銀河で賞金稼ぎやっていたら、謎のヤンデレ宇宙生物に体を寄生された男の話 作:モーフ
アゼルを突き落とした怪物は、穴の上で待ち構えていた。
さっきの生命体はこの空間に暮らすものじゃない――間違いなく外から来たものだ。
時折いるのだ。
哀れな犠牲者が。
この空間と空間の狭間に位置する世界は、一度迷い込んでしまえば出ることは不可能に近い。迷い込んだ大半の生命体は狭間に生きる異形に喰われて、惨めな最期を迎える。
だけど例外は存在する。
この空間は莫大なエネルギーで空間を歪め、破壊することで
怪物は先程襲った生命体に対して、脅威は一切感じてなかった。身体能力は目を見張るものがあったがその程度でしかない。
竜のような外見をした怪物は、穴の縁で身を低く構えていた。裂け目の奥は闇に沈み、音もなく、気配すら感じられない――はずだった。
だが次の瞬間、空間そのものが軋んだ。
それは風でも熱でもなく、ただ存在そのものが押し潰してくる感覚を怪物は感じ取った。
「――ッ」
怪物の喉から、意図せぬ音が漏れる。
四肢が地面に縫い止められたかのように動かない。逃げるという発想すら、思考の奥で凍りついた。
穴の底から、何かが這い上がってくる。
最初に見えたのは、黒く艶のある指先だった。
次は灰色と黒が混じり合った刺々しい装甲が見えた。
金属とも生体ともつかない、奇妙な質感をしたそれは
ニルの信仰と執念を丸ごと素材に活用した歪で美しい外殻だった。
「……はぁ……わざわざ待ってくれるとはな。随分と優しい怪物だな」
アゼルはゆっくりと穴から這い出た。
かつて露出していた肌のほとんどは覆われ、身体の輪郭はより鋭く、より凶悪に変貌していた。
肩、背、脚部に連なる装甲は刃のように重なり合い、呼吸に合わせて微かに脈動している。
そして――その肩口からぬるりと何かが生えた。
「――あああ……」
甘く蕩けた声を出したニルが、まるで所有物を撫でるようにアゼルの首元に頬を寄せていた。
「宿主様、素敵……!これが、これが信仰のなせる業なのね……! あいつらが神を崇める理由がよくわかったわ……!! あははは!!!」
恍惚とした表情で、彼女はアゼルの装甲を指でなぞる。
爪が触れた部分から、微かに黒い脈動が走った。
「ほら、見て……あの怪物。貴方の存在に、恐怖してる……あは、たまらないわ……!」
怪物は理解できなかった。
目の前の存在が、先程まで自分が突き落とした“獲物”と同一であるという事実を。
アゼルは一歩、前に出る。
その動作だけで、空間が沈む。
怪物の脚が、地面にめり込んだ。
「……ニル……戦ってる時ぐらい、少しは落ち着いてくれよ」
「えぇ~? だって嬉しいんだもの。私の信仰が、こんなに綺麗な形になるなんて……!」
くすくすと笑いながらも、ニルは従うように一歩引く。
だがその身体は、なおもアゼルと半ば溶け合ったままだ。
(にしても……このアクセルのかかり具合はなんだ。こいつと繋がった部分を通じて、頭が熱くなりそうなぐらいの
きっかけは同情だったかもしれないが、この入れ込み具合とは思わなかったアゼルは内心冷や汗をかく。よくよく考えなくても、ニルは少なくとも
(まぁ……いい、ニルは味方になってくれる。この後どうするかは置いておく)
それに自分も寄生された影響なのか、ニルに対して悪感情は抱かなくなってきている。
(……俺も
若干の不安要素を抱きつつ、アゼルは怪物をまっすぐに見据えた。
「糧になってもらうぞ……化け物」
「GOAAAAAAAA!!!」
どっちが化け物なんだかな――アゼルはニヒルな笑みを浮かべながら大地を蹴った。
「シッ――――!!」
アゼルは一瞬で距離を詰め、怪物の正面へ躍り出る。
それを迎え撃つように、竜の顎が大きく開かれた。
「GOAAAAAAAA——!!」
喉奥から噴き出したのは、青白く燃える炎だった。
熱というより、凍りつくような異質さを孕んだブレスが、一直線にアゼルを呑み込む。
視界が白に染まると衝撃が全身を打った。
(――来るか……!)
両腕をクロスし炎を受け止めた。
アゼルの身体を覆う灰と黒の外殻は青白い炎の直撃を食らってしまったが、表面をわずかに焦がしただけで済んでいた。
おまけに焦げた部分はすぐに蠢き、黒い脈動とともに修復されていく。
「……は」
思わず短く息が漏れた。
以前よりも頑強に、そして素早くなった回復速度を見て確信した。
「いけるな」
アゼルは常識外れの速度で跳躍した。
重力が一瞬、意味を失うと怪物が咆哮する間もなく、アゼルは空中で身体を捻って脚を振り抜き――急降下した。
「ハァアアアア!!!」
まるで地に堕ちる流星ようなキックを繰り出した瞬間、バチリと空間が裂けるような音が走った。
蹴りが放たれた刹那、アゼルの脚部装甲から、灰色の電光が迸ったのだ。
「――――っ」
自分でも驚く暇はなかった。
蹴りは怪物の側頭部に直撃し、衝撃波が空気を歪ませる。
巨体が横殴りに吹き飛び、地面を何度も転がった。
(今の……なんだ?)
筋力でも、運動エネルギーによるものでもない。
蹴りそのものに、何かが上乗せされた感覚があった。
『――あは』
頭の内側に響くのはニルの声だ。
『驚いた? アゼル』
「……ニル」
『今のが私たちの扱う力、って言っても……私は初めて出せたのだけど……』
どこか誇らしげに、彼女は続ける。
『同胞はね、それを「暗黒」って呼んでたわ。我々の肉体に宿る力だと』
「……どう使う?」
怪物が呻き声を上げ、ゆっくりと立ち上がる。
頭部から黒い血のようなものが流れていたが、まだ戦意は失っていない。
『難しく考えなくていいの』
ニルの声は、やけに優しかった。
『ただ一つ、強く思って――殺すって』
ぞくり、と背筋を何かが撫でた。
『敵を殺す。喰らう。糧にする。それだけでいいのよ、宿主様』
「……随分と血生臭いな」
『あはは、どの道こんな生き方しか出来ないのよ。殺されないようにするには敵を喰らうしかない。強い生き物を殺し尽くして……最後は神の喉元を切り裂く。宿主様と私ならきっと出来る』
光悦とするニルを他所にアゼルは息を整える。
心臓の鼓動が、外殻の脈動と同期しているのがわかった。
不安はあった。
この力の先に何があるのか、想像がつかない。
それでも。
(……今は)
怪物が咆哮し、再び突進してくる。
アゼルは、静かに目を細めた。
「――敵を殺す」
「GAAA!!!」
大地を踏み砕き、怪物が突進する。
巨体に似合わぬ速度。青白い炎が口腔に集まり、再び放たれようとしていた。
アゼルは敢えて迎え撃たない。
横へ、前へ、斜めへ――最小限の動きで距離を詰める。
炎が掠め、外殻がきしんでも足は止まらない。
(殺す)
思考が一点に収束する。
次の瞬間、灰色の電光が全身を走った。
怪物の爪が振り下ろされるより早く、アゼルは懐へ潜り込むと勢いよく拳を叩き込む。
「うらぁぁぁぁぁ!!!!」
肘、膝、腹、顎……一撃ごとに、外殻が低く唸り、不可視の圧力が怪物の内部を破壊していく。
「GOAAAAAAAA!!」
悲鳴じみた咆哮が轟くと尾が薙ぎ払われ、アゼルの身体が宙を舞う。
「まだ――まだ……だ!!」
だが空中で体勢を立て直し、地面を蹴る。
反動すら力に変換され、跳躍はさらに加速した。
「そこだ――」
今度は確信があった。
全力の回転蹴りが、怪物の首元に突き刺さる。
灰と黒の光が爆ぜ、空気が裂けると空間が軋む。
「ギ――――」
黒い血が弾け飛び、怪物が最期の抵抗を試みる。
しかしそれを悠長に許すアゼルではない。
「くたばれ」
「!!!」
獰猛な笑みを浮かべたアゼルはそのまま足を薙ぎ払う。
竜の首は骨と筋肉が砕け、柔らかくなって捻じ曲がるとブチブチという悍ましい音を立てて、千切れとんだ。
「はぁ……」
巨体が前のめりに崩れ落ち、地響きが収まった後でアゼルは息を吐く。
「……終わった、か」
荒い息を吐くアゼルの耳元で、ニルが囁く。
『よくやったわ、宿主様』
声は甘く、満足げだった。
『さあ――喰らって』
「…………こいつを食えば、あと少しだな」
そしてアゼルは竜の亡骸へと手を伸ばす。
瞳の色は仄かに黒く染まっていた。
◆
それから先は、時間の感覚が曖昧になっていった。
獣の咆哮が轟き、血肉や骨を砕き、暗黒が脈打ち、身体がより強くなっていく感覚だけは覚えていた。
アゼルは止まらなかった。
襲い来る怪物を迎え撃ち、殺し、喰らう。
理性が薄れるほどの狂気はない。むしろ、頭は奇妙なほど冴えていた。次に何を殺すべきか、どうすれば効率よく糧にできるか――思考は冷静で、判断は迅速だった。
『いいわ……その調子』
ニルの声が、常に内側にあった。
歓喜と陶酔を孕みながらも、決して制御を奪おうとはしない。
そんな日々を過ごし、殺した怪物が百体目を超えたあたりで変化が訪れた。
「……?」
最後に喰らった怪物が灰となって崩れ落ちた瞬間、アゼルは湧き出る力を指先に溜めた。直感のようなものが働いた感覚に近い。アゼルはそのまま導かれるように力を解き放つ。
「……ん?」
指先の先で空間が軋んだ。
するとまるで押し広げるようにして歪みが広がっていく。
更に力を込めると、空気が悲鳴を上げ、目の前に亀裂が走った。
「――これは……穴、か」
灰色と黒が混じった光が、裂け目の奥で渦を巻く。
向こう側は見えないが確実に別の場所と繋がっている感触があった。
『……』
珍しくニルが言葉を失っている中でアゼルは確信する。
これは
「擬似ゲートみたいな感じだな」
アゼルは低く呟く。
「これを安定させられれば……外に出られる」
『……そうね、更に広げていけば貴方がいた宇宙に繋がると思う』
「繋げるには何が必要かわかるか?」
『どこでもいいけど、宿主様がいた宇宙をイメージすれば繋がるわ……』
ニルは普通に言ったつもりだっただろうが、声色がわずかに違うことにアゼルは気づいた。
「……何か問題があるのか?」
『無事に着けるか、不安なの』
どういう事だとアゼルは促すと、ニルはポツリと話す。
『私たちは宇宙の外に広がる世界にいた。だけど向こうに行っても……大丈夫なのかなって』
「今いる狭間の世界で生きているんだから大丈夫だろ」
『だといいのだけれど、不安なの。何故か……向こうの宇宙に行くと考えたら、怖くなった』
人間が酸素のない世界で生きられないように、ニルはアゼルのいる宇宙で生き抜く事が出来ない身体なのかと、アゼルは理解した。
全く難儀なものだと思うのと同時に、何故そんな恐怖心を抱いたのかと不思議に思った。
『無事なら……同胞はとっくに宿主様の宇宙を侵略してもおかしくない。でもそれが出来てないという事は……そういう事かもしれないと思ったの……』
アゼルは黙って聞いていたが、ここで口を開いた。
「考えすぎだ」
『……そうよね』
「怖いか?」
『怖いけど……でもやらなきゃ』
ニルは続ける。
『今の私は、貴方と同じ身体。貴方の肉体に深く結びついている。だから……大丈夫だと思う』
「……本音は?」
『自信はない』
改めて思ったが、ニルの精神はかなり不安定だ。
乗ってる時は問題ないが、一度恐れを抱くと萎んでいくようだ。
「当たって砕けろってやつだな」
アゼルは歪む空間を見つめながら、拳を握った。
そもそも自分だってどうなるかはわからない。
それでも――
「問題ない」
根拠はなくてもアゼルは言い切った。
『……宿主様?』
「俺の肉体はもう人とは違って頑丈だ、ニルも強くなった」
骨格、筋肉、臓腑、血液。
そのすべてが、暗黒と混じり合い、再構築されている。
「それに……」
アゼルは、歪みへ一歩近づく。
「ここで立ち止まる訳にはいかない、せっかく出口があるんだからな」
奪われたものを取り戻すために。
殺された者たちの先へ進むために。
「きっと何とかなる」
『……ふふ』
ニルがくすりと笑う。
『やはり貴方と融け合って良かった。例え死んでも後悔なんて抱かない。貴方も一緒に死んでくれるもの』
「……そりゃどーも」
まだ死ぬ気なんてさらさらないのだが、とりあえず合わせておく。
『準備は出来てるの?』
「ああ」
アゼルは深く息を吸って吐いたあと、両足を踏みしめてから両手を前へ突き出す。
「行くぞ、ニル」
『ええ、宿主様』
次の瞬間、アゼルの内側で暗黒が咆哮した。
灰色と黒が溶け合ったエネルギーが、奔流となって両手から放たれる。圧縮された意思の塊を空間に叩きつけられたそれは、即座に反発を生み、世界そのものが悲鳴を上げる。
――ギ、ギギギ……。
酷く耳障りな音と共に目の前の空間が、ゆっくりと裂け始めた。
最初は針の穴ほどだった黒点が、暗黒に押し広げられ、粘性を持った闇となって広がっていく。縁は不規則に歪み、内側は光を一切反射しない完全な黒だった。
『……いける』
ニルの声に、隠しきれない昂揚が混じる。
『宿主様がいれば出来る』
「ああ、信じろ」
アゼルは歯を食いしばり、さらに出力を上げた。
外殻が軋み、骨格が再配置される感覚が走る。
背中から装甲がせり出し、四肢を覆い、肩口には棘状の構造体が形成されていく。灰と黒の艶やかなアーマーが、まるで生き物のように彼の身体を包み込んだ。
ついに空間は完全に破れた。
あとは通るだけだ。
「行くぞ」
短く告げると、彼は地面を蹴る。
灰黒の装甲を纏った影が、黒い大穴へと吸い込まれていく。
その瞬間、狭間の世界は静まり返り――裂け目だけが、ゆっくりと閉じ始めていた。
◆
「――――がぁぁあぁ!!! うぐぅ、ああああ!!!」
『――アアアアアアアア!!!』
身体が焼ける、千切れる、潰される、裂かれる。
どす黒く染まったような色をした空間が満ちる世界で、アゼルとニルは洗礼を受けていた。
(世界から拒絶されているようだ……!!!)
苦しむアゼルはニルが抱いた嫌な予感が的中したのかと考えていた。
そして彼の予測は実際当たっている。
本来なら彼女達の種族はアゼルのいる宇宙には長く存在出来ない。宇宙という世界そのものが毒になってしまうため、ゲートを通じて宇宙に近づけば近づくと、その反発はより強くなっていく。
ニルの考えでは力が増せば存在そのものの強度が上がり、耐えられると踏んでいた。そうなれば多少のダメージはあっても、時間さえ経てばアゼルの肉体を元に読み取って、ニルもアゼルの宇宙で生きられるように適応が出来る――そういったプランだった。
だがここでミスがあった。
それはニルの力が増せば増すほど拒絶が強まるという事。
アゼルだけならば拒絶は起きなかったが、ニルという存在が肉体に宿ってしまっている為、アゼルもダメージを受けていた。
(力が大きいほど、拒絶が強まるんだ……!!! いくら耐性を上げてもこれじゃ……!!)
アーマー強度を上げようとしたが、より肉体の破壊が進行していた。何という悪趣味な仕組みだ、まるで
『――――――あ、ぐ……ぁああ』
ニルの弱り果てた声を聞いて、アゼルは必死に頭を働かせる。このままでは向こうに戻る頃には死体になっている。耐え抜く為には、単純な肉体強化以外で持ち堪える必要があった。
「ギギ…………ギ……」
肉体が破壊されては再生し、破壊されては再生しを幾度も繰り返して――アゼルは賭けに出る。
(俺の…………本来の肉体に戻して、ニルを守り切る……)
それはまさに自殺に等しい策だった。
生身に戻ってニルの力を弱めた上で、脆弱な人間の肉体のまま宇宙を漂うという策だった。だがこれは蘇生出来るかどうかはもはやニルの体力任せであり、作戦と呼ぶにはあまりにも拙いものだった。
でもやるしかなかった。
「…………に、る、あとは……任せ、るから……」
『ア――――ぜ、る、待って――』
最後に呼ばれた気がしたが、アゼルは耐えきれずに意識がプツンと切れた。
◆
――そして次に目を覚ますと、そこは真っ白な空間だった。
痛みも苦しみも消えうせてる。
念の為、身体をペタペタ触ったが何も変わらなかった。
「……なんだ、ここ」
アゼルは自分の身体を見下ろした。
傷はない。血も流れていない。
生きているのか、死んでいるのか、その境界すら曖昧だった。
「幻覚……?」
そう思った瞬間だった。
「久しぶりだな、アゼル」
聞き慣れた声がした。
「……ジョン?」
振り向いた先に立っていたのは、あの男だった。
スラムで拾ってくれた、最初の育ての親。
人相悪くてぶっきらぼうだったが、将来の事を心配してくれた人だ。
「やっぱり……暗い道に行っちまったか」
ジョンはそう言って、少しだけ寂しそうに笑った。
アゼルは一瞬言葉に詰まり、それから小さく頭を下げた。
「……ごめん。でもさ、後悔はしてない」
「ほう」
「レインに生き方を教わった。強さも、覚悟も……全部だ」
そう言って苦笑する。
「だから……ここに来るとしても、納得はしてる」
ジョンはしばらくアゼルを見つめ、それから肩を竦めた。
「今じゃ一流の賞金稼ぎってか?」
「だといいんだけどな……。ってか何でジョンはいて……レインはいないんだよ。幻覚の中でぐらい会わせてくれよ……」
「あん?」
「いや、何でもないよ……こっちの話」
声に出たかと気まずそうにするとジョンは笑った。
「くはは、でもちゃんと大人になってくれて良かったよ。おまけに将来を誓ってくれそうな女まで手に入れたじゃねえか」
「文字通り寄生されてるけどな。ったく……」
そこまで言ってアゼルは小さく笑ってしまった。
「出来れば長生きして欲しかったよ、ジョン」
「……お前が俺の分まで生きてくれるだろ」
ジョンは優しい目を向けてぽん、とアゼルの肩に手を置く。
「諦めずに、生き切れ」
「……」
「必死に足掻け、最後まで前に進め――あとは」
そして少し照れたように付け加える。
「友達も、なるべくたくさん作れよ。一人で抱え込むな」
その言葉を最後に、ジョンの身体は霧のようにほどけていった。
「ジョン……」
呼び止める前に、完全に消える。
白い空間は、ゆっくりと色を失っていく。
滲むように、染みるように、白は黒へと塗り潰されていった。
やがて――闇の中から、二つの角を持つ少女の影が浮かび上がる。
「……ニル」
漆黒の中で彼女は確かにそこに立っている。
彼女はアゼルのすぐ目の前に近づき――
「起きて」
優しく囁いた。
◆
(――重い、上に……窮屈だな……)
目が覚めたらいきなり黒曜石みたいな物体が全身を包んでいた。一応ちょっと身体を動かす余裕はあったが、胎児のように身体を丸めた体勢は割ときつい。
「……っ」
とりあえず今はどうなっているのか――状況を理解する前に、微かな声がすぐ近くで響いた。
『よかった、息を吹き返したわね』
その声を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなる。
「……ニ、ル……?」
掠れた声だった。
自分でも驚くほど弱々しい。
「……今……何が、どうなってる……」
必死に問いかけると、少し間を置いてから、彼女は答えた。
『宿主様が、わざと力を弱めてくれたおかげで何とか宇宙空間に出れたわ』
その一言にアゼルは酷く安堵する。
『もっとも……かなりギリギリだったけどね』
「そんなに……か」
『宿主様が瀕死になった瞬間、私も引きずられるように崩れかけた。でも……宿主様がアーマーを解いたりして、私の力を調整してくれたから、ダメージを受けていながらも私は……かろうじて、生き残れたの』
ただ完全に無傷という訳にはいかなかったようで、ニルは疲れた様子で答えた。
『だけど問題は宇宙空間に生身で放り出された宿主様の肉体よ、私も適応を早めにしたいから肉体の周りに外殻を作って保護したら、宿主様の肉体を修復しながら宇宙空間に適応したの。本当……ギリギリだった』
かなりしんどそうではあったが、何とか適応出来たという言葉を聞いて、アゼルの口元がゆっくりと緩む。
「……じゃあ……」
声に僅かに力が戻る。
「ニルは……もう問題なく、俺の世界でも生きられるのか?」
黒い殻の内側で、彼女が一瞬黙ったのがわかった。
『一応ね』
声は少しだけ小さくなる。
『完全とは言えないけど……少なくとも、消滅は免れた』
「そっか……」
安堵が、胸いっぱいに広がる。
「……よかった……」
その言葉を聞いた瞬間、ニルはほんのわずか、息を詰めたようだった。
『でも……ちょっと問題が発生してね』
「?」
『貴方と私が漂ってるところを……よくわからない連中に回収された』
アゼルは眉をひそめる。
「誰だ……?」
『わからないわー、ただ――もしこれがオーパーツなら売値は戦艦一隻分では利かんだろうな――とか話してた。なんかお金になるかもって会話ばかり』
それを聞いてアゼルは察した。
俺たちを回収したのは宙賊か、それに準ずる何かだ。
「なぁ……ニル」
『なぁに?』
「……弱ってるなら、腹拵えしとくか?」
その一言を聞いて、胸の内側からドス黒い感情が湧き出る。
『くふふふふ、そうね……体力回復させたいもの。でも大丈夫なの? ここの獲物に
「俺の見立てじゃ問題ない連中だ、むしろ回収してくれたのは好都合だ」
すると外殻の一部が段々と柔らかくなり、崩れていく。
俺の肉体も釣られて変形していく。
『じゃあ……この船、乗っ取りましょうか……うふふふ』
「そうだな、せっかくの足だ。使わせてもらうさ」
殻に小さな穴が空き、船内が見える。
俺はニルを介して周りを確認してから言った。
「今だ」
その合図を機に、船内は血の海になった。
◆
「――ねぇ、アゼル。せっかく出て来れたんだから……これからどうするの?」
アゼルとニルは、自らを回収した宙賊団スレッド・ヴァルチャーを鏖殺した後、操縦桿に手をかけて航路を確認していた。
「決まってるさ。俺を一度……殺した奴らに仕返ししてやる」
そういいながら時間を確認する――何と3ヶ月はかかっていたらしい。まずやるべき事は自分が生存している事を、依頼主であるヴェイラ・コルサ少佐に報告し、ゼルドの安否もしくは行方を確認しに行く事だ。
あいつにはたっぷりお礼をしてやらねばならない。
ただそれ以外にも気になることがある。
(あの異様な力……もしかしたらニルの種族関連かもしれない)
肉体の変化、再生能力――奴ももしかしたら同類の可能性がある。
「銀河の果てに逃げてたって……絶対に見つけ出してぶっ潰す」
「くふふふ、楽しくなりそう!」
アゼルの肉体から生えてきたかのように姿を現した彼女は、凄惨な笑みを浮かべながら舷窓の向こうに広がる宇宙を見ている。そんな彼女を見ながらアゼルは思った。
(俺たちの関係は……きっとまともな連中からしたら間違ってるんだろうな)
銀河の守護者たちみたいに英雄譚で語られる話なら、主人公とヒロインはお互いを信頼し合い、依存する事なく、背中を預けて敵に立ち向かうのだろう。正しい人間関係ならむしろそっちの方が望ましいとアゼル自身も知っている。
対するアゼルとニルはどうだろうか。
依存どころか、言葉通りに肉体が融け合う所か、深い愛情という鎖でアゼルを縛るだけじゃなく、神のように崇拝までしている。
そんな2人が最後に辿り着くのは破滅だ。
1人が死ねばもう1人も死ぬ。
酷く脆くて歪んだ関係性なんて、間違っている。
だけどアゼルはそれでもいいと考えていた。
元よりこの身はガキの頃からずっと汚れている。
ニルだって血を好んでる。まともになんてなれやしない。
(俺はレインを殺した奴を殺す、そしてニルの復讐も完遂させる)
この時を持って人間アゼルは死んだ。
ニルという存在に肉体を捧げた彼は、新たに生まれ落ちたのだ。
「さぁ、行くよ……ニル」
「どこまでも共にいるわ……宿主様」
――怪物へと。
やっと最初につながりました。
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