お天気ニャンコが今日も征く 作:インチネ・ズィ・マゼタルーノ
思いついたから書き始めました。
思いついたら続きを書きたいと思います。
吾輩は『ネコ』である。
吾輩がかつて読んだ書物にて、吾輩は己がネコなる者と知った。それに思う所はない、吾輩は吾輩である。ネコなる種であると知って何になると言うのか。
吾輩は『ネコ』である。
名はある。
吾輩に相応しい、気高く、賢く、美しい名を複数持っている。
例えば、朝。吾輩は空を見て、いくつかのお気に入りの場所でヒトを見ている時だ。
ヒト等は吾輩の事を、恭しく『お天気ニャンコ』と呼び頭を垂れる。
例えば、昼。足下の黒が短くなった頃、吾輩が過ごしやすい場所で休んでいる時だ。
ヒト等は吾輩の事を、『かわいい』と呼び食料を献上しにやって来る。
例えば、夕。縄張り内の見回りをしている頃、よく光る建物から出て来たヒトを見付けた時だ。
ヒト等は吾輩の事を、『ネコサン』と呼び平伏する。
例えば、夜。
吾輩が世話しているヒトの老体を守る為、その姿を見守っている時だ。
ヤツは吾輩を『タマ』と呼び、今日は何処へ行っていたのかと問う。ヒトとは哀れにも、吾輩らネコの言葉が解らぬと言うのに、ヤツは楽しそうに吾輩の話を聞くのだ。
ヤツが吾輩を『タマ』と呼ぶ。
だから吾輩は、ソレが気高く、賢く、美しい名である事を知っている。
故に、ソレらもまた、ソレと同じ意味なのだろう。
吾輩は『タマ』。
ネコの『タマ』である。
最近は……いや、かなり前から、ヒトの老体の世話をしてやっている。
ヒトと言うのは不思議なもので、この老体もそうだが吾輩がまだ、モノを知らぬ子ネコであった頃から老体は老体のままである。
吾輩と同じネコの老体を看取った事もあるが、このヒトの老体程永くは生きておらなんだ。
ヒトと言うのはつくづく不思議なモノであるからして、産まれながらに老体なのかと思えば、ヒトの幼子というものがある。この老体が『マゴ』だとか『ヒマゴ』だとか呼ぶモノだ。アレらにはまるで知性というものがなさそうな、呑気な寝顔を晒したかと思えば、狂ったように鳴き叫ぶのだから困ったモノだ。
吾輩が子ネコであった頃でも、もう少し
さて、吾輩がヒトとの関わりについてを長々と語ったのは訳がある。
ヒトの幼体。この『ヒマゴ』と言う個体に、吾輩の靭やかな尻尾を握られておるのだ。普段であれば決して触らせはせぬのだが、今回は吾輩の不注意であるからして、この幼子を叱るのはオカド違いである。
それに、幼子相手に道理を説くのも馬鹿らしいだろう。
して吾輩がこの珍妙なる『ヒマゴ』の傍に控えるのは、かの老体の意向である。吾輩とて暇ではないが、老体に見てやってくれと頼まれてしまえば仕方がない。
吾輩から見てもこの『ヒマゴ』はか弱いのだ。放っておけば『カラス』やら『ヘビ』やらに簡単に食われてしまうだろう。ましてやヒトは、吾輩らネコとは違ってキバもツメも持たぬのだ。誰かが幼体を守ってやらねばなるまいて。
故に傍で控え、外敵が居らぬか、ゆらゆらと尾を揺らして警戒しておったのだ。
…まぁ、この場所でなら、コレでも良かろう。
ここは吾輩の住処である。日々の巡回のお陰で安心して眠ることの出来る吾輩の城である。コレには如何に空を翔けるカラスでも、
タン、タン、タン、と老体の足音がする。
用事を終えて戻って来たのだろう。
そうすれば、吾輩は再び自由に動く事が出来る。
が、今日くらいは、吾輩が老体も幼体も守ってやろう。この老体は、身体は大きいクセに中々に不注意であるから、うっかりケガを負いかねないのだ。
不足無いか、吾輩が2人を見てやるから安心するが良い。
漱石スゲえよ、マジリスペクト。