汐見市生活課!   作:ケン3ヴァルデン

92 / 107
ビックバン!

 

夜風が、耳元を静かに通り過ぎる。

まるで誰かの囁きのように、やさしく、冷たく。

空は群青に沈み、遠くの街灯すら霞んで見えた。

けれど、目の前の“それ”だけは――違っていた。

 

淡く、揺れながら。

呼吸に合わせるように、脈打つ緑の光。

 

晴臣は言葉にできない感覚に包まれていた。

時間が止まったかのような錯覚。

世界のすべてが音を失い、自分と“光”だけが、そこに在るような――

 

どこか懐かしくて、どこか恐ろしくて。

そして何より、美しかった。

 

光に照らされる自分の体が、じりじりと熱を帯びてくる。

それは、焼かれているかのような痛みだった。

だが、不思議と逃げたいとは思わなかった。

 

胸の奥に眠っていた何かが、確かに目を覚まそうとしていた。

理由も、理屈もない。

ただ、突き上げるような衝動があった。

 

言葉にならない叫びが、喉の奥で震える。

それは怒りでも、悲しみでもなく――

祈りにも似た、何か。

 

晴臣はゆっくりと手を伸ばした。

焼けるような痛みを感じながら、指先が光に触れそうになる。

 

それはまるで、自分の一部を取り戻すような、

あるいは、二度と戻れない扉を開けるような感覚だった。

 

光が、呼んでいた。

 

晴臣の瞳に、緑の光が深く映り込む。

 

そして――

 

彼は、触れた。

 

 

 

 

 

爆発が起きた。

視界いっぱいに、白と緑の閃光が弾けた。

目を閉じても、その光は脳の裏側を焼き尽くすように消えなかった。

 

次の瞬間、

意識は、どこか遠くへ吹き飛ばされていた。

 

音のない虚空。

自分の体があるのかもわからない。

ただ、その中に“居る”と、確かに感じていた。

 

目の前で、何かが“始まった”。

 

光が渦を巻き、物質が散り、星々が生まれ、死んでいく。

天体の回転音も爆発音も、すべてが沈黙の中に進行する。

 

そしてそのまま、彼は“立っていた”。

 

地球の地殻が形作られ、海が満ち、空ができる。

植物が生え、生命が蠢き、恐竜が歩き、滅び、

哺乳類が進化し、人が火を灯し、石を削り、家を作り、争い、祈り、歌い、愛し合う。

 

その全てを、ただ“見ていた”。

 

まるで、地面に固定された定点カメラのように。

変わらない場所に立ったまま、すべてが移り変わっていく。

 

時代の奔流。

人類史のすべてが、目の前で早回しのように進んでいく。

目まぐるしい。なのに、どこか穏やかでもあった。

すべてが、繋がっていた。

それは命の連なりであり、終わりなき夢のようでもあった。

 

けれど、そこに“誰か”がいた。

 

遥か上空。星のきらめきすら霞むほど、透明な空の中。

 

そこに、ユメが居た。

 

静かに、ゆっくりと。

胎児のように身体を丸め、深い眠りのまま空中を漂っている。

 

光に包まれ、安らかな顔をして。

 

彼女の髪は宇宙の闇のように揺れ、

その身体からは無数の糸のようなものが伸び、世界の各地へとつながっていた。

 

晴臣が思わず歩き出す。

重力も、距離も、存在の壁も曖昧なこの空間の中、足取りは不思議と自然だった。

 

歩けば歩くほど、過去が足元で変わっていく。

海から大陸へ、大陸から都市へ、都市から瓦礫へ。

 

すべてが一つの映像のように流れている。

その中で、ユメだけが確かに“存在”していた。

 

晴臣は、彼女の背に手を伸ばした。

 

その名を呼ぼうとしたとき――

世界が、揺れた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。