驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
ディアヌ賞当日、シャンティイレース場。
パドックの向こうに、白い城が見える。
シャンティイ城。
かつて現在のシャンティイトレセン学園の前身があったその地は、今も現役の学園本部と教室として使用されている。
そのお膝元たるシャンティイレース場、ディアヌ賞が行われるこの場所に、私とマルシャンドールは居た。
欧州のレース文化は貴族的だ。
英国ほどではないがフランスでもそうで、ドレスコードとまでは言わないが席によってはフォーマルな格好が求められる。
今日の私はトレセン学園の制服に私物のトークハットを左耳にかぶっている。
隣のマルシャンドールさんは、淡いグレージュのワンピースに、同系色のショートジャケットを合わせていた。頭には両耳の突き出たクローシュハット。
2人して帽子を被っているのは、帽子を被っていると無料になるゾーンがあるためだ。
観光客のざわめきの向こう、コースへ向かうゴルディコヴァの背が見える。
今日は見送る側だ。
白い城と、緑の芝。
均衡の取れた景色の中、彼女の表情は張り詰めている。
白を基調に、中央のロイヤルブルーを縦に通した軍装風ドレス。
毛皮襟とココシュニク型の豪華なティアラに着られている、というのが正直な感想だった。
私は柵に手を置いた。
「(勝てますかね)」
私の視線の先には濃緑の軍服をまとった赤目の栗毛のウマ娘。
名前は知らないが、1人だけ格が違う。
「(……彼女はそのためにここに居る)」
スタートの鐘が鳴る。
城は変わらず静かだ。
だが芝の上では、均衡が崩れる。
私はその行方を、瞬きもせず見つめた。
この日、私は暴虐という言葉の擬人化を目の当たりにした。
ゴルディコヴァが弱かったのではない。仏オークス2100mは確かに長かったかもしれないが、よく健闘したと言える。
ただ、勝ったザルカヴァがあまりに強いレースをした。これで無敗のダブルティアラ。
トリプルティアラどころかクラシック凱旋門制覇も夢ではない、などという下バ評にも頷かざるを得ないほどだった。
夜、愛用の日記帳にそうメモ書きを残す。
さて、彼女の気持ちが折れていなければいいが……。
ディアヌ賞が終わった翌週、シャンティイ練習場。
街のはずれにある林の中のコースには、チームメンバーをはじめ練習を行っていた数十人の野次ウマ娘が集まっていた。
その視線が私に集中しているのは、私だけがトレセン学園の体操服を着ているからか。
こちらでは学園共通の練習着は存在せず、チームで揃えているところもあれば自由というところもある、といった程度だ。
この距離でチームメンバーだとわかったのは、ブレイントレーナーのチームはボルドーと黒のハイネックジャージで揃えているからだ。
黙々とアップをする私、そしてゴルディコヴァ。
黒を基調としたレーシングウェアから覗く肢体は人形のようにスラリとしている。
曇天。
芝は重くはないが、日本の野芝とは感触が違う。踏み込むたび、わずかに遅れて反力が返ってくる。
悪くない。──そう思っていた。
自慢ではないが、これでも私はG1を7つ勝っている。世代も違う。
正直に言えば、捻るつもりでいた。マイルとはいえクラシック級に負けるなど、と。
ゴルディコヴァは黙って隣に立つ。
ディアヌ賞では同期のザルカヴァに敗れた。内心は穏やかではないだろう。それでも表情は整っていた。
「(距離はあなたの得意なマイル。最後までしっかりね)」
あちらのセコンドについたアナバーの声。
「無理に一杯にしないこと」
椿トレーナーはわずかに渋面を浮かべてそう言う。
どういうことだろうか。
せっかくの楽しい併せだというのに全力で行かずしてどうするというのか。
軽く肩を回す。
遊ぶつもりなどない。クラシック級にいいようにされては面目が立たないからだ。
ボルドーと黒のハイネックジャージに身を包んだマルシャンドールさんが合図代わりの旗を掲げる。
さすがに2人立てのためにゲートまでは用意されなかった。
旗が翻る。
スタート。
最初の一歩で、芝がわずかに沈んだ。
──浅い。
慣れた野芝よりも粘る感触。
蹄鉄の踏み込みがほんの少し鈍る。私は無意識にストライドを調整した。
ゴルディコヴァは内にいる。重心が低い。無駄がない。
向こう正面を過ぎてワンターンのコーナーへ。私は半バ身前へ出る。
脚音が揃う。
ゴルディコヴァの呼吸も乱れていない。
四コーナー。いつものように私は仕掛けた。
簡易の柵で形作られた比較的タイトなコーナー。勝ちパターンに入った。
そう、思っていた。
加速はする。
だが、日本ほど爆発しない。芝が、わずかに逃げる。
立て直すために身体が外へと膨らむ。
そんな、バカな。