驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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099 秋春スプリント女王とヴィクトリアマイル(後編)

 鳴り響くファンファーレ。

 真っ先にゲートインした私に続き、次々とウマ娘たちが鋼鉄の檻へと収まってゆく。

 流石にG1だけあって、ゲート入りをイヤイヤするような娘はいない。

 

 ……一昨年のアレはほら、例外だから。

 本来ゲート入りに10分近くかけ、収まっただけで拍手が起こるというのは異常事態も異常事態である。

 

 

 さあ全ウマ娘ゲートイン、体勢が整った。

 

 息を吸って……、吐く。

 

 呼吸の深さを調節し、意識を深く沈み込ませる。

 

 視界の端で旗がひらめいた。

 

 ──ガシャン。

 

 扉が開いた瞬間、ゲートから飛び出す。

 揃ったスタートだ。

 

 我先にと内へ内へと切り込んでくる色とりどりの勝負服。

 やはり先行勢が多い。そう判断した私は無理せず位置を下げることにした。

 

 ざわり、とバ群に動揺が広がる。

 ふむ、なにかおかしなことでもあっただろうか。

 そのまま私は最内の白と黄緑の勝負服2番ブルーメンブラットのすぐ外につけた。

 前にはおおよそ6人、後ろ外側には9番ウオッカがいる。

 

 序盤の位置取りも落ち着き、長い直線を経て3コーナーへ。

 ペースは明らかに遅い。体感12秒かそこら、1000m通過は1分弱ぐらいだろう。

 安田記念の同57~58秒に比べて明らかなスローペース。

 ……事前予想の範囲内だ。

 

 スローペースは脚を溜められる先行脚質に有利で、直線一気や大外強襲をせざるを得ない後方脚質に不利。

 これは常識と言っていい。

 中団前寄り7番手でコーナーを曲がりながら前後をちらりと確認する。

 

 ここからの勝ち筋は2つ。

 

 1つは直線の入口でインを突くこと。

 コーナーではまだ重層になっているバ群も、このスローペースで余力を残している以上必ず横に広がって加速の準備をする。

 そうなればどこかしら隙間ができるのだから、そこを突いて進出する。

 その後はいつも通りのパターンだ。

 

 もう1つは、万が一インが開かなかった場合に外へ持ち出すこと。

 もし直線に入っても前が団子のままであったならば、当然外は空いているので出てしまえばいい。

 幸いペースは速くないので、仕掛けを待つ余裕がある。

 前は消耗していないだろうが、私も消耗していない。

 十分間に合う。

 

 負け筋などほとんど無い。

 逃げ先行のウマ娘には真っ向勝負になった時点で勝てる。

 差し追込のウマ娘はこの展開になった時点で届かない。

 1人を除いては。

 

 4コーナーのカーブを曲がりながら、ちらりと右後ろを確認する。

 黄色と水色のチューブトップ、その表情は前髪に隠れて伺いしれない。

 ……外に持ち出しつつあるな。あれは外から来る動きだ。

 

 視線を前に戻す。

 まもなく4コーナー出口、スタンドが視界に入ってくる。

 

 600mの標識を通過。

 直線に入ると予想通りバ群が大きく広がり始める。

 私の内を走っていた2番ブルーメンブラットも外へ外へと私を押し出してきていた。

 そろそろ抜け出すルートを考えたい。

 

 ……前を走る12番ヤマニンメルベイユと外を走る芦毛のジョリーダンスの間が1レーン弱空いている。

 

 そう見て取った私は、ジョリーダンスに体ごとぶつかるようにしてその隙間にねじ込んだ。

 そうして開いた直線を加速レーンとして前へ。

 

 残り400m。

 並びかけた水色の勝負服、ヤマニンメルベイユががくんと失速して落伍していく。

 府中の直線名物、高低差2mの坂。()()()2mの坂だ。

 アスコットレース場の高低差2()0()m()に比べれば、そのための坂路練習に比べれば物の数ではない。

 

 残り300m。

 坂を登りきるとスタンドの歓声が真横から聞こえてくる。

 内側ヤマニンメルベイユを突き放し、そのさらに内側から進出してきたブルーメンブラットとの先頭争い。

 

 残り200m。

 トップスピード。

 内側のブルーメンブラットを競り落とし先頭に立った。

 その逆側、外側から赤と水色の勝負服をはためかせて急加速で飛んで来る鹿毛。6番エイジアンウインズか。

 一瞬、緊張が走る。

 

 残り100m。

 観客席からは気の早い紙吹雪が舞っている。

 外から迫ってきていたエイジアンウインズだが、目算1馬身ちょっとで動きが止まった。

 外から来ているのは変わらない。だが差が縮まらない。

 ……つまり、このままでは届かない、と判断できる。

 

 このままで、良い。

 

 そのままトップスピードを維持してゴール板を踏み越えた。

 

 遅れて歓声が追いついてくる。

 先程まで風に溶けていた音が戻ってきた。

 

 ウイニングランを兼ねたクールダウンに移りながら呼吸を整える。

 1コーナーを曲がりきらずに外コースに入り、後続のウマ娘に追い抜かれながら減速し内コースで折り返す。

 

 見上げた電光掲示板には一瞬審議ランプが灯っていたが、すぐに確定に切り替わった。

 

 

東京 11R 確定 

 

 Ⅰ  3X 

 

X1 1/4X

 

 Ⅱ  9X 

 

 ハナ 

 

 Ⅲ  6X 

 

 X1X 

 

 Ⅳ  2X 

 

X3 1/2X

 

 Ⅴ  12 

 

『──僅差でしたがウオッカ僅かに差し切って2着、3着はエイジアンウインズ』

 

 一瞬の審議は2着と3着が僅差だったらしい。

 

 ウイナーズサークルへと常歩で歩きながら、ふと腰の騎兵刀(サーベル)に左手を置く。

 そういえば、今日はこれ(領域)を使わなかったな。

 

 そんな感傷を抱きながら、観客の歓声に応えるべく右手を挙げた。

 

 


 

 

 ウィナーズサークルにてトレーナーさんたちの出迎えを受ける。

 口々にかけられる賞賛の、ねぎらいの言葉。

 私はひとつひとつに頷いて、お礼を返す。

 ありがとうございます、と口に出す声もたぶんいつも通り。

 

 不思議と胸が高鳴ることはなかった。

 嬉しくないわけではない。ただ、驚きも、込み上げるものもない。

 あるのは、終わったのだ、という感覚だけ。

 山を越えたというより、予定されていた工程を一つ片付けたような気分だった。

 

 カメラと記者がやってきて、インタビューが始まる。

 

「ヴィクトリアマイル制覇、おめでとうございます。今のお気持ちは?」

「ありがとうございます。無事に走り切れた、というのが一番ですね」

 

 無事之名ウマ娘。無事走りきれたことが第一というのは本心だ。

 

「今日は中団からのレースになりましたが、想定通りだったのでしょうか?」

「はい。前半の流れを見て、あの位置が一番無理がないと思いました」

 

 想定通り、と言ってしまえばそれだけだろう。

 特別な判断をしたつもりはない。ただ、そう走るのが一番だった。

 

「直線では早めに抜け出す形になりましたが、手応えはいかがでしたか?」

「坂に入る前から脚は残っていました。あとは、進路があったので……そのまま、ですね」

 

 そのまま、という言葉が一番近い。前が開いていたから流れに乗っただけだ。

 

「最後は後方からも鋭い追い込みがありましたが、そのあたりは?」

「外から来ている気配は感じていました。ただ、差は詰まっていなかったので、前を優先しました」

 

 あの展開になった時点で後ろは厳しかった。

 ……そして、結局誰も来なかった。

 

 インタビュアーの目線が胸元の7つに増えた略綬に向く。

 

「これでG1・7勝目となり、シンボリルドルフやディープインパクトと並ぶ記録になりました。この記録についてはいかがでしょうか?」

「そうなんですね。あまり意識していませんでしたが……積み重ねの結果だと思います」

 

 

 

「名ウマ娘の名前と並ぶことについて、特別な思いはありますか?」

「光栄ではあります。ただ、走るたびにやることは変わらないので、次も同じように準備するだけです」

 

 ……名ウマ娘、ねぇ。

 私は私、それだけだ。

 

「今後の目標について、改めて教えてください」

「まずは、次の予定を一つずつですね。環境が変わっても、いつも通り走れるように準備したいです」

 

 次走、英国アスコットデー。キングズスタンドステークス。

 手持ち無沙汰の左手が襷を手繰り寄せる。

 いつもどおりに走れさえすれば。きっと。

 

「最後に、応援してくださった皆さんへ一言お願いします」

「たくさんの声援、ありがとうございました。また次もしっかり走ります」

 

 もう次のことを考えている、というほどはっきりしているわけでもない。

 ただ、この勝利に留まっていないのは確かだった。

 祝福の声に囲まれながら、

 私は静かに、次へ進む準備をしていた。

 

 

⏰️ ⏰️ ⏰️

 

 

 東京レース場、重賞用控え室。

 

 控室のドアが閉まる音がやけに大きく響く。

 

 誰もいない。

 彼女の担当、奈瀬文乃トレーナーも今は外だ。

 

 彼女──ウオッカは勝負服のまま、しばらく立ったままでいた。

 呼吸は荒れていない。脚もまだ熱を持っている。

 

 ……悪くなかった。

 それが、まず彼女の脳裏に浮かんだ言葉だった。

 

 最後の直線。

 コーナーで外に出して、大外から伸びた。

 届きはしなかったが、一番速かった。

 少なくとも、自分の中では。

 

 拳を握る。

 指が白くなるほど力を込めても、どこか冷静な感触が残る。

 

「……やっぱり、ここ(府中マイル)だな」

 

 誰に聞かせるでもなく、呟く。

 ダービーの栄光から1年。日本中、世界を転戦してはっきりわかった。

 俺の舞台は、左回りの府中マイルだ、と。

 

 負けた理由も、勝てなかった理由も、明白だ。

 

 次は、先に行く。

 並ばせない。

 選ばせない。

 もう迷わない。

 

 視線を上げると、鏡に映った自分と目が合った。

 

「……へっ、ダセェツラしてやがるぜ」

 

 なんと言ったって2着、負け犬の一等賞だ。

 だが、それでも。

 

「もう二度と、ここでは負けねぇ」

 

 今日だけはセンターを譲ってやる。

 だが、この府中での本能スピード(短マライブ曲)、センターはこのウオッカだ。

 

 そうしてふと思い浮かぶのは、ウオッカの可愛がっている後輩の顔。

 彼女の姉に似てはいるが幾分キリッとした造形を歪ませ、ダービーを諦める、と報告してきた彼女の顔。

 あいつは、安田記念に行くと言っていた。

 迷いを隠そうとして、でも隠しきれない目で、お姉ちゃんに続いて見せるのだ、と。

 

 ……ああ、分かってる。

 あいつは本気だ。

 本気で、あの舞台に立とうとしている。

 

 だからこそ、だ。

 かわいい後輩だからって。

 親友の妹だからって。

 そこに理由を付け足すつもりはない。

 

 ターフの上は、情けをかける場所じゃない。

 覚悟を持って踏み込んできたなら、全力で叩き潰すのが礼儀ってもんだ。

 例え、誰のために走っていようと。

 例え、その先に何を期待していようと関係ない。

 

「……悪く思うなよ」

 

 小さく呟いて、ウオッカは息を吐いた。

 もう迷いはない。

 次は、勝つ。

 誰が相手でも、どこから来ようと。

 

 ドアの外で文乃トレーナーとスタッフが話す声がする。

 どうやらウイニングライブの時間が押しているようだ。

 

 頬を軽く叩いて景気をつけ、歩きだす。

 

 ──もうセンターは、譲らねぇ。




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