驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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109 統一女王と欧州の芝

 シャンティイ、練習コース。

 

 芝を踏みしめてコースから上がると、風が声を運んでくる。

 ウマ娘の耳は集中すれば数百メートル先の声すら拾える。拾ってしまう。

 

「(……クラシック級相手にあの着差じゃね)」

「(あの走りではアスコットは……)」

 

 聞くつもりはなかった。だが、耳は拾う。

 服装からして他のチームだろう。先日のゴルディコヴァとの併せを見ていたのだろう。

 爆発が弱かった。直線での伸びも日本でのそれには程遠い。コーナーでは外へ膨れた。事実だ。

 

 そう見えるか。

 

 喉の奥に残る熱は、悔しさというより、誤差の感触だった。

 芝が深い。反力が遅れる。踏み込み角度が合わない。

 だが、それは直せる。

 

「気にしなくていいですよ」

 

 隣で椿さんが言う。

 表情と耳の動きから内容を察したのだろう。

 

「大丈夫。いつも通りでいい。いつも通りであれば、勝ち目はある」

 

 私の両肩に手を置き、確信をもってそう言い聞かせるように呟く。

 

 いつも通り。

 いつも通り、観察して、分類して、合わせる。

 

 それだけだ。

 

「フレディに話はつけてきました。アナバーも借してくれると」

 

 椿さんが告げる。

 視線の先には練習着に身を包んだマルシャンドールとゴルディコヴァ。

 

「ゴルディのマイル向けの調整にも協力することになりますが、構いませんね?」

 

 もちろん望むところだ。

 むしろ、外様の私にそこまでしてくれる度量に感服する思いだった。

 

 ……私が得る芝への慣れより、マルシャンドールとゴルディコヴァに入れられる刺激の効果総量が上回る。そういう冷徹な計算の結果なのかもしれない。

 ならば、その前提を更新させればいい。

 

 

⏰️ ⏰️ ⏰️

 

 

 今日の芝はわずかに乾いていた。

 

 踏みしめた感触が違う。

 重いが沈みきるほどではない。反力はまだ遅い。それでも、以前のような拒絶感はない。

 

 今日使うのはシャンティイの深い森に面したコース。

 以前、迷い込んだら大変ですね、とマルシャンドールさんに半ば冗談で言ったところ、たまに遭難して帰ってこないやつがいるから捜索に出る、などと真顔で言われてしまった。

 なんでも、遠征に来た芦毛のウマ娘がテンションブチ上がってサポートメンバーのヒトミミを森に置き去りにした事件があったとか。

 幸いその置いていかれたおじいさんは無事だったので笑い話で済んだらしいが、なんとも笑えない。

 

 前を行くアナバーの背がわずかに沈む。

 その動きが合図だ。最初の400は巡航。

 速すぎず、遅すぎず。芝の上に一定の波を作る。

 

 私は外。内にゴルディコヴァ。

 蹄音が揃う。

 

「(この練習の目的は来月の重賞へ向けてマイル仕様へと戻すこと、そして洋芝への適応です)」

 

 椿さんの言葉が思い出される。

 

 今日の練習はゴルディコヴァとの併せ。指導ウマ娘のアナバーさんをペースメーカーとして巡航と加速、トップスピードを繰り返す。

 マイル戦に必要な中盤の緩急、直線での即応、コーナー出口の再加速。

 洋芝での反発の遅さと加速が遅れる点を補う揺さぶられた状態からの再加速。

 両者にメリットのある練習だった。

 

 向こう正面、わずかにラップが上がる。巡航から半段階だけ引き上げる。

 ゴルディコヴァが自然に重心を落とした。

 私は一拍遅れる。芝がわずかに逃げる。

 

 遅い。

 

 その感触を、次の一歩で修正する。接地を浅く。踏み抜かない。

 アナバーさんが300手前で一気に加速する。ゴルディコヴァが追う。

 私は半歩遅れたまま、コーナーへ入った。

 

 膨らむ。

 

 だが、3歩目。身体が自然に前へ滑る。イメージと角度が合った。

 直線。もう一段。

 

 再加速。芝の反力が、逃げない。

 

 並ぶ。

 

 ゴールを過ぎ、流す。

 

 アナバーさんが振り返る。

 

「(悪くなかった。だけどまだ膨らんでいるわね)」

 

 隣で息を整えていたゴルディコヴァが話しかけてくる。

 

「(あなた、さっき少し速かったんじゃない)」

「(いえ、まだ)」

 

 椿さんの声が外から飛ぶ。

 

「もう一度。同じ形で!」

 

 二本目。

 

 巡航。抑える。

 加速。合わせる。

 コーナー。外へ逃げそうになる重心を、わずかに内へ戻す。

 

 三歩目。

 

 芝が沈まない。

 直線で並び、半歩出る。

 ゴール。

 

 アナバーが小さく頷く。

 

「(それよ)」

 

 椿さんが私の脚をチェックし、頷く。

 

「今の感覚を忘れないで」

 

 深い芝の上で、私は息を吐く。

 押し返すのではない。預ける、合わせる。

 

 それだけだ。

 

 


 

 

「(どう見る?)」

「(日本のウマ娘にしては上々でしょう。ですが──)」

 

 練習を重ねるセミラミスとゴルディコヴァを遠巻きに見つめるブレイントレーナーとマルシャンドール。

 

「(──あれでは6月のアスコットには間に合わない)」

「(同感ね。……ツバキ、それとも貴女にはなにか──)」

 

 ──勝算があるのかしら?




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