銀河で賞金稼ぎやっていたら、謎のヤンデレ宇宙生物に体を寄生された男の話   作:モーフ

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暴力という名の啓示

「――堅牢そうなアジトだな」

「無駄に仲間は多いからな、とは言え……君が襲撃する前よりも装備は潤沢じゃない。多分我々とアストラルに追われてるとわかったから……かな」

 

 アゼル(中にいるニル)とヴェイラはアジト周辺を、超小型ステルスドローンを用いて解析し、全体像をホログラムでマッピングしたものを見ていた。地上は大体把握したが、地下は想像以上に複雑だった。

 

 何せこのアジト自体はゼルドが潜伏する前からあったものであり、彼らが隠れてる間に無理矢理改装されてしまったからだ。

 地上部分は恐らくかつてアラキオスの軍かまたは武装組織によって作られたものをそのまま使ってるが。地下に向かうにつれて本来の用途から逸脱した増設が繰り返されている。

 

「……やっぱりな」

 

 アゼルは腕を組み、青白い光の層を見つめた。

 

「地下三層までは構造を流用してるが、その下は完全に別物だ。逃走用トンネルと、物資保管用の空間が混在してる」

 

 ヴェイラは指先でホログラムを操作し、警備配置を重ねた。

 

「外周警備は薄め。でも、内部は完全に“篭城戦”想定ね。入口を潰されたら、地下に引き込んで消耗戦に持ち込むつもり」

「仲間が多い理由もそれか」

「ええ、普通ならもっと人を寄越すとこよ」

 

 一瞬の沈黙――まぁ確かに普通ならもっと人がいるとこだが、アゼルは今普通じゃない。怪物に比べたら雑魚もいいとこだ。問題になるとしたらゼルドの力だろう。

 

『ゼルドがどんぐらいの強さか知らないけど、私たち以上はないと思うわ』

 

 ニルもお墨付きを与えてくれている。とは言え油断はできないから全力でやるのは変わらない。

 そしてアゼルは、ホログラムの一角――地下二層と三層の境目を指した。

 

「ここだ」

「……排水路?」

「正確には冷却用排水路だ。今は使われていないが、完全には塞がれていない」

 

 ヴェイラは目を細め、解析データを拡大する。

 

「幅は……人一人がやっと。装備次第では動きにくいわね」

「俺は問題ないが……」

「私も大丈夫、私1人で持てる銃火器なんてたがが知れてるから」

 

 ヴェイラは乾いた笑みを浮かべて肩を竦める。

 

「侵入後は、地下三層で警戒が一気に濃くなる。恐らく、ゼルドは最深部。そこまで行く間に、かなりの数と当たるわ」

「激しい戦闘になるな」

「……ええ」

 

 ヴェイラはホログラムを消し、アゼルの方を向いた。

 その視線には、冗談ではない色が混じっている。

 

「私まだ死にたくないから、ちゃんと守りなさいよ」

 

 問いかけは静かだったが重みがあった。

 色々と不安な気持ちが伝わってくる。

 それを察したアゼルは少し考える素振りを見せた後で、口元を緩めた。

 

「大半は俺が片付けられる」

「……“大半”?」

「だから、サポートはよろしく」

 

 あまりにも自然な返答にヴェイラは一瞬言葉を失った。

 次の瞬間、呆れたように肩をすくめる。

 

「俺が全部倒すよぐらいは言って欲しかったわ」

「お前にも見せ場を与えてやろうかなって」

「いらないいらない、出来るだけ楽したいわ」

『心配しなくてもこの軟弱な雌の出番はないわ、あはは』

 

 こいつ(ニル)聞こえないからって容赦ないなと、アゼルは無表情のままニルに引きつつ、準備をする。基本的にはブラスターの類はほぼ必要ないとは考えていたが、念の為ピストルだけはホルスターに仕舞い、ホログラムを消した。

 

「じゃ、リベンジと行きますか」

「ええ」

 

 

 アジト最深部――かつては物資集積庫だったはずの広間は、今や原型を留めていなかった。天井は無理矢理引き上げられ、壁は内側から押し広げられたように歪み、床一面には亀裂と黒ずんだ痕跡が走っている。

 

 その中心にゼルドはいた。

 

 身体は肥大化し尽くし、もはや人の形をした“何か”と呼ぶ方が正しい。胴体は異常に膨れ上がり、筋肉と脂肪と正体不明の組織が絡み合って脈動している。皮膚は引き伸ばされ、裂け目から赤黒いものが覗いていた。かつて顔だった部分も、骨格だけを無理矢理保っているに過ぎない。

 

 それでも二足歩行だけは保たれていた。

 それが余計に、彼を“人間の成れの果て”として際立たせている。

 

「ぐあああああああああああ!!」

 

 ゼルドは咆哮し、巨大な腕を振り回した。

 叩きつけられた壁が砕け、金属片とコンクリートの破片が飛び散る。

 

「忌々しい……忌々しい、忌々しいッ!!」

 

 唾液と血が混じった泡を撒き散らしながら、怒りを吐き出す。

 

「騎士だ! あの忌々しき騎士共のせいで……! 本来なら私は啓示を受けていたはずだ! 選ばれし者として、使者様に導かれていたはずなのだ!!」

 

 声はもはや人間の喉では出せない濁音に変わり果てていた。

 

「それを……それを奪った!! 連合だの、アストラルだの、正義面した連中が……!!! あああ!!!」

 

 ゼルドの視線が広間の隅へと向く。

 そこには、かつて彼の仲間だった無法者たちがいた。

 だが彼らの目は虚ろで、焦点が合っていない。身体は不自然に痩せ細り、ある者は皮膚に異様な斑紋を浮かべ、ある者は関節がぎこちなく歪んでいる。

 

 彼らは立っているだけだった。

 命令を待つドロイドのように、ただフラフラと揺れている。

 

「……お前たちもだ」

 

 ゼルドは低く唸った。

 

「お前たちがもっと役に立っていれば……私は……!」

 

 言葉は続かなかった。

 怒りも殺意も、すでに行き場を失っていたからだ。

 

 その瞬間――ゼルドの動きがぴたりと止まった。

 

「……?」

 

 肥大した身体がびくりと震える。

 巨大な頭部がゆっくりとアジトの外壁の向こうへ向いた。

 

 ――感じる、あの甘美なる波動を。

 

 どこかで、確かに感じたことのある黒き力。

 忘れようとしても忘れられないあの感触。

 間違いない――神の力を持つ者がここにやってこようとしている。

 

「……は、はは……」

 

 歪んだ口が裂けるように開くと、悍ましい声が溢れ出る。

 

「はははははははははははは!!」

 

 歓喜に満ちた笑い声が、広間に反響した。

 ゼルドの眼球が飛び出さんばかりに見開かれ、血走った視線が輝く。

 

「来た……来たぞ……!」

 

 ゼルドは震えながら叫ぶ。

 

「この力……間違いない……使者様だ……! あの方の祝福の欠片が……まだ、この星に!!」

 

 巨大な腕を振り上げ、仲間たちを見回す。

 

「聞け!! 我らはまだ見放されていない!!」

 

 虚ろな瞳の無法者たちが、びくりと反応した。

 

「外へ行け!! 出迎えろ!!」

 

 ゼルドの咆哮が、命令として叩きつけられる。

 

「啓示は……まだ終わっていない!! 選ばれし者は……私だ!!」

 

 その叫びは、狂気と歓喜が入り混じった祈りだった。

 アジトの外へと歪んだ信仰が解き放たれていった。

 

 

 アジト内部は、外観から想像するよりも静かだった。

 照明は最低限、壁面に埋め込まれた古い誘導灯がぼんやりと通路を照らしているだけだ。空気は乾き切り、砂と油と血の匂いが混じって鼻を刺す。

 アゼルとヴェイラは言葉を交わさず、足音すら殺しながら奥へと進んでいた。

 

 侵入は驚くほど順調だったが、それが却って不気味だった。

 

「……妙ね」

 

 ヴェイラが小声で呟く。

 

「罠も巡回もない。警戒が甘すぎる」

「中で何か起きてる可能性は高いな」

 

 アゼルは周囲を警戒しながら答えた。

 彼自身も胸の奥に引っかかる違和感を感じていた。

 そのときだった。

 

『……この力……』

 

 脳内に、ニルの声が響く。

 いつもの軽薄さはなく、どこか探るような、慎重な響きだった。

 

「どうした」

 

 アゼルは唇をほとんど動かさず、小声で返す。

 ヴェイラには聞こえない距離と音量だ。

 

『向こう、気づいたわね』

「ゼルドが? センサーみたいなのは見当たらなかったが……」

『間違いなく、私たちの影響を受けてる存在になってるからね。気配というか……力を感じ取れる』

 

 一瞬、アゼルの思考が鋭くなる。

 まさか自分と同じなのかと。

 

「俺みたいに寄生されてるのか?」

『……違う』

 

 ニルは少し間を置いて続けた。

 

『妙に薄いの。気配がね。私たちみたいに完全に同化してるわけじゃない。表層をなぞっただけ……借り物みたいな力を使ってる』

「そんなやり方があるのか?」

『私落ちこぼれだったから教えてもらってないしわからないわ、落ちこぼれだったから』

「……2度言うな、わかったから」

 

 妙に落ち込んだニルを他所にアゼルは身構える。

 

「じゃあもうこっちにやって来てるのか」

『その可能性は高いわね。全く……同胞は何を考えてるのやら』

 

 ニルの声に、わずかな嗤いが混じる。

 

『宿主様、ちなみに聞くけど好きにしていいのよね?』

「敵なら問題ない、殺すだけだ」

『うふふ、この宇宙で生まれた知的生命体って美味しいのかしら? すごく楽しみ』

 

 アゼルはそれ以上答えず、歩を進めた。

 ヴェイラがちらりとこちらを見る。

 

「……何かあった?」

「いや。ただ、嫌な予感がするだけだ」

 

 それだけで、ヴェイラは察したように頷いた。

 

「地下ね」

「ああ。本命は下にいる。気をつけて行こう」

 

 エレベーターは使わず、階段を選ぶ。

 地下二層を抜け、さらに下へ。

 

 ――地下三層。

 

 最後の隔壁を越えた瞬間、空気が変わった。

 天井は高く、元は格納庫か実験区画だったのだろう。

 広大な空間が闇に沈み、あちこちに即席の足場や遮蔽物が組まれている。

 

 その一歩目を踏み出した、刹那。

 

「伏せろ!!」

 

 ヴェイラの叫びと同時に、空間が閃光で満たされる。

 ブラスターの光弾が一斉にこちらに向かってぶち込まれたのだ。青白い光が壁を穿ち、床を抉り、火花が散った。

 

 アゼルは即座に身を投げ、瓦礫の影へと転がり込む。

 ヴェイラも反対側へ跳躍し、遮蔽物の裏へ滑り込んだ。

 

「出迎えが派手ね……!」

「歓迎されすぎだな!」

 

 銃声――いや、エネルギー放出音が反響し、地下空間は一気に戦場へと変わる。

 

 高所、足場、通路の影。

 複数の熱源反応がホログラムに表示される。

 

「ああ、もう厄介ね!」

 

 ヴェイラは歯噛みしながら身を乗り出し、連合製の高性能ブラスターライフルを構えた。

 

「っ、数が多い……!」

 

 引き金を引くたび、収束された光弾が一直線に走り、足場の上の無法者を撃ち抜く。遮蔽物に隠れていた敵が崩れ落ち、焦げた匂いが空間に広がった。反動制御も照準補正も完璧だ。さすがに連合の実戦装備を持てば撃ち負ける気はしない。

 

 ――だが。

 

「アゼル!?」

 

 視界の端で、信じがたい光景が映った。

 アゼルが、遮蔽物から飛び出したのだ。

 光弾が交錯する戦場へ、迷いなく踏み込んだ瞬間、彼の両腕が歪んだ。

 

『味合わせて、貴方達の命を』

 

 ニルが低い声を出すとアゼルの皮膚の下で何かがせり上がり、骨の輪郭が崩れる。灰色の甲殻が一気に表面を覆い、指先は鋭利な鉤爪へと変形した。

 

「シッ――――!!」

 

 そのまま力一杯薙ぎ払い――鮮血が花咲いた。

 

「っ……!」

 

 ヴェイラは思わず息を呑む。

 そんな中でアゼルは顔色ひとつ変えず、虚ろな目をした無法者たちの群れへ突っ込み、すれ違いざまに伸ばした右の鉤爪が、敵の胴を裂く。

 

 次の瞬間には左腕が跳ね上がり、喉元を貫く。

 金属音と肉を裂く鈍い感触が混じり合い、敵が倒れる。

 

「ォオオオ!!」

 

 光弾が彼の周囲をかすめ、甲殻を弾く。

 弾かれたエネルギーが火花となって散る中、彼はさらに踏み込み、両腕を大きく振るった。

 

『あは――』

 

 アゼルの掌にはニルの小さな口が現れ、飛び散る血肉を取り込み――震えた。狭間の世界や外宇宙にいる蟲とは違う。もっと甘美で、魂すら潤す新鮮な味に理性が吹き飛びそうになっていた。

 

『素敵――』

 

 一心不乱に戦うアゼルの脳内で甘い(ニル)の声が反響する。

 

『ああああああ!!! 宿主様!!! 私は今このために存在してるのね!!! 私たちに敵意を向ける有象無象の肉塊を殺し、その血肉を糧として自らの存在価値を高める!!! 癪だけど……私たちの本能を今!!! この殺戮を経て理解した!!!』

(まず――い――ニルに引っ張られる――俺もどうしようもなく、高揚してる……)

 

 最初はかなり驚いた。

 ニルが見たことないほどぶち上がってるのを感じた瞬間、アゼルは危機感を覚えた。そして同時に理解する――彼女はあくまでも同胞たちと比べて情があるだけで、その本質は残虐なのだと。

 

「――――!!」

 

 虚ろな無法者たちが、まとめて吹き飛ばされる。

 叫び声すら上がらない。ただ、命令を待つだけだった存在が、次々と沈黙していく。

 

『ほら、やっぱり出番はないでしょう?』

(ニル――落ちつけ――)

『この調子で全部全部全部全部!!! あはっ、ぐちゃぐちゃにしましょ』

 

 脳内で、ニルが愉快そうに囁く。

 アゼルはただ淡々と敵を“処理”していく。

 そんな中でヴェイラは――

 

「……ぇぇ」

 

 めっちゃ引いていた。

 いやあんな風な感じじゃなかったでしょ貴方――と目で訴えていた。

 

「アゼル……ちょっと冷静に――」

「悪いヴェイラ、ちょっと訳あって止まるの難しい」

「……どんな訳? はっきり言ってゼルドより化け物よ」

「俺は味方だ――オラァ!!!」

「鏡見てほしいわね……」

 

 やっぱり頼るの間違えたかなとヴェイラはため息吐くも、この調子なら大丈夫そうだなとアゼルの後をついていく。ただ足元に転がるグロテスクな()()から目を背ける。

 

(この力……普通じゃないのは確か、でもなんだろ……もっとなんか恐ろしい何かな気がする)

 

 時折アゼルが仕留め損ねたゼルドの兵を撃ち倒しながら彼女は思う。

 

(本当に大丈夫なの……? アゼル……)

 

 などと心配しているとアゼルは突然立ち止まった。

 

「……」

「アゼル? どうしたの? いきなり立ち止まっ――」

「避けろ!!!」

「え?」

 

 アゼルが叫んだ瞬間――ヴェイラのすぐ横の壁が粉砕され、巨大な腕が現れる。ヴェイラは何が起きたかわからないまま身体を掴まれると、そのまま一気に身体が浮上するような感覚と共に意識を無くした。

 

 

 ――意識が深いところへ沈んでいく。

 暗闇の中で、ヴェイラはふと懐かしい記憶を思い出していた。それは彼女にとってもかなり印象的な事件であり、アゼルの認識を改めるきっかけになった出来事だ。

 

 その仕事は、公式記録に残らない類のものだった。

 連合としては「関与していない」ことになっているが、実際は違った。もっともその事件の黒幕が中々立ち位置が難しい人物だった。

 

 簡単に言えばその人物はテロリストに資金援助していた。

 だが表向きは合法企業の重役かつ、政治的な影響力も大きく、連合が直接手を下せば、面倒な外交問題になるのは目に見えていた。

 

 だから――アゼルが選ばれた。

 フリーランスの賞金稼ぎが手を下せば、誰かの恨みで殺されたという()()()が通るのだ。

 

 そして任務は成功した。

 あまりにも簡単にうまくいった事を知って、ヴェイラは安堵と共に悲しみの感情が湧き出た。

 

 何故なら彼が始末したその人物はヴェイラの同僚であり、親友だった女を殺したテロ組織の黒幕でもあったのだ。つまりアゼルは代理でヴェイラの復讐を果たしたのだ。

 

 ――あの時の感情を、ヴェイラは今でもはっきり覚えている。

 

 安堵と、怒りと虚しさ、そして感謝の気持ちを強く抱いた。

 

 ◆

 

「……こちらが報酬よ」

 

 薄暗い個室でヴェイラとアゼルの2人はいた。

 端末を介して送金処理を終え、ヴェイラは小さく息を吐いた。

 

「どうも」

 

 アゼルはいつも通り、壁に背を預け、無造作に腕を組んでいる。厄介な仕事を終えた後とは思えないほど、淡々とした顔だった。

 

「確認した」

「そう……」

 

 一拍、間が空く。

 

 本来なら、ここで会話は終わりだ。

 依頼人と実行者、それ以上でもそれ以下でもないしヴェイラも深入りはしなかった。

 

 けれど――この時はドライではいられなかった。

 

「……貴方には」

 

 ヴェイラは思わず言葉を続けていた。

 

「感謝してもしきれないわ」

 

 自分でも驚くほど声が少しだけ震えていた。

 彼女の様子がおかしい事を察したアゼルは視線を向ける。

 感情を読むのが難しい、静かな目をしていた。

 

「理由は……わかってると思うけど」

 

 彼が殺した男は、連合が表立って裁けなかった存在であり、同時に彼女の親友の人生を奪った張本人だった。出来る事ならこの手で始末したかったが、それが出来ないもどかしさに苦しんだ。

 

「本来なら、私情は挟むべきじゃないのよ」

 

 諜報機関の人間として、それは叩き込まれてきた原則だった。

 

「これは国家の任務であって、個人的な復讐じゃない。頭では、わかってる」

 

 でも。

 

「それでも……」

 

 言葉が、そこで詰まる。

 アゼルは少しだけ目を伏せた。

 

「私は貴方に感謝したい、本当に……ありがとう」

「……」

「ごめんなさいね、ただの依頼人の分際で……こんな身の上話までして」

 

 ついつい話してしまったと自省した彼女は、早くこの場から去らなければと席を立とうとした瞬間――アゼルが口を開いた。

 

「自然な感情だ」

 

 ヴェイラはピタリと止まった。

 

「大切な人を殺されたら誰だってそうなる」

 

 その声は、妙に落ち着いていた。

 諭すでも、突き放すでもない。

 ただ寄り添おうとしているのだと彼女は理解する。

 

「仕事に私情を混ぜるのは危険だ。でも感情そのものを否定する必要はない。俺もわかるからな」

 

 ヴェイラは苦笑する。

 

「あなた、変なところで優しいわね」

「そうか?」

「ええ」

 

 しばらく沈黙が流れた後、アゼルはふいに立ち上がった。

 

「行くぞ」

「え……どこへ?」

「酒場だ」

 

 彼は当然のように言った。

 

「今日は奢る」

「……えと」

「遠慮するな」

 

 その酒場は賞金稼ぎなどアウトローも入り混じる場所だった。だけど知り合いがいない店でもあった為、ヴェイラとしては非常にありがたかった。

 

「強いの頼んでいい?」

「好きにしろ」

 

 グラスを傾けながら、ヴェイラはぽつりと漏らす。

 

「……ありがとう」

「さっきも聞いたぞ」

「それでも言わせて」

 

 酒精が胸の奥の棘を少しだけ溶かしてくれたのか、いつのまにか身の上話になっていった。最初は正義感に溢れていたけど、青臭いままじゃやっていけない現実を知り、例え手を汚しても市民を守ると決意したことなどかなり赤裸々な内容だった。

 

「――ついつい話しちゃったわ、全く……」

「なら……俺のことも話そう」

 

 だけど彼女にとって意外だったのはアゼルも自らの過去を語ってくれたことだ。彼も復讐を胸に誓っており、それはまだ果たされていない事をヴェイラも知った。

 

「死んだ人間は戻らない、そう割り切りたいけど……この復讐心が消えない限り、俺は前へ進めない」

「そう……ね」

「だから俺はお前がうらやましいよ、お前はやっと前へ進めるんだから」

 

 そう寂しそうに笑うアゼルを見て、ヴェイラはつい素直な感情を伝える。

 

「……貴方の復讐、協力出来たらするから」

「ヴェイラ……?」

「私なりの……礼よ」

 

 ヴェイラはらしくないなと思いつつも、この言葉を言った事に後悔はなかった。

 

(おかしい話よね、賞金稼ぎは利己的な人物が多い。常に利益を考え……リスクがあっても元を取れるぐらい、自分にとって都合の良い結果が得られるなら、危険な仕事もこなす――アゼルだって同じなのに)

 

 アウトローな彼らに情を抱いてはならない――そう理解してるけど、アゼルは自分と同じような痛みを抱えている上に、良心がちゃんと残っているのだ。復讐という血生臭い目標を抱いている人にしちゃ、善性が強い。それがよりヴェイラの琴線に触れていた。

 

(願わくばアゼルも、復讐を果たして……前へ進めますように)

 

 それからだ。

 ヴェイラにとってアゼルが他人じゃなくなったのは――

 

 

「――まさか……新鮮な供物をわざわざ残してくれるとは!」

「あ……う……?」

 

 身体を締め付けるような激痛とともにヴェイラは目を覚ます。すると自分がさっきまで意識を失っていた事に気づいたのと同時に顔を顰める。

 

「お前は……連合の犬か……??」

 

 自分は変異したゼルドに()()()()捕まっているのだと。

 

「やはりそう……か!」

「がぁぁああ!!」

 

 ギリギリとゼルドが力を込めると全身に激痛がはしる。

 痛みに悶えながら状況を確認すると、どうやら今自分はアジトの外にいるらしい。

 

 そう、先程ゼルドは猛スピードでヴェイラを捕まえると、彼女を両手で捕まえたまま飛び上がって岩盤を突き破り、そのまま地上に出たのだ。

 

「感謝せねば!! この愚かなる犠牲者を捧げてくれた神に!!」

「うぐっ!」

 

 ゼルドにもはや人間としての意識はなかった。

 あるのはただ()への信仰と献身のみ。

 この異形の肉体をもたらしてくれた事に感謝しつつ、ゼルドはヴェイラを睨むと大きく口を開けた。

 

 (あ、死ぬ)

 

 ヴェイラは迫り来る死を予感した。

 同時にこう思った。

 

 (アゼルは私が死ぬば悲しむのだろうか)

 

 少なくとも自分はアゼルが死んだかもしれないと思った時、親友が死んだ時に匹敵するぐらい悲しかった。あの時より精神的には強くなったから、泣き崩れはしなかったがそれでも憂鬱にはなった。

 

 (出来れば悲しんでくれたら嬉しい)

 

 そんな事を思いつつ、ヴェイラが諦めから身構えたのと同時に――

 

「ヴェイラを離せ――怪物」

「――――――!!!」

 

 突如としてアゼルが凄まじい速度で膝蹴りを繰り出し、ゼルドの顔面を粉砕――そのままヴェイラを抱き抱えて、一瞬で後退した。

 

「ギャアアアア!!!」

 

 ゼルドは少なくとも20メートルは吹き飛び、アジトの建物をぶち抜きながら倒れ伏した。まるで砲弾を喰らったかのようにぐしゃぐしゃになった顔面を晒したゼルドは、痛みからすぐに起き上がれなくなっているようだ。

 

「あ……ぐっ、あぜ……る」

「無理してしゃべるなよ、ヴェイラ」

 

 アゼルは、ゆっくりとヴェイラを床へ下ろすとまず彼はヴェイラの肩と肘にそっと触れ、無理に動かさないよう注意深く位置を確かめる。

 

「……両腕とも、折れてるな」

 

 骨折時に一番まずいのは、慌てて動かすことだ。

 アゼルはそれを知っているかのように、ヴェイラの腕を胸の前で自然な角度に寄せ、余計な負担がかからない姿勢を取らせた。

 

「動かすなよ」

「う……ん」

 

 指先の色を確認し、軽く触れて反応を見る。

 痺れや冷感がないことを確かめると、彼は自分の上着を脱ぎ、即席の固定具として使うために布を裂き、ヴェイラの前腕を胴体に沿わせるように縛る。

 

「……ごめん、ちょっと痛むぞ」

「……ううん、平気……」

 

 平気なわけがない。

 だが、彼女は歯を食いしばって耐えた。

 最後に、アゼルは自分の膝をついて視線を合わせる。

 

「すぐ終わらせる。ここで待ってろ」

 

 アゼルは立ち上がり、振り返らずに歩き出す。

 その背中を見送るしかないヴェイラは、張り詰めていた緊張が一気にほどけるのを感じた。

 

 (……変わってないのね)

 

 異形の力を得て人外と呼ばれる存在になりかけても、彼が必要な時に、誰かを守るために迷わず動く心がまたあった事に彼女は安堵した。

 

 ただ――

 

(今のはちょっとズルいかなぁ)

 

 思わず、微笑みが零れる。

 以前と同じように、何でもない顔で何事もなかったかのように「待ってろ」と言う。

 

 そんな優しさをこんな形で見せる辺り、彼は中々罪深いと言えた。

 

(絶対勝ってね、アゼル)

 

 その願いを背に受けるように、アゼルは怪物――ゼルドの方へと、静かに歩みを進めていった。

 

「ガァ!!!」

 

 そしてアゼルが近くまで来るのと同時に、積み重なったコンクリート片と金属骨材が内側から爆ぜるように吹き飛ぶ。

 

「あああッ!」

 

 土煙の中から、ゼルドがゆっくりと起き上がった。

 顔面はまだ歪んだまま、砕けた骨が異様な速度で再生していく。肉と肉が擦れ合い、無理やり形を取り戻す音が耳障りに響いた。

 

 その異形の視線が一直線にアゼルを捉えると、驚愕を顔に貼り付けて言った。

 

「……なぜ、貴様がここにいる……?」

 

 ゼルドの声は、もはや人間の喉では出せないほど掠れていた。

 

「しかも……神を、その身に宿して……ッ!!」

「……あん?」

 

 アゼルは思わず眉をひそめる。

 

「なぜこの宇宙にいられる……!? 祝福すら受けていない身で、なぜ顕現できる!! なぜだ!! なぜ、なぜ、なぜだァァァ!!」

 

 狂気じみた咆哮が、地下空間を震わせる。

 信仰と妄執が溶け合ったその言葉に、アゼルは心底理解できないという顔をした。

 

「……何を言ってるんだ、こいつ」

『やっぱりね』

 

 脳内でニルが冷静な声を出す。

 

『こいつから、私たちと同じ“系統”の力は感じる。でも……薄すぎる』

『中途半端に身体だけが適応して、精神が追いついてないわね』

『理性はほぼ飛んでる。再生能力は厄介だけど――』

 

 一拍置いて、ニルは断言した。

 

『倒せるわ』

 

 それを聞いたアゼルは小さく息を吐いた。

 

「……ならいい」

 

 灰色の甲殻が、両腕を覆う。

 指先は鉤爪へと変わり、床に触れた瞬間、硬質な音を立てた。

 

「――いくぞ」

 

 その言葉と同時に、アゼルは地を蹴った。

 ゼルドが反応するより先に、アゼルは拳を腹部へ叩き込む。

 

「――ッ、ぐァ!!」

 

 衝撃波が走り、ゼルドの巨体が後退する。

 だが倒れない。肉が盛り上がり、砕けた内部構造が即座に補修されていく。

 

「無駄だァ!! 我が身は神の――」

 

 言葉は最後まで続かなかった。

 アゼルは踏み込み、回転しながら爪を振るう。

 横薙ぎの一撃が、ゼルドの胸部を深く裂くと血と肉片が飛び散った。

 

「がァァァァ!!」

 

 ゼルドは絶叫しながらも、巨大な腕を振り回す。

 瓦礫ごと叩き潰す一撃が、アゼルのいた位置を粉砕した。

 

 ――だが、そこにはもういない。

 

 アゼルは壁を蹴り、天井近くから一気に落下。

 重力を味方につけた踵落としが、ゼルドの肩口に突き刺さる。

 

「お前……ついこないだはよくもやってくれたな」

 

 骨が砕ける感触を足裏に感じながら、アゼルは低く言い放つ。

 

「だけどおかげで俺も晴れて――人外の仲間入りを果たせた」

 

 ゼルドの身体が沈み、床が陥没する。

 あまりにも凄まじい膂力を前にしてなお、ゼルドは狂気を振りまいた。

 

「違う……違う違う違う……!!貴様も選ばれし者のはずだ!

 ならばなぜ、私ではない!!」

『宿主様、右』

 

 ニルの警告と同時に、アゼルは身体を捻る。

 ゼルドの再生した腕が、紙一重で空を切った。

 

「今日はその礼を返しに来た」

 

 アゼルは低く呟くと両腕がさらに歪む。

 灰色の甲殻が重なり合うように肥大化し、関節の隙間から黒い靄が噴き出した。体内に宿る暗黒が血流に乗って巡り、皮膚の下で脈動する。

 

 バチ、バチバチと灰色の電光が腕を走り、空気を焼く。

 周囲の瓦礫が微かに浮き上がり、ゼルドの再生しかけた肉体が本能的な恐怖から強張った。

 

「な――」

 

 彼が言葉にする前に、アゼルは踏み込んでいた。

 

 まず一撃――腹部に叩き込まれた拳が衝撃波を生み、ゼルドの巨体が大きく仰け反る。

 

「が――――!!」

 

 そして続け様に二撃、三撃、四撃。

 拳が容赦なく降り注ぎ、肉が潰れ、骨が砕け、再生が追いつかない速度で破壊が積み重なっていく。

 

「ぐ、が、ァ……ッ!!」

 

 ゼルドの叫びはもはや意味を成さない。

 信仰も狂気も、純粋な暴力によって粉砕されていく。

 

「ああ……それとさっきお前は俺の友人も傷つけたな」

 

 アゼルは拳を引き、全身の力を一点に集約した。

 

「俺……意外と友人思いなんだよ、裏世界にいる身だけどよ……」

 

 力を込めた拳でゼルドを顎を下から上へと振り抜く。

 凄まじい威力のこもったアッパーカットによってゼルドの身体が真上へと吹き飛んだ。巨体が宙を舞い、血と肉片が重力に逆らって散る。

 

 その直後、アゼルも地を蹴る。

 一瞬で高度を詰め、空中でゼルドの腹部を捉える位置に回り込むと怒りを込めて言った。

 

「まだ人としての良心は残ってんだよ……!!!」

 

 そのまま踵落とし。

 灰色の電光と暗黒を纏った踵が、ゼルドの腹に深々と突き刺さる。衝撃はそのまま地面へと叩き落とされ、轟音と共に床が大きく陥没した。

 

 瓦礫と粉塵が舞い上がり、建物全体が悲鳴を上げる。

 

 やがて土煙が晴れると、クレーターの中心にゼルドは横たわっていた。

 身体は辛うじて形を保っているが、瞳は虚ろで、もはや焦点を結ばない。

 

 意識は完全に断たれている。

 それがわかったアゼルは静かに着地し、拳から暗黒が消えていくのを見届けると、踵を返した。

 

「……待たせたな、ヴェイラ」

「……はは、めっちゃ強くなったね……アゼル」

 

 戦いの熱を残しながらも、その声はいつもと変わらない。

 ただ一人のために向けられる、確かな優しさを伴った声だった。

 

「最初からアゼル1人で良かったじゃん」

「……まぁ、でも……万が一があるし」

「おかげで怪我したけど」

「ぐ……っ!」

「今度何か奢ってくれたら許そう」

 

 ヘラヘラ笑うヴェイラを前にアゼルは気まずそうに笑う。

 ちなみにニルは『なんか前よりメスの顔してないか……こいつと』ゼルドより強い殺意すら抱いていた。

 

「わかったよ……奢ってやる」

「約束ね」

「ああ……」

 

 さっさとゼルドを捕まえてこの星を出よう――そう思った瞬間だった。

 

「いやぁー、やるね。思ったより強いね」

「――!!」

 

 急いで声のする方に振り向く。

 そこには何と――

 

「早速で悪いけど、ちょっとご同行願えるかな――賞金稼ぎアゼル」

 

 鋭い眼光でこちらを見ながら不敵な笑みを浮かべる星導騎士(アストラル)――カイナ・ブライトが腕を組みながら立っていた。




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