汐見市生活課!   作:ケン3ヴァルデン

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大人の責任!

 

 

晴臣が、一通り暴れて落ち着きを取り戻した少女をちらりと見つめながら問いかける。

 

「君がユメのタネなのはわかったけど、君自身の名前は?」

 

少女は晴臣の質問に口を尖らせ、不機嫌そうに視線を逸らした。

 

「……シイコ。それが、あたしの名前」

 

「シイコちゃんか。ちゃんと答えられて偉いね」

 

晴臣はそう言って、自然に彼女の頭を撫でる。

 

するとシイコは、一瞬きょとんとした後、照れ臭そうに頬を染めた。

 

「…うへへ」

 

年相応の子供のように、撫でられる感触を素直に喜んでしまう。

だがはっとして顔を真っ赤にし、晴臣の手を振り払う。

 

「ちょ、ちょっと!子供扱いすんな!!」

 

憤慨して声を荒げるシイコ。

その様子を見ていた真琴は、口元に手を当ててくすくすと笑った。

 

「ふふ……かわいいなぁ、ほんと」

 

シイコがますます声を荒げそうになるのを見て、晴臣は片手を軽く上げて制した。

 

「まあまあ、とりあえず後でね?」

 

わざと穏やかな声音で言うが、その瞳の奥には探るような真剣さが宿っていた。

 

晴臣の視線を受け止めきれず、シイコはわずかに顔をそむける。だが次に晴臣が問いかけた言葉に、彼女の肩がびくりと揺れた。

 

「それより、これからどうするつもりだ?寝る場所や、食べるもの……そういうの、当ては?」

 

その問いは、ただの世話焼きのように聞こえるかもしれない。だが晴臣の声音は真剣そのもので、まるで自分が本当にその責任を背負うつもりなのだと伝わってきた。

 

シイコは唇を引き結んだまま、長い沈黙を作った。ふてくされたように頬を膨らませながらも、その目は泳ぎ、答えを探している様子が露骨ににじむ。

やがて、観念したようにぽつりと声を漏らした。

 

「…ほんとはね、きちんと“生まれた”なら、そんなの心配する必要なんてないの。生まれた時点で、力も形も完成してるはずだから」

 

彼女は両手をぎゅっと握りしめ、膝の上で小さく震わせた。

 

「でも……今のあたしは中途半端で、なんにもできない。力も、姿も……全部バラバラのまま。だから……食べることも、寝る場所をつくることも、自分じゃどうにもならないの」

 

晴臣はその言葉に「ふむ」と続きを促す。

シイコは苦い顔をしながら続ける。

 

「それに…力の大半を持ってる、あんたの近くにいなきゃいけないの」

 

言い終えると同時に晴臣は、シイコが力なく肩を落としたまま視線を落とすのを見て、そっと彼女の頭に手を置いた。

柔らかく指を動かしながら、再び優しく撫でる。

 

「…いいかい」

 

晴臣の声は穏やかだが、どこか揺るがぬ決意が感じられた。

 

「子供扱いするなって言いたいのは分かる。だけど…生まれたてっていうなら子供だろ?なら子供の面倒を見るのは大人の役目だ。だから、俺に任せろ」

 

シイコは、その言葉に思わず動きを止める。

小さな手がじっと固まったまま、まだ微かに震えている。

一瞬の間、ソファの上に静寂が落ち、空気が微かに張りつめた。

 

横で見ていた真琴は、相変わらず表情を変えない。

ただ、片方の口角がほんの少し下がり、若干不機嫌そうな様子が垣間見える。

 

晴臣の手は変わらず頭を撫で続け、シイコの心の奥に少しだけ安堵をもたらしているようだった。

 

* * *

 

晴臣はシイコと一緒に生活課へ向かった。

通勤の途中も、シイコは晴臣の腕に身を預け、時折柔らかく小さくため息をつく。彼女の体重は軽く、その存在感はあどけなさと不安定さを同時に感じさせた。

 

生活課に到着すると、晴臣は周囲の女性職員たちに向けて、柔らかく微笑みながら紹介した。

 

「こちらは、親戚の子供で……少し預かることになりまして」

 

すると職員たちは瞬時に目を輝かせ、シイコを取り囲むように手を伸ばした。

 

「まあ、かわいい!」「ちょっと抱っこさせて!」

 

あっという間にシイコは揉みくちゃにされ、笑顔で顔をしかめつつも、何もできずにされるがままになっていた。

 

晴臣はそんな光景を静かに見守りながら、胸の奥で少しほっとした。

 

しかし同時に、シイコの正体をある程度隠す必要もあった。

 

そこで晴臣は、シイコがただの親戚の子供ではないこと、怪異であること、そしてしばらくの間は監視のために連れ歩くことを、課長にだけこっそり伝える。

 

課長は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにお腹を押さえてシイコを見る。

 

「ゲロやば…お前ホント怪異が寄ってくんな」

 

こうしてシイコは、晴臣と、生活課という新しい環境に静かに順応しつつも、まだその本来の力をほとんど使えないまま日常に混ざっていった。

 

* * *

 

歪んだ影の世界で、真琴は小さく唇を尖らせて不満を口に出した。

 

「まったく、あの鈍感っぷり」

 

彼女の視線は、生活課で慌ただしくも穏やかに振る舞う晴臣に注がれている。

乙女心の機微など、全く理解していないその無邪気さに、真琴は思わず頭を抱えた。

 

「もう、どうしてこう……」

 

短くため息をつき、腕で顔を覆う。だがその仕草も、どこか可愛らしさを漂わせていた。

 

そのままうんうんと唸る真琴だったが、ふと頭を上げる。

瞳に鋭い光が差し込み、口元に「閃いた!」と言わんばかりの笑みが浮かぶ。

 

影の世界の歪みすら、彼女の心の高揚とともに揺れるようだった。

 

「よし……これで、あの鈍感を……」

 

真琴は小さく呟き、次の行動のための策を胸の中で練り始めた。

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