驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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ハロンの綴がFurlongで約201.2mとかマジヤーポン滅びろ


119 アスコットレース場 キングズスタンドステークス(G1)芝 5furl 晴 堅良

 東京、府中、トレセン学園、美浦寮、談話室。

 

 普段は映画の鑑賞会などで活用されている寮の談話室。

 本来はもう門限と消灯時間を過ぎている時間なのだが、本日だけは特例で人が集まっていた。

 

 特例とはすなわち、寮の所属ウマ娘が海外遠征に出ている場合の応援会である。

 ノルデンセミラミスの出走するキングズスタンドステークスが開催される英国との時差はサマータイム込みで8時間。日本では深夜に当たる。

 

 その栗毛のウマ娘が、姉不在の部屋を出て談話室に到着したのは発走30分ほど前であった。

 室内にはすでに多くのウマ娘が集まっている。プロジェクターに向いたソファーとローテーブルは6割方既に埋まっていた。

 

 彼女──セミラミスの妹であるノルデンレヨネットはあたりを見渡す。

 いくら交友関係が広い彼女とはいっても、特にセミラミスを応援しようというこの場の全員と仲が良い訳ではない。

 

 最前列のソファー群を占拠しているのは特にセミラミスに目をかけている面々。

 サクラバクシンオーにノースフライトといった指導ウマ娘に、ヤマニンゼファーを含む吉富トレーナーの関係者たちもその周りにいる。

 ……殆どが美浦寮のウマ娘だ。ただ、バクシンオーの隣に身を寄せているノースフライトだけは栗東寮の所属だったはずだが。

 

 前列から中央付近はセミラミスにとっての同級生や先輩が多く居る。

 ダイワメジャーとダンスインザムード、マンハッタンカフェとユキノビジンといった先輩方に加えて、クイーンスプマンテを筆頭に同級生の面々が陣取っていた。

 ウオッカやダイワスカーレットのような栗東寮の面々はいない。当然だ。

 

 後ろの方はまだまだ空席ばかり。

 そのあたりが、強いとはいえ王道の中長距離ではないというのと、セミラミス自身の交友関係がそこまで広くないという2つを表しているようだった。

 

「おや、レヨネットさん!」

「レヨちゃん、こんばんは」

「レヨっちやっほー」

「なんだ、やっと来たのかレヨネット」

 

 前列と中央からほぼ同時に声がかかる。

 声をかけてきたのは上から順にサクラバクシンオー、ノースフライト、ダンスインザムード、ダイワメジャー。

 何となくこれだけでも彼女の交友関係がわかろうというものだ。

 

 それらに挨拶を返しながらも、結局彼女は、友人が来ますから、とメジャーとムードが座るソファーの隣のソファーに陣取った。

 

 

 スクリーンにはパレードリングの様子が映し出されている。

 現地の中継に日本語の実況がついたそれによれば、セミラミスは異国の地でも変わらず集中できているようだった。

 中継の解説を担当しているウマ娘はアグネスワールド。日本ウマ娘で唯一英国短距離G1を勝利したことのあるウマ娘だ。

 芝の様子やアスコット名物の坂、直線コースでの仕掛けの難しさなどを実体験に基づいて説明している。

 

「それにしても落ち着いてるわねセミっち」

「あいつはいつもあんなんだぞ」

「……それが、どれだけ……難しいことか」

 

 自身も国は違えど海外遠征経験のあるマンハッタンカフェがそう呟き、サクラローレルもうんうんと頷いている。

 

 と、そこへ新たなウマ娘が到着した。

 

「Been waiting long? もう始まってるかい?」

「大丈夫、今パレードリングが終わるとこぐらい」

「良かった」

 

 そう言いながらレヨネットの隣に腰掛け脚を組んだ栗毛の短髪のウマ娘はカジノドライヴ。

 レヨネットのクラスメイトで、アメリカからの留学生だ。

 彼女とは路線も距離も異なるが、持ち前の社交性と英語力で仲良くなっていた。

 

「どうだい、お姉さんの様子は」

「見た感じいつも通り、かな」

「Excellent. 異なる環境でも平常心を保てるというのは素晴らしいことだ」

 

 興味深げに前のめりに画面を眺めるカジノドライヴ。

 

「確かお姉さんも英語は話せるんだったね」

「ああ、姉ちゃんも一緒に習ったから。BBCとか向こうの番組も聞いてたから、あたしより話せるし聞き取れるよ」

「なるほど、きれいな Queen's English だから、間違いなく武器になるだろうね」

 

 いつから英国に遠征するつもりだったんだろうね、とカジノドライヴは言うが、そのために姉妹は英語を学んだというわけではない。

 ただ近所に英国人の家族が何組か住んでいて、そこで幼少期に触れる機会が多かったというだけだった。

 

「(勝つと思うかい?》」

 

 カジノドライヴがぽつりと英語で言う。

 

「(……多分)」

 

 彼女も英語で答える。

 

「(勝つと思う、というより。負けるところを想像できない、かな)」

 

 それを聞いたカジノドライヴは皮肉げに唇を歪めた。

 

「(……わかるわ。姉があれだけ強いと、負ける想像なんてしなくなる)」

「(ええ。──勝つのが普通だと思ってしまう)」

 

 お互い偉大な姉を持つ者同士。

 この2人が仲良くなったのはそういった背景もありそうだった。

 

 

 いつの間にか画面はコースへと切り替わり、出走ウマ娘たちが返しウマに入っている。

 そこへそっと室内に滑り込んでくる影。何人かが気配に振り向く。

 生徒会長、シンボリルドルフだった。

 

 後方でそこだけ周りが空いていたシンボリクリスエスとゼンノロブロイの同室コンビのもとに滑り込む。

 

「会長さん、もうすぐ発走ですよ」

間不容発(かんふようはつ)、危ないところだった」

 

 忘れられがちだが、シンボリルドルフもまた美浦寮の一員である。

 滑り込んできたシンボリルドルフの腰が定まったその瞬間。

 スクリーンの実況がゲートイン完了を告げた。

 

『さあ各ウマ娘ゲートイン完了…………スタートしました!』

 

 

 ゲートが開く。

 

『キングズスタンドステークス、各ウマ娘きれいなスタート!』

 

 直線コースはこのスタート直後の位置取りがレースに大きな影響を与える。

 

『まず出たのは2番ノルデンセミラミス、日本のセミラミス! しかし内から一気に来た、7番テイクオーバーターゲット! さらに5番エキアノも前へ出て、前はこの二人!』

 

 外側からまっすぐ出たセミラミスに被さるように内側から切り込んできた2人。

 セミラミスは争わず一歩引いた。

 

『直線1000メートル、隊列は早くも固まりました。先頭エキアノ、テイクオーバーターゲットが並ぶ形。

 その直後、日本のノルデンセミラミス!』

 

 そのままレースは淀みなく進む。

 展開が動いたのは残り半分を切ったあたりだった。

 

『残り400メートルを切りました! ここで外へ持ち出した、ノルデンセミラミス! ラチ沿い、ギリギリを通って前との差を詰めていきます!』

 

「来た!」

「よし行け!」

 

 ギャラリーの応援にも熱が入る。

 何人かのウマ娘などは腰を浮かしかけていて、隣の相方にすがりつかれて止められていた。

 

『エキアノ先頭! しかし外からノルデンセミラミスが迫る!』

『残り200! 並んだ!』

 

 先ほどとは打って変わって誰も声を出さない。

 息を詰める気配だけが部屋に満ちていた。

 

 本来、日本のレースなら必勝パターンに近い状況で粘られてしまっている。

 ここが勝負どころだった。

 

『エキアノとノルデンセミラミス、並んだ! テイクオーバーターゲット粘っている!』

『セミラミス来た! わずかに前へ!』

 

 背後で副音声のように入っている現地語の実況にも熱が入る。

 

『ノルデンセミラミス! ノルデンセミラミス!!』

 

 画面手前と奥の2群が決勝線へとなだれ込む。

 しかし、コースの標識を真っ先に越えたウマ娘が誰であったかははっきりと分かった。

 

『キングズスタンドステークス──勝ったのは日本のノルデンセミラミス!』

 

 その瞬間、室内に歓声が上がった。

 最前列ではバクシンオーとフライトが抱き合って喜んでいる。

 かつて同室だったダイワメジャーを筆頭に、何人かのウマ娘も立ち上がって拳を振り上げている。

 

『ロイヤルアスコット、日本ウマ娘初勝利! そしてこれでG1・8勝! 日本最多勝記録を更新しました!』

 

 実況のセリフに、何人かのウマ娘が後ろを振り向く。

 G1・7勝の皇帝に。

 

 視線にさらされたシンボリルドルフは静かに立ち上がり、拍手を始める。

 すぐにシンボリクリスエスが続き、次いでゼンノロブロイが倣う。後ろで見守っていたヒシアマゾンも頭の上で手を打つ。

 

「皆さん、ありがとうございますッ!」

 

 セミラミスに代わって祝福への礼を伝えるサクラバクシンオー。

 

「……ようやくか」

 

 祝福の拍手に包まれる最中、その呟きは真横のクリスエス以外の耳に届くことはなかった。

 

 

 そんな喧騒の最中、レヨネットは放心したように息を吐く。

 手は拍手を打ちながら、ただ勝ったことに安堵していた。

 

「(本当に言ったとおりになったわね)」

 

 横に座るカジノドライヴの囁きに、ただ彼女は頷くことしかできなかった。

 

 

 戦勝の興奮冷めやらぬ中、三々五々撤収の準備が進む。

 さすがに翌日も平日である以上、あまり長く余韻に浸っているわけにもいかなかった。

 

 だが、その余韻をまるまる吹き飛ばすような事件が、勝利後のインタビューを流しっぱなしのスクリーンから飛び込んできた。

 




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