驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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012 北のセミラミスと趣味人先生

 トレセン学園、ウッドチップコース。

 

 木を細かく砕いた柔らかいコースをひた走る。

 重心を1歩分後ろへ、首を下げて、ストライドを伸ばす。

 斜め前のウマ娘を追って、崩れそうになるフォームを懸命に保って。

 私の真横をレールに乗ったカメラが並走する。

 

 このカメラといいウッドチップコースといい、トレーナーがつかなくては使えないものばかりだ。

 そしてなにより、教官のお着せとは違う私だけのためのトレーニングメニュー。

 ほんの1、2ヶ月前まで実感していなかった指導者がつくということの真の意味を、私はその身で日々理解させられていた。

 

 

⏰️ ⏰️ ⏰️

 

 

「──今後ともよろしくお願いいたします、トレーナーさん」

 

 結局、私が手を取ったのは最後に面談した吉富まつりトレーナーの手であった。

 なにがそうさせたのか、と問われると言語化が難しい。思い返せば間違いなく、どのトレーナーもいい人だった。

 名刺をくれた皆さんにお断りの連絡をしたときも残念がる人はいても怒る人など誰もいなかった。最後まで迷っていた明石椿トレーナーに至っては、もし私に手伝えることがあったらなんでも言ってほしい、と言っていただける等どこが琴線に触れたのか分不相応なまでに気に入られた気がする。

 その椿トレーナーなどは、一緒にサクラバクシンオーを越えよう、と誘ってくださった。その手を取れなかったのは、今思えば、まだ“超える”準備ができていなかったからなのかもしれない。

 

 ではこの人だ、となったのはなぜだろうか。

 

 たぶん、吉富トレーナーは背中も見えない未来ではなく、まだ何者でもない私に手を差し伸べてくださったから。だからその手を取れたのだろう。

 私自身すら目を背けていた私自身に、寄り添ってもらえたような。……うまく言葉に出来ないけど。

 いざ指導を受けてみると在るべきところに収まったような座りの良さがあって、ひょっとしたらこれが運命だったのかもしれないと思ったりもした。

 

 そして今、私が吉富トレーナーのもとで取り組んでいるのが走法の改善だ。

 

 契約を結んでまず彼女がおこなったのが、私の走行シーンの撮影だった。

 その動画とそこから切り出した静止画を、私とどこから手に入れてきたのかサクラバクシンオーさんのものを並べて彼女はこういった。

 

「前も申し上げた通り、いくら骨格が近いとはいえ見よう見まねでよくぞここまで合わせ切ったものです。その努力には感服します」

 

 思わず得意になる私に、ですが、と私とサクラバクシンオーさんを正面から撮った写真に切り替えて続ける。

 私のは4月の身体測定の時に撮ったものだ。腕や脚の各関節に丸がついて、そこから骨をあらわすのであろう線が伸びている。

 

「両者で何が違うか、わかりますか?」

 

 思わず下を見る。胸元に遮られて足元は見えない。

 やはりこの春についに90を超えたこの駄肉だろうかと両手で持ち上げてみる。重い。

 

「違います。……無関係だとは言いませんが、背の高さ、体格です」

 

 細かい理論は省きますが、本格化を経た貴女はバクシンオーさんより一回り大きくなっています。にもかかわらず同じフォームであるというのは負担がかかりますし、推進力に無駄があります。

 そう彼女は写真の各所を指しながら説明し、こうまとめた。

 

「貴女が我が物にすべきは、バクシンオーさんの外面ではなく本質なのです」

 

 言葉が、出なかった。

 

 薄々わかってはいたのだ。ここ1年でずいぶんと背が伸びた。入学時には見上げていたサクラバクシンオーさんも今では目線を少し下にしなければならない。

 いろいろな部分も成長した。その、服も何度か買い替えたし、走っているときも何とも言えない窮屈さを抱えてもいた。

 でも、私はバクシンオーさんしか知らないのだ。だから、それにすがるしかなかった。

 そういう意味では、本質をものにすべきという言葉は救いだった。

 

 それを表情から読み取ったのか、吉富トレーナーはレースカレンダーを出して口を開いた。

 

「ご納得いただけたようですね。ただ、走法の改造というのは一朝一夕にできるものではありません。必要な期間を半年と見て、メイクデビューを10月としようと考えています」

 

 いかがでしょう、と彼女は結んだ。

 

 否やはない。

 確かに7月からメイクデビューは始まるが、10月デビューならクラシックどころかジュニアG1すら間に合う時期だ。

 

「ではそのように。フォームの改造は辛い練習になるかと思いますが、がんばっていきましょう」

 

 

⏰️ ⏰️ ⏰️

 

 

 そしてトレーナーがついてから1ヶ月半。

 今日はウッドチップコースでノースフライトさんに合わせて一杯に追い切りつつ、新しいフォームを意識せずとも自分のものにする練習を行っていた。

 バクシンオーさんのフォームの真髄、ブレが少なくしなやかなストライド。それをものにできたなら……。

 

 そんなことを考えながら息を整える。

 フォームチェックのために真横をレールに沿って動いていたカメラに常に映るように走るのは大変だ。フォームを崩さないようにしながらペース走ができるほどにはまだ至っていない。

 そこで、ノースフライトさんが画角の外を一定のペースで並走してくれていた。一定といってもデビュー前の私にとっては相当なハイペースだ。

 

 そのノースフライトさんは、私と同じく肩で息をしていたがすぐに回復してカメラのチェックに向かった。息が整ってからでいいよ、と言ってもらったのでお言葉に甘える。さすがG1ウマ娘だ。

 ノースフライトさんは前に言っていた通り、本当にトレーナーに許可を取って私の練習に付き合ってくださっている。大変にありがたいことだ。

 

 顔を上げると、別のコースでオレハマッテルゼさんの調整を監督していた吉富トレーナーがこちらへ来ていた。ヤマニンゼファーさんも一緒だ。

 どうやらノースフライトさんが状況を報告しているようだ。

 

「──ほとんど────崩さず────今回──一杯に攻め────ついてこれて────」

「なんと────まだ2ヶ月も────────本当ですか?」

「あまりに────早すぎます────────尋常じゃ────とんでもない──────」

「────です。夏までには────ものに────思います」

 

 自分の呼吸音がうるさく、距離もあって何を話しているのかよく聞き取れない。

 そうこうしているうちにだいぶん息も整ってきたので、コースを出てトレーナーのもとへ向かう。

 

「ノルデンセミラミスさん、お疲れ様です。ノースフライトさんから聞きましたが、ずいぶん頑張っているようですね」

「はい、一刻も早くフォームをものにできるよう努めます!」

 

 そう返答すると、吉富トレーナーは少し困ったような表情をして微笑んだ。

 あれ、なにかおかしなことを言っただろうか。

 ヤマニンゼファーさんはいつも通りニコニコとしているが、ノースフライトさんはちょっと心配そうだ。

 ちょっとした沈黙を打ち破るように、ヤマニンゼファーさんが私を誘った。

 

「これから雄風を感じに参るのです。お疲れでなければセミラミスさんもいかがですか?」

 

 彼女の言葉は難解なようで、案外とそのまま文脈に沿えば理解できる。

 ふむ、おそらく今回は並走に誘われている。問題は誰と、どんな、だが……オレハマッテルゼさんの安田記念に備えた本番想定のものだろう。

 

 オレハマッテルゼさん、今年初めから吉富トレーナーと組んでいる栗毛のウマ娘。

 マイルから短距離を主戦場としている、4世代上の大先輩だ。今年の高松宮記念と京王杯スプリングカップを連覇して今まさに旬を迎えている。

 

 本番想定でG1ウマ娘3人と走れる機会など、そうあるものではない。

 

「大丈夫です、ぜひお願いします! 私にはちょっと長いですけど、こんな機会は見逃せません!」

「ほんと、よく理解(わか)るよね……」

 

 私の返事にノースフライトさんは少々あきれ顔だ。

 ヤマニンゼファーさんの言葉使い、そんなに難しいですかね? 

 

 安田記念本番である東京レース場に最も似ている、オレハマッテルゼさんが調整中の練習コースへとぞろぞろと向かう。

 その途中に通りかかった練習コースで、教官の指導のもと練習に精を出すウマ娘の一団がいた。おそらく入学直後の新入生で、私も去年はあんな風だったのかと少し懐かしく思った。

 

「今年も新風の吹く季節となりました」

「いよいよ本格的に練習しだす頃ですか。初々しいですね」

 

 ヤマニンゼファーさんとトレーナーが微笑ましげに見守る中に、明らかにその場の中心にいる見覚えのある栗毛のウマ娘の姿があった。

 快活そうな目元に、コロコロと変わる表情。右耳につけた王冠(クラウン)を模した耳飾り。見まごうはずもない、妹だ。

 

 入学してきたのは知っていたし、寮では何度も顔をあわせたことはある。だが友人と居るのを見たのは初めてだ。

 もうクラスの輪の中心にいるとは……相変わらず人たらしというか、要領がいい。

 

「あれ、妹ちゃんだよね? えーっと……」

「ノルデンレヨネットです」

 

 そう、私の自慢の妹。私に無いものをいっぱい持っている、かわいい妹。

 あの娘の前では、私は完璧な姉でいなくては。

 

「──セミラミスちゃん? 声、かけないの?」

「……いえ。練習しているところを邪魔しても悪いですし」

 

 そう答えて練習場に背を向けた。

 

「そういえば、今日はオレハマッテルゼさんのお姉さんが練習の見学に来ていますので、後で挨拶の方お願いしますね」

 

 お姉さんとは、高松宮記念の記念撮影のときに隣に写っていた人だろうか。

 ワイルドな雰囲気のオレハマッテルゼさんが彼女の横では満面の笑顔を見せて(エガオヲミセテ)いたのが印象に残っている。良いお姉さんなのだろう。

 

 姉、姉か……。

 私は、ちゃんとレヨネットのお姉ちゃんをできているのだろうか。

 そんな意味のない問いを胸中にしまいながら私はトレーナーの後を追った。




せっかくウマ娘になったんだから、これくらいの幸運はあってもいいかなと。

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