銀河で賞金稼ぎやっていたら、謎のヤンデレ宇宙生物に体を寄生された男の話   作:モーフ

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めちゃくちゃ久しぶりです。
諸事情で更新できなかったです……

※ニルの種族名を変更しました(2月2日修正)


ここにいる理由

 ニルに寄生されてから1週間が経った。

 アゼルの肉体は見違えるほどの変化が訪れていた。

 

「――――おらぁ!!!」

「ギャアアアア!!」

 

 以前は近くで見るだけで足が竦むような化け物相手に、ニルの力ありきとは言え、殴りかかるまで逞しくなっていた。力も10倍以上は上がっているのか、たった1発で巨大な生物をぐしゃぐしゃの肉塊にしてしまうほど。

 

『ふふふ、いい調子ね。沢山肉を喰らい、力をつけてきた成果が出たわね』

「……休み無しでひたすら化け物食ったからな……あむ」

 

 いつものようにぶち殺した怪物の肉を、アゼルは躊躇う事なく口に運ぶ。臭気はひどいが、もう慣れてしまった。人間慣れたらどうでも良くなるなと、我ながら呆れているとニルが言った。

 

『とは言え、ずっと雑魚ばかり食う訳にはいかないわ。そろそろ大物が必要よ』

「……食って力がつくまではいいけどよ」

 

 アゼルにはずっと気になる事があった。

 言わずもがなニルの素性だ。

 

「ニル、お前みたいに知性がある寄生生物って珍しいんだ。しかも宿主に力を齎すばかりか、こんな訳わからない……次元の狭間? なんていう場所にいるなんて……お前は何者なんだ」

 

 ずっと不思議で仕方なかった。

 ニルのような生物がもし既知の領域にいる者なら、とっくに有名になっていてもおかしくない。アゼルは別に学者じゃないが、賞金稼ぎとして様々な銀河を渡って、色々な化け物を見てきた。

 

「この場所にしたってそうだ、そろそろお前が何者かぐらいは教えろ」

『……』

 

 そう言うとニルは黙り込んだ。

 地雷を踏んだかと焦ったが、ニルは意外にもあっけらかんとした様子で話す。

 

『私は……いや()()()は前の宇宙から生き残っている者だ』

「……は?」

『お前たちがいう所の神に近い……またはそのもの。私はその血を受け継ぐ者』

 

 神という途方もない存在を語るニルの声を聞いて、アゼルは背筋に寒いものが走る。

 

『だが……私は異端だった、だからここにいる』

「は?」

『もう話すことはない、力をつけなさい。じゃなきゃ永遠にここで暮らす羽目になるわ』

 

 それからニルはあまり話してくれなくなった。

 本来なら口うるさい奴が黙ってくれたと喜ぶべきかもしれないが、アゼルは妙に含みのある言い方をする彼女も、色々と抱えているかもしれないと興味を持つようになった。

 

 

(結局……踏み込めなかったな)

 

 それからアゼルは何度もチャンスを伺った。

 ニルのことを知ろうと何回も質問したが、彼女は無視し続けた。アゼルはもう話してはくれないかと諦めて、怪物が現れない場所を探してから、一息ついていた。

 

(……それなりの理由があって、今ここにいるのはわかってるんだけどな)

 

 本来なら気にしても仕方ない事かもしれない。

 アゼルとニルはあくまでもお互いを利用し合うだけの関係性だ。深く踏み込んでも意味がない――と思いたかったが、アゼルはそうは思っていなかった。

 

 脱出してから、俺を殺そうとした奴に落とし前をつける――だけどその後は? ニルが離れたら自分の身はどうなるのかわからなかった。生きるために彼女が必要なら、ここで関係性が悪化したままだと捨てられてしまう可能性があった。

 

(冗談じゃねぇ、んな真似される前に何とかしないと)

 

 アゼルは横になっても考え続けた。

 上手く取り入って……除去する方法を見つけて、早くこの寄生生物と宿主という関係性に終止符をもたらす。

 

 そう考えながらアゼルは夢の世界へと旅立った――筈だった。

 

 

「……あ?」

 

 ひどく重たい空気を感じて目が覚める。

 

 アゼルが目を覚ました瞬間、最初に感じたのは空気の粘度だ。肺に入ってくるそれは、霧のようで、油のようでもあり、呼吸をするたびに内臓を撫で回されているかのような不快感を伴っていた。

 

「……ここは……」

 

 見渡せば、そこは先ほどまでいた“次元の狭間”とは明らかに異なる場所だった。

 地面も壁も、人工物でありながらどこか生き物めいている。漆黒の建造物は直線を嫌うかのように歪み、柱や回廊は骨とも筋とも判別しがたい素材で構成されていた。表面は鈍い光沢を帯び、微かに脈打っている。

 

 空を仰ぐと、曇天の向こうに複数の月が浮かんでいた。

 どれも完全な円ではなく、欠け、歪み、闇に侵食されている。暗黒の世界という言葉以外に表現出来ないような世界が、アゼルの前に広がっていたのだ。

 

 そして次に目に入ったのは海だった。

 

 島を囲む漆黒の海の表面を、あり得ないほど巨大な影がゆっくりと泳いでいく。鯨に似た輪郭を持ちながら、その身体には無数の突起と触腕が絡みつき、時折、海面から異形の眼がこちらを覗かせる。

 

 海そのものが、生き物の体内であるかのようだった。

 視界が引き寄せられるアゼルだったが、やがてとある場所へとズームしていく。

 

 その場所は小さな島だった。

 そこに設えられていた祭壇のような場所へと、意識が強制的に移動させられる。

 

 祭壇の中央には、女が立っていた。

 全身を覆う黒布によって顔は完全に隠され、声だけが直接、脳に流し込まれる。

 

「――生き続けるためには、他の命を喰らい、己を強くせねばならない」

 

 女の前には、数体の人型の生命体が並んでいた。

 皆、アゼルが知るどの種族とも似ていない。肌の色も、骨格も、どこか未完成の彫像のようで、共通しているのは――怯えだ。

 

「慈悲は不要。感情は不要。それらは生存に寄与しない“贅肉”である」

 

 女は淡々と、難解で、冷酷な言葉を重ねていく。

 

「我らは選ばれた存在。存在し続ける資格を持つのは、強き者のみ。弱き者は、いずれ淘汰される運命にある」

 

 その言葉に、列の中の何体かが身体を震わせた。

 

「だが――」

 

 女の声が、わずかに低くなる。

 

「お前たちの中には、本能に欠陥を抱えた不良品がいる」

 

 布の奥の視線が最前列へと向けられた。

 

 そこにいたのは、線の細い少女だった。

 今よりも幼いあどけなさの残る顔立ちをしている。

 

「ニル」

 

 女は少女を見てニルと呼んだ。

 アゼルは目を見開いた。

 

「ニル。お前は弱さを見せた同胞に手を差し伸べた」

 

 少女の肩がびくりと跳ねる。

 

「既に価値を失った存在に、情を向けた。愛を示したな。愛を向けるべきは価値ある者のみ」

「……た、ただ……助けたかっただけです……」

 

 震える声。

 必死に言葉を絞り出す。

 

「それは……いけないこと、だったのでしょうか……?」

 

 一瞬の沈黙。

 

 次の瞬間――女の腕が伸びた。

 視認すらできない速度だった。

 少女の両腕を掴み、そのまま引きちぎる。

 

 音がした。

 肉と骨が分断される、湿った破壊音がアゼルの鼓膜と脳内を満たす。

 

「――――っ!!」

 

 ニルの悲鳴が、空間を裂いた。

 血が噴き出し、祭壇を赤黒く染める。

 それでも女は何の躊躇もなく言葉を続ける。

 

「あの者は既に運命が決まっていた」

 

 引きちぎった腕を、無造作に地へ投げ捨てる。

 

「なのにお前は、情けないことに助けようとした」

 

 女はゆっくりと、ニルの前にしゃがみ込む。

 

「ああ、愚かな小娘よ……我らが生まれつき備えている“捕食の本能”に、欠陥を持つ者よ」

 

 ニルは血を流しながら、必死に首を振った。

 

「ち、違います……! 私は……間違ってません……!」

 

 女の返答は、拷問だった。

 床から伸びる黒い棘が、ニルの身体を貫く。

 痛覚だけを選び抜くように、神経を刺激し、破壊し、再生させる。

 

「慈悲は罪。共感は呪い。とりわけ弱者に向けるなど生存競争における最大の障害だ」

 

 少女の身体が痙攣する。

 叫び声は、次第に声にならない嗚咽へと変わっていく。

 

「覚えなさい、ニル」

 

 女は囁く。

 

「弱者を救おうとするその心こそが、お前を“異端”たらしめるのだ」

 

 拷問は、終わらない。

 それは罰であり、教育であり、排除の儀式だった。

 

 やがて――視界が、暗転する。

 アゼルは、はっと目を覚ました。

 

「……今のは」

 

 そう声を漏らしたが、誰も答えない。

 ただアゼルは身体の中にいる存在に対して、ある一定の興味と関心、そして同情をしていた。

 

 何故ならば――

 

「……お前も、なのか」

 

 アゼルも似たような境遇だったからだ。

 

 ◆

 

 重苦しい沈黙が、二人の間に横たわっていた。

 アゼルが目を覚ました場所は、先ほどまでと同じ、青白い大地が広がる空間だった。だが空気は明らかに違う。

 

 臭いが濃いのだ。

 それも一体や二体ではない。数え切れない怪物の死骸が、この一帯に積み重なっていることを、嗅覚だけで理解できた。

 

 肉が腐り、甲殻が割れ、内臓が露出した残骸。

 踏み出すたびに、ぬちゃり、と嫌な感触が足裏に伝わる。

 

『……ここね』

 

 胸の奥から、ニルの声が響く。

 いつもより低く、楽しげで、どこか昂揚している。

 

『感じるでしょう? この先にいる。今までのとは格が違うわ』

「……」

 

 アゼルは答えなかった。

 ただ黙ったまま、死骸の山の向こう――巨大な影が潜んでいる方向へと歩き出す。

 

 瓦礫のように転がる骨。

 押し潰された地面。

 明らかに、この一帯を“縄張り”にしている存在がいる。

 

『うまくいけばこの辺鄙な空間から、外へ出られるかもしれない』

 

 ニルの声が、妖しく弾む。

 

『せいぜい、食われないようにしなさい。くふふ……』

 

 彼女はそう語りかけるがアゼルは依然として黙ったままだった。

 

 一歩、また一歩。

 死骸を踏み越えながら、ただ前へ進んでるとニルが言った。

 

『……何?』

 

 ニルの声がわずかに刺を帯びていた。

 

『もう私と話す必要はない、とでも割り切ったの?』

「……」

『今の貴方が、誰に生かされているのか……思い知らせなきゃ、分からない? その気になれば意思を奪い去って私が主導権を握れるのよ?』

 

 その問いかけに、アゼルの足が止まった。

 数秒の沈黙の後、彼は重たい口を開く。

 

「……お前の記憶を、見た」

『――』

 

 一瞬、ニルの気配が揺らいだ。

 

「夢の中でだ。布を被った女に……お前が、裁かれてるところを」

 

 数瞬の沈黙が続くと、ニルはドス黒い殺気を滲ませながら言った。

 

『……私としたことが』

 

 ニルの声には、苛立ちと自己嫌悪が混じっていた。

 

『精神的に繋がるところまで、動揺していたとはね。忌々しい……話さなきゃ良かった、くそ』

 

 彼女は話を切り上げようとする気配を見せた。

 だがアゼルは続けた。

 

「……わかる気がするんだ」

『……何が』

「同胞……いや、家族から見限られる苦しみがだ」

 

 その瞬間――アゼルは肉体の内側から、強烈な痛みを感じた。

 

「がっ――!!」

 

 胸の奥を、鋭利な何かで掻き回される感覚。

 アゼルは血反吐を吐き、地面に叩きつけられるように転がり込んだ。

 

「ぐ……っ、はぁ……!」

 

 肺が上手く動かない。

 視界が歪む。

 

『……貴様らと、同じにするな』

 

 ニルの声は明確な怒りを孕んでいた。

 

『私たちは、貴様らの価値観とは違う世界に生きている』

 

 アゼルの内臓がぎしりと軋む。

 肉体の内側から力任せに捻じ曲げられている。

 

『力が全て。死と破壊を、何よりも尊ぶ世界だ』

「……ぐ、ぁ……!」

『そんな場所に生まれ落ちた私が……異端になったことで、どんな苦しみを受けたか』

 

 ニルの声が感情を抑えきれずに荒れる。

 

『想像がつくのか!!』

 

 アゼルの身体が、地面の上で痙攣する。

 喉から、血混じりの呻きが漏れた。

 

『理解した気になるな』

 

 怒りを剥き出しにした声。

 

『同情など……最も忌むべきものだ!!』

 

 彼女が吠えたその時、地面が大きく震えた。

 

「お出ましって訳か」

 

 アゼルの視線の先にある、沢山の死骸が積み上がって出来た山がずるり、と動いた。

 

 腐肉の下から何かが起き上がったのだ。

 低く、腹の底を震わせるような呼吸音。

 圧倒的な質量が、ゆっくりと姿を現す。

 

「……なんじゃこいつは……」

 

 それは、今までアゼルが狩ってきた怪物とは明らかに違っていた。見た目はまるで竜のようで、空間そのものを歪めるような存在感を放っている。

 

 こいつもまた数多もの敵を喰らって生きてきたのだろう。

 

『……っ』

 

 ニルすら言葉を失う。

 死骸を踏み砕きながら、その怪物はついに全容を現した。

 幾重にも重なった外殻と無数の眼。

 そして――この場を支配する、絶対的な力。

 

 アゼルは、血に濡れた口元を拭いながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

「……話は、後だな」

 

 怪物がこちらを見た瞬間――背筋がぞわりとする感覚が走った。

 

「オオオオ!!!」

 

 空気が爆ぜた。

 怪物が口を大きく開いた瞬間、青白い炎が奔流となって吐き出される。

 

「――ッ!」

 

 アゼルは地面を蹴り、横へ跳んだ。

 直前まで立っていた場所が、音もなく抉り取られ、青白く爛れたクレーターへと変わる。

 

(当たったら終わりだ……!)

『また来るわよ、集中しなさい!』

 

 ニルの声と同時に、アゼルの肉体が変質を始めた。

 皮膚の下から、ぎちり、と嫌な音が走る。

 

 骨がせり上がり、肉を突き破り、鋭利な棘となって外側へ露出していく。

 

 胴体、肩、太腿、前腕――全身を覆うように、異形の外骨格が形成され、まるで生きた鎧のようにアゼルを包み込んだ。

 

「……来い!!」

 

 アゼルは地面を砕き、怪物へと突撃する。

 肉体の膂力は、もはや人のそれではない。

 拳を振るえば、空気が裂ける。

 跳躍すれば、数十メートルを一瞬で詰める。

 

「オオオオ……!!」

 

 迎え撃とうと竜の怪物が前脚を振り下ろす。

 アゼルは外骨格の腕で受け止め――

 

「ぐっ……!」

 

 衝撃が全身を貫いた。

 砕けるはずだった脚は、想像以上に硬い。

 外殻と外殻がぶつかり合い、火花が散る。

 

「うらぁあぁあ!!!」

 

 アゼルは歯を食いしばり、拳を叩き込む。

 鈍い音が響き渡るが決定打にはならなかった。

 

「……チッ、硬すぎる……!」

 

 怪物が距離を取り、再び息を吸い込む。

 

『ブレス来るわ!』

 

 次の瞬間――青白い炎が再び吐き出された。

 

 アゼルは咄嗟に身構える。

 外骨格を前面に展開し、防御姿勢を取る――はずだった。

 だが。

 

「……っ?」

 

 外骨格が途中で止まった。

 形成されるはずの装甲が、歪に途切れ、棘の一部が中途半端に露出したまま固まっている。

 

「おい……?」

 

 青白い炎が、直撃する。

 

「ぐああああああっ!!」

 

 防ぎきれなかった衝撃が、アゼルの身体を吹き飛ばした。

 地面を転がり、肉が焼け、骨が悲鳴を上げる。

 

「ニル!! 何やってる!!」

 

 アゼルは叫んだ。

 

『……黙れ!!』

 

 返ってきたのは、明らかな動揺を含んだ声だった。

 

『今……今は……!』

 

 怪物が迫る。

 巨大な顎が開き、無数の歯が光る。

 

 アゼルは立ち上がろうとするが、脚の外骨格がうまく連動しない。肉体の制御が、噛み合っていない。

 

「くそ……!」

 

 諦めずに拳を振るうが威力が足りない。

 竜の尾が唸りを上げて振るわれ、アゼルの胴を直撃する。

 

「がはっ……!!」

 

 血が舞う。

 地面に叩きつけられ、視界が揺れる。

 

『……クソ……!』

『ふざけるな……!』

『なんで……うまくいかない……!』

 

 ニルの声が錯乱したように連なった。

 その瞬間――アゼルの意識に、別の映像が流れ込んでくる。

 

  ◆

 

 また訪れたニルのいた世界だ。

 有機的な壁に囲まれた、薄暗い空間。

 そこに、弱り果てた少女がいた。

 身体の一部が異形へと変質し、呼吸も浅い。

 その前にニルが駆け寄る。

 

「起きて……! ねえ……起きてよ!!」

 

 少女の肩を揺さぶり、必死に呼びかける。

 

「一緒に生きようって……約束したじゃない!!」

「……っ、ひとりに……しないって……!」

 

 涙が溢れ、声が震える。

 

「ねえ……お願い……! 置いていかないでよ……!」

 

 少女は、かすかに微笑った。

 

「……ニル……」

 

 弱々しい声。

 

「……あなたは……生きて……」

 

 震える手が、ニルの頬に触れる。

 

「いつか……あなたの味方になってくれる人と……一緒に……」

 

 その言葉を最後に、少女の身体から力が抜けて瞳から、光が消える。

 

「――――――――ッ!!」

 

 ニルの悲鳴が、記憶の中で反響する。

 

 ◆

 

(……これが……)

 

 アゼルは、理解してしまった。

 

(……これが、ニルの傷か……)

 

 同情でも、理解でもない。

 ただ、事実として知ってしまった。

 

 その瞬間――現実に引き戻される。

 竜の怪物が、真上にいた。

 青白い炎が、喉奥で凝縮される。

 

『――避けて!!』

 

 ニルが叫ぶがもう遅い。

 怪物の前脚が、アゼルの胸を貫いた。

 

「――――――っ!!!!」

 

 鈍く重い衝撃が走り、外骨格が砕け、肉が裂け、内臓が悲鳴を上げる。アゼルの身体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。

 

 視界が暗く染まっていく。

 

『アゼル!』

 

 ニルの叫びが、遠くで砕けるように響いた。

 次の瞬間――竜の前脚が叩きつけられた地面が、悲鳴を上げる。

 

 轟音と共にひび割れた大地が、耐えきれずに崩落したのだ。

 

「……っ……」

 

 アゼルの身体は、抵抗する術もなく、割れた地面と共に奈落へと引きずり込まれた。砕けた岩が身体を打ち、血が宙に散る。

 

 落ちていく。

 闇の中へ。

 どれほど落下したのかも分からない。

 最後に身体を強く打ちつけた衝撃だけが、意識の縁に残った。

 

「…………っは…………」

 

 ――息ができない。

 

 胸が潰れたように重く、呼吸が浅く、途切れ途切れになる。

 肺に空気が入らず、喉が焼ける。

 

(……死ぬ……このままじゃ)

 

 意識が、遠のいては引き戻される。

 

『……こんな……ところで……終わって……たまるか……』

 

 ニルの声はひどく弱々しかった。

 アゼルの身体の内部で、何かが蠢く。

 壊れた骨を繋ぎ、裂けた肉を引き寄せ、無理やり形を保とうとする。

 

 彼女が力を振り絞っているのだろう。

 

『……動いて……お願いだから……』

 

 その修復は、荒く、無理をしているのが分かった。

 ニル自身も、限界なのだ。

 だがアゼルの意識は再び沈む。

 

 

 またニルの記憶が流れ込む。

 薄暗い空間。

 湿った空気。

 遠くで、何かが脈打つような音がする。

 

 ニルが、誰かの腕を掴んでいた。

 目の前にはニルを蔑んでいた女がいた。

 顔は影に隠れ、声だけが冷たく響く。

 

「お願い……助けて……」

 

 ニルの声は震えていた。

 

「友達が……もう……」

 

 言葉を選ぶ余裕もなく、必死に縋りつく。

 

「私の身体なら……何だって……だから……!」

 

 その言葉に、女は小さく嗤った。

 

「……哀れね」

 

 嘲るような声音が続く。

 

「力も持たぬ者が、救いを乞う」

「それ自体が、愚かだとは思わないの?」

 

 ニルは何も言い返せない。

 ただ首を横に振り、縋りつく。

 

「教義に逆らい……」

「最期に泣きつくとは……何と情けない」

 

 女の手がニルの腕を掴む。

 逃げようとした瞬間、身体が拘束された。

 見えない力がニルの四肢を縛り上げる。

 

「――っ!!」

 

 鋭い痛みが、全身を走ったニルは歯を食い縛る。

 刃物のような感覚が、皮膚を裂き、肉を刻んでいる。

 黒い血が彼女自身を濡らす。

 

「ァァアアア!!」

「……救う価値もない者よ」

 

 女の声はどこまでも冷淡だった。

 

「お前は、永遠に彷徨うがいい」

 

 血に濡れ、力を失ったニルの身体は、床を引きずられていく。視界の先に現れたのは、黒い石で出来た巨大なゲートだった。

 

「――――っ!」

 

 異様な圧迫感を前にニルは叫び声すら上げられない。

 近づくだけで存在が削られていく気がした。

 

「救いのない異端者よ」

 

 女は最後に決定的な一言をニルに告げた。

 

「――1人で、死ね」

 

 縛りを解かれ、ニルの身体は、ゲートの中へと投げ込まれる。

 

「やだ……! いや……!!」

 

 泣き叫ぶ声も、次元の裂け目に吸い込まれていく。

 空間が歪んで身体が、潰れ、引き伸ばされ、形を失っていく。

 

 ニルは、それを――他人事のように見ていた。

 

(……ああ……)

(……私……捨てられたんだ……)

 

 感情が凍りつき、形状を保てなくなった肉体に変わり果てたニルはやがて辿り着く。

 

「――――――…………っ」

 

 アゼルも放り込まれた青白く乾いた岩肌に覆われた世界だった。

 

 空はなく、地平もなく、ただ無機質な大地が広がっている。

 冷たく、音のない空間にニルは転がっていた。

 

 

「――――ぐっ……」

『……っ! 目を、覚ました、のね』

 

 喉の奥から、掠れた声が漏れた。

 まぶたを開いた瞬間、視界に広がったのは相変わらずの青白い世界だった。ただ空があまりにも遠く、今いる場所が遥か地下なのを除けばだが。

 

(……生きてる……のが不思議なぐらいだ)

 

 胸に手を当てる。

 激しい痛みは残っているが、確実に“死に向かっていた感覚”は薄れていた。

 

 砕けたはずの骨が、無理やり繋ぎ止められている。

 裂けていた肉も、歪な形ではあるが塞がりつつある。

 

 だが完璧ではない。

 少し動かすだけで、内側が軋む。

 今立ち上がっても戦えない。

 

『……全く』

 

 ニルの声がまた聞こえた。

 

『私が処置しなきゃ、貴方は死んでもおかしくなかったのよ?』

 

 苛立ちがダイレクトに伝わる。

 精神的に繋がったせいか、こっちにも苛立ちが伝染していた。

 

『これだから、ひ弱な肉体を持つ知的生命体は困るのよ。少しは自覚しなさい』

「……お前も俺の肉体のおかげで助けられておいて……ずいぶん言うな……」

 

 アゼルは苦笑混じりに呟く。

 ただ今はいつもと状況が違っていた。

 

「……なあ、ニル」

 

 少し、間を置いてからアゼルは意を決したように言った。

 

「お前……同胞に、報復しようとしてるな」

『……』

 

 ニルは黙り込んだ。

 本当に、ほんの一瞬だったが――確かに、空気が張り詰めた。

 

『……どうして、そう思ったの』

 

 返ってきた声は、低く、押し殺されていた。

 

「一時的に精神で繋がったのは、感情が大きく揺らいだからだろ? だから俺にも感情が伝わってきた、同時に……何を考えているのかもわかった」

 

 アゼルは正直に答える。

 

「だけど怒りや憎しみだけじゃない。消えない何かを、ずっと抱えてる。俺は……きっとそれは()()()だと思ってる」

『……』

 

 再び沈黙が続くとニルは吐き捨てるように言った。

 

『……私は、不幸だったのよ』

 

 その声には、笑いも皮肉もなかった。

 

『不幸なことにね……私は“優しさ”とやらを、先天的に持って生まれてしまった。身体の一部が欠損するといった目に見える欠陥じゃない、精神という目に見えないものが他と比べて異常だったの』

 

 空間が微かに軋む。

 彼女の力が感情の揺らぎと共に強まったり、弱まったりしていた。

 

『ごく稀に、生まれてしまうの。私たちオキュラスの中に慈悲を持つ欠陥品が』

 

 アゼルは黙って聞いていた。

 オキュラス――初めて聞いた種族名だった。

 

『我々の殆どはね、宇宙のすべてを一つにまとめるという思想で動く。他者を潰し、喰らい、糧にして……全てを飲み込み、宇宙を我々で満たすと考えてる』

「…………!」

 

 何て凄まじい考えを持つ種族なんだとアゼルは唖然としてしまった。そんな反応してるとは知らずにニルは話し続ける。

 

『だから……私のようなものは、排斥される。価値がないから。役に立たないから……』

 

 ニルの声が、僅かに歪んだ。

 

『……だから、私と私の、大切な存在は……!』

 

 そこで、一瞬、言葉が詰まる。

 

『……不必要とされて、処分された』

 

 この無機質な世界ですら、その言葉を拒むように沈黙した。

 

『何もかも否定された私の気持ちが……分かるの?』

 

 ニルの声は怒りと哀しみが混ざり合っていた。

 

『慈悲のある世界に生まれた、お前に』

 

 刃のように鋭い憎しみのこもった問いを前にして、アゼルはすぐには答えられなかった。

 

「……そうだな」

 

 治りきらない身体で、ゆっくりと息を整えたアゼルは決心する。

 

「……わかったよ」

『……何が』

「全部、なんて言わない」

 

 アゼルは視線を伏せる。

 

「でも……お前が、独りだったことは分かった」

 

 ニルが何か言い返そうとした気配があった。

 だがアゼルは続けた。

 

「だからさ……今度は、俺の番だ。お前にも見せるよ」

『……何を』

「俺の全てを」

 

 今なら分かり合える気がしたのだ。

 孤独の身で、憎しみや悲しみに苦しむ姿が今の自分と非常に似ている。きっと楽になるとしたら……それは――

 

「……俺の傷、知ってくれよ」

 

 同じ傷を持った者同士で舐め合うぐらいだから。

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