驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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121 八冠の女主人とキングズスタンドSの後(後編)

 一人の英国人記者が手を挙げる。

 金髪の、嫌味そうな痩せた男だった。

 

「(まずはアジア人初の快挙おめでとうございます)」

 

 なるほど。嫌味そうな、ではなく本当に嫌味な奴だった。

 だが一応事実なのでまだいい。わざわざ人種で括ったあたりクッソ失礼なことには違いないが。

 周囲のどこかから小さく舌打ちが聞こえたあたり、英国でも上品な行いではなさそうだ。

 

「(ただ今年のキングズスタンドは例年よりメンバーが手薄だったという見方もあります。この勝利の価値について、どのように評価していますか?)」

 

 は? 

 通訳が言葉を探すより早く、私は口を開いた。

 

「(その見方には賛成できません)」

 

 私だけならまだしも、出走者全員を軽く見やがったなこいつ。

 

「(王の御前(キングズスタンド)で走るウマ娘に、誰一人として軽いメンバーなどいません)」

 

 だが直接そうとは言わない。それは淑女的ではない。

 そう教わった。

 

「(そして私は今日、彼女たちに勝つためこれまでで最も速く走らなければなりませんでした)」

 

 基本は各個撃破だ。殴りに行く対象以外は全て持ち上げる。

 

「(それを手薄なメンバーなどと評するなら)」

 

 一旦言葉を切り、眼鏡越しに記者の見開かれた目を見据える。

 ナメた物言いは許さない。

 

「(その言葉はレースではなく、質問のほうをよく表しています)」

 

 相手にするべきはこの嫌味な記者ではない。

 周りの記者、観客、走者、すべてだ。

 

「(今日私は、素晴らしいウマ娘たちと走る栄誉に恵まれました。そして彼女たちに勝てたからこそ、この勝利には意味があります)」

 

 いやはや、心にもあることを言うのは楽でいい。嘘というのは健康に良くないからな。

 ほんの少しだけ微笑む。

 

「(──それでは紳士淑女の皆様、最初の質問をどうぞ)」

 

 一瞬の沈黙のあと、眼鏡の記者は口を開きかけ、そして閉じた。

 何人かの記者が顔を見合わせて肩を揺らしている。

 客席のあちこちから笑いがこぼれた。そしてすぐに、ぱらぱらと拍手が起こる。

 

 ……上出来だ。

 これでナメた真似をする人間も減るだろう。

 実は英語ができることはバレてしまったが、どうせ時間の問題だったのだから構わない。

 

 と、近くの記者から関西弁が聞こえた。

 

 「自分マジか……、スカしたツラしてえげつないこと言いよったわ」

 

 確か藤井とかいったはずだ。こいつもついでに沈めとくか。

 その記者の顔を上目遣いで見上げ、人差し指を唇に当てて甘えた声を作って囁く。

 

「あ~怖かったぁ」

「ブフォ!?」

 

 彼は吹き出してうずくまる。よし、撃沈成功。

 トレーナーさんも椿さんも、周りの記者も不思議そうな顔をしている。何人か笑っているのはたぶん関西人だろう。でなきゃ新喜劇のネタなど通じはしない。

 

「(一体何を言ったんですか)」

「(ローカルなジョークですよ。思ったより受けたようでなによりです)」

 

 椿さんがわざと英語で問いかけてきたものにすまし顔で答える。

 周りを見渡すと、雰囲気は好意的なもののようだ。

 

 よし、主導権はこちらに来た。

 

 まず手を挙げたのはなんと先ほどの眼鏡の記者だった。

 

「(では、今度はもう少しまともな質問を)」

 

 背後で同僚たちの笑いが漏れた。

 先ほどのやり取りの余韻が、まだ記者席のあちこちに残っている。

 あそこから立て直すとはずいぶんなプロ根性だ。どうやらまだ仕事を続ける気らしい。

 最初からそうして欲しいものだが。

 

「(残り400メートルで外へ持ち出しましたが、あれは予定していた動きだったのでしょうか?)」

 

 私は一応、通訳を待つ。

 さすがに乙名史(慶)さんもわずかに眉をひそめたが、すぐに表情を整えて淡々と質問を日本語へ訳す。

 プロは切り替えが早い。

 

「あそこは予定通りです。前が速かったので、早めに動く必要がありました。エキアノもテイクオーバーターゲットもとても強く、簡単なレースではありませんでした」

 

 私の答えに、何人かの記者がうなずきながらメモを走らせる。

 先ほどまでの軽い空気が、少しずつ「仕事」の顔へ戻っていく。

 

「(英国の芝と直線コースはいかがでしたか)」

「とても面白いコースでした。日本とは全く違います。特に最後の坂は印象的でした。あそこで脚の使い方が変わりますね」

 

 通訳を挟みながら、質問と回答が往復する。

 さっきまでの騒ぎが嘘のように、記者席はすっかり通常運転だ。

 

「直線コースは仕掛けどころが難しいと聞いていましたが、対策は万全だったようですね」

 

 これは日本人記者だ。

 さすがに乙名史姉妹の日英通訳などという無駄はせず、お互いの日本語を英訳するだけだった。

 

「フランスでみっちり練習しましたので。ただ芝への適応は完全とは行きませんでしたが」

 

 遠征前の調整を思い出す。

 まだ完全ではない。だが、少なくとも走れることは分かった。

 

「(この開催ではゴールデンジュビリーSへの出走も予定されていますね。次戦への手応えはいかがでしょうか?)」

 

 次の質問に、周囲の記者たちのペンが一斉に止まる。

 この開催の本命はむしろそちらだ。

 

「ええ。もちろん簡単なレースにはならないでしょう。テイクオーバーターゲットやマルシャンドールのような素晴らしいスプリンターがいますから」

 

 名前を出すと、数人の記者がちらりと周囲を見た。

 当人たちがまだ近くにいるのを誰もが知っている。

 

「ちょっと待ってください、中3日ですよ!?」

 日本人記者が思わず声を上げる。

 

 その反応に、記者席のあちこちから小さな笑いが漏れた。

 

「はい、こちらではそれが普通だそうです。テイクオーバーターゲットも同じローテですよ」

 

 私は視線を横へ向ける。

 まだ近くにいたテイクオーバーターゲットへ。

 彼女はこちらを見て、口の端をわずかに上げた。

 どうやら聞いていたらしい。

 

「勝算は?」

 

 日本語の短い質問だった。

 

「今回よりはあります。ようやく芝と坂の感触も掴めてきましたから」

 

 そう答えると、記者席の空気がわずかに動いた。

 そして──

 

「(随分自信があるみたいだね)」

 

 テイクオーバーターゲットだ。

 インタビューに乱入など日本では考えられないが、こちらではままあるらしい。

 

「(ではお二人に。次も同じ結果になると思いますか?)」

 

 これは先ほどの銀縁メガネのイヤミ記者だ。

 記者の視線が私たちを行き来する。

 

「(それは4日後に分かることだね)」

 

 テイクオーバーターゲットは肩をすくめる。

 

「(ええ。レースが答えてくれるでしょう)」

 

 互いに見合って、にやりと口角を上げた。

 

「(じゃあ、その答えを楽しみにしてるよ)」

 

 観客席から小さな拍手が起きる。

 

 そして更に輪に加わって来たのは2着のエキアノ。

 3着のテイクオーバーターゲットと合わせてここまでがいわゆる歌唱圏内だ。

 何やら彼女は不満げな様子。

 

「(お前さ……なんで喋れたのに黙ってたんだよ)」

 

 まあその節は申し訳なかった。眉をハの字にして答える。

 

「(ちょっと発音に自信が無くて……)」

「(今年一番お上品な英語で、嫌味か貴様)」

 

 ジロリと半ばにらみつけるはテイクオーバーターゲット。

 こういう時は……。

 

「(ごめん、なんて言った?)」

「(おいこら)」

 

 誰がオージー訛りがきつくて聞き取れないだこの、とジト目で小突かれる。

 ……そこまでは言ってない。

 

「(……ったく、アナウンサーみたいな発音しやがって。誰にそんな言い方教わったんだ)」

「(BBCの車ぶっ壊す番組かな)」

 

 少年の心を持ったおじさんたちが車で遊ぶ、例の番組だ。

 私の英語の先生が教材として勧めてくれた番組でもある。後は雑学クイズ番組とか。

 

「(そこは国際救助隊とかアンテナ生えた着ぐるみとかあるだろうがよ……)」

「(そりゃこんなんになるのは当たり前だぜ)」

 

 二人して天を仰ぐ。

 

 ……なんだろう。

 ものすごく失礼なことを言われている気がする。

 

 

 そうしていると、授与式の準備をする濃緑の制服を着た係員が控えめに手を上げた。

 

「(そろそろお時間です)」

 

 どうやら本当に終わりらしい。

 記者たちが少しずつ散り、カメラも次の場所へ移っていく。

 

「(じゃあな)」

 

 テイクオーバーターゲットが肩を回した。

 

「(4日後だ。次は負けない)」

「(その時に答えは出ます)」

 

 私が頷くと彼女は、楽しみにしている、と口の端を上げた。

 エキアノは隣で鼻を鳴らす。

 

「(俺はいいや。次はナンソープSだ。次も5ハロン)」

 

 どうやらエキアノとはもう戦うことはないようだ。

 テイクオーバーターゲットが肩をすくめる。

 

「(5ハロンと6ハロンは別競技だからな)」」

「(6ハロンは任せるよ)」」

 

 二人の視線がこちらへ向く。

 私は少しだけ首を傾げた。1000mも1200mもそんなに違うものだろうか。

 

「(そうなんですか? 同じ短距離ですよね?)」

 

 二人が同時にため息をつく。

 

「(変わるって)」

「(全然違う)」

 

 どうやら本気で言っているらしい。もしかしたらこちらではそうなのかもしれないが。

 私は軽く肩をすくめる。

 

「(短距離ならどこであっても同じでしょう)」

 

 二人が眉を上げた。

 あの日以来、1400m以下は短距離だと決まっているのだ。少なくとも日本では。

 

「(勝つだけです)」

 

 少しだけ言葉を置く。

 

「(憧れを越えるために)」

 

 テイクオーバーターゲットが笑い、エキアノは呆れた顔で手を振った。

 

「(まあいい。じゃあな)」

「(4日後だ)」

 

 二人はそれぞれの方向へ歩いていく。

 

 係員が再び手を振った。

 どうやら本当に表彰式が始まるらしい。

 

 私は歩き出す。

 その少し離れた場所で、ひとりのウマ娘が立っていた。

 

 キングスゲイトネィティヴ。

 

 鏡写しのような勝負服に身を包んだ彼女は腕を組んで、こちらを見ていた。

 

 視線が合う。ほんの一瞬。

 

 彼女はゆっくりと帽子のつばを指で持ち上げる。

 それだけだった。

 

 ロイヤルアスコットミーティング最終日、6ハロンの電撃戦。

 ゴールデンジュビリーSまで、あと4日。




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