驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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108 統一女王と糟糠

 そんな、バカな。

 

 踏み込みが、浅い。

 出力は出ている。だが推進が半拍遅れる。

 修正できる。まだ間に合う。

 

 だが、そのために私の身体は遠心力に囚われ外へと振り出される。

 

 私が、内を空けるなど。

 日本の野芝ではあり得ない事態が起こっていた。

 

 横で彼女も動いた。

 鋭く切り込んでくる。

 その脚色は澄んでいた。

 

 直線へと抜ける。

 かなり外を回ってしまい、内すら突かれてしまった。

 だが、それでも──。

 

 私はさらに踏み込む。

 今度は沈まない。さきほどより芯を捉えた。

 

 だが──。

 

 横に、いる。

 視界の端で、金色のティアラが揺れる。

 

 

 ゴールまで残り100。

 

 

 捻るつもりだった。

 突き放すつもりだった。

 

 なのに、並んでいる。

 まだ横にいる。まだ。

 

 ──やるじゃないか。

 

 最後の十完歩、私は更に全力を叩き込もうとして──。

 

 

 ──無理に一杯にしないこと。

 

 

 ──そのままゴールラインを踏み越えた。

 

 半バ身。いや、それもない。

 

 喉が熱い。

 

 勝った。

 だが、なんとか、というレベルだ。

 少なくとも捻ってやろうというような圧勝ではない。

 

 

 脚を緩めたゴルディコヴァは息を整え、私を見る。

 

「(……それが、7冠の走り?)」

 

 挑発の色はない。

 ただ確認するような響きだ。

 

「(あなたこそ、連敗中とは思えませんね)」

 

 言い返しながら、胸の奥にざらりとした感触が残った。

 

 油断? 慢心? 口の中に苦い味が広がる。

 

 

 後ろではゴルディコヴァがまだ息を整えている。

 そこに歩み寄ってきたアナバーが彼女にタオルを投げてよこす。

 

「(────ろ)」

 

 何事かフランス語で叱咤するように声をかけ、声をかけられた彼女がアナバーを睨む。

 

「(──じゃねえ。────だ)」

 

 彼女の両肩に手を置いてさらに続ける。

 

「(マイルなら──ひっくり返せる)」

 

 ……なるほど。

 

 どうやら私は体よく当てウマとして扱われたようだ。

 道理でディアヌ賞明けにも関わらずあちらのトレーナーが止めなかったわけだ。

 

「(七冠って聞いたけど……)」

「(思ったほど突き放せてないわね)」

「(ノーハンデであれとは、ゴルディやるじゃないか)」

 

 野次ウマ娘の囁き合う声。

 怒りは湧かなかった。そういうものではない。

 その代わりに、ひやりとしたものが胸の奥に沈む。

 

 そう、見えるか。

 

 私は確かに勝った。だが、圧倒はしていない。

 “七冠”という言葉が、まるで私から少し浮いて聞こえた。

 

 私は、捻るつもりだった。

 

 芝が重いことも、出力の立ち上がりが鈍ることも、理解していたつもりだった。

 それでも最後は離せる、と。

 

 “それ”は、どこから来た。

 

 合理的な計算か。それとも、無意識の優越か。

 

 G1を7つばかし勝ったからと増長してはいなかったか? 

 七冠の皇帝すら、日本近代レースの結晶すら躓いた海の向こうの地で、私ならうまくやれると? 

 ……思い上がりも甚だしい。

 

 

 私は芝をもう一度踏みしめる。

 次こそは。だがその前に。

 

 まず、この芝を自分のものにする。

 

 

⏰️ ⏰️ ⏰️

 

 

 夕食後、私は1人でチームハウスの裏手に出た。

 建物の灯りから少し離れるだけで空気が急に静かになる。

 まだ夜になりきらない6月の空は、群青と青の境目に薄く光を残していた。

 

 木々の木陰に置かれたベンチに腰を下ろす。

 昼間の併せの感触が、まだ脚の奥に残っている。

 

 最後の直線。出力を上げた瞬間、踏み込みがわずかに沈んだ。

 返りが遅れる。推進が半拍抜ける。

 理屈では説明できる。洋芝の繊維は野芝よりも深く、力を逃がす。分かっていたはずだ。

 

 それでも、離せると思った。思っていた。

 

 ──そこだ。

 

 私は勝つ前提だった。

 ゴルディコヴァは、勝ちに来ていた。

 

 無意識に、挑む立場ではなくなっていた。

 確かにシニア級に上がったのは事実だ。だが思えばこれが初めてのクラシック級との併せではなかったか。

 それでなくても、欧州の芝では私は挑戦者という立場だというのに。

 

 考えがまとまらず頭をかきむしる。

 無事完走の願をかけて1年半以上伸ばし続けた後ろ髪は今やロングヘアと言える程度まで伸びている。

 

 

 とにかく、ちょっとG1を勝った程度で、何かを分かった気になっていた。

 

 芝を、甘く見たのではない。

 だが、自分は例外だと、どこかで思っていなかったか。

 

「……夜は冷えますよ」

 

 気配とともに声がかけられる。

 振り返らなくても相手は分かる。そもそもここで流暢に日本語を操る相手など1人しか居ない。

 

「……慢心、でしたか」

 

 問いは、自分に向けたものでもあった。

 椿トレーナーはは少し言葉を切る。

 

「慢心ではないでしょう」

 

 では、なんだというのだろうか。

 

「……楽しかった、ですか?」

 

 胸の奥の防郭を貫徹されたような気がした。

 

 ──面白い。

 ──やるじゃないか。

 

 穏やかな問いだった。

 だが、昨夜の、最後の直線での心情が思い出される。

 

 そうだ、なぜあんなことを。

 そもそも今は、芝に慣れる期間だったはずだ。だというのに……。

 

 勝負を、楽しんでいた? 

 

 茫然自失とする私に、椿トレーナーが言葉を継ぐ。

 

「それは、間違いではない。ウマ娘なら誰しも持っている闘争心」

 

 彼女はそうこの御しがたい感情を評した。

 ただ、どちらを主とするかはウマ娘によるのだ、と。

 

 ではどうすれば、と考えあぐねる私に、彼女はこう続けた。

 

「大丈夫。いつも通りでいい」

 

 ──いつも通り。

 

 そうか。私は勘違いしていたとか間違っていた訳では無い。

 ただ、目的を見失って、ズレていたのだ。

 

 そしてそれは今や分析され、修正された。いつも通りに。

 感情は命名され、分類され、制御下に置かれている。

 

 大きく息を吐く。

 無意識に強張っていたであろう身体から意識して力を抜く。

 

「……ありがとうございます、椿さん」

 

 言ってから自分で気がつく。

 今までの呼び方ではなかった。

 椿さんは何も言わず、ただ、どういたしまして、とだけ返した。

 

 私は立ち上がり、芝を踏む。

 

 英国へ発つ前に、この洋芝も同じく分析し、分類し、制御して見せよう。

 いつもどおりに。




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○史実馬紹介
アナバー Anabaa 牡
主な勝鞍 96'ジュライカップ(G1)、96'モーリスドゲスト賞(G1)
フランスのある競馬一族を代表する馬で、自身の牧場で種牡馬として管理されていた。
なお競走馬時代の馬主は妻、主戦騎手は息子、調教師は娘である。流石にここまでは日本ではお目にかかれない。調教師と騎手が親子ぐらいはよくいるけど。
主な産駒にゴルディコヴァがいる。

ゴルディコヴァ Goldikova 牝
主な勝鞍 08~10'BCマイル(G1)三連覇、08~11'ロートシルト賞(G1)四連覇などG1・14勝(欧州最多)
マイル激ヤバおひんば。ちなみに調教師は父の主戦騎手、母方の名馬と馬主が同じ。サラブレッドか?
なおゴディバとは関係ないらしい。
ところでこいつクラシック負けてましたね。なんでですかね()

ザルカヴァ Zarkava 牝
主な勝鞍 08'無敗牝馬三冠、08'凱旋門賞(G1) 7戦7勝
こいつのせいです。
なんか凱旋門賞のレース見てたらなんか他の馬押しのけてぶっ飛ばして馬群割ってるんですけどこわ。
この時代化け物みたいな牝馬多くない?

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