なんとか終わらせたいとは考えてます。
晴臣がシイコを連れて行動してから、すでに一週間が経っていた。
夜間は虫に操られた人々を避けるために家に篭り、外出は最小限に留めるようにしていたが、日中はシイコを連れ歩きつつ、怪異事件の調査や市民への対応に奔走していた。
そのため、街の人々の間では「ヤバい人が連れて歩いている子供」という噂が広まり、シイコも知らぬ間に街の名物のようになりつつあった。
シイコ自身も、最初こそ警戒心から固まっていたが、晴臣のそばで過ごす日々の中で少しずつ柔らかい表情を見せるようになる。
歩くたびに注目されることに少し戸惑いつつも、晴臣に守られているという安心感が、彼女の心を支えていた。
晴臣もまた、シイコの存在を意識しつつ、責任を胸に抱きながら、日常と怪異との間を忙しく行き来していた。
一週間という短い時間の中で、二人の間には互いを信頼する静かな絆が、少しずつ芽生えつつあった。
* * *
昼下がりの街角で、晴臣がシイコの手を引きながら歩いていると、突然前方から姫野が現れた。
「やっぱり……」
姫野はシイコの姿を一目見て、小さく声を漏らす。だが、その目には驚きだけでなく、何か予想外の感情が混じっていた。
次の瞬間、姫野は迷いもなく晴臣に向かって歩み寄り、その肩を掴むと体ごと揺らした。
「アタシとは遊びだったの!? こんな子供がいるなんて、聞いてないわよ!」
声を張り上げ、感情をそのままぶつけるように騒ぎ立てる。
晴臣は揺らされながらも冷静なまま、落ち着いた声で答える。
「友達なんだから遊ぶよ」
その言葉の後に、さらに付け加える。
「それに、子供じゃないし」
「変態……女装……男?」
その言葉とともに、シイコは咄嗟に晴臣の後ろに隠れるように身をすくめる。
姫野は一瞬言葉に詰まり、肩を揺らす力が緩むが、表情にはまだ驚きと困惑が色濃く残っていた。
そしてシイコの言葉の意味を理解してギョッと目を見開いた。
「あ……なるほど、そういうことね」
一瞬だけ表情を曇らせた後、鋭い目つきをシイコに向ける。
「噂で、娘を連れてるって聞いたから、思わずアイツとの子供かと思ったわ……でも“こっち側”の存在なら……容赦しないから」
その言葉に、シイコはさらに背中を丸め、ぴたりと動きを止める。
晴臣は穏やかに腕を回し、シイコを守るように立ち構えたまま、姫野の視線を受け止めていた。
するとシイコが顔を上げ、晴臣の背中からひょいと半身をのぞかせた。
そして、まるで我慢の糸が切れたように叫ぶ。
「なに勝手に決めつけてんだよ、晴臣の世話も出来ない役立たずのオカマ!!」
姫野の顔がビキッと引きつる。
周囲の空気が一瞬で緊張し、通りすがりの市民まで動きを止める。
シイコは続けざま、勢いそのままに罵倒を投げつけた。
「自分の顔鏡で見たことあんのか!?てか近寄んな!! ブス!」
「お、おいシイコ……」
しかし止めようとする晴臣の声よりも、シイコの怒涛の悪口の方が圧倒的に強く、姫野のこめかみがぴくぴくと震え始める。
「……い、言ったわね?ちんちくりんの」
「ちっちゃくねぇ!!お前の方がなんかでけぇんだよ!!態度と威圧感!!むさ苦しい!」
姫野の眉がぴたりと吊り上がり、ひくひくと口の端が釣り上がり痙攣する。
晴臣はその様子を見てこれ以上の炎上を止めるべく両手を広げた。
「待て。いったん落ち着くんだ、二人とも」
だがシイコと姫野の視線は、燃えるようにぶつかり合ったままだった。
そしてシイコが袖をまくり、姫野が拳を握りしめ、姫野とシイコが今にも殴り合いに突入しそうな瞬間――
「やあ、みんな元気そうだねぇ」
と、まるで散歩途中で知人に出会ったかのような気軽さで、ひょっこりと一人の成人男性が割って入ってきた。
三人とも一瞬ぽかんと動きを止める。
男は三十代前半ほど。
どこにでもいそうな柔らかい笑顔、少し猫背で、落ち着いたベージュのコートを着ている。
だが「どこにでもいそうなのに、この状況に自然に入ってきたのが逆に不自然」――そんな違和感だけが強烈に残った。
「いやぁ、物騒だねぇ。女の子同士が殴り合うなんて、青春ってこと?」
「…誰よアンタ、いま忙しいのが見えないのかしら?」
姫野が眉をひそめて一歩引き、男性を観察する。
晴臣もそれにつられて慎重に距離を詰めながら問いかける。
「すみません、どちらさまですか。面識は無いはずですが」
「ああ、ごめんごめん。名乗ってなかったね。そうだな…ぼくは――“君たちに会いに来た人”ってところかな」
その言葉はただの冗談のようにも聞こえたが、三人の背筋にじわりと寒気が走る。
姫野はわずかに重心を落とし、いつでも動ける態勢に。
シイコも晴臣の服をぎゅっと掴み、目を細めて男を警戒する。
明らかに「普通じゃない」。
緊張が再び張りつめる中、男は気楽な笑顔のままで続けた。
「特に君にね、晴臣くん。ずっと会いたかったんだ」
その声音には、隠しようのない“確信”があった。
三人の心臓が同時に大きく脈打つ。