驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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105 統一女王と黄金の商人

 フランス、シャンティイ。ブレイントレーナーのチームハウス前。

 

 車に乗っている間は意識していなかったが、時刻は既に夕刻だというのにまだ日が高い。札幌より北にある高緯度地帯の特徴だ。

 

 土が剥き出しの駐車場に車を止めて柵の中に入ると、建物の窓や中庭から様子を伺っていたウマ娘たちの視線が一斉に突き刺さる。

 野次ウマ、というキャプションで辞書にのせるべきかな、などと思っていると、横手の建物の奥から人影が現れた。

 

「(久しぶりですね、ツバキ)」

 

 控えめな色調と上質な仕立てに身を包んだ、ヒトミミの髪に白いものが混じり始めた女性だ。

 背は高くない。だが足取りが静かで、揺れがない。

 後ろに芦毛のウマ娘を従えている。

 

 低い声だった。椿トレーナーは軽く頭を下げ、同じく英語で応じた。

 

「(お久しぶりです、フレッド。お世話になります」

 

 彼女が、フレデリカ・ブレイン。

 凱旋門賞4回を含めG1・120勝以上をあげた名トレーナー。

 

 その視線が私に移る。上から下まで一度だけ。

 

「(……ふむ、彼女が?)」

 

 それだけ言った。

 はてさて、彼女のお眼鏡にかなったのだろうか。

 

「(……良い素質を持っている。あとはこちらの芝に適応できるか、でしょう)」

 

 高評価、でよいのだろう。だが合格点が出せるかは別、といったところか。

 まあそんなものだろう。

 

 そのままの流れで椿トレーナーから紹介されたので、一歩進み出る。

 

「(ノルデンセミラミスと申します。お迎えいただきありがとうございます)」

 

 そう言って軽く会釈。

 

「(こちらで競えることを楽しみにしております)」

 

 そう簡単に自己紹介すると、老トレーナーは目を細めて興味深げに私を見た。

 そして一言。

 

「(よく訓練されていますね)」

 

 ウマ娘としての身体のことだろうか。それとも英語の発音のことだろうか。

 いずれにせよ、測られている。

 

「(フレデリカ・ブレインです。ようこそ。あなたのお話は伺っています)」

 

 差し出された手を握り返す。

 強すぎず、弱すぎず、視線は逸らさない。幼い頃に習ったとおりに。

 手を同時に離したあと、一拍の沈黙。

 

 出方を伺っていると、彼女は微笑を浮かべて、結構、と呟き視線を外した。

 その先は傍らに控えていた、細身のパンツにレザージャケット姿の芦毛のロングヘアのウマ娘。

 私よりすこし上背がある、優しげな雰囲気のウマ娘だ。

 

「(こちらはマルシャンドール。彼女も英国遠征に向けて調整中です。練習では互いに有益でしょう)」

「(マルシャンドールです。お噂はかねがね)」

 

 彼女──マルシャンドールはにこやかな表情でそう応じた。

 暖かく、柔らかい手だった。

 確か今年でシニア2年目、仏短距離モーリスドゲスト賞を連覇した実力者だ。油断はできない。

 

 

 そのまま、マルシャンドールの案内で荷物を持って宿舎に案内される。椿トレーナーは私たちと別れてブレイントレーナーと共に中央の立派な2階建ての建物へと歩いていった。

 

「(あちらの建物が本館、トレーナーの執務室や居室、ブリーフィングルームがある建物です)」

 

 そう半歩前を歩くマルシャンドールさんが石造りの渡り廊下を進みながら教えてくれた。

 目指す建物は規則正しく窓が並んでいる。おそらく宿舎なのだろう。

 実際、中に入ってラウンジらしき場所を抜けるとナンバーの付いたドアがずらりと並んでおり、その一室に案内された。

 

「(滞在中はこの部屋を使ってください。シャワーや洗濯についてはまた後で。まずは食事にしましょう)」

 

 そういえばまだ明るかったから気づかなかったが、時計を見ると19時前と良い時間だった。

 それにしても、まさか個室を貰えるとは思わなかった。こちらでは私の年齢だと個室が普通だという。日本とはずいぶん勝手が違う。

 

「(それとも着替えられますか?)」

 

 彼女の視線が私の胸元へと落ちる。なにかついているのかと私も視線を落とすと、少し慌てたように彼女が続けた。

 

「(ああ、すみません。こちらではあまり制服が一般的でなくて。……それに、本当にアニメみたいに可愛い制服を着ているんだ、と。……失礼)」

 

 そう言ってマルシャンドールさんは少し目を逸らして頬をかきながら照れたように笑う。

 大人っぽい人かと思ったけど、意外と可愛らしいところがある。

 そして、今更ながら野次ウマたちの視線の理由を理解する。服装が珍しかったのか。

 

「(お心遣いありがとうございます。皆様をおまたせしてもいけませんし、すぐ行きます)」

 

 そう返事をして、再び中庭を囲む渡り廊下の回廊をまた別の建物へと案内される。

 先程通り過ぎた建物に食堂があるらしい。

 

「(朝食は6時頃、夕食は19時です。朝は多少自由ですが、夕方は遅れないように)」

 

 そう伝えられながら、食堂の大きな木のドアを開けて私を先に入らせる。

 席についたチームのウマ娘たち数十人の視線がこちらに集中する。

 

「(みんな)」

 

 マルシャンドールさんが軽く手を挙げてざわめきを制する。

 どうやら彼女はこのチームのボス格らしい。

 

「(彼女がノルデンセミラミス。前に伝えた通りしばらく一緒に練習する)」

「(ノルデンセミラミスです。お世話になります)」

 

 こうして、ブレイントレーナーのチームでの数週間の生活が始まることとなった。

 

 

 歓迎の席上、私は珍しい東洋からの客人ということで、思いのほか気さくに声をかけられていた。

 生まれた国は違えど同じウマ娘、レースという共通の話題があるのは大きい。

 レース場やバ場の違いを尋ねる者、長旅を労う者、冗談めかして写真を撮ろうとする者までいる。

 

 そのとき、視線が絡みついた。

 顔を上げると、鹿毛の金色のティアラをつけたウマ娘が無言でこちらを見ている。

 整った顔立ちの奥に、わずかな翳り。

 ナイフを置く音が、やけに硬い。

 

 ──どうやら全員が歓迎、というわけではないようだ。




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