銀河で賞金稼ぎやっていたら、謎のヤンデレ宇宙生物に体を寄生された男の話   作:モーフ

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手間のかかるやり返し

 翌日――

 

「良く来てくれたな、少佐」

「ザルタン、まさか……貴女から呼び出されるなんてね」

 

 あまり向こう(ザルタン)から呼ばれる事なんてなかったヴェイラ少佐は握手しつつ、今回の件について思考を張り巡らせていた。

 

(……アゼルが生きているのは喜ばしい事だけど、やっぱりそれなりの事はあったようね)

 

 銀河連合の諜報機関で働いてきた彼女は、これまでの経験からアゼルは何か厄介な目に遭った上に、()()を抱えてしまったと推測していた。それも安易に色々な人に頼れない程の。

 ザルタンは短く息を吐き、煙草に火をつける代わりに、無意識に指で端末を弄んだ。

 

「詳しい話は、アゼル本人から聞いてくれ」

 

 それだけ言って視線をヴェイラに向ける。

 

「……と言っても、用件自体は分かってるだろうがな」

 

 ヴェイラは小さく肩をすくめた。

 

「まあ、想像はつくわ」

 

 十中八九――ゼルドのことだろう。

 

「ただね」

 

 ヴェイラは指を組み、少しだけ表情を曇らせる。

 

「彼に依頼した時とは、色々と状況が変わってるはずよ。この動きが正しいのかどうか……正直、私にも確信はない」

「だろうな」

 

 ザルタンはあっさりと同意する。

 意外と綱渡りになりそうだなとヴェイラはため息を吐く。

 

「安心しろ、アタシは別に深く関わったりしない。ただ紹介するだけだ」

「わかっている、所でアゼルは?」

「そろそろ来るはず――っと、やって来たな……」

 

 するとザルタンが何故か固まった。

 何だと思って彼女と方へとヴェイラが見ると――

 

「おくれてすまない」

 

 何故か(やつ)れたアゼルが現れた。

 彼女はアゼルの顔から、首元、腕、そして全体へと無遠慮に走った。

 

(何があったの)

 

 それもただ寝不足というレベルではない。

 肌は明らかに乾ききっていて、カサカサとした質感が遠目にも分かる。目の下にはうっすらと隈。体重も落ちたのか、以前より一回り細く見えた。

 

 ヴェイラはゆっくりと口を開く。

 

「何でもう死にそうなの」

「………………聞くな」

 

 はっきり言って生命力吸われてないとこんな見た目にはならないぐらいだった。めちゃくちゃ何があったか気になるが、アゼルは遠い目をしながら顔を逸らすし、ザルタンに至っては乾いた笑みを浮かべる始末。

 

 無理もない――彼は()()()()のだ。中身に至るまで色々と。

 

『うふふふふ、初めてではあったけど……あんな素敵な事をこの宇宙の知的生命体は経験してるのね! おかげでいつもより力がみなぎってる……! あのまま倒錯とした時間を永遠に過ごしたかったわ!! あはははは!!』

(元気そうで何よりだな……こっちはほんとしんどいから勘弁して欲しいぐらいなんだがなぁ、おい)

 

 はっきりと言えば初めてというにはあまりにもアブノーマルではあった。正直普通の人なら腹上死してもおかしくなかった。

 

(初で()()なら……ニルが慣れたらかなりやばい。絶対死ぬ……!!)

 

 彼女が慣れて上手くなったその時こそ最期だ――アゼルはゼルドにやられた時より、命の危機を感じていた。

 もし毎日とか言われたら命懸けで止める必要がある。内臓かき混ぜられても抵抗しなければ――

 

(どんだけ激しかったのやら……くくく、後で教えてもらおうかね)

 

 ちなみにザルタンは知ってる。

 何せニルの声がデカすぎたのだ。

 こいつらマジかよと思ったが、なんか面白い事になりそうな気がしたから注意しなかった。ちょっとクール気取りなアゼルの牙城を崩せるネタにもなる。

 

 結果的に損したのはアゼルだけだった。

 

「とにかく……早く行こう」

「ああ……うん」

 

 もう早く終わらせておきたいアゼルは急かした。

 一切事態が飲み込めなかったヴェイラは一旦気にしない方向で船に乗り込んだ。

 

「アゼル」

「なんだ……ザルタン」

 

 するとザルタンが呼び止めた。

 一体何なんだと思ったアゼルが振り返ると、ザルタンはいきなり手に何かを握らせた後、顔を寄せて言った。

 

「ニルの声でかいから今のうちに教えておけ」

「……………………善処する」

「それと()()飲んで気力回復させとけ」

「…………ああ」

 

 その気遣いが余計に気まずいし、精神をガリガリ削られるんですが――そんな目をザルタンに向けながら、ヴェイラの船に乗った。

 

『はぁー……しばらく顔出せない時間が続くわね、つまんな』

(俺は助かるがな)

 

 

「――まずは生きていて安心したわ、アゼル」

「どうも、んぐんぐ……」

「……すっごいがぶ飲みしてるけど、大丈夫なの?」

「大丈夫だよ……これで体力は回復したから」

 

 惑星カイロスの軌道から外れてワープ航路を設定する間、ヴェイラはまずアゼルにゼルドの件に関する最新の情報を共有する事にした。なんか毒々しい色合いのドリンクをしこたま飲むアゼルに若干ドン引きしながらも、ヴェイラはすぐに仕事モードに切り替えて話し出した。

 

「さてゼルドの件だけど、どこまでザルタンから聞いた?」

「ゼルドが今はアストラルからも目をつけられてるって話は聞いた」

 

 アゼルがそう言うと、操縦席に座るヴェイラは一瞬だけ視線を横に流し、すぐに前方の計器へと戻した。

 

「そこまでは聞いてるのね」

 

 指先でホログラフ表示を滑らせながら、淡々と続ける。

 

「なら話は早いわ」

 

 ワープ航路の設定が完了し、船内に低い駆動音が満ちる。

 その間もアゼルは、ザルタンから渡された毒々しい色のドリンクを、まだ名残惜しそうに一口含んでいた。

 

「……連合の諜報機関は、どう動いてる?」

 

 アゼルの問いに、ヴェイラは少しだけ唇を引き結ぶ。

 

「実は今、ゼルドを担当してるのは私ひとりになってる」

「……1人? チームは解散したのか?」

 

 思わずアゼルの動きが止めた。

 ヴェイラが平然とした感じのまま計器操作の手を止めず、あっさりと言ったのも異様だが、アゼルはひとまず理由を聞く事にした。

 

「ああ、そうだ。それにゼルドの対応も監視という名目で様子見してる形だ」

「……それって理由はアストラルが絡むのか?」

「そうだ、アストラルが介入するという話を上司から聞いた後、チームは解散。今はほとんど彼らに託している――はずだ」

「はず?」

 

 自信のない言い方だなとアゼルは眉を顰める。

 こんなにもはっきりしない彼女を見るのは初めてかもしれない。

 

「話すと少し長くなるけど構わない?」

「ああ」

「助かるわ、事の発端から話すと貴方が連絡取れなくなった時に遡るわ」

 

 そう言って彼女は3ヶ月前――ヴォルナ=ラグでアゼルが狭間の世界に放り込まれた後の話を始めた。

 

 

「――捜索を続けてますが……ほぼ絶望的かと……」

「そうか……わかった、ご苦労」

 

 アゼルとの通信が途絶え、すぐに救援に向かったヴェイラは連合軍の兵士や同じ情報局の仲間と共に、アゼルの捜索に当たっていた。彼が追いかけていたゼルドは既に退却しており、彼らが使っていた基地は既にもぬけの殻となっていた。

 

(アゼル……すまない)

 

 彼とは別に親しい仲ではない。

 あくまでもビジネスパートナー的な関係性であり、お互いに深入りするような事はなかった。ヴェイラ自身は諜報機関にいる身であり、こうした任務で人が死ぬ事は慣れっこだった。

 

 だけど彼女も感情がある知的生命体である。

 全く何とも思ってないという事はなく、彼を死に追いやった責任を強く感じていた。

 

「きっと私はまともな死に方はしないな」

 

 いつかとんでもないしっぺ返しが来るなと、憂鬱そうに目を伏せた時だった。

 

「ヴェイラさん……ちょっといいですか」

「何だ?」

「……星導騎士の船が来ました」

「……は?」

 

 最初はうまく認識出来ず、遅れる形でヴェイラはリアクションした。

 

「聞いてないぞ……!」

「もうじき発着場に着くそうで」

「私も向かう」

 

 ヴォルナ=ラグの発着場は、いつもよりも張り詰めた空気に包まれていた。灰色の地表に刻まれた無数の着陸痕、その中央に1隻の船が静かに降り立つ。

 

 船体には過剰な武装も紋章もない。にもかかわらず……そこにただならぬ存在が来たのだと、発着場にいる全員が本能的に察していた。

 

 ハッチが開き、最初に姿を現したのは浅黒い肌の男だった。

 

「おどろおどろしい空気が流れておるな……」

 

 年の頃は三十代半ばに見えるが、種族によっては見た目通りの年齢とは限らない。額から生えた小さな角は、どこか異種族の血を感じさせるが、それ以上に目を引くのは、その佇まいだ。

 

 長身で、背筋はまっすぐ。

 右手には、金属と水晶が複雑に絡み合った機械の長杖を携えている。

 

「……まさか、この人が来るなんて」

 

 ヴェイラは、喉の奥でそう呟いた。

 男の正体を、彼女は即座に理解していた。

 

(ダイン・フェルダール……)

 

 星導騎士の中でもベテランに位置する戦士だ。

 星系規模の危機を何度も解決し、とある星では神のように敬われてると聞く。

 

「うわ、ホントだ。気色悪い空気? 雰囲気? 何か匂うわ……この星」

 

 そしてその背後からもう一人――軽やかに地面へと降り立つ影があった。

 

 金髪に鋭い眼光が特徴的な若い女だ。

 年齢は10代後半、あるいは20代に差し掛かったばかりに見えるが、年若くて初々しい感じは一切ない。

 

「まぁでも、面白そうではあるわね」

 

 獲物を前にした猛禽のような、研ぎ澄まされた視線を向けられたヴェイラは、そんな彼女の正体を知っていた。

 

(……カイナ・ブライト、ダインの()()みたいなもんか)

 

 カイナは星導騎士になって、まだ1年余りだと聞く。

 それにも関わらず、すでに複数の重大事案で名を馳せている最新の英雄候補だ。

 

(連合兵士が萎縮してるなー……無理もないけど)

 

 2人が並び立った瞬間、発着場にいた連合兵士たちの空気が、目に見えて変わった。背筋が伸びて呼吸が浅くなっている。武装した兵士も無意識のうちに半歩下がっていた。

 

 相手が誰か、理解してしまったからだ。

 この場で動けるヴェイラは同じ情報局員たちと目配せし、すぐに前へ出た。

 

「星導騎士の御二方、ようこそヴォルナ=ラグへ。まさか……あなた方がここに来るとは思わなかったですが」

 

 形式ばった挨拶の中に疑問を差し込んだ。

 それを聞いたダインは若干すまなそうにした後。ゆっくりと周囲を見渡し、軽く顎を引いた。

 

「丁寧な出迎え、感謝する――と言っても、そちらからしたら部外者が何の用だと思っているだろうが」

 

 声は低く、よく通る。

 威圧感はあるが、不思議と不快ではない。

 その隣で、カイナは腕を組んだまま、無言で辺りを観察していた。兵士一人ひとりを値踏みするような視線に、何人かが思わず目を逸らしていた。

 

(私たちしか動けないな……)

 

 ヴェイラは一歩踏み出し、率直に問う。

 

「失礼ですが、我々はアストラルが来るとは聞いていませんでした。ここに来られた理由を、お伺いしても?」

 

 その言葉にダインは小さく笑った。

 

「勿論――と言いたいが、今はまだ言えぬ」

「……なるほど」

「儂等は、連合に無断で動いておるのだからな」

 

 発着場の空気が、一段階張り詰めた。

 連合軍の将校が、思わず口を挟みかける。

 だがその前にダインが長杖を軽く地面に突いた。

 

「安心せよ」

 

 その一言で、場の空気が静まる。

 

「目的は単純だ。この宙域、この惑星で起きた事案――特に、ゼルドと呼ばれる存在について調べに来ただけ」

(彼らもゼルドを……? あいつ何者だ?)

 

 経歴を見たことあるが、アストラルが出張るようなものはなかったはずだが。ヴェイラはますます不可解に思った。

 

「ここで調査を行い、懸念すべき点がないと判断すれば、その後は連合に任せる。儂等が介入し続ける理由はない」

「具体的な理由も話せないと」

「ああ、納得いかないのは承知の上でだ。大変申し訳ないが……頼む」

 

 ダインはヴェイラをまっすぐに見据え、わずかに頭を下げる。

 

「どうか許して欲しい」

 

 驚くほど低姿勢な言葉で言われたものだから、ヴェイラも断り辛い。内心やってくれたなと思いつつも、この不満は上にぶちまけてやるかと思考を切り替える。

 

「……理解しました。ですが……こちらも上に確認を取らせてください。待っていただけますか?」

「助かる」

 

 局員を引き連れ、ヴェイラは考える。

 

(……アストラルが来るほどの事態)

 

それはつまり――ゼルドの件はもう「連合の内部案件」では済まされない段階だという事だ。

 

「あいつは一体何をやらかしたんだ、全く」

 

 ゼルドに文句を言いながらヴェイラは少し離れた管制区画へと足を運んだ。発着場の喧騒から隔てられたその一角で、端末を操作し、上層部への直通回線を開く。

 

「こちらヴェイラ・コルサ。至急共有事項があります――」

 

 短く要点をまとめ、アストラル――ダインとカイナがヴォルナ=ラグに到着した事実、そして彼らがゼルドの件で独自調査を行う意向を示していることを伝えた。

 

 数秒の沈黙があって返答が来た。

 

『……その件だが』

 

 通信の向こう、上官の声はどこか歯切れが悪い。

 

『実はな、同じタイミングでアストラル側からも連絡が入っている』

「……何と」

 

 思わず、素の声が漏れた。

 

『調査許可を出すよう通達があった』

 

 ヴェイラは眉間に皺を寄せる。

 

「連合の正式手続きを飛ばして、ですか?」

『そうだ。こちらとしては不服だがな』

 

 上官は小さくため息を吐いた。

 

『どうやら、すでに政府中枢には話を通してあるらしい。政治的な承認は下りている。だから……こちらも許可を出した』

「……つまり、止めようがないと」

『ああ』

「……私たちは何をすれば?」

『君の裁量で条件を付ける程度は許される。だが、全面拒否は出来ない。すまないな』

 

 通信が切れた後、端末の画面が暗転するのを見つめながら、ヴェイラはゆっくりと息を吐いた。

 

(……やってくれる)

 

 内心、舌打ちをする。

 連合に属しながら、連合の枠に収まらない存在。

 彼らが本気で動いた場合、諜報機関の判断など、簡単に踏み越えられてしまう――分かってはいた。だけどいざ現実を突きつけられると、やはり胸の奥に引っかかるものが残る。

 

「……仕方ないわね」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、踵を返す。

 発着場へ戻ると、ダインとカイナはすでに調査に向かう準備を整えていた。周囲の兵士たちは距離を保ち、遠巻きに二人を見ている。

 

 ヴェイラは一歩前に出て、毅然とした声で告げた。

 

「お待たせしました。上への確認は取れました」

 

 ダインは穏やかに頷く。

 

「そうか。手間を取らせたな」

「ただし」

 

 ヴェイラは言葉を切り、視線を鋭くする。

 

「こちらが現在調べている箇所以外での行動に限らせていただきます。情報の共有も、可能な範囲でお願いします」

 

 ダインは一瞬だけ考える素振りを見せ、それから口角を上げた。

 

「十分だ。その条件で構わん」

 

 カイナは無言のまま、肩をすくめるようにして同意を示す。

 

「では、儂等は行く」

 

 そう言い残し、二人は連合兵の制止も受けず、迷いのない足取りで発着場の奥へと進んでいった。

 

 その背中は、あまりにも堂々としていて。

 ヴェイラはただ、立ち尽くすことしか出来なかった。

 

 

「――そんな事があったのか」

「ええ、その後すぐに私たちのチームは解散して別の件をやれと言われた。ただリーダーの私は様子見として居場所だけは把握するようにはしていた」

 

 とは言っても現地に行ったりしてるわけじゃないし、やっている事は大した内容じゃないと彼女は補足した。

 

「ちなみにアストラルは?」

「……最初の頃はかなり熱心にへばりついていたけど、ここ1週間はあまり踏み込んでない。何がしたいのかしら――って、不満たらたらになってごめん」

「いやいい、俺がお前でも文句は言うから」

 

 早く片付けるなら片付けて欲しいものだ。

 変に観察してるからこいつがのさばったままになってる、などなどヴェイラは苛立っていた。自分の仕事を横取りされた挙句、無駄にほったらかしにされてるのは確かに気持ち悪い。

 

「はぁ、とりあえず……ゼルドに関しては私たちしか動かせない。アゼルはあいつをどうする気?」

「始末したいが、逮捕が良さそうだな。ちなみに……捕まえるなとか言われたか?」

「いやそこは特に言われてない。だからよくわからないけど……いつでも捕まえられるわ。アストラルがなぜ捕まえないのかという不安はあるけど、何も言ってこない上に放置してる彼らが悪いって言い訳できる」

「なるほどな」

 

 奴らの思惑は知らないが、もうこっちで勝手にやる気満々だった。殺してやりたいが……立場を悪くしないためにも我慢だ。

 

『宿主様の宇宙もしがらみ多そうね』

 

 痺れを切らしたニルすら文句を言う始末。

 ただアゼルの頭の中だけに聴こえているため、何もリアクションはできないが。

 

「それで俺たちはこれからどこに向かうんだ?」

 

 ヴェイラは操縦席の横で腕を組み、星図を表示したホログラムに視線を走らせた。淡い光の中に浮かび上がるのは、ほとんどが砂色で塗り潰された惑星。

 

「向かうのは惑星アラキオスよ」

 

 その名を聞いて、アゼルは小さく息を吐いた。

 

「砂漠の星か」

「ええ。ほぼ全域が乾燥地帯。大気はあるけど水分量が極端に少ない。幾つか都市はあるけど」

 

 ヴェイラは淡々と説明を続ける。

 

「かつては鉱物資源の採掘で栄えたけど、今は放棄された採掘拠点が点在してるだけ。法の目も届きにくい。犯罪組織や傭兵が潜伏するには、これ以上ない場所ね」

 

 ゼルドが身を潜める理由としては、あまりにも分かりやすかった。

 

「で、問題は――」

 

 ヴェイラはアゼルの方を見る。

 

「ゼルドはそこで、仲間と一緒に潜伏してるのは掴んでる。数も装備もそれなり。正面から私たち二人で突っ込んで勝てるとは思えないわ」

 

 戦力差は明白だった。

 諜報員と賞金稼ぎ、どちらも腕は立つが、軍隊相手の制圧戦を想定した装備ではない。

 

「そうだな……」

 

 彼は少し考え込み、それからヴェイラをまっすぐ見据える。

 

「なあ少佐。これから見せるものがある」

「見せるもの?」

「ただ口約束になるが連合には知らせないで欲しい。まずは、お前の中だけに留めてくれ」

 

 ヴェイラは眉をひそめた。

 

「……理由は?」

「言葉で説明すると、もっと面倒になる」

 

 少しだけ自嘲気味に笑う。

 

「見た方が早い」

 

 数秒の沈黙の後でヴェイラは、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……構わないわ」

 

 アゼルは右手を持ち上げ、掌を前に翳した。

 

 次の瞬間――皮膚の下から、異様な蠢きが走る。

 

 骨が軋むような低い音と共に、彼の右手が変形を始めた。

 人の指は輪郭を失い、灰色の硬質化した甲殻が外側へと盛り上がっていく。表面は鈍い光を帯び、金属とも生体組織ともつかない質感だ。やがて指の先端は鋭い鉤爪へと変わる。

 

「こ、れは……」

 

 異形――それ以外に表現のしようがない姿だった。

 

「……っ」

 

 ヴェイラは思わず息を呑み目を見開いた。

 

「人外になったの……?」

「否定はしない」

 

 短く返すアゼルを前に、ヴェイラはしばらく黙り込み、視線を外したまま考え込んでいた。

 

「……わかった」

 

 ようやく、そう口にする。

 

「これは私の中にしまっておく。公式記録にも、報告にも載せない」

 

 そして、ちらりとアゼルを見る

 

「……それは大丈夫なの?」

「大丈夫だ、まぁ……前より強くなったとわかってくれたらいい」

「そう言う意味じゃ……いや、いいわ。とりあえず……無茶はしないで」

 

 アゼルは小さく笑った。

 

「善処するよ」

 

 その言葉がどこまで信用できるかは分からない。

 だが少なくとも今、ヴェイラは彼を信じる選択をした。

 

『私の姿見せたらもっと面白い反応しそうね』

 

 マジで今はやめろ――アゼルは脳内で楽しそうにクスクス笑うニルに、後で叱る事を決めた。

 

 ◆

 

 2人が到着した頃――アラキオスは既に夜だった。

 アラキオスの町は、夜になると別の顔を見せる。

 昼間の喧騒は潮の匂いと共に引き、石畳の通りには控えめな灯りだけが残る。酒場の笑い声も、路地裏に溶けて輪郭を失っていた。

 

 ヴェイラが用意していた変装は実に地味だった。

 くすんだ外套に、地元民がよく被る布帽子。装飾のない革靴は履き潰され、いかにも「ここで暮らしている人間」に見える。

 

「……似合ってるわよ。少なくとも、さっきまでの異形の腕よりは」

「比較対象が酷いな」

 

 そう言って平然と苦笑するアゼルだったが、現在脳内ではニルが「あぁ??」とドスを効かせていた。もうちょっと冗談がわかるようになって欲しいものである。

 

「まずはアジトの周辺を偵察するわ。まだ奴がここにいてくれるといいけど」

「もう振り回されるのはごめんだな……」

 

 ヴェイラは歩き出しながら、ちらりと横目でアゼルを見る。

 

「……なんだかんだで、あなたと荒事に行くのは初めてね」

「言われてみればそうか。大体、俺が勝手に動いて、後でやいやい言われながらも、金を受け取るぐらいだったな」

「やいやい言われる自覚はあるのね」

 

 薄く笑うヴェイラに、アゼルも肩をすくめた。

 

「言っておくけど、私はかなり頼りにしてる。貴方、下手な軍人より強いもの」

「買い被りすぎだ」

「謙遜しなくていいわ。事実だもの」

 

 軽口を叩き合いながら、二人は街の中へ自然と紛れるように歩いていく。路地の影、屋根の縁、開きっぱなしの窓――不審な気配は今のところない。

 

 やがて町外れの高台へと続く坂道に差し掛かる。

 ここからは、例のアジトが一望できる位置だった。

 

「3ヶ月ぶりの仕事だ、ヘマはしたくないな」

 

 肩を回しながらアゼルはいつも以上に気合いを入れた。

 

 ◆

 

 その様子をさらに遠くから見下ろす影があった。

 高台の反対側、崩れかけた見張り塔の上。

 夜風に外套をはためかせながら、謎の人物は双眼鏡越しに二人の姿を追っていた。

 

「……到着確認」

 

 通信機に短く情報を送り、()()()から返答来た後でまた口を開いた。

 

「対象A、対象B、予定ルート通過。現在、高台付近を移動中。このまま監視を続行する」

 

 返答はすぐに返ってきたが、男はそれ以上の言葉を発さなかった。双眼鏡の中で、アゼルとヴェイラは一瞬足を止め、町を見下ろしている。

 

 その立ち姿に謎の人物は微かに眉をひそめた。

 

「ふむ……一見すると普通だけど、信じられないな」

 

 言葉は最後まで出なかった。

 やがて二人は再び歩き出し、高台を後にする。

 双眼鏡の視界から完全に消えたのを確認すると、謎の人物は通信機を切り、静かに踵を返した。

 

「お手なみ拝見させてもらうとするか……」

 

 そのまま謎の人物は砂埃の彼方に消えた瞬間、アゼルの知らない所で静かに歯車が回ろうとしていた。




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