汐見市生活課!   作:ケン3ヴァルデン

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恋愛相談!

 

 

商店街に冬の風が吹き抜ける。

街灯には白い毛糸のマフラーが巻かれ、路地の奥にぽつんと立つプレハブ小屋には、「千里眼・澪」の木札がぶら下がっていた。

晴臣はひとつ息を吐いて、重ねたドアをノックする。

 

「入ってるわよ、生活課の海堂くん」

 

声に従って扉を開けると、そこにはいつも通りの――いや、いつにも増して妖艶さと神秘を漂わせる占い師・澪が座っていた。

白い着物の上から分厚いショールを羽織り、足元には古ぼけたストーブ。室内には乳白色のアロマと、かすかな焚き火の香りが混ざっていた。

 

「あなたがこんな寒い日に来るなんて。怪異関係でしょ?」

「いや、今日は相談ですね」

「ほう?」

 

晴臣が腰を下ろすと、晴臣の分と自分の分の湯呑みを出しつつ澪は興味ありげに身を乗り出す。頬杖をついたその眼差しは、まさに人の心を見透かす“千里眼”。

 

「……怪異じゃない?」

「ええ、あの……」

やや言いよどんだあと、晴臣は言った。

 

「恋愛相談、です」

 

その瞬間。

 

ばたんっと何かが倒れる音がした。

湯呑がずれ、晴臣をどこかから覗く帳の奥から謎の鳴き声のようなものが聞こえ、澪は目を見開いていた。

 

「………………は?」

「だから恋愛相談ですよ」

 

もう一度言うと、澪はごくりと喉を鳴らした。

目が真剣そのものだ。

 

「……あの“汐見市のクソボケ朴念仁”こと海堂晴臣が、恋愛相談を?」

「不名誉では?」

「何よ、この前汐見町内会報に書いてあったわよ。『女の子にお弁当を渡されても「お金はいくらですか?」って聞き返した伝説の職員』って」

「……」

 

湯呑を手にとって、晴臣は小さく息をついた。

そして、いつもの淡々とした口調で語り出す。

 

「その……“ある人物”が、相手の気持ちがわからなくて悩んでるみたいで。例えば、よく目が合ったり、髪型を変えてきたり、相手の友人がニヤニヤしてたり。で、自分も嫌いじゃないけど、それが“好意”なのか確信が持てないらしいんです。」

「……へぇ」

 

澪は筆を取り出し、何やら猛烈な勢いでメモをとっている。

 

「それで、“その人物”が……『気持ちを確かめるにはどうしたらいいか』って言ってきて」

「なるほど……なるほどね……“その人物”の名前は?」

「個人情報なので」

「…………あんたでしょ」

「違います」

「ほんとに?」

「違う」

「ほんと~~~~に?」

「違いますって!」

 

思わず少し語気が強くなった晴臣に、澪はしばし沈黙した後――ふっと笑った。

 

「……まぁ、いいわ。じゃあ“その人”に伝えてあげて?もし相手が好意を持ってるなら、確認する必要なんてないわ。だって、目が合うことが嬉しかったり、髪型を変えて気づいてもらいたいって思うのは、『好きな人にだけ』することだから」

「……なるほど」

「その上で、踏み込みたいと思ったなら。手を伸ばせばいいのよ。……でも、掴む前に相手が消えちゃうこともあるけど」

 

最後の一言は、どこか寂しげで――晴臣は一瞬だけ澪を見た。

 

「……あなた自身、経験が?」

「さぁ、どうかしらね?」

 

澪は笑った。

その微笑みは占い師のそれではなく、ひとりの女のものだった。

 

「そうですか、伝えておきます」

そういって晴臣は懐から一枚の相談記録を取り出した。

 

「なにそれ?」

「“僕は最近、裏山の木と恋に落ちました。この恋は本物でしょうか”……っていう」

「…………………………」

「で、木に心を奪われるのって、ヤバい怪異の類かなって一応調べようかと」

「…………」

 

澪はしばらく無言だった。火の粉がぱち、と弾ける音が聞こえた。

 

「……あんたの恋の話じゃないの?」

「僕の、じゃないです」

「真面目な顔で言うな!! せめて紛らわしい言い方やめなさいよこのクソボケ朴念仁!!!」

「ぬぁっ!?」

 

突如、卓上の水晶玉が空を舞い、額すれすれをかすめて背後の壁にゴンと当たる。

 

「ていうか、あんた、木と恋してる男の恋愛には反応するくせに、自分の色恋にはいっこも興味ないの!? どうなってんの感性どうなってんの!?」

「いや、ほぼ無機物との恋愛相談って来てたから……怪異的な何かかと思って……」

「せめて、せめて“人型”と恋してる相談持ってきて!!!」

「えぇー……」

 

ふたりの声が、小さな占い小屋の中にこだました。

外の風は冷たく、商店街にはまだ雪がちらついていたが――

ストーブの火と、千里眼の憤怒で、室内の温度はやけに高かった。

 

* * *

 

「ったく……あれで『他人の話』だって言うんだから始末が悪いわ」

 

相談を終えた晴臣が去ったあと、澪は手元の湯呑を片付けながらぶつくさ文句を言っていた。

 

「いい加減、こっちの胸がざわつくっての……ああ、やだやだ。」

 

ため息をつきつつも、ふと――微かな声が聞こえた。

 

――「…」

 

それは空気を震わせるほどの囁き。

けれど澪にははっきりと届いた。

 

「あら……」

 

帳の奥へ進むと、そこには普通の店舗には似つかわしくない“鉄製の扉”がある。澪は鍵を外し、静かに開けた。

 

ギィ……という重い音。

 

中には、狭い階段。

澪は慣れた足取りで、それを降りていく。

 

階下は別世界のように静かだった。

古い病室のような、小さな部屋。

棚には夢占いや精神世界の書籍が並び、天井にはゆっくり回る星型のモビール。

 

その中心に、眠る少女がいた。

 

膝に毛布をかけ、車椅子に座ったまま眠る少女。

長いまつげに、白雪のような肌。髪は淡い紫と銀が混じったような色合いで、まるで“夢そのもの”のような存在だった。

 

「ユメ……また呼んだのね」

 

澪はしゃがみこみ、その少女――ユメの顔を覗き込む。

少女は目を閉じたまま、ゆっくりと微笑んだ。そして寝言の様に話し出す。

 

「……ハルオミ……」

「ええ、恋の相談にね。やっと朴念仁に火がついたかもしれないって思ってたのに残念だわ」

「……かわいい」

「……そうね」

 

澪は、優しくユメの髪を梳いた。

どこか母のような、姉のような、かつて夢に触れた者だけが持つ“想い”がそこにあった。

 

ユメは夢の街で晴臣が出会った少女。

そして澪はその場にいた。

 

真琴と言い合いをしていた女性が澪の正体だったのだ。




まぁあれは木というより木の妖精だね。ほぼ無機物か小人とか人形みたいな小さいのが好き…どっちがマシだと思う?

どっちもマズいと思いますが…病院紹介しときます。
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