汐見市生活課!   作:ケン3ヴァルデン

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縄張り争い!

 

 トオルは瓶底メガネの奥の目をぎらつかせ、鼻息を荒くした。

 すぅ……と前傾姿勢になり、ゆっくりと、まるで獲物ににじり寄る猫のように晴臣へ近づいていく。

 

 その瞬間──

 

 緑の光が、ぱっ、と鋭く明滅した。

 先ほどまでの迷いが、はっきりとした威嚇の色へと変わる。

 光は円を描くように晴臣の上を旋回し、まるで「これ以上は許さない」と言わんばかりに、その身体を守る壁を作った。

 

「あー……そういう感じ?」

 

 トオルは足を止めた。

 落胆と、どこか納得したような吐息が同時に漏れる。

 肩を落とし、首のタオルの端をいじりながら、苦笑いを浮かべた。

 

「わかってるよ……守ってるんだよね。

 でもさ──このまま寝かせたら、首とか腰、痛くなるじゃん? タオルケットもかけないで……かわいそうじゃん、晴臣たそが」

 

 正論を淡々と突きつけられ、緑の光は一瞬だけ迷うように点滅を緩めた。

 それでも、その軌道は崩れない。

 晴臣とトオルとの間に立ちはだかるように、静かに漂い続けていた。

 

 緑の光はしばし迷うように揺れていたが、やがて威嚇の明滅を弱めた。

 晴臣から完全に離れることはせず、ゆっくりと上空へ退き──しかし視線を外さぬ猛禽のように、警戒の輪を保ったままトオルの周囲を飛び回り始める。

 

「……おお、譲ってくれたんだ? ありがとねぇ」

 

 トオルはにやりと笑い、すぐさま晴臣に近づき、その身体へと手を伸ばした。

 慎重に、だが手つきは妙に手慣れて、彼を仰向けに直す。

 その顔を見下ろした瞬間──口元からつぅっと、よだれが垂れた。

 

「……はぁ、尊みが深ぇ……」

 

 指先が、晴臣の髪へと伸びる。

 撫でようとしたその瞬間──

 

 バチッ!

 

「いだぁっ!?」

 

 緑の光が鋭く飛び込み、トオルの手を弾いた。

 静かな部屋に、思いのほか生々しい打撃音が響く。

 反射的に手を引っ込めるトオルの前で、光はぴたりと停止──

 次の瞬間、叱るように彼の顔面の目の前をぐるぐると飛び回った。

 

「頭はダメなのね! わかってるって!」

 

 渋々といった様子で、トオルは枕元に置いてあったタオルケットを取り上げる。

 その動作には未練が滲んでいたが、最終的にはため息と共に、ふわりと晴臣の身体にかけた。

 

 緑の光は、ようやく点滅を落ち着ける。

 しかしその軌道は依然として、トオルの一挙一動を監視するように動き続けていた。

 

 タオルケットの端を整えながら、トオルは名残惜しげに視線を落とした。

 その表情は、まるで推しのライブが終わった直後の客席のように、熱と寂しさが入り混じっている。

 

「今日はこの辺にしとくか……」

 

 そう呟くと、まだ漂っている緑の光へ顔を向ける。

 

「なぁ、帰るから──最後に写真くらい撮らせてよ? 記念だし?」

 

 その瞬間、緑の光がぱっと強く輝いた。

 それは警告の点滅ではない。まるで「絶対ダメ」と全力で言っているかのように、晴臣の体の上でめいっぱい発光し、眩しさが室内を満たす。

 

「うわっ、まぶっ……っ!」

 

 トオルは思わず目を細め、瓶底メガネを押さえながら後ずさる。

 

「……ちっ、また来るからな! 覚えてろ!」

 

 半ば負け惜しみのように言い捨てると、彼は名残惜しそうにもう一度だけ晴臣を一瞥し、くぐってきた〈入り口〉へと足を踏み入れた。

 触手の暖簾が音もなく閉じ、部屋には再び静寂が戻る。

 

 残されたのは、眠る晴臣と、その上で警戒を解かぬ緑の光だけだった。

 

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