家レベルの馬鹿げた力を持つ者ならきっと何とかなる――もっともそんな存在は滅多にいないのは前提――だろう。
「……なぜ、アストラルがこんな場所に」
「おー……私の名前もここまで広まった訳ね。若手エースも夢じゃないわね……」
うんうんとカイナはしたり顔でうなづく。
強者の余裕という奴だろうか――アゼルは油断なく見据えるとニルが介入してきた。
『何……あいつ、身体の中に内蔵されているエネルギー量が尋常じゃない。人の形をしてる星みたい……こんな知的生命体がいるなんて信じられない』
(どういう事だそれは……)
ニルは明らかに動揺している。
恐怖まではいかないだろうが、圧倒されているのは確実だった。
「……何故俺を? というかここにやって来たのって――」
「少佐は裏切ってないよ。まぁ……利用はしたけどね。だって貴方と少佐って知らない仲じゃないらしいし? とにかく少佐の名誉のために言っておくと、私たちが勝手に介入してる――ごめんね?」
「――っ」
そう言ってカイナはアゼルの背後で、申し訳なさそうにしているヴェイラに向かって謝る。振り返って確認はしてないが、アゼルの耳にはヴェイラが息を飲むのが聞こえていた。
「にしても貴方強いわねー、
「……ずっと見ていたのか」
「ええ、貴方の力を見たくてね。そしたら想像以上! このまま強くなったら――危険だと思うぐらいには」
圧をかけながらジリジリとカイナは歩み寄る。
間違いない、彼女はこっちを叩き潰すつもりだとアゼルは身構える。
その瞬間――
「ガァアア!!」
「!」
カイナの背後で気絶していた筈のゼルドが目を覚ます。
(あれだけ殴ったのに目を覚ますとかタフすぎるだろ!)
だがこれはチャンスと見た。
アゼルはヴェイラを拾って逃げようと考えるが――
「黙ってろ」
「!!?」
カイナは振り向くことすらせず、ただ後ろに手を向けて黄色と赤が混じった炎のようなエネルギー波を出してゼルドを吹き飛ばし、そのまま沈黙させた。
「……一撃かよ」
今のはなんだ。
ただ手を翳したらエネルギー波を放つとか。
しかもあれだけタフだったゼルドはこの1発でダウンしていた。
「貴方がある程度ボコってくれたからもあるけどね」
カイナは腕を組みながら語り出した。
「さて……私が貴方を連れていく理由だけど、簡単に言うとゼルドのように、種族本来の身体機能を大きく逸脱した存在が、あらゆる銀河の各地に現れ、少なくない被害を出してる事件が報告されているからよ」
情報局はちらほら聞いてるかもだけど――とことの成り行きを見守るヴェイラを見ながら言った。
「だがこれは単なる未知の兵器によるものじゃないとすぐにわかった。理由は……わかるよね? アゼル」
「……っ」
変異した腕を今更無意味に隠しながらアゼルは歯噛みする。
「少佐の行動を監視しながら私たちは
「俺を捕まえて人体実験とかしないよな? ええ?」
「……じっっくり調べさせてもらうのは確実かな、何せ未知の力だからね」
バキバキと拳を鳴らしながらカイナはアゼルに近づく。捕まれば何されるかわからない。もしかしたら解剖だってあり得るかもしれない。アストラルはいざとなれば冷徹な判断を下せるのだから、十分可能性はあった。
(まいったな……戦いたくない連中だ……)
ヴェイラは……ここで自分が助けたら彼女も片棒担いだ印象が残りそうだ。薄情に思われるが、ここで彼女を見捨てるような形で逃げればいいと考えるアゼルだったが……。
「だからこうする」
カイナが指を鳴らした瞬間、空間が軋んだ。
淡く発光する六角形の紋様が地面から立ち上がり、瞬く間に天井まで伸びていく。光の壁は滑らかに湾曲し、完全なドームとなって二人を包み込んだ。
「――ッ」
反射的に後退したアゼルの視界から、ヴェイラの姿が弾かれるように外へ押し出される。
彼女は一瞬よろめきながらも、透明な壁の向こう側で立ち止まり、何が起きたのか理解できずに目を見開いた。
「これで逃げられないよね」
カイナは軽く肩をすくめ、冗談めかした仕草でウィンクする。まるで模擬戦でも始めるかのような、余裕に満ちた表情だった。
(力づくは――無理だな)
アゼルは無言で一度、ドームの内壁に手を伸ばす。
触れた瞬間、指先に走るのは硬質な反発と微かな痺れ。力で押し切れる類の代物ではないと、嫌でも理解させられた。
「……チッ」
短く舌打ちする。
(最悪の展開だな)
視線だけでヴェイラの無事を確認し、すぐにカイナへと向き直る。逃げ道は塞がれ、交渉の余地も薄い。
『宿主様、私が全力で力を貸す。だから……勝って』
そんな時にニルが優しく囁く。
囁かれたアゼルは思わず笑みが溢す。
(応援されたらやるしかないよな)
どれだけ通じるかはわからない。
でもここで諦めるわけにはいかない。
「あいにく……俺はこんな場所で捕まるわけにはいかないし、死ぬつもりもない。お前を倒して逃げさせてもらう」
言葉を終えると同時に、アゼルは深く息を吸った。
灰色の甲殻が再び全身を覆い、筋肉の輪郭が一段と浮き上がる。体内を巡る暗黒が圧縮され、関節の一つ一つが軋むような感覚とともに力へと変換されていく。
そしてアゼルは踏み込んだ。
「オオオオ!!!」
足が地面に触れた刹那、轟音とともに床が砕け散る。衝撃は点ではなく面となって広がり、岩盤が盛り上がるように隆起した。粉塵が舞い、ドームの内側が一瞬で戦場へと変わる。
(当たる)
絶大な威力のこもった拳が、カイナの胸元へと叩き込まれる――はずだった。
「おおっと!」
カイナは何なくアゼルの拳を片手で受け止めた。
その瞬間に2人を中心に衝撃波が発生し、更なる破壊を齎した、
「まじ……か……!」
彼女の指先が食い込み、甲殻が軋む。ゼルドに叩き込んだ時とは比べものにならない出力だったはずなのに、彼女はその場から微動だにしていない。
「いいパンチじゃん、そうこなくちゃ!」
「……っ」
じわじわと押し返されている。
アゼルの拳と身体は次第に距離が縮められていく。
カイナはその様子を楽しむように眺め、口元に小さな笑みを浮かべた。
「でもまだまだこんなものじゃないでしょ?」
次の瞬間、彼女のもう一方の拳に炎が灯る。
圧縮された熱量が揺らぎ、空気が歪んだ。
「まず――」
「歯ァ食いしばりな」
避ける暇はなかった。
炎を纏った拳が、真正面からアゼルの顔面に叩き込まれる。
「――ッ!!」
視界が白く弾け、身体が宙を舞う。
背中から地面に叩きつけられ、瓦礫が跳ね上がった。衝撃で肺の空気が一気に吐き出され、喉から掠れた音が漏れる。
それでも、意識は繋ぎ止めた。
「ぐ……ぶ……」
立ち上がろうとするアゼルを、カイナは追わない。
数歩距離を取ったまま、炎の消えた拳を軽く振り、指先でくい、と空を引っかいた。
「ほら」
もう一度、くいくいと指を動かす。
「今の貴方の全力を見せな、付き合ってあげるから」
その声には殺気ではなく期待が混じっている。
敵を前にして余裕こきやがって、クソがとアゼルは歯を食いしばり、ゆっくりと立ち上がる。口の端から血が垂れ、拳はまだ痺れていた。
(……やっぱり、格が違うか)
それでも退く理由にはならない。
ドームの外ではヴェイラが息を呑んでこちらを見ている。
そして体内ではニルが静かに怒りや憎しみを焚べていた。
アゼルは構え直す。
視線を逸らさず、真正面からカイナを捉えた。
「……言っただろ」
低く吐き捨てるように。
「倒して逃げるってな」
次の衝突は、先ほどよりもさらに激しくなる。
互いにそれを理解したまま、二人は同時に踏み出した。
「アアアア!!!」
アゼルは一気に踏み込み、拳を叩き込む。爪、肘、蹴り――間合いを詰め、崩し、叩き潰す。ゼルドを沈めた連撃よりも速く、重く、殺すつもりの動きだった。
だがカイナはそのすべてをいなした。
半身をずらし、手首を払うだけで軌道を変え、蹴りは空を切る。反撃は最低限かつ的確で、アゼルの体勢を確実に崩していく。
「っ……!」
歯噛みしながら、さらに踏み込むと拳がカイナに当たった。
(当てられるなら……!)
手応えがあった。
肉を打つ感触、衝撃の反発。
後は続けるだけと思いきや――
「残念」
殴ったはずの部位が、ふっと霧散した。
「……なっ」
カイナの肩口が、輪郭を失い、光の粒子へと分解されている。その隙間から、眩い光が収束した。
直後――至近距離から、灼熱の熱線が放たれた。
「――ぐぁッ!!」
『ァアアア!!』
こんな不意打ちを避けきれるわけがなかった。
光はアゼルの腹部をかすめ、焼けた空気が爆ぜる。甲殻が焦げ、身体が弾き飛ばされた。そのダメージはニルにも及び、変異していた肉体が解除されかかる。
「いやー、まさか賞金稼ぎでこんな強い奴がいるなんてね。同じアストラルならともかく……やるねぇ」
地面を転がるアゼルを見下ろし、カイナは欠けていた身体を元に戻す。光の粒子が再結合し、何事もなかったかのように腕が形成されていく。
彼女は少し楽しげに、首を傾げた。
「驚いたでしょ、さっきの」
そしてあっさりと告げる。
「私ね……エネルギー生命体なのよ。その中でもかなり希少なソルブレイズって種族でね。人の形をした恒星とも言われるわ」
エネルギー生命体――その名が示す通り、彼女たちは血肉ではなく、特定のエネルギー状態を生命活動の基盤としている存在だ。
物理的強度、反応速度、自己修復能力はいずれも一般的な生命体を大きく上回る。肉体は固定された器官ではなく、必要に応じて再構成される場に近い。破壊されても、エネルギーが散逸しきらない限り再生は可能。しかもエネルギー出力そのものが攻撃力になるため、近接・遠距離を問わず隙がない。
「……く、っ」
アゼルは片膝をつき、荒い息を吐きながら腹部を押さえる。焦げた甲殻の下で、変異した組織が不安定に脈打っていた。
『……宿主様……ごめんなさい……』
ニルの声がいつもより弱々しい。
強制解除されかけた影響は、確実に彼女にも及んでいた。
「謝るな」
アゼルは低く言い、手袋越しに腹部を撫でるように押さえる。まるで内側にいる彼女を宥めるような仕草だった。
「まだ……いける」
その様子をカイナは見逃さなかった。
「その変異した肉体……ゼルドの言ってた“神”とやらの影響かしら?」
疑問を口にする形ではあったが、実のところカイナは確信していた。
「それに……」
カイナは一歩踏み出し、アゼルの顔をじっと見据えた。
「貴方、戦いながらどこか気遣ってる。自分の身というより……内側を見てるみたい」
一瞬の沈黙。
「貴方の中には、誰がいるの?」
(……やっぱりな)
アゼルは内心で舌打ちした。
本当によく見ている。戦闘能力だけじゃない。視線、呼吸、力の入れ方――すべてから状況を読み取っている。きっと観察し始めた時から細かい動作を見ていたのだろう。
何もかも見透かされているような感覚に、背筋が冷える。
それでも――。
アゼルは、ゆっくりと立ち上がった。
正直に言ってカイナが自分より強いのは明白だ。
力、速度、耐久性、戦闘経験……どれを取っても格が違う。
だが。
(だからって……諦める理由にはならない)
アゼルはエネルギー生命体について勿論知っている。
彼女たちは“無敵”ではない事もだ。
彼女たちの本質は、安定したエネルギー状態――言い換えれば、高度に秩序が保たれたエネルギー場だ。
逆に言えば秩序を乱すような事をされれば大ダメージに繋がる。
(拡散、干渉、位相ズレ……いずれかを引き起こす)
アゼルは、ゆっくりと息を整える。
変異を再度、完全には展開しない。出力を抑え、制御を優先する。
「……答える義理はないな」
低く告げると、暗黒の力を纏わせる
『……! 宿主様、それは……』
「いいから、合わせろ」
灰色の電光が、今度は不規則に走る。
一点に集中させない。拡散させ、揺らす。
狙いは破壊じゃない。
場を乱す事だ。
カイナの身体を構成するエネルギーは、恒星に似た高密度熱エネルギー。ならば外部から異なる位相のエネルギーをぶつけ、局所的に不安定化させる。それはこの暗黒のエネルギーでも出来るのではない――そう考えた。
(これは賭けだ)
アゼルは走った。
だが今度は一直線ではない。跳び、滑り、あえて距離を変えながら、断続的に干渉波を叩き込むように灰色の電光と火花を撒き散らす。
「……面白い動きするじゃない」
カイナの表情が、わずかに変わった。
肩口の光が一瞬だけ揺らぐのをアゼルは見逃さない。
致命傷には程遠いが、有効的なのはわかった。
(ひたすら続けろ……! 奴が肉体を維持出来なくなるまで!!)
暗黒の干渉波が、恒星めいた熱エネルギーの場へ食い込み、火花のような歪みを生む。肩口、腹部、背後――局所的に光が揺らぎ、粒子の再結合がわずかに遅れる。
「まだまだ!!」
息を荒げながら、アゼルは踏み込む。さらに出力を上げ、暗黒を叩きつける。場を乱し、秩序を崩し、拡散を誘う。
だがカイナは小さく笑って言った。
「自分の弱点はね、自分が一番よく知ってるの」
揺らいでいた光が、逆に収束する。
乱れた位相を、強引に合わせるように。
「だから対策するのは、当たり前でしょ?」
そして至近距離から、極太の熱線が放たれた。
「――ッ!!」
今度は避けられない。
暗黒の干渉場ごと貫かれ、アゼルの身体が焼かれる。甲殻が弾け、肉が焦げ、衝撃で背後の壁へ叩きつけられた。
『宿主様ァッ!!』
ニルの悲鳴が身体の中で響き渡り、アゼルは崩れ落ちる。
視界が白く霞み、呼吸がうまくできない。変異は半ば強制的に解除され、四肢が痺れて動かない。
(……まずい)
熱が内側まで侵食している。
このままもう一撃受ければ、終わる。
(……負ける)
そう思った、その時。
身体の奥から、何かが引き剥がれる感覚が走った。
「……な、に……」
アゼルの胸元からずるりとニルが這い出た。
人型を取り、ゆっくりと実体を結ぶと両腕を目一杯横に広げた。
「やめろ……ニル……戻れ……」
息も絶え絶えに、アゼルは掠れた声を出す。
だがニルは振り向かずに叫んだ。
「宿主様には……手を出させない!!」
若干震えた声だったが、むしろそれがより強さを持っているように感じた。対するカイナはニルを目にして素直に驚愕したが、彼女の訴えを聞いてから戦意を収めた。
「意外な正体ね……」
数秒――静寂が落ちる。
カイナはニルをじっと見つめた後聞いた。
「貴女にとってこの人はどんな人なの?」
問いは、純粋な好奇心だった。
ニルは迷わなかった。
「全宇宙で一番大切な人」
即答だった。
嘘も、躊躇もない。
それだけが真実だというように。
その言葉は、倒れ伏したアゼルの耳にも届いていた。
「……にる……」
掠れた呼びかけは、届いたのだろうか。
もう限界だった。
意識が暗転する中で最後にアゼルが目にしたのは、カイナの表情がわずかに柔らいだのと、自らを庇う小さなニルの背中だった。
◆
「――――どういった編成に――」
「厳密には――――」
誰か知らない声が飛び交う。
ぼやけた意識のせいで、目の前で喋る人の輪郭すらわからない。
『――――邪魔はしないで』
その中でニルの声だけがはっきり聞こえた。
『私たちの生き方は決まってる』
「それで構わない」
ニルと誰かが話している。
お前……もう外に出て大丈夫なのか――そんなことを暢気に考えながら、最後に聞こえたのは――
「君らが必要だ」
俺たちを見ながらどこか期待するような眼差しを向ける人たちだった。
◆
「――――ん……」
まぶたの裏に残っていた闇が、ゆっくりと薄れていく。
最初に感じたのは、柔らかな寝具の感触だった。身体を包み込むマットは適度に沈み込み、熱を奪いすぎない。空気は清潔で、ほのかに薬品と高級な芳香が混じっている。
視界が開く。
天井は白を基調にした滑らかな曲面構造だった。
照明は直接光源が見えない間接式で、目に優しい。壁際には整然と並ぶ医療機器らしき装置、大きな窓の向こうには天を貫くような超高層ビル群が立ち並ぶ巨大都市が見える――どう考えても、安宿や野戦病院の類ではない。
どこかの
(……どっかの政府高官か、成金の私邸みたいな場所だな)
状況を整理しかけた、その時――視界いっぱいに、漆黒が広がった。
「………………はぁ」
黒く染まった瞳に艶やかで、どこか蕩けたような表情をしたニルが、顔を近づけていた。
ほとんど鼻先が触れそうな距離だ。
アゼルは数秒、無言で見つめ合う。
ニルは瞬きすらせず、じぃっとこちらを覗き込んでいる。
「……ニル」
喉が少し掠れている。
「もう俺は起きたぞ」
ニルはぱちりと瞬きを一つ。
「えー」
露骨に不満そうな声。
「寝たフリしてくれても良かったのに。三百八十九回目で記録終わりとか、悲しいわ」
「……何の記録だよ」
アゼルはため息を吐きながら、口元を手で拭う。妙にべたつく感触がある。それだけじゃなく全身に至るまで、特に下半身――まで考えてアゼルは思考をやめた。
「シリタイ?」
「やめとく」
目が爛々としてきたニルをスカしてアゼルは上体をゆっくり起こす。腹部に鈍い痛みはあるが、致命的な損傷はない。包帯の感触もある。きちんと治療された形跡だ。
「……俺、生きてる認識でいいんだよな?」
ニルは即答した。
「間違いなく生きてるわ。心拍も脳波も正常」
「なるほど」
「後はちゃんと色々と
「……何のとは聞かないからな」
軽口が返ってくる時点で、最悪の事態ではないと分かる。
アゼルは周囲を改めて見渡す。壁材、調度品、セキュリティらしき赤い光点。明らかに一般施設ではない。
「……ちなみに
ニルは少しだけ首を傾げ、さらりと答える。
「五日ぐらいかな」
「……結構経ってるな」
アゼルは額を押さえた。
(五日……)
ヴェイラはどうなった。
カイナは。
自分は拘束されていないのか。
だが少なくとも、手足に枷はない。部屋も豪奢で、牢獄の雰囲気はない。
するとニルがまた顔を近づけてきた。
「宿主様」
黒い瞳が、わずかに細められる。
「良かった……本当に……生きてくれて」
「心配かけて悪かった」
「…………」
ニルは無言ですり寄る。
甘えるような態度に面食らいながらも、アゼルはサラサラとした彼女の髪を触り、それから頭を撫でる。
「ここは……アストラルの拠点か?」
「ええ、星導院と言っていたわ」
「やっぱりか」
星導院――名前から推測出来るように、アストラルの本部だ。銀河連合に所属している特定の
星導騎士の候補生たちはここで戦術理論、異種族対処、騎士団員ごとに最適な戦い方などなど……あらゆる分野に関する知識を徹底的に叩き込まれる。
(本丸ど真ん中じゃねぇか……)
アゼルは小さく息を吐いた。
本来なら未知の力を持つ危険人物として拘束、尋問、最悪の場合は分解検査コースでもおかしくない。
だが現実は綺麗な個室に医療処置付きで五日間保護。監禁の気配すら薄い。
(扱いが甘すぎるな……あれだけボコボコにされたから、色々と覚悟したんだが)
そう思った瞬間――コン、コンと控えめだがはっきりしたノック音が部屋に響く。アゼルの身体が反射的に強張り、警戒心を露わにする。
「ニル、隠れろ」
咄嗟に小声で告げるがニルは首を横に振った。
「ああ、もう大丈夫よ」
「何が大丈夫なんだよ」
訝しむアゼルに、ニルは意味ありげに微笑むだけ。
再びノック。
「入ってもよいか?」
低く落ち着いた男の声がして、アゼルは一瞬考えた後、腹を括る。
「……どうぞ」
ドアが静かに開く。
入ってきたのは、背の高い浅黒い肌をした男だった。
額からは小さな角が生えてる。
「おおっ!」
男はアゼルの姿を確認すると、ふっと表情を緩めた。
「無事起きたようだな」
その声には本心からの安堵が混じっている。
アゼルはベッドの上で姿勢を正す。
「……あんたは?」
男はゆっくりと部屋に入り、ドアを閉めた。
「儂はダイン、カイナの師をやっておる」
空気がわずかに変わる。
(カイナの……師匠?)
アゼルは無意識に身構えた。
あの化け物じみた戦闘力の持ち主の“師”。
強者であることは疑いようがない。
ただダインは両手を軽く広げ、敵意がないことを示す。
「安心せい。今ここで争う気はない」
「……でも俺は貴方の弟子に」
「ああ……あのバカが不必要な挑発をしたからの……」
するとダインは疲れたように顔を顰めた。
「そもそも儂はアゼル殿と戦えと指示は出しておらぬし、アストラルに力を貸して欲しいから、丁重に誘えと言った! なのにあの馬鹿者は……強者と戦いたいという欲望に負けて、わざと敵みたいに振る舞った挙句、怪我をさせて……いい加減にしてほしいものだ……」
「は、はぁ……」
ブツブツと文句を垂れ流し、心底疲れたみたいな顔をし出したダインを見て、アゼルは「ああ……なんか色々と察します」と同情した。
「本当に申し訳ない、諸々……処罰は受けようとは思う。慰謝料もな」
「いやいや、そこまでとは考えてないです。お気になさらず」
「私は搾り取っていいと思うけどなー、なー!」
ニルはブーブーと文句を言っているが、アゼルはそこまで気にしてはなかった。修羅場慣れもあってか、アストラルと戦って生きている上に、別に彼らは敵対しようとしてる訳じゃなさそうとわかっただけでも良かった。
「にしても……手助けとは? 俺に出来る事はそんなにないと思いますよ」
ましてや貴方の弟子に負ける実力なのに――と暗に訴えるが、ダインはそういう訳にもいかなくてなと言った。
「少し座っても?」
「ああ……」
言われるがままアゼルはダインと向かい合う形で座る。
「アゼル殿の顛末は……そこのニル殿から聞いておる」
「ニル……」
「最初はやらかしたーってなったけど、アストラルの人たちは結構話がわかるというか、別に私たちを敵扱いはしなかったわよ?」
平然と語るニルに、それは結果論だろと言ってアゼルはジト目を向ける。まだ彼らが理性的だったから良かったが、気をつけて欲しい事には変わらない。
「ニル殿はいわゆる宇宙の外……つまり既知の宇宙とは違う宇宙からやってきた存在であり、ゼルドはそんな未知の世界の力で人外になった。それが新兵器と噂されるものの正体だと聞いている」
「……俺たちも同じ意見です、そしてその力を悪用している奴らが今増えている事もカイナから聞きました」
「うむ、実はこの問題は……アゼル殿の想像以上に深刻な問題なのだ」
ダインは杖も端末も持たぬまま、空間に指を滑らせた。
すると室内の照明がわずかに落ち、空中に幾重もの光の層が展開される。
立体投影――ホログラムだ。
銀河図が浮かび上がる。
ひとつではない。幾層にも重なった恒星系の分布図。既知宇宙の主要銀河、辺境宙域、未踏査領域までが表示され、赤い光点がいくつも明滅している。
「……これは」
アゼルが目を細める。
「ここ数年で確認されたゼルドと同様を変異が確認された者によって引き起こされた事件が発生したポイントだ」
ダインの声は低い。
「被害状況は様々でな、だがどれも決して範囲は狭くはない」
赤い光点のいくつかが拡大される。
映像が切り替わると痛ましい事件の写真が映し出されていく。
「単発の発生ではない」
ダインが指を動かすと、光点同士が線で結ばれた。
「通信傍受、行動パターン、戦闘記録の解析……どうやら彼らは“統率された動き”を見せている。偶発的な覚醒ではなく、組織的だ」
「何らかの大きな目的がありそうですね」
「その可能性が高いだろう」
ニルの瞳が、わずかに揺れる。
「だけど私も……どうやって干渉してるかはわからない。直接確かめなきゃわからない」
「そう、ただ直接わかりさえすれば彼らが何をしようとしてるのかが分かる。理解不能な動きをされても、其方たちならば分かる可能性が高いからのぉ」
「なるほど……」
「ただ……これはなるべく早い段階で対処しておきたい。理由は彼らの強さにある」
今はまだ対処できている。
だけどアゼルとカイナの戦いに関する報告を聞いて、ダインは警戒度をさらにあげた。
「もしこのまま成長すれば……いずれアストラルに匹敵、あるいは凌駕する力を得る可能性がある。そんな奴らが溢れたら……それこそ宇宙は終わりだろう」
「だから俺たちの力を借りたいと」
「そうじゃ」
大袈裟と片付けたいが、あながちあり得そうな話だった。
ニルの力も同胞の中では落ちこぼれな方だと聞いている。ならばもし上の存在――オキュラスの中で頂点に位置するような存在が介入してきたら、洒落にならないだろう。
「それにこの頼み事はアゼル殿にとっても悪い話ではないと思うぞ」
「俺にとって……?」
どういう事だと問うアゼルの前に、ダインはまた別のホログラムを見せる。それが何なのかがわかった瞬間――アゼルは大きく目を見開いた。
「アゼル殿の事は事前に調べた、過去に何が起きたのかを含めてな。その中で……我々の探してる者とアゼル殿が探している者が一致した」
心臓の音が早くなる。
ダインの声だけしか耳に届かない。
「そして複数の事件に……彼らの姿が映っている」
そこに写されていたのは――レインを死に追いやった仮面を付けた謎の人物たちの集団だった。
「アゼル殿、其方が一番探し求めている存在はこいつらで相違はないか?」
その問いにアゼルは頷くことしか出来なかった。