汐見市生活課!   作:ケン3ヴァルデン

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第97話

 

隕石の残骸が点在する灰色の荒野。

そこに集うのは、異様な形状をした虫たち。三つの口を持ち、それぞれが微かに異なる音をギチギチと鳴らし合っていた。

まるで、会話をしているかのように――その甲高く、意味不明な音の波が空気を歪ませる。

 

だが次の瞬間、空気が裂けた。

 

斬撃――鋭利で、正確無比な一閃が空を舞い、集団を一気に切り裂く。

 

「――。」

 

無音のまま踏み込む影。その中心に立つのは、鋭い眼差しの女――カミエ。

銀に煌めく刀を片手に、一閃。

次の瞬間、虫たちはまとめて真横に両断されていた。

空を裂くような鋭い音がいくつも重なり、断末魔すら発する暇もなく、あらゆる方向から襲い来る剣閃により――全てが、止まった。

 

やがて残るは静寂のみ。

 

カミエは最後の一閃を終えた姿勢のまま静止し、僅かに呼吸を整えた。

残心――刀の余韻と殺意の波がゆっくりと消えていく。

そのまま彼女は血飛沫を払うように刀を一振りし、すっと鞘へと収めた。

 

視線を下へ向けると、一匹だけが息を残していた。

 

両の羽は断ち落とされ、足もすでに砕かれている。

虫はのたうつこともできず、ただわずかに三つの口をピクピクと震わせていた。

 

――まるで何かを、まだ語ろうとしているかのように。

 

「……想像以上にしぶといわね」

 

そう呟くカミエの背後に、黒服の構成員たちがワームホールから次々と姿を現した。

 

手慣れた様子で散らばり、虫の亡骸を慎重に回収していく。

血液の成分、組織片、口の構造、羽の切断面――すべてが調査対象だった。

 

そして生かされた一匹は、特殊な拘束装置と気密ケースに封じ込められ、丁重に隔離されていく。

 

「始めるわよ。ここでこれだけいるってことは、あそこにはもっといるってこと」

 

カミエは背を向け、構成員達が現れたワームホールへと消えていく。

彼女はすでに次の戦いを見据えていた。

 

* * *

 

ミイナの前に、白衣を着た構成員がひとつの透明なケースを差し出した。

中には、カミエに羽も足も断たれ、今にも息絶えそうな虫が――

それでも、3つの口をギチギチと動かし続けている。

 

ミイナはその虫を見るなり、顔をぐしゃっと歪めて、ベーッと舌を突き出した。

 

「バーカ!」

 

両手で顔の横に指を立てて変顔をしながら、虫をあざけるように笑う。

 

「鬼ババにボッコボコにされたんでしょ? ざまぁみろ〜!」

 

けらけらと笑いながら、ミイナは容赦なくケースに蹴りを入れた。

しかし、ケースは頑丈に作られておりビクともしない。

その反動でミイナのつま先が跳ね返され、「いったぁ〜〜〜いっ!」と床に座り込んで足を押さえる。

 

その様子を、虫はギチ……ギチギチ……と、どこか嘲笑うような音で鳴いた。

ミイナはぴたりと動きを止め、そのギチギチ音に眉をひくつかせる。

 

「……なに? 今笑った? 笑ったよね!?」

 

ムキーッ!!と叫んだミイナは、ケースを両手でわし掴みにし、そのままブンブンと振り回す。

 

「笑うなーっ! このバカ虫ーっ!!」

 

構成員たちは呆れたような、それでいて慣れきったような表情でその光景を見守っていた。

 

「ほーらほら、お前もここに来るってことは終わりだぞ~。あっちこっち切られて、輪切りにされて──」

 

ミイナはケースの中の虫を覗き込みながら、まるで幼い妹をいじめる姉のような口ぶりで脅し文句を並べる。

しかし虫は反応しない。静かに、まばたきもなく、ただその黒い複眼を彼女に向け続けている。

 

「……なに? 怖くて黙っちゃった? それとも、わたしの声、もう聞こえなくなった?」

 

虫に向かってそう囁くミイナの声には、かすかな期待と寂しさが混じっていた。

 

その様子を、一枚ガラス越しに数名の構成員たちが観察していた。

 

「……あの子、あんなにハキハキ喋ってるの、初めて見たよな?」

若い構成員が、手元のメモに鉛筆を走らせながら、ぼそっと漏らす。

 

「うん。いつもはもっと……眠たそうな感じだった。なんか、別人みたい」

横で書き込みながら頷く別の構成員。

 

「でも、あれ足ぶつけてたよね? けっこう痛そうだったし……誰か、医療品持ってきてあげて」

もう一人の女性構成員が立ち上がりかけて、ガラス越しに様子を窺いながら呟く。

 

「見てくるけど……あの子、今かなり集中してる。ヘタに近づいたらこっちが噛まれそう」

 

「まじでありえるから怖いよな、ミイナ。あいつ、『治療は許可しない』とか言いそうだし」

 

そんな気の抜けた雑談を交えながらも、彼らの手は止まらない。

ミイナの表情、口調、目線の動き。虫との距離感。虫の微細な反応。──一つ残らず記録されていく。

 

* * *

 

なんとか自宅に戻った晴臣はふらつく足取りで寝室へ向かった。

シャツのボタンは半分しか外せておらず、肩のラインに皺が寄っている。

「……今日、休もうかな」

その一言が、体の奥から絞り出した限界のサインだった。

 

ベッドに倒れ込むと同時に、まぶたが勝手に重くなり、視界の端がじわじわと黒く染まっていく。

意識の糸が緩んでいく、その最後の瞬間、

──ぴしゃっという軽い閃光が、瞼の裏を緑に染めた。

 

問いかける暇もなく、彼は意識の底へと滑り落ちていった。

 

 

水の中に引きずり込まれるような、あるいは掃除機のノズルに吸い込まれるような。

身体の輪郭が千切れて、何かに絡め取られていくような感覚。

それは夢ではなく、しかし現実でもなかった。

 

晴臣の眠るベッドの下から、

ぬるり、ぬるりと這い上がってくるものがあった。

まるで海底から伸びてきた深海の触手のような、

黒紫色の、ぬめった管が何本も、静かに、だが確実に──

彼の足元、指先、肩先へと、無数の手を伸ばしてくる。

 

ベッドシーツに染みを作りながら、それは音もなく、彼を捕えようと迫っていた。

 

──しかし。

 

 

空間が、ぱちんと弾けたような気配とともに、再び緑の光が現れた。

 

まるで蛍の群れが一つに束ねられたような、粒子状の光。

それは触手の目前で旋回し、激しく点滅を繰り返す。

ひとつ、またひとつと光の帯が広がり、触手の間をすり抜けて──

あたかも威嚇する獣のように、触手の先端へ鋭くぶつかっては、彼らを弾き返していく。

 

どこか電子音にも似た音が混ざり、光は晴臣の周囲を守るように回転を始めた。

緑の軌跡が彼の体を囲む結界のように編まれていく。

それを前にして、触手たちはわずかにたじろぎ、

……だが、引こうとはしない。

 

明滅する光と、蠢く闇の触手。

 

ざわ……と空気が逆巻いたような気配がしたかと思うと、

晴臣を取り囲んでいた触手たちが、不意にピタリと動きを止めた。

 

緑の光は、なおも彼の周囲を旋回していたが、

敵の動きが止まったのを確かめるように、その軌道をゆっくりと緩め──

 

まるでため息でもついたかのように、緑の粒子が一瞬だけ、淡く光った。

 

静寂。

 

その間隙を縫うように、触手たちは音もなく後退しはじめる。

ぬるり、と粘ついた動きでベッドの下へ。

壁の影へ。

床の隙間へと溶けるように消え、

ついには痕跡すら残さず、その場から姿を消していった。

 

緑の光だけが取り残され、静かに晴臣の上でホバリングを続けていた。

 

……だが、事態は終わってはいなかった。

 

今度は少し離れた部屋の隅。

床にうっすらと影が差し、そこから束ねられた触手が音もなく現れる。

先程までの細く絡みつくようなものとは違い、

より太く、密に、「入り口」のように垂れ下がったそれは──

 

まるで舞台の暖簾のように、中央で静かに開かれていく。

 

くぐり抜けるように、人影がひとつ現れた。

 

目に刺さる赤いチェック柄のポロシャツを着たトオル。

整った顔立ちを台無しにする瓶底メガネに、首に巻いた「汐見市LOVE」のタオル。

 

「ちょっと誰?晴臣たそをきちんと寝かせようと思ったの、に?」

 

トオルはため息をついて話なすと、晴臣を囲う緑の光に言葉を失う。

 

緑の光が彼の出現に反応し、わずかに明滅を早める。

しかしそれは警戒というよりも、迷いに近い色だった。

 

彼は脂汗を流し、慌てつつも晴臣を指で指す。

 

「じ、邪魔しないから。晴臣たそがそのまま寝るとかわいそうじゃん?だから仰向けにして、タオルケット被せて、ちょと頬擦りして…」

 

部屋の空気が少しだけ冷たくなった気がした。

 

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