銀河で賞金稼ぎやっていたら、謎のヤンデレ宇宙生物に体を寄生された男の話 作:モーフ
申し訳ない。
はっきりと言えば、アゼルはニルと同じだった。
生まれながらにして、彼は愛情というものを知らない。
両親は
ただ望まぬ妊娠だったのか、産んだ後は放ったらかしていたらしい。そうなれば必然的に死ぬのは避けられない。
だけどそうはならなかった。
「――ああ、かわいそうに」
スラム街に暮らしていた男が拾ってくれたのだ。この腐った世界では珍しい存在であった。男は拾ってからしばらくの間は、仕事で使っていたアンドロイドと共に育ててくれた。
「名前はアゼル……、適当につけた名前だがな」
「……あ、ぜ、る」
「物覚えがいいガキだな」
小太りで無愛想な男だったが、なんだかんだで優しさはあった。アゼルという名前をわざわざ作ってくれて嬉しかったのは、大人になった今でも覚えている。
「俺はジョンだ、簡単にいうとお前と同類だ。スラムに生まれ、運良く人の優しさを受けて生き残ってきた」
「ジョン……わかった」
男――ジョンは親のような存在だった。
言葉や知識、そして生きる術を教えてくれた。
「ああ、そうだ。お前には色々仕事を手伝ってもらうからな」
「仕事って?」
「ガンスミスだ、俺は銃を作って売ってる」
「……合法?」
「違法に決まってんだろ、舐めるな」
「舐めてないけど……」
生きる術――それは裏の仕事だった。
ジョンは違法に改造した銃を売り捌くという稼業を生業にしていた。だけどアゼルに抵抗感なんてなかった。スラムで法律を気にしていたら、生きていけないからだ。
「そこはそう、調整は必要だが……まぁ悪くない」
「難しい……」
「……でも素地はある、器用だな」
仕事をしていく内にアゼルは学ぶ。
銃のことだけじゃなく、裏の世界の事も。
しぶとく生きるために何すれば良いのかも。
「お前は大人になったら、俺以上に大成するかもな」
「そうかな? 別に俺は生きていけたらいいよ」
ある夜、アゼルはジョンと一緒に星を見ながら寛いでいた。
濁った大気は薄くなり、珍しく綺麗な夜空と1つだけある月が見えていた。
「もっと欲張っていいんだぞ? 金持ちになりたいとかな」
「……金持ったらトラブルになるだろ」
「冷めてやがるな、誰がこんなガキにしたのやら」
「あんただよ」
いつもの如くふざけ合う。
裕福じゃないし、トラブルもある。
でもアゼルはこの日々に幸せを見出していた。
「お前はもっと外を知るべきだぞ、アゼル」
「ん?」
「お前は可能性がある、俺なんかと違って……どんな人間にだってなれるんだ」
だけどこの日は珍しくジョンが深い話をした。
らしくないなと思いつつ、アゼルは真剣に耳を傾ける。
「……じゃあまともな世界に生きられるようになる?」
「英雄になれる可能性だってあるぞ」
「それは……ないんじゃないかな」
「そうか? 諦めるには早いぞ」
ジョンはアゼルの頭を撫でてからこう言った。
「諦めるな、諦めずに前へ進めば人は何にだってなれる」
「……わ、かった」
アゼルはその言葉をいつもみたいに、何気なく聞く事が出来なかった。何故かはわからないが、ジョンがどこかへ行ってしまうような気がしたのだ。
(……気のせいだよな)
いくらなんでも考えすぎか――そう思っていた。
だけど翌日――ジョンはスラムの暴漢に撃ち殺された。
理由は銃を奪う為だった。
◆
(全て奪われた……!! 呆気なく……何もかも!!!)
唯一家族と言っていい存在を殺された。
アゼルに芽生えたのはドス黒い復讐心だった。
「――あんたジョンのとこのガキだよな、何でまたこんな辺鄙な店に来て――」
「家族を殺した奴を探してる、俺はそいつらを殺す」
「……やめとけ、返り討ちにあう」
「知るか、いいから教えろ」
アゼルはまだ子供の身ではあったが、銃の腕は良かった。
数少ない残りの銃を手にした彼は、ジョンを殺した相手を探していた。
「――たしかここだと言っていたな……」
何日も色々な人から話を聞き、ついに犯人を突き止めたアゼルはスラムを駆けた。瓦礫と錆びた鉄板の迷路を、呼吸を刻むように抜けていく。夜は早く、空気は冷たい。足音を殺し、影から影へ移る術は、いつの間にか身についていた。
目当ての男は、廃倉庫の裏で仲間と落ち合っていた。粗末な灯りの下、笑い声が弾む。ジョンの名が、酒の肴のように軽く口にされた瞬間、アゼルの視界は静まり返った。
距離を測る。風向き。銃口の震え。
引き金は、迷いより先に落ちた。
「――――っ!!?」
乾いた音と共に男の身体が後ろに跳ね、壁に叩きつけられる。悲鳴は出なかった。胸を撃ち抜かれた衝撃が、声を奪ったのだ。仲間が振り返るより早く、アゼルは次の弾を装填し直す。だが撃たない。必要なのは一発だけだった。
倒れた男の目が、虚ろに天井を見つめる。そこにあるのは、赦しでも救いでもない。アゼルは一歩だけ近づき、確かめて息の根が止まっていることを確認する。
「……お前、何してる」
「!!」
だが不幸なことに仲間と見られる男が戻ってきた。
「逃がすな! 裏へ回れ!」
指示が飛び、追手が割れる。アゼルは歯を食いしばり、梯子を駆け上がった。屋根へ。夜風が顔を打つ。だが安堵は一瞬だ。向かいの屋根に、すでに人影が立っている。
「待てや、ガキ!!!!」
怒鳴り声があちこちから飛んでくる。
アゼルは振り返らなかった。振り返れば終わりだと、本能が理解していた。
錆びた通路を裸足で駆ける。足裏が切れ、血が滲むが構わない。スラムでは、立ち止まった奴から死ぬ。そんな単純な理屈が、幼いアゼルの身体に染みついていた。
「チッ……速ぇな!」
追ってくるのは二人。
酒と油の臭いを纏ったならず者だ。アゼルが盗んだのは、彼らの荷だった。
角を曲がった瞬間、行き止まりにぶつかる。
壁は崩れ、逃げ道はなかった。
「……あ……」
息が詰まる。
背後から荒い足音が迫り、次の瞬間、頭を掴まれた。
「捕まえたぞ、このクソガキ」
地面に叩きつけられる。視界が揺れ、口の中に血の味が広がった。
「楽に死ねると思うなよ」
蹴りが飛ぶ。
腹に、背中に、容赦なく。
アゼルは声を上げなかった。
泣いても意味がないことを、彼はもう知っていた。
「殺すか?」
「いや、もうちょい遊んでからだ」
嘲る笑い声。
視界が滲み、意識が遠のく。
――ここまでか。
そう思った、その瞬間だった。
乾いた破裂音と共に発生した赤い光が視界を焼いた。
次いで、温かい液体がアゼルの顔に降りかかる。
自分を殴っていた男が、突然前のめりに倒れた。
額に穴が開き、もう動かない。
「……は?」
生き残ったならず者が、呆然と声を漏らす。
「誰だ!!」
暗がりから、靴音が一つ。
「そんな年端もいかないガキを甚振って……楽しいのかい?」
落ち着いていて感情の起伏がほとんどない声だった。
影から現れたのは、眼鏡をかけた女だった。
背が高く、痩せた体躯。年は若い。
見た目は20代に入った辺りに見えた。
こんなスラム街に何故こんな人が――という疑問が浮かぶが、その手に握られたブラスターと醸し出す雰囲気から、この女もスラムに負けない闇を背負った存在だと、幼いアゼルは察していた。
「女……?」
そんなやばい女だと気づいていないのか、生き残っていたならず者が嘲るように言い、銃を向ける。
「舐めやがって――」
言葉は最後まで続かなかった。
女は一歩も動かないまま、引き金を引く。
正確無比な一射が、男の喉を撃ち抜いた。
次の瞬間にはもう一人。
逃げようとした背中に、容赦なく光弾が突き刺さる。
わずか数秒――音が止んだ時、立っているのは女一人だけだった。
彼女は銃口を下げ、倒れた男たちを一瞥すると、ゆっくりとアゼルに視線を落とす。
「……ぼくー? 元気ー?」
さっきまで殺戮を披露した人物とは思えない口ぶりに、アゼルは困惑していた。女は銃を軽く払うようにして安全装置をかけると、周囲を一瞥した。警戒は解いていないが、もう敵意は感じられない。瓦礫と死体の転がる路地で、その仕草だけが妙に洗練されて見えた。
「私はね、賞金稼ぎなんだ」
そう前置きしてから、女は淡々と言葉を継ぐ。
「ついさっき君が殺した奴を仕留めるために、この辺鄙な星までやって来た。まあ、横取りされた形にはなったけど」
眼鏡の奥、緑の瞳が暗闇の中で微かに光る。その視線は鋭いが、アゼルを値踏みするような嫌な冷たさはなかった。むしろ、興味深そうに観察している。
アゼルは喉を鳴らし、乾いた声を絞り出す。
「……なら、俺も殺すのか」
女は一瞬きょとんとした顔をし、それから小さく息を漏らした。
「いや。むしろ感心したよ」
口元がわずかに緩む。
「子供にしちゃ肝が据わってる。君の年で迷いなく引き金を引けるのは、そうそういない」
彼女は倒れた男の死体に視線を向ける。
「獲物は取られちゃったけど、死体を換金するだけで済む。ラッキーだね」
そう言って、可愛らしいと言ってもいい笑みを浮かべた。その笑みと、数秒前まで人を殺していた事実が、アゼルの中でどうしても結びつかない。
「だからさ、ちょっとサービス。分け前をあげるよ。まあ、処理に少し時間はかかるけど」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で張り詰めていた何かが切れた。アゼルは無意識に一歩踏み出し、女のコートの裾を掴んでいた。
「どうしたの?」
「……もう、誰もいないんだ」
自分でも驚くほど、声が震えていた。
「家族は……あいつに、殺された」
「……」
「もう…………誰にも頼れないんだ」
路地の闇が、急に重くなる。
女は一瞬だけ目を伏せ、頬を指で掻いた。その仕草には、戸惑いと、ほんの少しの後悔が滲んでいた。
「そっか」
短くそう言ってから、女はアゼルの目線に合わせるように膝を折る。
「じゃあ……君を預かってくれるところを探すよ。仕事の礼だね」
「……!」
当然のように言われ、アゼルは言葉を失った。助ける理由も義務もないはずだ。それなのに、この女は当たり前のように手を差し伸べる。
「この星に居続けてもろくな未来はないよ。外に出た方がいい……ここは死んだように生きてるやつしかいないから」
そう聞いてアゼルはその手を見つめた。
細く、銃を握っていたとは思えないほど白い手だった。
「……外の世界、か」
こうして、アゼルは生まれて初めて、スラムの外へと連れ出されることになった。
夜明け前の宇宙港は静かだった。朽ちかけた施設の中に停泊する小型船は、いかにも賞金稼ぎらしい無骨な外見をしている。女は慣れた手つきでハッチを開け、アゼルを中へ促した。
船内は狭いが、整然としている。血の匂いも、スラムの腐臭もない。それだけで、別世界に来たようだった。
出航準備をしながら、女はふと思い出したように振り返る。
「そういえば、君の名は?」
一瞬、答えるのをためらう。名前を呼ばれること自体が、アゼルには久しぶりだった。
「……アゼル」
そう告げると、女は頷いた。
「アゼル、ね」
そして、眼鏡越しに微笑む。
「私はレイン。まあ、ちょっとの間だけ仲良くしようか」
船が静かに振動し、星の重力から解放されていく。
窓の外でスラムの街が小さく遠ざかっていった。
◆
宇宙港の片隅にある換金所は、昼夜の区別もつかない薄暗い空間だった。無機質なカウンターの向こうで、係員が死体の映像データと照合を進めていく。ホログラムに映し出されるのは、さきほどまで路地に転がっていた男の顔だ。
「確認完了。指名手配犯、懸賞金――」
淡々と告げられる金額を、レインは興味なさそうに聞き流しながら、端末を差し出した。
電子音一つで、金が移動する。
その一連の流れを、アゼルは少し離れた場所から見ていた。
命が金に変わる瞬間を見て、生命はそんなに尊いものじゃないんだなとすら思っていた。
ただずっと沈黙してるわけにはいかなかった。
アゼルはぽつりと尋ねた。
「……レインは、いつから賞金稼ぎなんだ」
前を歩いていたレインは、振り返りもせずに肩をすくめる。
「君ぐらいの年かな」
そして、くるりとこちらを向いてケラケラと笑った。
「私もね、何もない人間だったからさ。帰る場所も、守るものも」
あまりにも軽い調子だったが、アゼルにはその笑いがどこか空虚に見えた。
「……結構、強いのか?」
何気ない問いのつもりだった。
だがその裏にある感情を、アゼル自身が一番わかっていなかった。
レインは少し考える素振りを見せてから、胸を張る。
「若くして、そこそこ名は馳せてるよ。すごいでしょ」
冗談めかした言い方だったが、その言葉に嘘はないと直感した。
あの銃さばき。迷いのなさ。
強さとは、こういうものなのかと、胸の奥がざわつく。
(強くならなきゃ……)
アゼルの脳裏に、血に濡れたスラムの路地がよぎる。
全て奪われた光景。
守れなかった後悔。
(もう、失いたくない)
歩みを止め、アゼルは意を決して口を開いた。
「……もしさ」
レインが振り返る。
「俺が、あんたの弟子になりたいって言ったら、どうする?」
一瞬、空気が止まった。
レインの表情から、笑みが消える。
「……それを選んだら、もう引き返せなくなるよ」
静かな声だった。
「少なくとも今は、まだ君は引き返せる。銀河連合の領域には、まともな国もある。普通に生きる方が、ずっと長生きできる」
諭すような言葉をかけてくれる辺り、彼女の本質はかなり優しいのだろう。
だがアゼルは首を横に振った。
「無理だ」
ふと自分の手に視線を移しながら言った。
「人を殺してる時点で、もうとっくに引き返せない。俺は……」
拳を握りしめる。
「奪われる側で生きるのは、もう嫌なんだ」
レインは黙り込んだ。
しばらく視線を逸らし、何かを計るように天井を見上げる。
「……これも、運命なのかな」
小さく、独り言のように呟く。
そして真剣な眼差しでアゼルを見下ろした。
「私はそれなりに厳しいよ。甘やかさない。それでも、一人で生きていける力は確実に身につけさせる」
一拍置き、続ける。
「着いてこられなかったら、切り捨てる。それでもいい?」
「構わない」
迷いはなかった。
アゼルは既に進む道を決めていた。
「絶対についていく。もう誰にも奪われないぐらい、強くなる」
その言葉を聞いた瞬間、レインはふっと息を吐き、困ったように笑った。
「……ほんと、いい目をしてるね君。裏世界には似つかわしくないぐらい眩しいよ」
そう言ってから、手を差し出す。
「じゃあ決まり。弟子一号……アゼル」
アゼルはその手を、強く握り返した。
その温もりは、スラムのどこにもなかったものだった。
◆
それからの日々は、目まぐるしくて容赦がなかった。
レインは約束通り、情け容赦なくアゼルを鍛えた。
射撃訓練、索敵、撤退判断、地形把握……etc。
だがその中で1番大事にしていたのは、生き残るための思考だった。
「狙いが甘いんだよ」
引き金を引く指が僅かでも躊躇えば、即座に叱責が飛ぶ。
だが、アゼルにはそれが苦ではなかった。
迷いなく撃てる胆力。
それだけは復讐を果たしてから身につけたものだった。
それを見抜いたレインは、早い段階で二人仕事を始めた。
小規模な指名手配犯、逃亡中の武装強盗、賞金額の低い危険人物。危険度は抑えつつ、実戦経験を積ませる構成だ。
「最初は後ろにいな。判断を覚えなきゃ、腕前関係なく死ぬ」
そう言われ、歯噛みしながらもアゼルは従った。
任務後には必ず振り返りがある。
「今、どうすべきだった?」
「……撃つ前に、逃げ道を潰すべきだった」
「正解」
失敗すれば容赦なく指摘され、成功すれば短く頷くだけ。
褒め言葉は、ほとんどなかった。
それでも、アゼルは確実に変わっていった。
銃を構える姿勢が安定し、呼吸が乱れなくなる。
視線は常に周囲を捉え、音を聞き分ける余裕が生まれた。
だが、すべてが順調だったわけではない。
「……なんで今の判断なんだよ」
「は? あのまま突っ込む方が無謀でしょ」
「結果論だろ、それ!」
任務帰りの船内で、そんなくだらない喧嘩も日常茶飯事だった。レインは皮肉を飛ばし、アゼルは食ってかかる。
「口答えが一丁前になってきたね」
「教え方が悪いんだろ」
「生意気なガキめ……いうようになったじゃんか。ええ?」
言い合いの末、レインが吹き出す。
「――ぷは、いつまでこんなくだらないやり取りしてんだか!」
「……俺にとっては……くだらなくないんだけど」
「何ー急にそんな事言って、かわいいとこあんじゃん」
「うっせ!」
頬をつねってくるレインの手を乱暴に振り払ったアゼルを見て、レインは柔和な笑みを浮かべながら言った。
「……ふふ、君が来てから笑う時間が増えたなぁ」
「……それは、ありがとう?」
「なんだそんなに自信無さそうに、もっとどんと構えな。そうすればもっと魅力的な男になれるよ」
そしてその時間の積み重ねによってアゼルもレインもいつしか、強い絆が生まれるようになってきた。
「――人脈も大事だよ、アゼル」
やがてレインは、自身の伝手を使い始める。
宇宙港の酒場、裏取引の場、非合法マーケット。
賞金稼ぎ、傭兵、情報屋――裏世界の住人たち。
「こいつがアゼル。私の弟子」
そう紹介されるたび、視線が集まった。
値踏みする目。侮る目。興味を持つ目。
「ガキじゃねぇか」
「まあ見てなって」
最初は仕事を回されることも少なかった。
だが、結果を出すたびに状況は変わっていく。
「……あのガキ、結構やる」
「レインの弟子か。納得だな」
アゼルは知っていった。
裏世界は、実力だけが物を言う場所だということを。
強ければ名前が残り、弱ければ消える。
そこに理不尽はあるが、嘘はない。
修行の日々の中で、アゼルの中に芽生えたのは、復讐心だけではなかった。
(強くなりたい)
誰かを殺すためだけじゃない。
もう
レインの背中を見ながら、アゼルは歯を食いしばる。
(この人に追いついていつか並び立つ)
スラムの孤児だった少年は、
こうして裏世界で生きるための牙を、確かに磨き始めていた。
◆
それから数年が経ち、アゼルは二十歳になっていた。
裏世界では、もう「若手」と呼ばれる段階を抜けつつあった。無茶をしない判断力、確実に仕留める腕、そして生還率。
どれもが安定し、単独で任務を任されることも当たり前になっている。
ある日……アゼルが仕事を終えて家に戻ると、既に誰かが家にいる痕跡を見つける。
「……?」
警戒しつつ扉を開けると、キッチンカウンターに見覚えのある背中があった。
「おかえり。遅かったね」
眼鏡越しに振り返る、レインだった。
テーブルには酒瓶とグラスが二つ。
彼女はこの日オフだった。
「ずっと飲んでないだろうな」
「さっき飲み始めたばかりだよ」
軽口を叩き合いながら、二人は向かい合って腰を下ろす。
グラスを鳴らし、酒を流し込む。
しばらくは他愛もない話だった。
最近の仕事、厄介だった依頼人、噂話。
しかしアゼルは唐突に思い出した。
「……なあ、レイン」
「ん?」
「アンタが賞金稼ぎになったきっかけ、ちゃんと聞いたことなかったなって」
レインは一瞬だけ視線を逸らし、グラスを回した。
「大した話じゃないよ」
そう前置きしてから、淡々と語り始める。
「最初はね、宙賊の船に捕まってた。奴隷扱い。逃げ場もなかった」
「……」
「そこをある賞金稼ぎが潰してくれてさ。私も一緒に助けられた」
笑うような口調だったが、どこか遠い。
「で、成り行き。気づいたら武器の扱いを教わって、仕事も手伝って……なし崩し的に、今に至る」
アゼルは黙って聞いていた。
「だからさ。あんたを拾った時、変な気分だったんだよ」
「変な?」
「うん。ああ、この状況……見たことあるなぁって。デジャヴみたいな感じ」
レインは肩をすくめる。
「あの時、私を助けてくれた人なら、きっと助けるって思った。だから迷わなかった」
少し間を置いて、アゼルが尋ねる。
「その賞金稼ぎ……今は?」
「生きてるよ。怪我で現役は引退したけどね」
そう言って、レインは苦笑した。
「……結局、隣に立つことは出来なかったなぁ」
その言葉が、アゼルの胸に引っかかった。
グラスを置き、静かに言う。
「じゃあさ」
「ん?」
「俺じゃ、役不足かもしれないけど」
「……?」
アゼルはまっすぐレインを見た。
「また一緒に仕事しないか」
レインが目を瞬かせる。
「どういう風の吹き回しだい?」
「さっきの話を聞いて思ったんだ」
アゼルは息を吸い、言葉を選ぶ。
「後から後悔したくない。あの時並べなかった、って思うのは……嫌だ」
そして、はっきりと告げた。
「俺と一緒に仕事しよう。今度は」
「……」
「俺が、もうレインを守れるぐらい強いって証明したい」
一瞬、沈黙が落ちる。
レインはアゼルをじっと見つめ、やがて小さく笑った。
「……大きくなったね、本当に」
そう言って、グラスを掲げる。
「いいよ。危ない目に遭っても知らないけど?」
「望むところだ」
グラスが軽く触れ合い、澄んだ音が部屋に響いた。
これが最期のやり取りになるとは、この時思いもしなかった。
◆
標的は銀河の裏で悪名を轟かせる宙賊団だった。
幾つもの星を渡り歩き、補給線を潰し、民間船を狙っては消える――連合からも長らく手を焼かれていた存在だった。
潜伏先は資源もなく放棄された辺境の惑星だった?
大気は薄く、地表は風化した岩と錆びた施設の残骸で覆われている。
「懐かしいね、こういう仕事」
「足引っ張るなよ」
「それはこっちの台詞」
短い冗談を交わし、二人は分かれた。
無線は最小限。動きは速く、静かに。
アゼルは影を縫うように進み、見張りを一人ずつ落としていく。引き金に迷いはない。音も無駄も削ぎ落とされた動作だった。
一方、別ルートのレインも同様だった。
彼女の銃は正確で、敵が異変に気づく前に数を減らしていく。
(……変わらないな)
アゼルは思う。
自分が追い続けてきた背中は、今もなお鋭い。
やがて、宙賊の拠点中枢。
アゼルは頭目と思しき男を見つけ、短い銃撃戦の末に仕留めた。
「……終わりだ」
荒い呼吸を整え、無線を入れる。
「こちらアゼル。頭は落とした。そっちは?」
『――――』
一瞬だけだが返答がない。
嫌な予感が胸をよぎった、その時だった。
轟音と共に地面が揺れ、視界の端が白く染まる。
次の瞬間、遠方で巨大な火柱が立ち上った。
「……っ!?」
それは、レインが向かったはずの区画だった。
無線が一気にノイズに侵される。
耳障りな雑音の中で、かろうじて声が聞こえた。
『……アゼ……ル……』
「レイン!?」
『……逃げろ……っ! アゼル……!!』
必死に絞り出された叫び。
そこで通信は途切れた。
「――ふざけるな……!」
アゼルは即座に走り出した。
瓦礫が散乱する通路、崩れかけた施設。
爆風で歪んだ鉄骨が行く手を阻む。
(間に合え……!)
頭の中で、嫌な想像を必死に押し殺す。
奪われないと誓ったはずだ。
もう二度と、目の前で失うわけにはいかない。
爆心地に近づくにつれ、熱と焦げた匂いが強くなる。
視界の先に、炎と煙に包まれた空間が見えた。
「レイン!!」
叫びながら、瓦礫を掻き分ける。
その時、再び微弱な信号が入った。
『……来るな……アゼル……』
「諦めるな!!」
アゼルは無線に怒鳴り、速度を上げる。
(間に合え、間に合え、間に合え!!!)
喉から血の味がせりあがるのを気にせずに走り抜け、ようやく爆心地に辿り着いた瞬間、アゼルの足が止まった。
そこは、もはや戦場という言葉すら生温い光景だった。
地面は抉れ、施設は半壊し、焦げた鉄と血の匂いが混じり合っている。
――その中心に、レインがいた。
フードを深く被り、顔を金属の仮面で覆った集団に囲まれて。数は10を超えている。全員が無言で、異様な統一感を持って立っていた。
「……レイン……!」
声を絞り出した瞬間、彼女の身体が目に入る。
腹部から胸にかけて鮮血が飛び散り、地面には血溜まりが広がっていた。呼吸は浅く、もうすぐ命が潰えようとしていた。
レインが殺される――そう考えた瞬間、アゼルの中の理性が完全に吹き飛んだ。
「……どけ」
視界が赤く染まり、アゼルは吠える。
「どけぇぇぇぇ!!!!」
引き金を引く。
仮面の一人が倒れる。
続けざまに二人、三人。
アゼルは叫びながら突っ込んだ。
弾が尽きれば殴り、蹴り、奪った武器で叩き潰す。
――殺す。
ただその一心で戦った。
だが長くは続かなかった。
「――――――――」
仮面の集団の一人が、静かに前へ出ると両腕を前に掲げた。
アゼルは身構えたが既に遅かった。
「――っ!?」
次の瞬間、両手から放たれたのは、光とも衝撃ともつかないエネルギー波だった。
「――――がっ!!」
防具も、何もかもが意味を成さず、アゼルの身体が吹き飛ばされる。内臓が揺さぶられ、肺から血が溢れ、視界が一気に赤に染まった。
地面に叩きつけられ、指一本動かせない。
(……ぐ、くそ……)
意識が遠のく中、ぼんやりと理解する。
――殺される。
その時だった。
「……アゼル」
聞き慣れた声。
血濡れの地面に倒れていたはずのレインが、ふらりと立ち上がっていた。全身が赤黒く染まり、明らかに限界を超えている。
「……動くな……!」
喉を焼くような声でアゼルが叫ぶ。
だがレインは、いつものように困った顔で笑った。
「……あはは……相変わらず、無茶するね……」
一歩、また一歩。
ふらつきながらも、彼女はアゼルの方を向いた。
「……ごめんね……私は……ダメだった」
仮面の集団がざわめく。
だが、彼女は気にしない。
「でも……君は……」
血に濡れた口元で、微笑んだ。
「私の分まで……生きて」
その瞬間、レインは身体につけていたサーマルグレネードに手をかける。複数個持ち込んでいた彼女がここで一気に起爆すれば、彼女ごと仮面の集団を消し飛ばせるだろう。
アゼルは冷静な思考を呪いながら叫ぶ。
「――レイン!!」
「ありがとう」
叫びは届かなかった。
白い光が世界を塗り潰した。
「…………あ、ぐっ……」
次にアゼルが認識したのは、静寂だった。
耳鳴りの中、朧げな視界で、仮面の集団が呻きながら立ち上がるのが見える。全員が無事ではなかったが、あの距離で爆発を食らって手足を引きずりながら撤退出来るなど、明らかに普通の生物じゃなかった。
でもそんなのはどうでもよかった。
「……レイン……」
瓦礫と焦土の中で、彼女の姿はもうどこにもなかった。
奪われないと誓ったはずだった。
守れると言ったはずだった。
それでもまた、失った。
「………………レイン……」
世界が暗く沈んでいく。
アゼルは、何も出来ないまま。
ただその場に横たわり、意識を手放した。
◆
「――これが、俺の傷だよ……ニル」
『…………全て、失くして……貴方はどうしたの』
ニルは現実世界に帰還した。
彼の肉体を通じて悲しみや怒り、絶望、そして
「……あの後、連合の船に救助を呼んで助けてもらった。幸い俺はまだそこまでやばい傷じゃなかった。でもレインは塵すら残らなかった」
当時を思い出しながらアゼルは身体の中にいるニルに語りかける。
「でもあんな爆発を食らってなお、レインを殺した奴らは生き残っていた。だから探し出そうとした。必ず全員殺す――ニルが同胞に対して抱いたのと、似たような思いだよ」
ひたすらあらゆる銀河を巡った。
怪しい奴らを探して、邪魔になる奴は殺し尽くした。
でも彼らには辿り着かなかった。
あんなに目立つ見た目で手掛かりがないまま、ただひたすら宙賊やギャングなどの無法者を屠っていった。
「でも見つからなかった、ひたすら休む事なく銀河のあちこちを探しても、仮面の集団に辿り着けていない」
『…………!』
「諦めてはいない、でも……あまりにも見つからないから、俺はいつしか憎しみより義務感になって、今じゃ他に何も考える事がなく……空っぽのままなんだ」
ニルから
それでもアゼルは止まらなかった。
「ニル、俺も何もないんだ。ただ生きろと言われたから生きてるだけで……復讐心を無くしたら何もないんだ」
『繋がりもないの?』
「ないよ、浅い関係さ。俺は大切な人を2度奪われてから……人と積極的に関わって関係性を深めるのをやめた」
だって1人になった時、もっと辛くなるから――口にはしなかったがニルは察していた。
「でもおかしな話だよな、1人なら辛くないって思ったのに……ふと思うんだ。1人で死ぬのは嫌だなと」
なんて矛盾した思考なのだろうとアゼルは自らを嘲笑う。結局のところ自分は孤独が嫌な癖して、失う辛さを2度と味わいたくないから自ら孤独に生きる道を選ぶという、間抜けな奴でしかなかった。
「……本当、俺は何がしたかったのか。最初からまともな道を選べば違ったのかな」
『私もだ、私も……独りは辛い。今まで暮らしてきた世界でも独りだったけど、ゲートの向こうにあるこの宇宙に来てから、全く繋がりも何もないこの世界に置き去りにされた事が、酷く苦しい』
するとニルが語り始める。
『何かに縋らないと私は――いや
恐らくそれを埋める手段が復讐だった。
ニルもアゼルも心を埋める何かを渇望していた。
『いつになるか、というより果たせるかわからない同胞への復讐を掲げないと……生きていけないの……』
弱々しくなっていくニルの声を聞いて、アゼルは決意する。
このままではこの見知らぬ空間で息絶える。
それだけはごめんだ。
(きっと……こいつと出会ったのは必然だったかもしれない)
これは継承だ。
ジョンが、レインが、独りだった俺に手を差し伸べたように、俺も誰かに手を差し伸べる時が来たのだ――アゼルはそう考えた。
それにメリットもある。
超人的な力を手に入れる事が出来るという絶大なメリットだ。
(どの道……こいつからは離れられない。それにこいつの力は絶大だ。復讐を果たすためなら……堕ちるとこまで堕ちてやる)
同情はする。
だがその力を利用させてもらう。
味方は出来るだけいた方がいいし、協力者とはいい関係でいたい。
そう決めたアゼルは
「ニル」
『……何?』
「俺はニルに全てを捧げる」
『…………へ?』
唖然とするニルを他所にアゼルは続ける。
「俺もニルも……同じような生きる目標を抱えていきてる。だけど……それだけじゃない。文字通り……俺たちは身も心も1つになっている」
寄生者と宿主という歪な関係性から、アゼルはさらに踏み込む。
「だけどその目標を果たす壁は高いし、果たせるかはわからない。途中で死ぬかもしれない」
『…………うん』
「でも――お前は独りで死なない、だって俺もいるから」
『……アゼル』
ニルの困惑する声を聞いてもアゼルは止まらない。
「ニル、もうお前は独りじゃない。俺がいる……お前と同じように孤独で、何もかも失った俺だけがお前と共にいてやれる」
『……っ』
「今更……まともになれるとは思ってない。だったらもう……何もかもお前に捧げてやる。そうしたら俺もお前も途中で死んでも寂しくないだろ?」
だって文字通り、肉体が融合しているのだから――最後にアゼルはそう言った。
『……』
しばらく沈黙が続く。
不快に思ったかとアゼルが思ったそのときだった。
『……あはは』
「……ニル?」
『あは、ははは、うふふふ……』
不気味に少し笑った後――アゼルの身体から粘度の高い灰色の液体のようなものが出てくる。
「!?」
「あ、ははははは――ふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
驚愕するアゼルの前に現れた
「……ニル……か?」
「あは、アゼル、貴方、今私に、言うべきじゃない事を言ったわね」
「……不快だったか」
「まさか! 逆よ!! 私は嬉しいの!!! まさかこんな人が私の前に現れてくれるなんて!!」
漆黒に染まった瞳をアゼルに向けながらニルは思い出していた。
――私たちがなぜ、自らの種族を束ねる王を信仰するか、わかるかな。
その言葉は、遠い過去の記憶と共に、ニルの内側で静かに反芻された。
黒い血と灰に塗れた空間で、唯一無事だった同族の少女が、震えるニルの手を取ってそう言ったのだ。
――信仰は、弱さの証じゃない。
――独りでは壊れてしまう心を、誰かに預けるための形だよ。
オキュラスには数え切れないほどの種族が存在し、それぞれに「束ねる神」がいた。神は力を与え、導きを示し、代価として信仰を求める。
全てを捧げ、全てを委ね、常道から逸れるほどに強くなる――それがこの世界の理だった。
だが、ニルはその輪に入れなかった。
自分には、捧げるに足る神がいなかった。
信じるに値する存在などどこにもいなかった。
だから諦めたのだ。
誰も信仰せず、誰にも依らずに生きていくと。
それなのに――目の前にいる男は、今、何の見返りもなく言った。
全てを捧げると。
ニルの灰色の髪が、ゆらりと揺れる。
笑みは消えない。だがその奥にあった軽薄さは、いつの間にか底知れぬ執着へと変質していた。
「……ねぇ、アゼル」
指先が彼の胸元に触れる。
鼓動が伝わる。
生きている証が自らの手の中にあるようで、ニルは嬉しかった。
「貴方、わかってないでしょう」
「……何を」
くすり、と笑う音が喉から零れた。
「今のはね、ただの告白なんかじゃないの。信仰の誓約よ」
アゼルの瞳がわずかに揺れるのを見て、ニルは心底愉しそうに笑った。
「心だけ? そんな生ぬるいものじゃ足りないわ」
次の瞬間、彼女の身体が霧散する。
粘性を持った灰色のそれは、再びアゼルの身体へと溶け込んでいく。
「……っ、ニル!?」
「逃げないで」
ニルは甘い声を出しながら囁く。
「貴方の血液を巡って、私の意識が流れ込むの。肺に、肝臓に、神経に、骨髄に……全部ね」
「ぐ……!?」
アゼルの視界が、一瞬だけ暗転する。
「ほら、感じるでしょう? 私と貴方の血肉が同じになったって」
もはや侵食ではなく同化を果たそうとしていた。
アゼルは全く抵抗できず、ただ受け入れるしかなかった。
「ねぇアゼル。私はね……初めて信じてもいい存在に出会ったの」
声は彼の内側から響く。
「神なんて要らなかった。だって――貴方がいる」
笑い声が、脳裏で弾ける。
「だから私は、心だけじゃ足りない。身体も、血も、臓腑も、思考も……全部欲しい!!!」
「取り消す事なんて出来やしない!!」
最後に、囁きが落とされる。
「私は貴方を信仰する事にしたのだから!! あはははははははははははは!!!!」
そして、優しく、狂おしいほど愛おしげに告げた。
「もう二度と独りにはさせないわ。私の、愛おしい宿主様」
その言葉と共に境界は完全に消え去る。
誓約が果たされた瞬間でもあった。