驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
「えーそれでは、チームアルケス緊急会議をここに開催します!」
ノルデンセミラミスがアルケスチーム棟を去ってすぐ、面談に使われた部屋から薄壁1枚隔てられた隣の部屋でサクラローレルがそう宣言した。
室内に集まっているのは音頭を取ったサクラローレル、面談をしていた明石椿、面談中この部屋で待機していた明石梧郎、サクラバクシンオー、ノースフライトの計5名である。
まず手を上げたのは椿の父親でアルケスのチーフトレーナーである明石梧郎だ。
「ちょっと説明してくれ。傍から聞いている限りでは想定通り進んでいたはずだろう。なのに最後のあの態度、一体何があった? 少なくとも最初は落ち着いた娘だったはずだ」
なお、最初にチーム棟前でジャージ姿で掃き掃除をしていたおじさんは明石梧郎トレーナーその人である。意外とジャージ姿で掃除していると初対面ならバレない上に、今日はトレードマークの眼鏡を外していたのでなおさらだ。
彼含めバクフーの3名は隣で聞き耳を立てていただけなので、声以外の彼女の様子は把握しきれていない。
椿トレーナーは困惑を隠せないような表情で答える。
「事前に組んだ想定問答どおりに勧誘したんですけど……。それがこう、Wiki見てパーフェクトコミュニケーション連打してたはずなのにバッドばっかり引いたような……」
「そんなアイドルをプロデュースするゲームじゃないんですから……。セミラミスちゃん、途中からどんどん顔色も耳の動きも変になってました」
ウマ娘の感情は主に耳や尻尾によく現れる。尻尾の動きはそれなりの家庭だと躾けられることが多いが、耳についてまで動きを制御することはよほどの名家でなければ行わないし、そもそも困難だ。
だからウマ娘の場合、目は口ほどにどころか耳は口よりも物を言う。
「困惑、不安、混乱、そして不機嫌。セミラミスさんから読み取れたのはそんな感情でしたね」
「万が一耳が寝たら止めようと思ってたけど、椿さんガンガン行くからびっくりしちゃった」
「うーん、そこはちょっと彼女の精神状態を読み違えちゃったかな。反省してる」
そう言う椿とサクラローレル。
ちなみに耳が寝るとは主に怒りや不機嫌を表し、正面から見えないほどだとマジで蹴られる5秒前である。
それに対して問いかけた3人は一様に考え込む。なかでも梧郎が口をへの字に曲げながら呟いた。
「なるほど……。こればっかりは、あんまり椿さんを責めるわけにもいかないでしょうね……」
「と、いいますと?」
「簡単な話ですよノースフライトさん。我々の事前予想が大きく外れていた、ということです」
そう言うと手元にあった湯呑みから茶をすする。
ここに集まった5人は共犯者であり、彼女が入学してきたときから勧誘のための準備は始められていた。
実際、この場の全員がスプリンターズステークスでの「あたしは、バクシンオーさんを超えるウマ娘に、ぜったいなります!」という宣言を直接聞いている。
当然ながらそれを前提にすべての作戦が組み上げられていた。
「我々は前提として、彼女が“サクラバクシンオーを超える”ことを目標としているとしてここまで悪巧みをしてきた訳です」
「ちょわ! ちょっとフライトさんと2人で育てようとしただけでそんな!」
「それがまさに悪巧みだって言われてるんだよバクちゃん……」
私を超えるウマ娘がいないというなら2人で育てよう計画、別名サクラ源氏計画(チヨノオー命名)をローレルに悪巧み呼ばわりされたバクシンオーはぷんすこと怒ってみせる。
そんなバクシンオーとローレルの漫才を目で制して梧郎が続けた。
「実際のところ、恐らく彼女はまだそこまで至っていません。“超える”と言いながら実際は“同じになる”ことが目標になっていたんでしょう」
そこにああ言ってしまえば、彼女の心が耐えられないのも当然でしょうねと言う。
模倣こそがアイデンティティを形成してしまっているのに、それを超えろと否定されては堪ったものではなかったんでしょう。自覚していたかはともかく。そう彼は結んだ。
「うむむ。その“模倣”というのは悪いことなのでしょうか。全生徒の規範たらんと走ってきた私としては、マネされるのはとても嬉しいことなのですが!」
「基本的には、バクシンオーちゃんのマネをするのは悪いことじゃないと思うよ。学業までマネしたらダメだけど。セミラミスちゃん成績いいみたいだし」
ちょわ!? と鳴くバクシンオーを無視して椿が後を拾った。
「マネしているのが“サクラバクシンオー”自身なら、ね。ひょっとしたらそうじゃないかもしれない。もしそうなら、逆にスカウトに失敗してよかったかも」
「どういうことです椿さん?」
「真似ようとしてお手本が横にあるのだったらいいけど、偽物が本物と会ったら死んじゃう、みたいな」
抽象的な話し方をした椿に、ローレルが疑問符を浮かべる。
例え話で応じるも、それもわかりやすいとは言えない。
だが梧郎トレーナーはううむと頷いた。
「……椿さんの言うことが正しいかもしれません。もしそうなら、“理想”と“現実”のギャップに耐えられなくなってしまうやも」
すなわち、彼女が模倣しているのはサクラバクシンオー自身ではなく、彼女の理想とするサクラバクシンオーという虚像だと梧郎トレーナーは推測した。
仮にそうであった場合、彼女の理想とする完全無欠の驀進王の虚像と短距離以外ではわりとドブカスだったりするサクラバクシンオーの実情との間でアイデンティティーの危機を迎えかねない。
「ちょわぁ……そんなに、ですか?」
「今のバクは彼女にとって眩しすぎるんだよ。あの娘がもう少し強くなるまで見守ってやれ」
彼女が理想という名の虚像に縋らなくても良くなるその日まで、バクシンオーのアラが見えるほど彼女に近づかせてはならないだろう。
あと意外と弱者の心がわからないバクシンオーが余計なことを言ってしまいそうだから。
それらを多重にオブラートに包んだ表現をしたトレーナーにたしなめられ、不承不承といった様子でバクシンオーは頷く。
すかさずノースフライトがフォローに回った。
「バクシンオーちゃんの気持ちもわかるよ。ようやく現れてくれた逸材だもんね」
「フライトさん……」
「でも、もうちょっとだけ待ってほしいんだ。あの娘が受け入れられるようになるまで。その時こそバクシンオーちゃんの出番だよ」
「フライトさんっ!!」
人目をはばからず抱き合っていちゃつきだした2人に、梧郎トレーナーがパンパンと手を叩いて軌道修正を図る。
「そうイチャつかないでください。育児方針で悩む夫婦ですか手前らは」
「いやぁ照れますねフライトさん、夫婦だなんて」
「無敵かこいつ……」
少なくとも短距離においてはわりとそうである。
梧郎トレーナーもそう思ったのか、ツッコミを諦めノースフライトに対して向き直った。
「……それはさておき、現状を考えると彼女に対するノースフライトさんの今を否定しない接し方は良かったと思います」
「ありがとうございます。どうしてもあの娘のことを放っておけなくて、もし妹が居たらこんなかんじだったのかなって」
「ご迷惑でなければ、引き続きバクのわがままにお付き合い願います」
そう言って彼は頭を下げる。
それに対しフライトは、そんな私も好きでやっていることですから、と頭をあげさせた。
そこへローレルが遠慮がちに話を戻しにかかる。
すなわち、結局この後どうするのかについてだ。
「まずプランA、つまり私が担当するってのは破綻した訳だけど……」
「となるとプランB、ですか。トレーナーさん達に手伝ってもらうのは無理ですね」
当たり前の話だが、他所のトレーナーのウマ娘に対して勝手に指導するのはご法度だ。もし問題になれば懲戒は免れられないだろう。
ただし、互いのトレーナーの合意があればその限りではない。合同練習や合宿、海外遠征時の支援などで複数のトレーナーやチームが組むことは前例がある。
最近体力の衰えを実感しつつある梧郎トレーナーはため息混じりにこう結んだ。
「まったく、俺があと10年若けりゃ自分でスカウトに行ったのに、年は取りたくないもんですな」
彼女の走法は明らかに後天的に矯正されたものだ。本来の脚質の癖が僅かに残っている。
だが経歴を見ても走り方を見ても本格的な指導者がついた形跡はない。つまり、彼女は自力で、映像だけを見てサクラバクシンオーを模倣しきったことになる。せいぜい小学生の時分に。
これはとんでもない才能だ。あとは精神面さえ追いつけばとんでもない逸材となるだろうに、みすみす見送らなくてはならないとは。
「……幸い、対抗の吉富も奈瀬妹も個人軍気味だから誘えば乗ってはくるでしょう」
「短距離ウマを育てるのに、バクシンオーさんと並走できるって聞いて断るトレーナーはいないと思います」
アホの子学級委員長な普段の様子とは裏腹に、短距離におけるサクラバクシンオーは最強と言っても過言ではない。
これは戦績に限らず指導面でもそうで、彼女が指導に関わったウマ娘の短距離での勝率は有意に高いという。椿の言う通り、彼女と練習できるのなら躊躇するトレーナーはいないだろう。
これを交渉材料にすれば色々と融通が効く。それが学園に勤めて長い梧郎トレーナーの処世術だった。
緊急会議もそろそろお開きと言ったところで、ノースフライトがふと疑問を口にする。
「そういえば、奈瀬菊代トレーナーはともかく吉富トレーナーのことはあまり存じ上げないんですけど、どんな方なんですか? 温厚誠実な方だとは聞きますけど」
「基本はそうですね。加えて言うなら曲者しかいない中央トレーナーの中でも比較的常識人です」
もっとも、そのせいで組合の会長なんて押し付けられて趣味の時間が全然取れないと嘆いていましたが、と笑う。
「私のイメージだと気性難の娘とか他のトレーナーとうまくいかなかった娘をよく拾ってるかな」
「ああ、そういう意味ではメンタル面で不安のあるセミラミスさんとウマがあうかもしれません。あとは教え子の怪我が少ないイメージがありますね」
「……怪我なんて、するものじゃないからね」
そうローレルが誰ともなしに呟き、その言葉を最後に会は締めくくられることとなった。