胸のあたりに、ずしりと重い圧迫感。
息を吸おうとしても、肺に空気が入りきらない。
その不快さに眉をひそめ、晴臣はゆっくりとまぶたを持ち上げた。
視界の中央に、ふわふわとした髪が広がっている。
色も形もぼやけていて、まだ夢の続きかと錯覚する──が、重さは確かに現実だった。
焦点が合う。
そこにいたのは、自分の胸の上に仰向け……いや、ほぼ大の字でのしかかる、見知らぬ少女。
大型犬のような安堵感と圧迫感を同時にまとった存在感。
彼女は盛大なイビキを響かせ、まったく遠慮なく腕や脚を投げ出している。
しかも──
「……」
晴臣の顔の右頬に、彼女の握った拳がずっと押し付けられていた。
ぐいぐいと、寝返りに合わせて押し付け位置が変わるたび、鈍い痛みが走る。
寝顔はあどけなく、しかし腕力は容赦がなかった。
「……だ、れ?」
思わず晴臣の声が漏れた。
その瞬間、部屋に満ちていた規則正しいイビキが、ぴたりと途絶える。
少女の身体が、びくりと小さく震えた。
そして──上半身だけ、バネ仕掛けのように跳ね起きる。
その動きは妙にぎこちなく、ゆっくりと……まるで壊れかけの扇風機の首振りのように、
ギギッ……ギギ……と振り向いていった。
視線が合った。
もさもさとした癖っ毛の茶髪。
翡翠色の瞳は、まだ夢と現の境目を漂っているように柔らかく揺れている。
着ているのは、飾り気のない素朴なワンピース。
全身からにじむのは、まさしく大型犬──ゴールデンレトリバーを思わせる、のんびりとした温もりと人懐っこさ。
晴臣と少女は、そのまま無言で見つめ合った。
時間が止まったかのように、互いの呼吸音だけが静かに重なっていく。
見つめ合っていたその時、不意に少女の瞳がぱちりと大きく見開かれた。
そして、口から飛び出したのは一言。
「…ヤベッ!」
次の瞬間、彼女は素早く身をかがめ、晴臣の胸元にかけられていたタオルケットを、ばさりと跳ね上げる。
その布はふわりと宙を舞い──晴臣の顔面をすっぽりと覆った。
「っ、なに──!」
咄嗟に手を伸ばし、タオルケットを払いのける。
目を出した時には、少女はすでにベッドから飛び降り、ドタドタと逃げ腰で部屋の出口へ向かっていた。
「待て!」
晴臣の手が、床に滑り落ちたタオルケットを掴む。
そのまま勢いよく放り投げるように、逃げる少女の背へ──
布はするりと胴に巻き付き、彼女の動きを見事に封じた。
「わっ、わわわっ!?」
慌てて足をばたつかせる少女を、晴臣は布端を引き寄せながらしっかりと捕まえる。
タオルケットがきゅっと締まり、少女は身動きが取れなくなった。
晴臣はタオルケットでぐるぐる巻きにした少女を問い詰めようとしたその瞬間、少女が顔をしかめ、鼻息も荒く叫ぶ。
「ばーか! あーほ! 放せヘンタイ!」
まるで小学生の喧嘩のような、幼稚極まりない罵りを浴びせながら、全身でじたばたともがく。
布はきしみ、晴臣の腕にかかる負担も増していく。
「はぁ……」
深くため息をつき、頭を抱える。
どう扱えばいいのか決めあぐねていると──
カチャリ。
寝室のドアが、向こうから静かに開いた。
現れたのは真琴だった。
彼女は部屋に踏み入るなり、目の前の光景──ベッド脇でタオルケットに包まれた少女と、それを押さえ込む晴臣──を見て、固まった。
「……え」
その一瞬の硬直。
少女は好機と悟ったのか、身をひねってタオルケットの隙間を抜け出すと、ドタドタと足音を立てて真琴の横をすり抜けた。
廊下へ飛び出し、あっという間に姿を消していく。
取り残されたのは、部屋の入り口で固まったままの真琴と、ベッド脇に立つ晴臣。
その静寂を破ったのは、真琴の低い声だった。
「……事案?」
怒気を徐々に滲ませながら、搾り出すように晴臣を見据えるその目は、笑っていなかった。