汐見市生活課!   作:ケン3ヴァルデン

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いつもの(非)日常!

 

 汐見市――。海と山と、よくわからない“なにか”に囲まれた、地方都市。

 この街の生活課では、今日も一人の若者が元気に(?)働いていた。

 

「――えっ、エアコンが“泣く”?」

「うん。キィキィって……子どもみたいな声で泣くのよ」

 

 市民相談窓口。

 中年女性の通報に、海堂晴臣はメモを取りながら「はいはい」と頷く。

 

「設置はいつ頃でしたか?」

「五年前……でも、この前“エアコンの中から小さい足”が見えたのよ」

 

 晴臣はペンを止める。

 

「……あー、それは“エアコンドワーフ”かもですね。夏になると寝床にして泣き始めるんですよ。冷気の出が悪いと泣くので、フィルター掃除しましょう」

「あらまあ……。でも壊れてると思って蹴っちゃったわ。ものすごく怒鳴られたのよ」

「そりゃ怒りますよ。怒鳴るのはリーダー格の“ターミナ爺”です。今度、冷気の供え物置いておきますね。凍らせたおしるこが好きです」

 

 生活課、やっぱり普通じゃない。

 

 その後、晴臣は市役所の軽トラで山手の畑へ。

 

「おーい晴臣! ちょっと手、貸してくれ!」

 

 畑で声を上げるのは、大根に憑かれた大根農家の田代さん。

 大根を引っこ抜くたびに地面から「ふんぬ!」「ぐぬぬぬぬ……!」という小さな唸り声が聞こえる。

 

「また『大根武者』が生えてますねぇ……」

 晴臣はシャベルを取り出し、手慣れた動きで土を崩しながら微笑む。

 

「よーし、よしよし。あんまり抜かれると怒るからな、お前ら。交渉だ。三本だけ収穫する代わりに、あとは土用干しでリラックスしような?」

 

 すると、地中から「……うむ。ならば許すぞ」と甲高い声。

 田代さんは汗を拭いながら苦笑した。

 

「ほんっとにお前、変わってんな……。なんで会話できんだよ」

「慣れです慣れ。市役所の研修で……いや、違いました。経験です」

 

 曖昧に笑って、ごまかす晴臣。

 

 夕方、役所に戻る前に立ち寄ったのは、廃校になった旧・汐見小学校。

 ここには、「幽霊」とも「思念体」とも分類できない“存在”が棲みついている。

 

「……あら、今日は早いのね」

 

 教室の片隅で、誰かが静かに立っていた。

 セーラー服のような服装だが、その“中身”は実体がない。

 床に立っているのに、足音がしない。

 

「冷蔵庫、持ってきましたよ。前のやつ、漏電してたんで」

 晴臣はポータブル冷蔵庫を設置しながら話しかける。

 

「……ありがとう。“冷たいもの”って、安心するの」

「それ、言いますね、皆さん。生前の記憶、関係してるんですか?」

「……わからない。わたし、もう死んだのかどうかも……」

 

 彼女の声が、壁をすり抜けて消えかける。

 だが晴臣は、いつものようににっこりと笑って言った。

 

「“今”ここにいるなら、それでいいんじゃないですか?」

「……ふふ、あなた、変な人ね」

 

 旧校舎に、少しだけ風が吹き抜ける。

 

 静かに、優しく、どこか懐かしい匂いを残して。

 

* * *

 

 

 別の日の昼。

畑の草むしりを終え、腰を伸ばした晴臣が空を見上げる。

 夏雲がひとつ、畑の真上を流れている。

 

 ふと、視界の端に麗しい女の人が立っていた。

 日傘を差し、遠くからこちらを見つめているようだった――が、

 次の瞬間には誰もいなかった。

 

 別の日――

 壊れたエアコンの確認で町立図書館の裏口に立ち寄ったとき、

 背広姿の壮年の男性が、無言で晴臣の様子を見ていた。

 しかし、気がつけばその姿も消えている。

 

 夜、役所からの帰り道。

 自販機で缶コーヒーを買って振り向くと、

 ポストの前で手紙を見つめている小さな男の子がいた。

 目が合った気がして、声をかけようとした瞬間――風とともに、その姿も消えた。

 

 翌朝、朝靄の公園でジョギング中、

 ベンチに腰かけて本を読んでいた白髪の老婆が、ほんの一瞬こちらを見上げた。

 だが、目を凝らして見る頃には、もはや誰もいなかった。

 

 晴臣は首を傾げながら、いつものように怪異の相談を受けるため生活課へ向かう。

 彼の日常は、どこまでも平穏で――奇妙で。

 

 その背後。

 街灯の影に溶けるように立つ一人の女性――虹川真琴は、誰にも気づかれぬまま静かに笑っていた。

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