驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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117 統一女王とキングズスタンドステークスへ

 アスコットレース場、パレードリング。

 

 所変われば名も変わる。

 日本ではパドックと呼ばれるそこは、英国ではパレードリングと呼ばれる。

 

 といってもウマ娘(我々)のやることは変わらない。

 順番に中央のステージでアピールすること。

 それ以外の時間は各々準備運動したり、ステージの外周をぐるぐる回ってファンサしたり。

 異なるのはそこではない。

 

 帽子の花壇、とでも形容しようか。

 色とりどりの、羽飾りや花飾りで彩られた帽子が観客席を埋め尽くす。

 フランスのレースでもその傾向はあったが、英国はそれにもましてドレスコードが厳格だ。

 

 そして観戦文化も違う。

 日本では応援の向きが強いが、英国のそれは品評会といった雰囲気だ。

 もともとは貴族がパトロンになった自分のウマ娘を競わせた遊びを源流としているのだから当然か。

 元々は自慢のウマ娘を品評し合い、走らせて優劣を決め、負かしたウマ娘をバックダンサーにして歌って踊らせて楽しむ貴族の遊びだったという。

 というより、貴族の遊びでもないのにパドックやウイニングライブの文化だけ輸入して、土着の神事や比べウマの儀式と習合一体化したのが日本のレース文化なので因果が逆とも言える。

 

「(あの日本のウマ娘、1000ギニーを勝ってるならマイラーじゃないのか?)」

「(なぜわざわざ5ハロンに短縮を?)」

 

 観客席から漏れ聞こえる声も自然とそういった視点のものとなる。

 

 だが日本と最も違うのはこれだろう。

 

「(マイラーだと? あの脚で? オッズ詐欺だろ)」

「(完全にスプリンターだ。状態もいい。もう少し乗せる)」

 

 双眼鏡越しの視線が私に突き刺さる。

 ありとあらゆる事象が賭けの対象となるこの国で、ウマ娘レースだけが例外であることなどあり得ない。

 あちこちに私設のブックメーカーが掛け金を表示する数字の書かれたボードを掲げている。

 見方はよくわからないが、私のところに書かれた数字がどんどん小さくなっているので評価は上がっているのだろう。

 それでも4倍ちょいか。

 

 ──安く見られたものだな。

 

 

 そうして周回を終え、ゲートへと向かう。

 こちらには日本のレース場のような地下バ道はなく、地上の通路が直接コースに繋がっている。

 その道中で、背後から話しかけられた。

 

「(よぉ、アンタが日本から来たノルデンセミラミスってやつか。俺はエキアノってんだ)」

 

 話しかけてきたのはへそ出しセーラー服から褐色肌を覗かせたウマ娘。手首と足首には引きちぎられた枷をモチーフとしたアクセサリ。

 言葉的にフランスとかスペインとかラテン寄りの訛がある。

 ……さてどうしようか。こう正面切って話しかけてくるのはちょっと予想外だった。

 

「あー、エキアノ?」

 

 とりあえずおもいっきり日本語発音でオウム返しにしておく。

 

「(そいつ英語しゃべれないわよ。会見でも通訳ついてたし)」

 

 救いの手? は意外なところから来た。会見場に居た左耳飾りのウマ娘、フリーティングスピリットだ。

 振り向いたエキアノが、ああ、と笑う。

 

「(なんだそうかよ。ま、よろしくな)」

「(アナタも)」

 

 曖昧な微笑を浮かべて、とりあえず挨拶ぐらいは返しておく。わざと片言気味に。

 

「(それにしてもこっち来るなら英語ぐらい勉強してきなさいよね)」

「(まあそう言ってやるなよ。違う言葉話すのって大変なんだぞ)」

 

 そうして去っていく2人を見送る。

 もしかして私、後に引けなくなってないか……? 

 

 

 コースへの出口に差し掛かると、現地の記者と思しきヒトミミがこちらを指して話しているのが聞こえてしまう。

 

「(G1・7勝といってもな。所詮マイラーだろ)」

「(あんな軽い芝とアスコットじゃ別競技だ。外国ウマ娘がそう簡単に走れるかよ)」

 

 私のことだろう。

 走ってもいないのに決めつけられるのは少々腹だしくはあるが、言わせておけばいい。

 そうして通り過ぎようとすると、横から声がした。

 

「(そうか?)」

 

 テイクオーバーターゲットだった。記者が振り向く。

 

「(私も外国ウマ娘だけどな。……それに)」

 

 同じく軽めのオーストラリアの芝で育ち、何度もアスコットで好走してきた彼女は続ける。

 

「(あいつ、マイラーじゃないぞ)」

 

 ま、ゲートが開けばわかることさ、とこちらを流し見て歩き出した。

 

 ……なるほど。少なくともテイクオーバーターゲットにはきちんと研究されている。

 手強い相手になりそうだった。

 

 

 コースへ出ると、空気が少し変わった。

 

 さっきまでのざわめきが、背後へ遠ざかる。目の前に広がるのは、長い芝の直線だった。

 緩やかな起伏の向こうに、白いスタンドが見える。

 距離は5ハロン、1007m。

 日本の短距離よりも少し短く、その代わりにコーナーがない。ただ一直線に、ゴールまで走るだけだ。

 

 芝に足を踏み入れる。

 

 思ったより柔らかい。

 沈み込みは深いが、返りは悪くない。日本のコースよりも少し重い感触。踏み込めばその分だけ脚を使うだろう。

 

 風が吹いた。

 

 スタンド側から、横へ流れる風。

 強くはないが、一定の向きがある。

 

 直線コースでは、これも一つの要素になるという。

 

 視線を上げる。

 

 他のウマ娘たちも、それぞれに身体を動かしている。

 軽く流す者、スタートの感覚を確かめる者。

 

 それに構わず軽く駆け出した。

 見たところ、どのラインも特別荒れてはいない。

 アスコットの開催期間は限られている。そのため日本のレース場のように酷使され内ラチ側が荒れているということはない。

 一応、今日のレース結果を見るに外ラチ側が有利という事前情報は貰っているが、その差は微々たるものだろう。

 

 遠くで歓声が上がる。観客席のざわめきが、風に乗って届いた。

 

 

 そして各ウマ娘がゲート裏に集合し、粛々とゲート入りが進んでいく。

 英国では日本と違い数の大きい枠から内側を使っていき、出走取消になった11番枠も詰めて使うようだ。

 

 私は外側、2番枠に収まりその時を待つ。

 この国のレースにはファンファーレも、スターターの旗振りもない。静かなものだった。

 

 一つ深呼吸。

 

 最後のウマ娘がゲートに入り、係員が退避していく気配を感じる。

 さあ、いよいよだ。

 

 ──ゲートが、開いた。




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