銀河で賞金稼ぎやっていたら、謎のヤンデレ宇宙生物に体を寄生された男の話   作:モーフ

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ちょっとニッチすぎたかなと思いましたが、読まれて嬉しいです。


嫉妬深い生命体

「……さて……」

 

 ワープ航行特有の振動が船体を満たし、計器類が淡く光っている。操縦席に深く腰を沈めたまま、アゼルは考え込んでいた。

 

(……しかしまさか宙賊船に回収されるとはな)

 

 宙賊たちに回収されたのは良い点もあれば悪い点もあった。

 まず第一に連合ないし、銀河文明、どっかの惑星国家の船ならニルの説明がめちゃくちゃ面倒だし、自分が賞金稼ぎという事もあって暫くは捕まってしまう。

 

 ただ宙賊船ならそんな余計なことは起きないし、普通にぶっ殺せばいい。だけどこの乗ってる船は連合から目をつけられてる可能性が高い。

 機体識別信号も、積まれている武装も、航行ログさえも、連合から見れば犯罪者が乗ってると思うだろう。うっかり連合宙域に踏み込めば、警戒どころか即座に包囲されて宇宙の藻屑にされる。

 

(正規港は無理だな。面倒事は御免だ)

 

 だから向かう先は一つ。

 ならず者、亡命者、犯罪者――表の世界に居場所のない連中が自然と集まる、グレーどころか真っ黒な宇宙港に寄り、そこで依頼主と接触することだ。

 

 そしてアゼルはそんな宇宙港がどこにあるかを知っている。

 

(まぁそれはいいとして……)

 

 ふとアゼルは後ろを振り返る。

 

「ふーん……こんな船に乗ってるのね、宿主様の宇宙に住む生命体って。なんか汚いし、無駄に物が多いわね」

「ニル……」

 

 肩口から上半身を出した彼女はコックピットの中を興味深そうに見回している。身体は繋がったままとは言え、自由に身体から出て落ちつきなく観察してる辺り、好奇心はかなり強いようだ。

 

「だけどかなり技術は()()()()わね、もっと簡単な作りでもいいのに」

「あんまり勝手に出てくるなよ」

 

 低く抑えた声で言うとニルがアゼルを睨む。

 

「……は? 別に自由でいいじゃない。2人きりだし」

「ここではかまわない。だけど人の目がある場所では姿を現す事はするなよ」

 

 するとコックピットの空気が一瞬だけ冷えた。

 ニルは目に見えて不満を露わにしていた。

 

「えー……なにそれ。私、退屈なんだけど?」

「目立つんだよ」

 

 寄生生命体自体は珍しくはないが、こんな高度な知的生命体かつ見た目だけなら、めちゃくちゃ上玉な女が身体から生えていたらすぐ目立つ。とにかく絶対信頼出来そうな奴以外にニルの姿を明かしたくはないのだ。

 

「これから俺たちは人がそれなりに多い宇宙港に寄る、荒くれ者が多いから目立つと余計なトラブルに発展しかねない。だから控えてくれ」

「ちょっと顔出しただけじゃない」

「今のうちに強く言っておかないと、お前は自然に顔出しそうなんだよ」

 

 アゼルはため息交じりに続ける。

 

「俺の頼みぐらい、聞いてくれよ」

 

 一瞬……沈黙。

 それからニルは、肩を竦めるような仕草をした。

 

「……仕方ないわね。宿主様がそういうなら、仕方ないけど」

 

 その直後だった。

 彼女の身体が、ふっと力を失ったように枝垂れかかる。

 アゼルの肩に重みがのしかかり、距離が一気に縮まった。

 

「ただしぃ……」

 

 囁くような声。

 

「2人きりになったら……ちゃんと構ってね?」

「構うって……」

「言わせる気なの??」

「――!!」

 

 すると身体の中を触られるような感触に襲われる。

 心臓から胃、下腹部に至るまで生々しい感触が続いてアゼルは悶絶する。

 

「――く、っうう……」

「あは」

 

 どす黒く染まったニルの目と合った。

 光を反射しない、底の見えない闇がアゼルを捉える。

 

「約束よ、アゼル」

「…………あ、ああ」

 

 するとニルは異様に長い舌で舌なめずりしながら言った。

 そんな彼女から出された人外の雰囲気を至近距離で浴びた彼は、背筋にぞわりと冷たいものが走り、身体を震わせた。

 

「……わかったから」

 

 アゼルは視線を逸らし、操縦桿を握り直した。

 

「今は大人しくしてろ」

「ふふ……」

 

 満足そうな笑い声とともに、ニルの気配は再び彼の内側へと沈んでいくとコックピットには、再び機械音だけが残った。

 

(…………長生き出来ないな、こりゃ)

 

 もう人生詰んだかもしれない――アゼルは内心で今は亡きジョンとレインに謝った。

 

 

 ワープ航行が解除され、船体が通常空間へと滑り出た瞬間、窓の向こうに雑多な光が広がった。

 無数のドック、無秩序に増設された居住ブロック、広告と識別灯が混ざり合ったけばけばしい宇宙港。

 秩序よりも利便性、法よりも金――そんな価値観が露骨に表に出ている場所だった。

 

 そこは惑星カイロス。

 銀河連合の正式航路から外れ、表向きは中立宙域、実態は追われる者の終着点と呼ばれる星だった。

 

 その周回軌道に食らいつくように存在するこの宇宙港の名はブラック・ネストという名前で知られていた。

 

 密輸屋、宙賊、脱走兵、賞金稼ぎ、連合に名を消された者たち。あらゆるアウトローが、最後に辿り着く巣穴である。

 

「……着いたか」

 

 アゼルは短く呟き、操縦を切り上げる。

 着陸許可の申請は不要。識別信号も曖昧で、入港ログすらまともに残らない。ブラック・ネストでは、船の素性を詮索する方が野暮だった。

 

 案の定、セキュリティチェックは形だけだった。

 武装の申告もなく、身元確認もされない。

 ドック係はアゼルの船を一瞥しただけで、無言のまま誘導灯を振る。

 

(……助かる)

 

 船を降りると、空気の質が一気に変わった。

 金属と油、アルコールと香辛料、そして生物特有の匂いが混ざり合って鼻を刺す。

 

 アゼルは深くフードを被り、顔を隠すようにして歩き出した。

 

 港の通路を行き交うのは、人間だけではない。

 四肢の数が違う者、皮膚が鱗や金属質の者、発光器官を持つ者。浮遊する球体状の生命体や、機械と生体が融合した存在すらいる。

 

『……本当に、色々な種族が暮らしてるのね』

 

 ニルの声が頭の奥で感心したように響く。

 

「……お前の世界じゃ、違ったのか」

 

 アゼルは周囲に聞こえないよう極小の声で返す。

 

『ええ』

 

 一拍置いてから、淡々とした声。

 

『私たちオキュラスしか、あの世界にはいなかったわ』

「……しか?」

『かつては、いたらしいけど』

 

 ほんの一瞬、ニルの声が低くなる。

 

『我々が、全て殺し尽くしたの。だから最後には、私たちだけが残った』

 

 世界に存在する全て生命体を殺し尽くす――その異常性を改めて知ったアゼルは、ただ眉を顰めることしか出来なかった。

 

(……こいつらがいた世界にどんな生命体がいたかはわからないが、めちゃくちゃだな)

 

 アゼルは内心で息を吐きつつ、それ以上踏み込まなかった。

 それと同時に改めて出会ったのがニルで良かったと安堵する。もし他の奴なら寄生じゃ済まず、殺されて糧にされていただろう。

 

「……っと、あそこだ」

 

 やがて目的の建物が見えてきた。

 宇宙港内部区画ブラック・ネスト・セクターB、その最奥にある煤けた酒場――グレイブヤード・ドックという店だ。

 外観は古びているが、ここが情報と仕事の集積点であることを、出入りする連中の顔が物語っていた。

 

 銃を隠さない賞金稼ぎ。

 義肢だらけの元兵士。

 犯罪組織の斡旋屋。

 情報や仕事が、酒と一緒に取引される場所でもあった。

 

「……()()()はいるかな」

 

 アゼルは扉を押し開けた。

 中は薄暗く、煙と喧騒に満ちていた。

 グラスのぶつかる音、怒号、笑い声。

 壁には指名手配書や、古い契約書のホログラムが無造作に貼られている。

 

 視線を集めないよう、アゼルは一直線にカウンターへ向かった。

 

 そこに立っていたのは、背の高い女だった。

 青い肌。鍛え上げられた体躯。

 顔には古い裂傷の痕――そんな彼女を見て、アゼルは安堵するとフードの奥から、低く名を呼ぶ。

 

「……ザルタン」

「……あ?」

 

 ガラの悪い返事だなとアゼルは苦笑する。

 名前を呼ばれた彼女の視線がフードの奥を捉え――ほんの僅か、顔が明るくなった。

 

「……アンタ、生きてたんだね」

「悪運が強くてな、少し時間もらえるか? あまり他の連中には見られたくないのがあってな」

「……ああ、ちょっと待ってろよ。きな臭い話は大好物だが、用事だけ済ませるからよ」

 

 そう言って女はニヤリと笑ってカウンターからはけていく。

 話が早くて助かるとアゼルが思っていると、頭の中で地獄みたいな声を出しながらニルが言った。

 

『ねぇ宿主様、雌って聞いてないのだけれど??』

 

 ああ、こいつ面倒くせえ――一瞬でアゼルは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

 

「じゃあそこに掛けてくれ」

「ありがとう」

 

 ザルタンに促され、アゼルは控え室の椅子に腰を下ろした。

 酒場の喧騒は分厚い壁に遮られ、ここは妙に静かだった。天井灯は最低限、壁には吸音材代わりの古い装甲板。銃声や怒鳴り声が飛び交うグレイブヤード・ドックの中で、この部屋だけは特別な部屋として切り分けられている。

 

(……懐かしいな)

 

 アゼルは無意識に周囲を見回した。

 ここで何度、表に出せない依頼の話をしただろうか。

 賞金首の横流し、消えた連合兵の処理、公式記録に残らない護送などなど。

 

 ザルタンは、そういう仕事の窓口だった。

 彼女自身が手を下すことは稀だが、裏の仕事に関しては異様なほど顔が広い。犯罪組織だけでなく、銀河連合や地方惑星国家からも「公には頼めない案件」が彼女の元へ流れてくる。

 汚れ役を誰かに押し付けたい時、必ず名前が挙がる女だ。

 

 ザルタンは対面の椅子にどっかり腰を下ろすと、腕を組んだ。

 

「……お前、てっきり死んだのかと思ったぞ」

「やっぱり、噂は広まってるか」

「そりゃ三ヶ月も音信不通ならな」

 

 ザルタンは肩を竦める。

 

「だがな、お前の腕前でしくじるとは思えなかった。相手はゼルドだろ? 単なる犯罪者だ。名を馳せた傭兵でもなけりゃ、戦歴も浅い」

「……ああ」

 

 アゼルは一瞬、言葉を選んだ。

 

「正直、俺もそう思ってた。だが想定外の事態が起きてな」

「ほう?」

 

 ザルタンが眉を上げる。

 

「ゼルドは肉体を弄ってた。生物兵器か、それに準ずる何かで化け物になっていた」

「身体能力を上げた程度じゃなく?」

「もっとタチが悪い」

 

 アゼルは視線を落とし、淡々と続けた。

 

「力そのものが異質でな、粘ったが一旦敗走した。怪我もしていたし……体勢を立て直したかったんだが……」

「ふむ」

「奴ら、ワープドライブをいじった兵器を使って……俺を他の星に飛ばしやがった」

 

 狭間の世界という言葉は使わない。

 ここではニルの話をぼかすことにした。

 

「戻るのに時間がかかった。だから連絡も出来なかった」

「なるほどな」

 

 ザルタンは顎に手を当て、しばらく考え込む。

 

「……まあ理屈は通る。最近は変な兵器も多いしな」

「信じてくれるか」

「まぁね、人としてお前は信頼出来る。仲は良いだろ? ()()()

「……まぁな」

 

 やめろ含みのある言い方――ニルが怨嗟の声を出してるから。そんな苦労をしてるとは知らないザルタンは短く息を吐いた。

 

「正直に言うと、ゼルドごときにやられたなら、お前もそこまでだったって話になる。だが……生きて戻ってきた。それだけで十分だ」

 

 アゼルは小さく笑った。

 

「それで、だ」

 

 姿勢を正す。

 

「ゼルドの行方は掴めてるか?」

「……まだやる気か」

「やられっぱなしは性に合わない」

 

 視線を真っ直ぐ向ける。

 

「成功すりゃ、信頼も取り戻せる。仕事も回ってくるだろ」

「……」

 

 ザルタンは無言でタバコを取り出し、火を点けた。

 紫がかった煙が、ゆっくりと天井へ昇っていく。

 一服してから、彼女は言った。

 

「それはいいんだけどな」

「だけど?」

「ただ、って訳にはいかない」

 

 アゼルは眉を寄せる。

 

「……金か?」

「いや、違う」

 

 ザルタンは煙を吐き、じっとアゼルを睨んだ。

 鋭い視線だった。

 仕事仲間を値踏みする目ではない。

 もっと個人的で、もっと厄介な違和感を見る目をしていた。

 

「お前さ」

 

 一拍置いて、低く言う。

 

「何か隠してるだろ」

「俺が?」

「ああ」

 

 アゼルの内側で、嫌な気配が蠢いた。

 

『……ほらぁ』

 

 ニルの声が、ねっとりと囁く。

 

『勘のいい雌じゃない』

(黙ってろ)

 

 アゼルは内心で叩き落とし、表情を変えないままザルタンを見る。

 

「……そう見えるか、根拠は?」

「実はさ、このゼルドの案件――連合の諜報機関だけじゃなくて、とある連中も介入し始めてるんだよ」

「とある連中……?」

「銀河の守護者――星導騎士(アストラル)が動いてる」

「……!!」

 

 その言葉を聞いてアゼルは固まった。

 銀河の守護者と名高い組織、星導騎士(アストラル)はこの世界で一番敵に回してはいけないとされてる存在だ。

 

 理由は至極単純――強すぎるのだ。

 様々な要因で生物としての枠組みを大きく超えた能力、身体、兵器を扱えるようになった知的生命体を対象に、宇宙の秩序と自由を守るというご立派な理想で制御し、無辜の民を様々な脅威から守るために作られたのがアストラルだ。

 

 言葉だけ聞けばまるで正義の味方、スーパーヒーローのような存在だが、アゼルたちからすれば大量破壊兵器を見せびらかして脅す事で、抑止力となっているという捉え方をしていた。

 もっとも彼らも自覚があるのか、正義の名前を意図的にあまり出さないようにしている節があった。

 

「あいつらが介入するって事は、もう単なる仕事の範疇を超えてるってことだ。その情報を仕入れたのもお前が音信不通になった後からの話だ」

「……!」

「これはあたしの予想だが、お前……何か思い当たる節はあんじゃねえの? 普通じゃない仕事になった理由を」

 

 睨む彼女を他所にアゼルは考えた。

 ニルのことをぼかしたのは、いくらザルタンでもわざわざ自分から教えていく必要はないと考えたからだ。ニルという存在に関してはなるべく慎重に扱っていきたい。彼女の存在を前にして銀河連合がどう反応するか分からないし、アストラルに至っては刺激すらしたくない。

 

 理想は味方になってもらう事だ。

 そうなればニルの復讐とアゼルの復讐も果たせるかもしれないが、いかんせん野望が個人的過ぎる。アストラルは宇宙の守護者であり、賞金稼ぎみたいに金積んだら何とかなる相手じゃない。

 

(ゼルドから手を引くべきか?)

 

 一瞬そう考えた。

 だが彼はニルの種族に関する力を使って悪さをしていた可能性が高い。彼がアストラルに捕まったりすれば、状況が変わってくるかもしれない。

 

 それも悪い方向で――

 

(……アストラルと組んだらいいんだけど、連中に入ったら宇宙を守る仕事しろって言われそうでだるい)

 

 自由な行動が取れないのは痛い。

 何にせよニルの復讐を果たすためには、ゼルドと関わらざるを得ない。彼女との約束を無碍にするわけにもいかないのだから。

 

「……わかった、話すよ……何があったのかを」

 

 だからまずはザルタンを上手く味方に引き込もう。

 面倒事を嫌う彼女だが、この裏世界では珍しい人格者だ。

 

「ニル……」

『ああ……ちょうど良かったわ、挨拶したかったもの」

「!?」

 

 アゼルの肩からずるりと這い出てきたニルを見て、ザルタンはタバコをポトリと落とす。そんな姿を見たニルはニヤリと笑ってザルタンの顔前に近づく。

 

「私はニル、宿主様とは身体の中まで融け合った仲なの。だから思わせぶりな態度やセリフを吐いたら――」

 

 腸引き摺り出して、無様な肉塊にするから――ニルはザルタンの耳元にそっと呟く。

 

「――――ッ!」

 

 ザルタンは飛び退いて顔を引き攣らせる。

 効果覿面だとニルは光悦した顔を浮かべて、クスクス笑う中でアゼルは頭を抱えながら言った。

 

「……知人を恫喝するな、ただでさえ少ない味方がもっといなくなるから……」

「私と宿主様さえいたらいいの」

「鎮静剤が欲しい……」

 

 困惑して固まるザルタンを見て、アゼルはちょっと真面目にこいつを躾ける手段を見つけなきゃなと考えた。

 

「とりあえず……素直に話すよ、何があったのか――」

 

 結局アゼルは腹を括って素直に話した。

 ニルの腕が背後から絡み、ぴたりと抱き寄せられる感触を無視して、出会いから今に至るまでを淡々と語る。寄生。狭間の世界。怪物を喰らい、暗黒を得て、無理やり宇宙へ戻ったこと。肝心な細部――ニルの種族や信仰の話は伏せ、事実だけを並べた。

 

 ザルタンは最初こそ眉をひそめ、途中で乾いた笑いを漏らし、最後には深くため息をついた。

 

「……信じろって言われてもな。ニッチな低予算映画みたいな話だ」

「俺もそう思う」

「でも」

 

 ザルタンは視線を上げ、アゼルを背後からしっかり抱きしめるニルを見て言った。

 

「実物見たら、信じるしかない」

 

 ニルが勝ち誇ったように微笑むと、アゼルは肩を竦めた。

 

「説明聞いたらそりゃアストラルも出てくるなって思ったしな」

「ニルみたいな生命体はいないからな」

 

 ザルタンは再びタバコに火を点け直す。

 落ち着いた証拠だろう。

 

「今後はどうする?」

「俺はニルを隠し通すのは無理だと思ってる。出来れば目をつけられたくないが……ニルの目的もあるし、俺にはレインの仇もある」

「正直だな」

 

 アゼルは頷いた。

 

「だから、せめてアストラルや銀河連合には敵じゃないって認識させたい。可能なら協力関係に近い位置に立てたら最高だな」

「理想はわかる、後ろ盾得たら動きやすいからな」

 

 ザルタンは煙を吐き、指で机を叩く。

 

「マジで見つからないようにするなら、辺境に籠るしかない。でもそれは長く持たないし……そういうわけにもいかない。大事なのは敵じゃないと証明する材料をきちんと示す事だろうよ」

「……ゼルドを使うとかか」

「そう」

 

 ザルタンは頷き、具体策を挙げた。

 

「1つ……ゼルドの変異の証拠を押さえる。生体改造の痕跡、使った供給網、黒幕。アストラルは銀河・宇宙規模の危機の芽に反応する。ゼルドがその一端だと示せ」

「2つ目は?」

「情報の主導権を握れ。アストラルが動く前に、こちらから通報する形を取ればお前を使ってくれるかもしれない。まぁ……出来ればの話だけど」

「なるほど……」

「あとは現場の後始末も大事だ。民間被害を抑え、証人を保護する。少なくともカタギに手を出す輩じゃないと分かれば良いだろう」

「それは勿論だ、そこまで堕ちてはない」

「わかってるよ、あくまでも一例だ。ああ……後は線引きも大事だぞ。特に少なくとも初動では出すなよ。敵じゃない関係性に持ち込んだ後が望ましい」

 

 アゼルは息を吐いた。

 やるべきことは沢山だ。

 

「……やれるだけやる」

「慎重にな。あたしが出来るのはここまでだ」

 

 ザルタンは端末を取り出す。

 

「依頼主ってヴェイラ少佐だよな?」

「ああ」

「こっちで繋げとく、ゼルドの居場所は彼女が知ってる筈だ。お前が音信不通になってからも追ってるからな」

「助かる……」

「言っとくが」

 

 ザルタンの視線が鋭くなる。

 

「アストラルに目をつけられたくないからな。踏み外したらあたしは切る」

「それでいい」

 

 流石にそこまで責任を持ってはくれない事は重々承知している。すでに繋げてくれるだけでもありがたい話だ。

 

(にしてもアストラルか……)

 

 にしてもゼルドはどうやってそんな力を手にしたのか――そんな疑問が頭の中で浮かんでいた。

 

 

 風呂上がりの湿った空気が、安アパートの一室にまだ残っていた。天井の換気扇が低く唸り、裸電球がかすかに揺れている。アゼルはベッドの端に腰掛け、タオルで濡れた髪を拭きながら、思考を巡らせていた。

 

(明日……少佐が来るのか)

 

 ザルタンがヴェイラ少佐と連絡を取った後、少佐がここまで迎えに来てくれる事になった。到着は明日……それまでは管理してるアパート使っていいと言われ、今に至る。

 

(まじで怒涛の3ヶ月だった……)

 

 ふう、と短く息を吐いた、その時だった。

 腹の奥で、ぬるりとした違和感が蠢いた。

 

「……ニル?」

 

 問いかけるより早く、感覚は肌の表面まで這い上がってくる。皮膚の内側から何かが形を持ち、現実に滲み出る感触。次の瞬間、視界が影に覆われた。

 ニルはアゼルの腹部から姿を現すと、そのまま馬乗りになる体勢で跨った。側から見たらかなり際どい感じになっているのは言うまでもない。

 

「別に、姿を現してもいいじゃない」

 

 くすり、と楽しげな声。

 長い髪が滴る水を含んで、アゼルの胸元に垂れていた。

 

「宿主様はずるい」

「……どうしたんだ、急に」

 

 そう言いながら、アゼルは妙な違和感を覚えていた。身体が、思ったように動かない。腕を動かそうとしても、筋肉が命令を受け取らないような感覚だった。

 ニルはその上に優しく倒れ込む。重さはあるはずなのに、不思議と圧迫感はなかった。

 

「私の復讐、ちゃんと前向きに考えてくれてるの……嬉しい」

 

 その声は、さっきまでの挑発的な調子とは違ってかなり素直だった。

 

「お前の敵は、俺の敵だ」

 

 アゼルはそう答える。

 打算がなかったと言えば嘘になる。だが、あの狭間の世界で、互いの存在だけを頼りに生き延びてきたおかげで、ニルに対して情が湧いていた。

 

「……」

 

 いきなり言われたニルは一瞬、黙り込んだ。

 それから、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「でもね……ここに来て、初めて抱いた感情があるの。色々な種族、色々な世界が宇宙港を出てすぐ近くにある星にもあるって考えたら……すごく胸が弾んだの」

 

 顔は伏せたまま、声だけが続く。

 

「今まで私がいた場所は闇ばかりだった。殺すか、殺されるか。憎しみや苦しみしかない世界でしか見たことないから、すごく新鮮な気持ちだった」

 

 指先がアゼルの胸元に軽く触れる。

 

「この宇宙は私たちからすると変で、うるさくて、意味が分からないものばかりだと思う。無意味だと思って捨て去ったものばかりだもの」

 

 だけどね――と一拍置くと。

 

「何だかそっちの方が素敵だなって思ったの」

 

 ゆっくりとニルは顔を上げた。

 

「復讐だけじゃない。もっと見てみたい。色々な世界を……この身体で……宿主様と一緒に感じたい」

 

 アゼルは少し意外に思いながらも、自然と口を開いた。

 

「……そうだな。偶には寄り道も悪くない。ずっと殺伐としたままじゃ疲れるからな」

「……!」

 

 その言葉に、ニルは一瞬だけ目を見開き――次の瞬間、ニヤリと笑う。その笑みを見た瞬間アゼルは理解する。

 

(……あ、まずい)

 

 遅かった。

 身体の内側を冷たい何かが締め上げた瞬間、指一本も動かせなくなる。アゼルの本能が警鐘を鳴らし始めた。

 

「ニル……?」

「宿主様……」

 

 囁きがやけに優しいのがめちゃくちゃ怖い。

 ニルは怯えるアゼルを見て、満足そうに笑いながら言った。

 

「少し確認したいのだけど」

「あ、ああ……」

「宿主様って、結構沢山の雌としてきたの?」

「はぁ!?」

「答えて」

「――それなりには、まぁ遊んだよ」

 

 いきなり何を言うのだろうか。

 ただ下手に誤魔化すよりかは素直に言った方がいいかと思ったアゼルは、渋々答えた。アゼルだって1人の男、特定の誰かと付き合うより遊びの関係の方が都合良かった。

 

「へぇ…………あの青肌女とは?」

「…………3回ぐらい」

「へぇえええ〜……」

「っ!! いででで!!」

 

 内臓を直に痛めつけてきたせいで、アゼルは若干口から血を出しながらニルを跳ね除けようとする――が、彼女は肉体の主導権を握ってるため、全くどうしようもなかった。

 

「今後も遊ぶの…………?」

「そりゃ、男だし……いってぇ! このやろう!」

「…………ふーん」

 

 光のない瞳でアゼルをただ見つめた後、ニルは言った。

 

「遊んでもいいけど、それやったら相手の雌の胎の中に入って、新しい私になって貴方を囲むから」

「怖すぎるんだけど」

「胎を食い破ってもいいのよ? 宿主様がそういうのが好きならいいけど」

 

 冗談じゃない、そんな事されてたまるか――あまりにもヤバすぎる手段にアゼルは引いていると、ニルは頬を赤らめながらアゼルを抱きしめる。

 

「じゃあ私しかいないよね、もう」

「は??」

「忘れてない? 今2人きりよ? ちゃんと構ってねって言ったじゃない」

「……言ったな」

 

 アゼルはさぁと顔を青ざめる。

 するとニルはアゼルの頬に両手を添え、無理矢理顔を向き合わせる。

 

「誰にも宿主様は渡さない、貴方は私が余すことなく味わい尽くすためにいるのだから」

 

 そう言って艶やかに笑い、異様に長い舌でペロリと舌なめずりした後、アゼルは()()()()()()()()()()

 

 ちなみに余談だが、翌日アゼルは干からびていた。




これぐらいなら大丈夫だよねとは思いつつも、不安あります。
指摘されたら修正します。
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