今のお前達は腑抜けている 地下室で待つ


       ─城中庭に残されたメッセージ─


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略奪者 地下通路にて

 

 

【DAY 1】

 

 

退屈だな。

 

薄れがかった自我と曖昧な記憶で作られた、もはや本当に己の物と言えるのかさえ怪しい思考の中で、俺は思った。

 

此処は薄暗く苔の生えた地下室、朽ち欠けた城の内部へと続く地下通路の奥だ、そこに俺はいる。

 

今回の夜では、果たして連中がやって来るだろうか。

 

外の雨はそろそろ勢いを増す頃で、連中は既に降り立ってきている、それは分かっている。

 

 

この地を襲う夜と雨が、厳密には何なのか俺は知らない。ただ夜に飲まれ、夜の一部として蘇った俺は、いや、俺達は、世界を飲み込む厄災の一部となった。

 

連中が、夜に抗う夜渡り共が円卓からやって来る。俺達は奴等の歩みをせき止める壁であり、夜の王への反逆者を処刑する剣でもある。

 

…処刑する剣、そうだ、元の俺はまさにそれだった。

 

今や自身の名前さえなくしたが覚えている事がある、愚昧な貴族の城、何と言ったか、ともかくその城を我が物とし奪った大剣を振り下ろす。

 

その感触を覚えている、骨肉を断ち、血と臓腑が飛散し、絶叫と共に息絶える獲物共、その残骸から欲しかった物を拾い上げる、俺はずっとそうして来た。

 

略奪と殺戮の愉悦、俺は罪人だった、それと同時に処刑人でもあった。誰もが俺の名を聞くと震え上がり、それでも俺は略奪を止めなかった。

 

止めねばならない理由がなかった、無論、俺の行いを咎める者もいたが結局は何も出来ない。俺は間違いなく、強者に位置する存在だった。

 

 

そしてそれは今も変わらない、夜の尖兵となった今でも。

 

俺はこの地の強者の一人、かつて狭間の地にその名を知らしめた略奪者、“■■■■”だ。

 

 

もっとも今の狭間の地では過去の由来などまるで意味をなさない、意味があるとすればその力だけだ。

 

俺以外にも、夜に飲まれその一部となったかつての高名なる強者達は大勢いる。異形異類の怪物、類稀な英雄、もっと気味の悪い何か、それらが地上のあらゆる場所を闊歩し夜渡り共と渡り合っている。

 

夜渡り共は来たる夜の王との戦いに向けて失った力を、或いはそれ以上の力を得る為に。俺達夜の尖兵は夜渡り共の増強を妨げ、或いはより衰弱させるのが目的。

 

そうすれば夜の終わりに選ばれし刺客が雨に追い詰められた夜渡り共に引導を渡す、その為に俺達と夜渡りはこの地で互いの身を食い合う毒虫の如く殺し合う。

 

その有り様は奇しくもかつての狭間の地の様相に似ている、神も人も怪物もひしめき合う魔境に。

 

 

つまり夜からすれば俺達、かつての強者は言わば盤上の上の強力な駒、夜渡り共が好き勝手彷徨けなくさせる切り札だが、面白い事に夜渡り共はこれを逆手に取りやがる。

 

強力な存在ほど、蓄えたルーンも多く、斃せばより我が身を強く出来る事を奴等は知った。故に避けるべき脅威としてではなく、糧とするべく奴等は自ら俺達に挑んでくるようになった。

 

既に地上では何体かの駒が葬られたようだ、野営地の騎士団、廃墟の古英雄、神殿を守る人造巨兵、獣人の戦士などは一体で彷徨っている所を仕留められた。

 

どいつもこいつも、王は勿論、俺達や夜の終わりに差し向けられる刺客に比べれば小物同然だが、それでも連中に力を明け渡した事に変わりはない。

 

それで力をつけた連中が次にする事は、当然より強い存在を殺しさらなる力を手に入れる事。

 

 

もうそろそろ、この城にやって来るだろう。雨が勢いを増し奴らを追い立てる、そうじゃなくても自らの意志で来るだろう。

 

この地の中央に立つこの廃城は、明確に強者の手駒が集められた場所、乗り込んでくる夜渡り共を返り討ちにしその力を削ぐための防衛拠点だ。

 

もうすぐ始まる、血塗られた力の奪い合いが、ともすればこの夜の行く末を決定するかも分からん、言わば最も重要な序盤戦の佳境が。

 

俺はそれが嫌いじゃない、他の奴等はどうだか知らないが、ともかく夜渡り共を血祭りに上げるその高揚は、夜に飲まれ消えかかった自我を一時の間呼び戻す気がしてくるのだ。

 

 

…しかしだからこその憂いもある、果たして俺の場所まで夜渡り共は来るだろうか。

 

廃城への侵入経路はいくつかあり、この地下通路もその一つ、そしてそこを守るのがこの夜での俺の役割、もし抜けられれば城の内部へと連中は一気に到達する。

 

だからこそより強い尖兵がこの場所の防衛を担う、俺も何度かそうして夜渡り共と渡り合ったが、その結果は満足のいくものだった。

 

 

蹂躙してやった、三人がかりで挑んでくる奴等全員を。

 

 

奴等も無力ではない、羽飾りの兜の男はよく感が利く、鳥頭と角兜の男は一際頑丈だ、しかもコイツらは先に突っ込んできて味方を庇いやがる。

 

弓使いや仮面の女は素早く鬱陶しい、呪いか祝福か知らんが武器で攻撃を完全に防ぎやがる妙なのもいる。

 

だが、この狭い地下室は俺に味方する、この場所では連中は俺の剣技を躱し切れない、そもそもろくに力を蓄えていない連中の攻撃などまるで効きもしない。

 

 

切り刻み、叩き潰し、床を這わせる愉悦は中々のものだ、力尽きた連中はやがて蘇りはするが力は失う。

 

一番気に入ってるのはあの人形女だ、華奢でひ弱な本体を召喚物ごと叩き割ってやった。地に伏せながらも憎悪の籠もった目で此方を睨んでいたな、最後まで。

 

甚振るにはあの様な手合いがもっとも好ましい、苦痛を恐怖ではなく屈辱と怒りに変える者は、自分からまた嬲られにやって来る、向けられた恨み辛みはやはり、返り討つ瞬間こそが最大の愉悦だ。

 

 

そう、俺はこの夜の尖兵としての戦いを楽しんでいた。世界がどうなろうと俺は何も変わらないのだと。

 

だが、問題が起きた。城にやって来る夜渡り共が、何時しか地下通路に俺の姿を見つけると、戦わず引き返すようになったのだ。

 

 

最初の頃こそ、これは愉快と嘲笑ったものだ、敗北を恐れて逃げ出す腑抜けの集まりに成り下がったのだと。

 

しかしそうではなかった、連中は俺との戦いは避けるが、他の強者共には果敢に挑み倒していった。

 

そして遂に、連中は夜の王の一角を落とした。夜の一部と化した俺は本来知り得ぬ情報も夜を通じて伝わってくる、それによれば連中は一日目の刺客に選ばれた“俺”のことも打ち倒したらしい。

 

また別の夜の王が統べる夜にて呼び出された時、俺はそれを知った。それ以来、夜渡り共は俺との戦いを徹底して避けていった。

 

つまりそれが夜渡り共の編み出した攻略法という事なのだろう、リスクとリターンを天秤に掛け、割に合わない相手は捨て置いて他の場所に赴くのだ。

 

 

そして俺の元に夜渡り共は来なくなった、地下通路に踏み入ろうとも俺の気配を確認した途端、地上での勇猛さが嘘のように、あっさりと連中は引き下がる。

 

その後は大抵の場合、別の侵入経路から城を攻略しているようだ。上にいる騎士やトロル共が連中の相手を務める。

 

そうなれば俺は何もする事はない、その場を離れる事は夜に許されていない、退屈な時間が始まるのだ。

 

 

今回もそうなるのか、雨の縮小が強まる、一度目の追い立てが完了する。城に近い場所の雑兵共が仕留められていくのが分かる、連中がすぐ近くまで来ている。

 

だとすれば連中はどうするか、やはり今までの様に地下通路に俺の姿を見つければ引き返すか。

 

奴等の内の誰かが挑みに来ないものか、そうすれば連中は一人を見捨てるより、無謀であっても加勢する事を選ぶのではないか?

 

あの人形女はどうだ、最初の頃は散々苦汁を舐めさせてやった、いつも最後までどうにか俺を殺せないかと粘っていたのもアイツだったな。

 

そろそろ痺れを切らして報復に打って出やしないだろうか、そうすればまた存分に痛め付けてやるものを。

 

 

…………………。

 

 

奴等が来た、戦いが始まった、上の城内で。

 

今回に至っては地下通路に足を踏み入れることさえなかったようだ、城の裏手の階段から侵入したらしい、もう既に騎士の一人がやられたようだ。

 

今回の夜、城を守っているのは失地の騎士共、守るべき地を失うも実力だけで騎士であることを許された猛者達、果たして夜渡り共と何処までやれるか。

 

 

……………。

 

 

更に何体かの騎士が殺された、坩堝の騎士ならばもう少し粘る事が出来ただろう、三人がかりの連携では嵐の戦技とやらも通じはしないか。

 

 

……………。

 

 

中央広間の老獅子が殺された、近くに何体か失地騎士もいた筈だが。今回の夜渡り共はなかなか出来るのかもしれん、あと残りは最上階で待つ類稀な強者の駒。

 

王を除き、この夜でもっとも強大な駒がそこにはいる、かつて王都の精鋭を率いた黄金樹の騎兵が待っている。

 

 

…………。

 

 

夜渡り共は去って行った、雨が更に勢いを増す、最後の夜で刺客を差し向ける為に、夜渡り共はあらかた城の騎士を殺し尽くし、この日の最後の舞台、黄金樹の幻影の元まで退避していく。

 

 

やはり、退屈だな。

 

 

奴等がもし一日目の刺客を退けたならば、またこの城に戻って来るだろうか、それとも他の場所で力を求め、恐るべき強者の駒を狩るのか。

 

この城で残された戦力は俺と最上階の騎兵だけだ、無論、戦いとなれば一夜を乗り越えた夜渡り共が相手でも返り討つ自負は十分にある。

 

そうだ、きっと奴等はやって来る、この俺の元まで。そして今度こそ挑んで来るはずだ、己の力を過信してな。

 

力を得た、前とは違う、そんな決意をまるで無価値と一蹴してやろう、この夜が終われば、また地に伏せる連中の姿を見ることができるだろう。

 

 

……………。

 

 

この日の刺客が敗れたようだ、2日目の戦いが始まる。

 

──────────────────────────

 

【DAY 2】

 

 

雨が止み、夜渡り共が動き出した。更にいくつかの廃墟が攻略されていく、そしてその先には恐るべき強者の一体。

 

連中は一夜を越えると強大な力を持つ者の居場所を把握し始める、どうやら挑むつもりだ。あそこにいるのは、竜の心臓を食らう禁忌を繰り返し自らも竜と化した怪物。

 

一夜目の刺客を退けたとはいえそうやすやすと敵う相手ではない、まだかの怪物の力は夜渡り共を上回っている。

 

無論、この戦いを盤上の上で、我ら夜と夜渡り共を駒とした遊戯の様なものだとすれば、ここでかの怪物が勝利する事は我ら陣営の勝利にも近づく吉報。

 

 

だが俺は、いつしか密かにだが他の強者共が敗れその力を夜渡り共に明け渡すことを期待していた。

 

そうすれば、奴等は俺の所へも来るかもしれない。力を得て増長すればこの狭い部屋で俺の剣技に身を晒す愚をもう一度犯すのではないかと期待して止まないのだ。 

 

 

そして予想通り、怪物と夜渡り共の戦いが始まった。

 

 

…………。

 

 

勝ったのは夜渡り共だった、俺はじわじわと高まっていく期待のようなものを感じていた。

 

早く此処まで来い、お前達の自負と希望の全てを捻じ伏せてやる、王の一角を落としたから何だと言うのか、ここに来て俺と戦え、嬲り殺してやる。

 

 

そして俺は更に期待した、連中が城に向かってきている。

 

 

間違いない、地下通路へと続く浅川の蛞蝓と小蟹が殺されて行く、ここ目掛けて駆け抜ける片手間に目に付く獲物からルーンを回収しているのだ。

 

まもなく、地下通路に連中が踏み入ってくる。

 

茨のような鉄線に巻かれた仮面の下で俺はほくそ笑む、どうしてやろうか、どれほど残酷に殺してやろうか。

 

取るに足らない連中のくせにこの俺を障害物とさえ見なさず、一瞥にして捨て置くなど考えてみれば腹立たしい、存分にその傲慢さを清算してやる。

 

 

そして遂に見えた。俺に処刑されに来た罪人共が三匹、地下通路から俺のいる部屋へと、その姿を見せた。

 

 

………。

 

 

羽飾りの兜の男、弓使い、そして人形女だ。

 

連中は薄暗い部屋の中に佇む俺を見つけると…。

 

すぐさま踵を返して地下通路から走り抜けていった。

 

 

 

……やはり、退屈だな。

 

 

俺は今回の夜もまた、剣を振るう機会もないのだと理解した。くだらん、夜の尖兵としての制約がなければこんな場所の防衛など捨て置き、城に攻めてきた奴等を背後から強襲してやるものを。

 

怯えて逃げるでも無く、初めからまるで相手にもされないとは、かつて誰からも恐れられたこの俺が。

 

これならば奴等が部屋を覗きに来た瞬間にでも斬り掛かればよかったか、いや、戦う意思がないのであればすぐに逃げられるだけだ、俺はここを離れて追うことはできない。

 

 

…まぁいい、奴等を叩き潰すのは夜の刺客に選ばれた俺か、或いは外で徘徊している“俺”に任せるとしよう。

 

あんな腰抜け共、いざ戦いとなりさえすれば簡単に皆殺してやるものを、実にくだらない。

 

夜も、夜の王も、円卓の夜渡り共も、この世界も、全てがくだらない。盤上の上の駒と成り果ててさえ、満足に躍る事さえ出来ないとはな。

 

俺は強者だった、好きに殺し、好きに奪う。決めるのは何時だって俺自身だ、決して他人の感情などに俺の行動は左右されない、その筈だった。

 

 

もうこの思考も手放してしまうか、生きているとも言えぬこの身体、その意識も夜に明け渡す事に葛藤は無い。

 

そうすればくだらない退屈を憂う事も無くなるだろう。

 

 

…………。

 

……ん?

 

 

その時、気が付いた。俺のいる地下室に、何の前触れも無く、光の柱が不意に現れた。

 

これは…。

 

 

見覚えがあった、この光の柱は、確か…

 

そうだ、夜渡り共が目的地を指し示すのに使うものだ。

 

 

暫しの沈黙、まるで時が停滞したかの様だ、そして地下通路の入り口の方から、夜渡り共が戻って来た。

 

 

……!

 

 

あの人形女だ、まずあの人形女が地下通路に戻って来た。

 

何故かは分からない、一度捨て置いた場所に考えを改めて戻って来たのだ、その目は初めて目にした時と同じ、強い復讐の意思に満ちている。

 

今にも歯をむき出しにして飛びかかってきそうな殺意を秘めながら部屋の前で俺を睨んでいる。

 

そして示された光柱を確認したのか、羽飾りの兜の男と弓使いも部屋の前まで遅れて戻ってきた。

 

 

ほんの僅かだが、羽飾りと弓使いには躊躇いの様なものが見えたがそれも一瞬、人形女同様、俺と戦う意思を決めたようだ、まさか雪辱の限りを忘れたわけではないだろう。

 

 

そして一瞬の間を置いて、夜渡り共が一斉に俺目掛けて部屋の中へと踏み入ってきた。

 

 

俺は歓喜した、どうしようもない奴等の愚かさに感謝さえした、夜渡り共が俺に迫る。

 

フックの付いたワイヤーを伸ばし瞬時に距離を詰めてくる、手にしたダガーで有効打となる傷を与えんと素早く斬り掛かってくる、召喚物の霊体を呼び出して差し向ける。

 

 

まだ俺との戦いを諦めていなかったのか、まだ俺に立ち向かうだけの意志と自負が残っていたのか、この俺を殺して糧に出来るとまだそう思っているのか。

 

いいや違う、それは俺の特権だ。好きに殺し、好きに奪い、思うままに糧とするのは、この■■■■だけに許された行為なのだ、その事を解さぬ不埒な罪人共め。

 

この執行の剣で打ち砕いてやろう、お前達の自負、魂の全てを、この歓喜を込めて否定してやろう。

 

 

俺は剣を振るう、終わりの見えないこの夜の戦いの中で。

 

 

俺の名は■■■■、奪い、奪われる略奪の歓喜と愉悦の下に、自らの意志が蘇るのを感じ取っていた。

 

 

夜の雨が、その勢いを更に増している。

 


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