トオルは瓶底メガネの奥の目をぎらつかせ、鼻息を荒くした。
すぅ……と前傾姿勢になり、ゆっくりと、まるで獲物ににじり寄る猫のように晴臣へ近づいていく。
その瞬間──
緑の光が、ぱっ、と鋭く明滅した。
先ほどまでの迷いが、はっきりとした威嚇の色へと変わる。
光は円を描くように晴臣の上を旋回し、まるで「これ以上は許さない」と言わんばかりに、その身体を守る壁を作った。
「あー……そういう感じ?」
トオルは足を止めた。
落胆と、どこか納得したような吐息が同時に漏れる。
肩を落とし、首のタオルの端をいじりながら、苦笑いを浮かべた。
「わかってるよ……守ってるんだよね。
でもさ──このまま寝かせたら、首とか腰、痛くなるじゃん? タオルケットもかけないで……かわいそうじゃん、晴臣たそが」
正論を淡々と突きつけられ、緑の光は一瞬だけ迷うように点滅を緩めた。
それでも、その軌道は崩れない。
晴臣とトオルとの間に立ちはだかるように、静かに漂い続けていた。
緑の光はしばし迷うように揺れていたが、やがて威嚇の明滅を弱めた。
晴臣から完全に離れることはせず、ゆっくりと上空へ退き──しかし視線を外さぬ猛禽のように、警戒の輪を保ったままトオルの周囲を飛び回り始める。
「……おお、譲ってくれたんだ? ありがとねぇ」
トオルはにやりと笑い、すぐさま晴臣に近づき、その身体へと手を伸ばした。
慎重に、だが手つきは妙に手慣れて、彼を仰向けに直す。
その顔を見下ろした瞬間──口元からつぅっと、よだれが垂れた。
「……はぁ、尊みが深ぇ……」
指先が、晴臣の髪へと伸びる。
撫でようとしたその瞬間──
バチッ!
「いだぁっ!?」
緑の光が鋭く飛び込み、トオルの手を弾いた。
静かな部屋に、思いのほか生々しい打撃音が響く。
反射的に手を引っ込めるトオルの前で、光はぴたりと停止──
次の瞬間、叱るように彼の顔面の目の前をぐるぐると飛び回った。
「頭はダメなのね! わかってるって!」
渋々といった様子で、トオルは枕元に置いてあったタオルケットを取り上げる。
その動作には未練が滲んでいたが、最終的にはため息と共に、ふわりと晴臣の身体にかけた。
緑の光は、ようやく点滅を落ち着ける。
しかしその軌道は依然として、トオルの一挙一動を監視するように動き続けていた。
タオルケットの端を整えながら、トオルは名残惜しげに視線を落とした。
その表情は、まるで推しのライブが終わった直後の客席のように、熱と寂しさが入り混じっている。
「今日はこの辺にしとくか……」
そう呟くと、まだ漂っている緑の光へ顔を向ける。
「なぁ、帰るから──最後に写真くらい撮らせてよ? 記念だし?」
その瞬間、緑の光がぱっと強く輝いた。
それは警告の点滅ではない。まるで「絶対ダメ」と全力で言っているかのように、晴臣の体の上でめいっぱい発光し、眩しさが室内を満たす。
「うわっ、まぶっ……っ!」
トオルは思わず目を細め、瓶底メガネを押さえながら後ずさる。
「……ちっ、また来るからな! 覚えてろ!」
半ば負け惜しみのように言い捨てると、彼は名残惜しそうにもう一度だけ晴臣を一瞥し、くぐってきた〈入り口〉へと足を踏み入れた。
触手の暖簾が音もなく閉じ、部屋には再び静寂が戻る。
残されたのは、眠る晴臣と、その上で警戒を解かぬ緑の光だけだった。