※かっこいい、責任感のある主人公はいません。結構考え方は最低かも。
花嫁候補も火花散らしています。
結婚は人生の墓場、先人が残した名言通り今の僕は墓場の手前にいる。大きな目的があるとはいえ気ままな独り身を続けて好きなように旅をするつもりだったのに、天空の盾があるという情報を得て訪れたサラボナで、何故か天空の盾を手に入れるはずがルドマン家の娘フローラの婿選びに参加してしまい、その条件として提示をされた炎のリングと水のリングを手に入れて天空の盾とフローラを見事手に入れる……はずだった。正直に言うとフローラは余計なおまけで丁重にお断りしようと思ったんだけれども、断るどころか今度は嫁の選択肢が増えてしまってとてもじゃないが嫌だと断ることが出来なくなっている。というのも水のリングを手に入れる直前、子供の頃に出会ったビアンカと再会を果たしリングを手に入れるためにいろいろと協力をしてもらっている。で、リングをルドマン邸に届ける時も外で待ってれば良いのにわざわざ付いて来てくれて、そこで話がややこしくなったんだ。
「ビアンカさんはアベルさんのことがお好きなのでは……?」
そう、フローラのこの一言が事態を混乱させるきっかけになり、気持ちを隠したまま結婚をさせてしまったら後悔するのではないかと言い出したことでルドマンさんもならばどちらを花嫁にしたいか選べと言い出して……結局逃げ道を塞がれてしまった格好になった。
フローラかビアンカか……正直に言うと、どちらが良いかと言われてもどちらも興味が無い。ビアンカは姉御肌で僕の好みじゃないし、フローラは一言二言話した程度でこれといった印象がない。天空の盾はどちらを選んでもくれるというからとりあえずの心配はいらなくなったものの……嫁というオプションはいらないんだよな……。
幼い頃に奴隷として捕らわれてからかなりの年月楽しいことも何も知らないまま育ってきた。ようやく逃げ出せた頃には僕もすっかり大人になっていて、子供の時には入れなかった場所に行けるようになってそれはそれは楽しい思いをしたものだ。例えばオラクルベリーのカジノとか、ポートセルミの酒場で踊りを見ながら酒を呑んでみたりとか、後は女の人を買ってぱふぱふをしてもらうとか……勿論母親を助けるために勇者を探す旅の途中とはいえ、多少の潤いが無ければ僕もやっていられない。ただでさえ日々命を懸けた戦いに身を投じているわけなんだから何処かでストレスを発散させないと全てを投げ出したくもなる。
酒場で聞いた話じゃ嫁を持てば自由に金を使うことも出来ないし、カジノや踊り子を見ることも嫌がられる。当然ぱふぱふなんて以ての外、子供が出来れば今度は子育てに忙しくなって嫁は女ですら無くなるという。男の忍耐力が試されるなんてまさに地獄、結婚は人生の墓場と言われるのも無理は無い。
一晩よく考えてみろ、そう言われたがその夜は結局酒場に行って酒を呑んで貴重な時間を潰しただけだった。酒臭くならない程度には抑えたつもりだけど、いい酒ではなかったと思う。これが最後の酒か、と思うと本当に泣きたくなって仕方がなかった。町中は僕の嫁選びのことで持ちきりだし、もうこのまま天空の盾をこっそり持って逃げてしまおうかとさえ思ったくらいだ。盾が納められている宝箱に鍵がかかっていて開かないとかこの際関係ない。宝箱ごと持って行ってしまえば問題はない。幸い僕にはルーラという最終手段がある。ルドマン邸の外に持ち出してルーラを唱えてしまえば何処へでも行けるはずだ。箱はその後じっくりと壊せばいい。けれどもそれが出来なかったのはルドマンさんが何かを察知したのか天空の盾が入った宝箱のある部屋に落ち着かないとか何とか言い訳をしてでんと座っていたせいだ。僕の悪巧みを見抜いていたのかもしれないと思い、強奪することもなく宿に引き返した結果が今の状況……つまり、二人の女を前に嫁選びをしなければならないといった状況だ。
「ちょっと待ちなさい!」
どうやってこの状況を切り抜けよう、そんな風に思っていたところに飛び込んで来たのはフローラの姉であるデボラ。結婚には興味が無いと言って散々人を馬鹿にしていた女がこの期に及んでで嫁候補に名乗りを上げてきたから僕も笑うしかない。僕にとっては意味のない三択……選択肢が増えた分だけ余計に事態はややこしくなった。
ビアンカ、フローラは先にも言った理由で僕の選択肢にはない。だったらデボラ……というのも嫌だ。無駄に気が強いだけの女なんか側に置いたって僕が苦労するだけだ。ああいう女は絶対に男を奴隷としか見てない。自分の要求が叶えられないと分かった時の豹変ぶりは簡単に予想出来る。ルラフェンで遊んだ女がそのタイプで、我儘放題に付き合わされて辟易したんだ。だからデボラは絶対にない。結局どれも僕の中では無いんだから選びようがないわけだ。
さて、どうしよう……黙っていても事態は進まない。決められないから今回はなしということで、という結論に持って行ったら間違いなく天空の盾は手に入れられない。流石にここまで苦労しておいてそのオチは困る。困るけど……本当に嫁はいらないんだよなぁ……。
「どうした、アベル殿。選択肢が増えて困ってしまったか?」
ああ、困っている。選びようのない選択肢ばかり増えて本当に困っている。こんな選択肢ならいっその事入り口に立つおばちゃんが候補に入ってくれた方がまだ気が楽だった。もうこの際その手で行くか? いやだが、あのおばちゃんが既婚であるという保証はない。ひょっとしたら未だ独り身かもしれないし、万が一そうだった場合墓場どころの話じゃない。人生を溝に投げ捨てたようなものだ。だったら男が好きなんだということにしてルドマンさんにアプローチをして、とも思ったが、ルドマンさんが両刀使いではないという保証もない。妻子がいるから男が駄目、というわけではないことは長い旅の中で知ったことだ。同性が好きだと周りから良い目で見られないからわざと結婚をして隠れ蓑にしているというのはよくある話、旅の途中で夫の様子がおかしいから調査をしてくれと頼まれたこともある。提示された報酬がなかなか良かったから引き受けたものの、結局旦那さんの性癖が明るみになって大惨事になって大変な思いをしたのはしっかりと記憶に残っている。結婚をしたけれども奥さんに触れることが出来なくて、已む無く養女を貰った……という可能性も考えられる。迂闊なことをして大惨事に発展するのは嫌だ。僕にそっちの趣味はないのだから。
「え、ええ……まぁ……」
優柔不断な男ね、とデボラがすかさず言ってくるが、だからお前は相手にしたくねぇんだよ、と悪態を吐きたくて堪らない。言うとややこしくなるだけだから何も言わないだけで。
……もうこの際、正直に言ってしまった方が良いだろう。僕もこのまま無理に嫁を選ばされるのは御免だ。いや待て、わざわざ株を下げるようなことを言わなくても嫁はいらない、そう言えるだけの環境に身を置いているじゃないか。いくらルドマンさんだって具体的に僕が置かれている状況を知れば可愛い娘を差し出したいとは思わないはずだ。ビアンカだって無理にとは言わないはず。
「ルドマンさん、ずっと悩んでいましたが……この結婚、僕は誰も選ぶわけにはいかないんです」
「なっ、なんだと!?」
いきなりこんなことを言われりゃ素っ頓狂な声を上げたくなるのも分かる。きっぱりと拒まれた女三人も驚いているから、選ばれなかったことを想像していても、結婚そのものを拒まれるとは予想もしていなかったんだろう。
「僕は今、母を助けるために伝説の勇者を探す旅をしています。そのために天空の盾を必要としている、という話は既にしていますが……その旅は過酷を極め、何度も命を落としかける場面にも遭遇しています。今回の炎のリングと水のリング、どちらも手には入れましたが、この二つを手に入れるためにかなり危険な目にも遭っているんです。僕も一歩間違えばアンディのように大怪我を負って戻って来たことでしょう。そんな危険が、僕の生き方には日常的にあるんです」
そう、どんなに遊んでいると言っても僕の旅には常に危険も付きまとう。僕の生き方は普通に町で暮らしている人達には経験出来ないような生き方で、ビアンカはともかく温室育ちのフローラやデボラに耐えられるとは思えない。
「フローラさんやデボラさんはルドマンさんの大事な娘さんです。そんな危険な旅をしていつ帰るとも分からない夫を待ち続けるなんて酷じゃないですか。ビアンカもお父さんに心配をかけるわけにはいかないだろう? それに、付いて来られても僕は自分の身を守ることは出来ても誰かの身を守ることは出来ません。実際、魔物との戦いでは自分の身を守ることで精一杯なんです。それほど過酷な旅である以上……相手を不幸にすると分かっていて選ぶことは出来ません」
きっぱりと言い切った僕にルドマンさんは難色を示していた。僕の身の上、さらりと話をした程度できっちりと深く話したわけではないからそうくるとは思わなかったんだろう。親の立場であればそんな男のところに嫁入りするのは止せ、そう止めるに決まっている。これで嫁を持たずに気楽な旅が楽しめる……そう思っていたというのに。
「やだ、素敵じゃないの。優柔不断で小魚みたいな奴だと思ってたけどそこまで真摯に考えてくれていたなんて……いいわ、私があんたの嫁になってあげる。パパ、それでいいでしょ?」
デボラの唐突な発言に空いた口が塞がらなかった。何故そういうことで話がまとまるんだ、そう僕は言いたくて堪らない。別にお前らのことなんか真摯に考えて言ったわけじゃない、嫁なんか迷惑だからいらないって意味で言ったのに……くそ、この女空気も読めなかったのか?
「いいえ、お姉さん! 私がアベルさんのお嫁さんになりますわ!」
続いて名乗りを上げたフローラに軽く目眩を覚えた。何故ここで二人目が出てくる。危険な旅になるって話をしたのにどうしてフローラまで……一番何も出来なさそうなフローラに嫁になられても正直言って迷惑だ。……ルドマンの娘達は空気を読むってことが出来ないんだろうか。
「悪いけど、私も黙っているつもりはないわよ? アベルのことを一番よく知っているのが私なんだから、ぽっと出の二人には譲れないわね」
ビアンカは空気を読んで身を引いてくれるだろうと思いきやこの発言……本気で泣きたくなった。何故だろう、僕はやんわりと断ったはずなのにどうして彼女達の心に火を付けてしまったのだろう。一体何処で間違った。正しい選択をしたはずなのに……。
「ぽっと出ですって? 田舎女はすっこんでなさい、私はあの小魚の男気に惚れたんだから」
「田舎女ですって!? 貴女はただ高飛車なだけじゃない! お金持ちのくせにその歳にもなって男がいないなんて……本当は相手にされないから一生独り身を貫こうとしたんでしょう? それを妹が先に嫁に行きそうだからって横取りするような真似して……いやぁねぇ、恥ずかしいったらありゃしない」
「何ですって!?」
一触即発、デボラとビアンカの熱い戦いが繰り広げられそうだ。これがオラクルベリーのカジノだったら白熱した試合になりそうだと思うのに……ああ、何でこんな場面で女の戦いが繰り広げられるんだ。一番良く分かっていると言ったって、実際過ごした時間は二人とそれほど大差がないじゃないか。子供の頃だって長い間側にいたってわけじゃないんだ。水のリングを取りに行ったのもかかった時間は二日くらいだから五十歩百歩だろう。なのにどうしてビアンカにそこまでの自信があるのか分からない。
「二人共止めて下さい! 元々今回の話は私の婿選びであったはずです! 外野は出て行って下さい!」
「貴女ね、何も知らないお嬢様のくせに何言ってんのよ! アベルの足手まといにしかならないくせに大きな顔するんじゃないわよ!!」
今度はフローラも交えての戦い……もう嫌だ、こんな展開になるくらいなら馬鹿正直にまだまだ遊びたいから結婚したくありませんって言えば良かったんだ。天空の盾はやらないって話になったら強奪して出て行けば良かっただけのことで……波風立てないようにと気を使った結果がコレだともう泣きたくて仕方がない。
「いい加減にしなさい!!」
大広間で壮絶な戦いが始まろうとしていたのを止めたのはルドマンさんの一喝、頭に血が昇っていた女達は一瞬で大人しくなってしまった。こういう時、年長者の怒鳴り声はいい。一瞬で場を静められるから。
「コホン……ともかく、三人がアベル殿と結婚を望んでいることはよく分かった。そしてアベル殿の事情もな。……わしは間違っていたのかもしれん。この三人のうち誰かを嫁に選ばせるなどと、そのようなことをせず初めからこうしておれば良かったのだ」
僕の話を分かってくれたのか、と思ったがどうにも嫌な予感がする。この嫌な予感という奴は魔物との戦いで培ってきたものだから当たる確率が高い。
「アベル殿、この際三人と結婚してはどうかな」
やっぱり嫌な予感が当たった! しかも三人と結婚しろとかどういう考えをしてるんだ! 確かに三人の女を嫁にしてはならないという決まりはない。決まりはないけど、今のやりとりを見ていて僕が苦労するのはもう目に見えているじゃないか!
「ルドマンさん! 聞いていたでしょう!? 生きて戻って来れるかどうかも分からない旅をしている男に嫁なんて」
「まあまあ……アベル殿の言うことも分かる。わしも出来ればきちんと娘達を幸せにしてくれる婿殿の方が良いと思うわい。しかし、もうアベル殿の嫁になると頑なに決めてしまっている以上、ここが手の打ちどころであろう。結婚式の費用はこちらで持つ、それに天空の盾もやろう! ……それで、手を打ってはくれんか」
手を打てって……冗談じゃない。こんな面倒な花嫁なんかこちらから願い下げだ。まだまだ気ままに旅をしていたかったというのに……これじゃ、定期的にサラボナやあの村に行って顔を出さなきゃならないじゃないか。
「パパ、言っておくけど私はアベルに付いて行くから。いつ帰って来るかも分からない夫の帰りを待つなんて私は嫌よ」
「お父様、私もアベルさんに付いて行きます! 今は戦う術もありませんが、アベルさんのお役に立てるように努力しますから!」
ちょっ……ま、待って! 本当に待ってくれ! 付いて来るつもりでいるのか!? 勘弁してくれ、これじゃ余計に遊べなくなるじゃないか! この面倒な女達の面倒を見ながら旅を続けるなんて出来っこない。
「勿論私も付いて行きますからね。そこの二人だけじゃ不安ですもの。金銭管理だってまともに出来るとは思わないし」
さらりと言ってくれたビアンカに反論しない二人は金銭感覚がおかしいという自覚があるようだ。ビアンカは宿屋の娘、金銭管理には厳しいだろう……というのは分かるけれど、それだと僕が使えるお金がぐっと少なくなってしまいそうだ。
あああ……どうあっても花嫁を拒否することが出来なくなりそうだ。しかも僕の旅の邪魔までされる始末……もう泣きたくて仕方がない。それもこれも、ルドマンさんが大人しく天空の盾を渡さなかったのが悪いんだ。この際しょうがない、嫁のことは諦めよう。ならこちらも一つ条件を付けてやろう。
「分かりました。では、お嬢さん達を旅に連れて行くにあたって僕からも条件が。彼女二人の生活費はルドマンさんで負担をして下さい。こっちも収入が安定しているわけではなくなるべく貯金分を作ろうと生活を切り詰めてるので、余分なお金は使えません。不自由な生活を少しでもさせたくないと思うのならばお願いします」
「むむ……分かった。ならば仕送りはさせてもらおう……」
無邪気に喜ぶ三人の女達とは打って変わって僕は生きたまま墓に押し込められたような気持ちになっている。その経験は子供の頃にビアンカがしているけど、あの時はこんな気持ちだったんだろうか、と今になって思う。
僕の人生の墓場は嫁を三人も貰うという形で訪れてしまった。泣きたいけれどももうどうにもならない。開き直って彼女達を僕の都合の良い妻に仕立ててしまうのもまた手かもしれないけれど……そうなるには一年や二年ではどうにもならない気がする。何十年もかけて出来るかどうか賭けのレベルだ。僕も賭け事は好きだけれども分の悪い賭けはしたくない。勝算のない賭けはもっと嫌だ。
こうして僕は三人の女の夫になり、ルドマンさんは急遽花嫁衣装やらヴェールやらを二人分追加しなければならないということで準備に追われ、その間僕達はルドマンさんに頼まれてサラボナから少し離れた場所にあるツボを見に行ったりビアンカのお父さんであるダンカンさんに結婚の報告をすることになった。三人の妻のうちの一人、という立ち位置に激高するかと思いきや、かなり複雑そうな顔をされたもののそれも仕方がないと早々に割り切ってくれたのは物分かりが良すぎると思った。普通はふざけんなと怒鳴り込みに来たっておかしくない展開なのに、どうもルドマンさんもダンカンさんも常識に囚われない人みたいで溜息が出る。
本来ならば僕達がツボや結婚の報告に出掛けている間にヴェールが出来上がる予定だったのに、急遽二人分増えたことで受け取りに行ったら出来上がっていないと言われた。何日かかかるのであれば旅の準備をするとか何とか適当な事を言って独身最後の宴とばかりにカジノへ行ったのに、一晩経てば出来上がるとそんな話になっていて結局出掛けることも出来ずに宿屋に泊まることになってしまった。諸々用事を終えて戻って来た時には既に夜になっていて、しかも女達は僕を離したくないとばかりに宿の四人部屋で寝ると言い出す始末。もういい加減にしてくれと怒鳴りたいこちらの気持ちなどお構いなしにさっさと寝る女達が憎たらしくていけない。用を足しに行くふりをして宿屋の外に出た僕は、何だか悔しくなって酒場に駆け込んだ。
「いらっしゃい……って、あら。花嫁さん達放って飲みに来ていいの?」
店にいたバニー姿の給仕にそんなことを言われて苛立ちが隠せなかった。適当に座って酒を注文する僕に何も言わずにマスターが弱めの酒を出してくる。今は出来れば強い酒が飲みたかったというのに……本当、気が効きすぎて腹が立つ。
「これから結婚をしようって人の顔じゃないねぇ……まるで、首を落とされる前の囚人みたいだ」
上手い喩えをしやがって、と乾いた笑いしか出てこない。そんなもん当たり前だ、と叫びたいのを堪えて出された酒を一気に煽った。
「……天空の盾が欲しくてルドマン邸に行ったら何故か花嫁選びに巻き込まれ、結婚なんか全然考えて無かったのに三人の女と世帯を持たされて……この地獄が分かるか!? ……ただでさえ死と隣り合わせで神経すり減らしながら旅してるってのに、これ以上神経すり減らされるようなものは欲しくないんだよ……カジノで遊んだり踊り子さん見たりして投げ出したくなるような日常をどうにか凌いで来たのに、それすら出来なくなったら今度は何処でストレス発散したら良いのか……こんなことなら花嫁選びになんか参加しなけりゃ良かった」
おかわりと酒を持って来させ、またそれを一息で煽る。ジュース程度の軽いものをわざわざ持ってくる辺りが腹が立つ。バギマで店ごとふっ飛ばしてやろうかと思うけれども、こんな僕の愚痴に対して渋い顔をするだけで否定をしないからまだ踏み止まれる。
「まぁ……結婚は人生の墓場と言うくらいだからねぇ……、確かにあれだけお膳立てをされた上で花嫁を選べと言われたら、どっちもいらないとは答えられないからねぇ」
マスターの言葉に何だか泣きそうになった。誰も彼もが嬉しくない祝福の言葉をかけてくれ、僕の本当の気持ちには共感してくれなかった。ここにきて、やっと零せた本音を共感してもらえてそれだけで気持ちが楽になったような気がする。しかし、最近の僕の事情を鑑みるに楽になって終わりで済むはずがなかった。やっと上向きになった気持ちが急降下したのは、こんな僕の愚痴をいつの間にか酒場に来ていたビアンカが目を細めて聞いていたせいだ。
「ビ、ビアンカ……」
流石にこれは不味い、そう思ってももう取り返しがつかない。そんな風に思ってたんだ、と言いたげなその眼差しはどう考えても良い方向には転ばない。今更嘘です、冗談ですと言ったところで何の意味も無いし、その言い訳はますます状況を悪化させるだけだ。殴られる程度で破断になってくれれば僕としては嬉しい事この上ないけれども、天空の盾が手に入らないのは流石に困る。そもそも何でこんなことになっているのかと言えば、天空の盾が欲しくて危険な目に遭いながら二つのリングを手に入れたせいだ。全く嬉しくない余計なオプションとはいえ、これから式を上げようとしている段階で花嫁に逃げられたらルドマンさんの立つ瀬がない。下手に機嫌を損ねて天空の盾が手に入らなくなったら困る。
どうしようと戸惑う僕の前で、ビアンカは意外にも怒りを露わにせずただ深い溜息を吐いて僕の隣に座るだけだった。
「……やっぱり、そういうことだったのね。アベルが結婚なんて言うからおかしいと思ったのよ」
さらりと言ってくれたその言葉に、僕は間抜けな声を上げることしか出来なかった。呆れた表情で僕をちらりと見て溜息を吐くビアンカは、僕の考えていることなどお見通しだと言わんばかりだ。
「アベルのこと、よく分かってるって言ったでしょ? 水のリングを手に入れるために一緒に付いて行ったけど、その時フローラさんのことを聞いたの、覚えてる? あんまり話もしなかったって言ってたし、それ以前に全然嬉しそうじゃなかったんだもの。結婚したいのならもっと嬉しいとかそういうのが表に出ていていいはずなのに、アベルったら全然……本気で結婚したいんじゃないんだなって思っていたわ」
ぽかんとしたのは僕だけじゃない。マスターも話を聞いていた給仕も同じようにぽかんとしている。女性は洞察力が鋭いと言うけれど、確かにそれはその通りだと思う。あの短い時間でよくもまぁそこまで見抜いたものだと感心さえする。でも、そうだとすると辻褄が合わないのは。
「ちょ、ちょっと待って、だったらどうして僕の花嫁にビアンカが?」
「あの場でああでも言わなかったら、断る機会さえも得られなかったでしょ? フローラさんが気を利かせてくれなかったら私が行動に出るつもりだったの。ルドマンさん、アベルの話なんか全く聞かずに結婚させようとしてたじゃない。商人っていうのはね、自分の思い通りにさせるためにはいろんな手を使うものなの。だから助け舟を、と思ったけど……結果は断るどころか貴方にとっては最悪の結末。それに私達のことを思って言ってくれてるわけじゃないと分かってても……痺れたわ、アベルの大嘘には」
カウンターに肘を付くビアンカは、鼻で笑って僕を見ていた。流石は宿屋の娘、商人の手口はお見通しか。それに騙されてたのはルドマンの娘二人……ビアンカには全部筒抜けだったわけだ。本当、ぐうの音も出なくて困る。
「まぁ……私もそろそろお嫁に行って父さんを安心させてあげたいと思っていたし、気心も知れない見ず知らずの相手とお見合いをして結婚するよりはいいかと思うことにしてる。それに、一人くらい貴方の腹の内を知っている人間が側にいた方がいいでしょう? デボラさんもフローラさんもしっかりしているように見えて世間知らずだし、これから無茶な要求をするのは目に見えてるわ。その時に貴方の味方が出来る人間が一人はいた方が、気持ちも楽なはずよ?」
「そう、かな……」
「どうであれ、置いて行くことは出来ないんだから今晩中に腹を括ることね。まぁ……私はたまに羽目を外すくらいならとやかく言うつもりはないわ」
ぽん、と僕の肩を叩いて酒を一息で煽ったビアンカはお代を置いてさっさと酒場を出て行ってしまった。言いたいことは言った、そんな後ろ姿がまた格好良くて余計に泣きたくなった。結局僕は嫁に頭が上がらないんじゃないか。手のひらで転がされていた方が楽と聞いたこともあるけれども……何だかこれから疲れる日々が待っていそうで考えるだけでも嫌になる。
そっとマスターが奢りだと言って差し出してきた酒を飲む。いよいよ泣きたくなってカウンターに突っ伏した僕を、下手に慰めずに好きなだけ泣かせてくれた。夜更けまでこんなことをやって宿に戻り、その翌日は案の定泣き腫らした目が酷いことになっていた。フローラやデボラはどうしたのかと心配してくれたけれども、心配してくれるのならば寧ろ放っておいてもらいたい。昨夜目が痒くてずっと擦っていたせいかもしれないとか何とか適当なことを言い、適当にホイミを掛けて回復させた後早々にチェックアウトしてルドマン邸へと急ぐ。山奥の村に行った時に取ってくる予定だったヴェールは出来ていないからと店主が直接届けてくれると話をしていたので、屋敷に既に到着しているかもしれない。そう思って屋敷に入ったら既にヴェールの用意が出来ていて、ならば当初の予定通りとばかりにルドマンさんが結婚式の準備にとりかかるようにと指示を出していた。
花嫁の準備が出来るまで、しばらく町の中を歩いているようにと言われた僕は、屋敷を追い出されて外を散歩している。酒場に行って酒でも、という時間でもないので広場の噴水に腰掛けてぼんやりと空を眺めるばかりだ。結婚式はこの街ではなくカジノ船で行うらしい。カジノ……出来れば結婚式でなく遊ぶ目的で行きたかった。僕が大好きなカジノで葬儀同様の結婚式を執り行う……カジノ通いも今まで通りには出来なくなる……笑うしかないな。
「おお、こんなところにいたのか。もう花嫁の準備は出来ておる。早く屋敷に向かうぞ」
わざわざルドマンさんが出迎えに現れ、僕を屋敷へと引っ張っていく。本当はこの準備の間にルーラでも使って適当に何処か行ってしまおうかと思った。けれども町の人はみんな僕に注目をしていて逃げる隙も与えてくれない。馬車の様子が気になるから、なんて理由で外に出ようとしてもきちんと見張っているから大丈夫だと言われるばかりで、一歩も町の外には出られなかった。
勿体ぶったようにルドマンさんが自分の家のドアを開く。玄関に立っていたドレス姿の三人は綺麗だったけれども見惚れるほどではなかった……と言ったら殺されるだろうか。彼女達の花嫁姿は僕にはどう見てもはぐれメタルの鎧のような最強の防御力を誇る鎧をまとった魔女にしか見えない。これから僕を縛り自由を奪うどんな魔物よりも恐ろしい魔物が武装している……自然と、終わった、という諦めが胸の中に広がっていく。
「アベル殿! 呆けてないで花嫁に言葉をかけてやらんか!」
「もう、あなたったら……アベルさんがデボラ達に見惚れていることくらい察して差し上げなさいな」
「お、おお、そうだったか……」
もう、こんなルドマン夫妻のやりとりに突っ込む気力も無く、僕はただ綺麗だ、と心にもないことを口にする。三人はとりあえず喜んでいたが……もう僕も腹を括るしか無い。どうであれもう逃げ場は無くなった。僕の楽しい娯楽の時間は遠い彼方に消え去った……ビアンカは多少は目を瞑るとは言ってくれているけれどそれも何処までかは分からない。何か、別の方法でストレスを逃がすように考えないといけないかもしれない。僕の好きなようにさせてくれるのかと言えば……多分この三人が揃ったらそれは無さそうな気がするから。
カジノ船へルーラで行こうという無茶ぶりを聞いて倒れた僕を甲斐甲斐しく世話していたという女達に連行されるようにして、カジノには似つかわしくない祭壇の前で誓いの言葉を述べさせられる。こんな欲望の渦巻く場所で信仰する神とは一体何なんだと言いたくて堪らなかったけれども、僕はもう神によって夫と認められてしまった。そこらの教会で奉られている神に認められるよりもカジノの神に認められたのならばそれで良いかと半ば自棄になりつつ、誓のキスを三人と交わして改めて人生の終わりを悟る。おめでとう、そんな祝福の言葉は僕には呪いの言葉……幸せという気持ちが微塵もないのに、何がめでたいのだろうか。
父さん、母さん……僕は今日、結婚をして三人の妻の夫となりました。男はハーレムが好きだと言いますが、癖のある女を囲うのは全然嬉しくありません。寧ろそういう女だけは遠慮したいと思っていたのに……僕は何か悪いことをしたのでしょうか。苦労の多い人生、少しは報われても良いと思ったのは間違いだったのでしょうか。こんな息子をどう思いますか? 誇らしく思って下さいますか?
「ちょっと、泣いてるの? 情けないわね、しっかりしなさいよ」
「まぁ……素敵なお式でしたものね。私も少し泣いてしまいましたわ」
こんな僕の心中など全く察していないデボラとフローラの言葉にバギマをかましたいほどの苛立ちが湧く。
「腹を括りなさい、もう逃げ場が無いんだから。ここを出る前に少し遊んでから行きましょう? 少しは気が晴れるでしょう?」
気の利いたビアンカの言葉に泣きたくなる。けれども何も分かってない二人は遊んでる暇なんかないとか何とか言ってそれを却下し、挙句の果てにフローラは僕が賭け事が好きじゃないとそんな妄想まで抱いていることを口にしていた。これにはビアンカも頭が痛いと言わんばかりで……これから先が思いやられる。
僕の人生、苦労が多い。波瀾万丈、そんな言葉通りに進んでいる……けれどもその言葉も目的を達成すれば全てが終わるわけじゃない。きっと生涯、こんな調子で進んでいくんだ。先程のカジノの話で一触即発状態になっている三人の女達を見て、僕は深く溜息を吐いた。