汐見市生活課!   作:ケン3ヴァルデン

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いたずら!

サガイと名乗った男は、にこにこと穏やかな笑みを崩さぬまま、まっすぐ晴臣へ歩み寄ってくる。

その足取りはゆったりしているのに、距離が縮まる速度だけが異様に速く感じられた。

 

晴臣は反射的に半身を引き、両腕を軽く上げて構える。

 

「ご用件はなんですか?」

 

しかしサガイはまったく怯む様子もなく、むしろ嬉しそうに声を弾ませた。

 

「ああ、そう警戒しないで。ぼくはただ、君に“会いたかった”だけなんだ。できれば――握手と、許されるならハグも。とても、嬉しい」

「きんも!オカマと一緒かよ!」

 

シイコに自然と罵倒されたも姫野も引きつった顔で低く呟く。

 

「ハルくん、いつのまにこんなの引っ掛けたの?」

 

だが晴臣はそんな二人の声を気にも留めず、サガイを注視したまま微動だにしない。

サガイの瞳に映る自分が、妙に深く、底が見えない。

こうしてほぼ睨んでいるというのにサガイの笑顔は揺らがない。むしろ温度を増したように見える。

 

「“何者か”なんて、そんな難しい話じゃないよ。ただ、君という存在に感謝を」

 

その一言に、明確な気味の悪さが走る。

 

シイコは晴臣の背中に張りつきながら、震え混じりの声をもらした。

 

「アホ、なんでこんな危機感ねぇのよ」

 

だが晴臣は逃げも剣呑な動きもせず、ただ冷静にサガイの手元と足運びを読み続ける。

サガイの異様なテンションと平熱の視線が噛み合わず、危険の輪郭だけが濃くなっていく。

 

サガイはさらに一歩近付いた。

 

「晴臣くん。君に触れることは、ぼくの願いなんだ。拒まれるのは、ちょっと悲しいよ」

 

その声音が、初めてほんの少し“感情”を帯びた。

それが喜びなのか怒りなのか、判断できない淡さだった。

 

「…握手だけです。」

「もちろん。ぼくはね、ずっと君と“触れ合いたかった”んだ」

 

その言い方が、どこか体温のない声で言われた気がして、シイコも姫野も同時に眉をひそめて身構えた。

 

だが晴臣は覚悟を決めると、静かに手を差し出した。

サガイは心底嬉しそうに目を細め、その手を包み込むように握った――瞬間。

 

バチィッ!

 

「――ッ!!」

 

鋭い電撃が腕を駆け上がり、背骨を通って体の芯を焼く。

晴臣は堪えきれず膝を折りかけたが、なんとか踏みとどまりつつ、必死にサガイの手を振りほどこうとする。

 

だがサガイは離さない。

むしろ握る指先に力をこめ、反対の手で自分の膝をパシッと叩いた。

 

「あはっ、あははっ」

 

それはまるで、いたずらが完璧に決まってテンションが上がった子供の笑い方。

目を細め、肩を揺らして本当に楽しそうに笑う。

 

晴臣は歯を食いしばりながら後ろへ下がろうとするが、サガイの握力は人間離れしていて振りほどけない。

 

「ねえ晴臣くん、すっごく面白いね! やっぱり“君の中”は特別だよ!」

 

「……離せ……ッ!」

 

サガイの笑顔が、ようやく「ただの気さくな男ではない」ことを明確に示し始めていた。

背後でシイコと姫野が同時に動こうとするが、サガイが晴臣の手を握ったまま軽く首だけ振ると、空気が一瞬ひやりと凍りつく。

 

ただの握手のはずだった。

だが、これは――明らかに“狙って触れた”接触。

 

サガイは無邪気さすら感じる笑顔のまま、手のひらに装着された“簡易スタンガン”のような器具を得意げに見せつけた。

 

「ほら、これ。握手のときに使うんでしょ? ここに来たときに見たよ。」

 

その言葉に、晴臣・姫野・シイコの三人は一瞬、同じ顔になった。

――なに言ってんだコイツ、という顔。

 

姫野が眉を吊り上げ、怪訝を通り越して呆れに変わった声で問いただす。

 

「いやアンタ、それドッキリ番組でしょ。一般的な“あいさつ”じゃないからね? ていうかなんで初対面の人間に使ってんのよ!」

 

晴臣はまだ痺れ残る腕を押さえながら、ふらつく足で体勢を立て直す。

 

「……サガイさん。ここはテレビの現場じゃありません。普通、握手に電撃は使いません。というか犯罪です」

 

しかしサガイは本当に心底不思議そうに首をかしげる。

 

「え? 違うの? ほら、初対面の人と握手して、ビリッてやってみんなで笑ってたじゃないか。面白かったよ? この街の文化だと思ってたんだけど」

 

その純粋さとも無知ともつかない態度が、逆にじわじわと恐怖を呼び起こす。

 

シイコは晴臣の背中から半身だけ顔を出し、引きつった笑顔でぼそりとつぶやく。

 

「……いるんだね、本物のバカって……」

 

姫野は「わかる」と小さく頷きつつ、サガイへと鋭い目を向けた。

 

「……で? アンタ、なんの用でハルくんに近付いてきたの。遊びで電撃握手かまして帰る気だったなら、今すぐ帰りなさい。大人としてアウトだから」

 

するとサガイは「おっと」とばかりに肩をすくめ、急に真面目な顔つきになる。

 

「もちろん用があるよ。晴臣くんに、ずっと会いたかったんだ。君について知りたいことが山ほどある。いや、もしかすると“確かめたい”と言ったほうが正しいかな?」

 

先ほどまでの無邪気さは嘘のように消え、その目だけがじわりと深さを増す。

しかし次の瞬間、サガイは興奮したように両手を胸の前で握りしめる。

 

「──ぼく、すっごく嬉しいんだよ」

 

晴臣は眉をひそめる。

 

「……何がだ?」

 

サガイは一歩近づき、目を輝かせた。

 

「だって、ぼくの“神様”がね……君を見初めたんだ。いやあ、本当に光栄だよ。そんな晴臣くんに直接こうして会えて……最ッ高だ!」

 

姫野が低く呟く。

 

「……アンタ、何を言ってんの?」

 

しかしサガイは姫野の声など耳に入っていない。

ただ晴臣だけを見つめ、底抜けの笑顔で続けた。

 

「ねえ晴臣くん。ぼくと君が会うのは、きっと神様の采配なんだよ。

 ああ……やっと会えた。やっと、だ」

 

サガイの声には喜びと、常識から逸脱した狂信が同時に混ざっていた。

 

シイコは晴臣の背中に隠れながら戦慄する。

 

「…ゲロやば」

 

晴臣も姫野も言葉が出ない。

 

ただサガイだけが──

“神の意志”とやらを信じ、心の底から祝福する者のように笑っていた。

 

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