驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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122 八冠の女主人とゴールデンジュビリーSへ(前編)

 レース明け。

 アスコット、2人の宿舎のコンドミニアム。

 

 勝利から一夜明けて、私たちが根城としているコンドミニアムには慌ただしい空気が流れていた。

 

「──ですから! レース前なんですよ!?」

「せめてコメントだけでも── 」

「ですから今は受けられないと何度も──」

 

 扉越しに怒号と押し問答が飛び交う。

 

 あれからいつものレース関連メディアだけでなく、一般のテレビや新聞などの取材が殺到している。

 断ってくれているとはいえトレーナーさん曰く、ゴールデンジュビリーSが終わったらテレビ取材を受けることにはなったらしい。

 さすがに全てをシャットアウトというわけにはいかなかったようだ。

 それにしても…………。

 

「(へいセミラミス~、いつまで寝てるの~?)」

 

 部屋の外からずいぶんと復調したマルシャンドールの声がする。

 布団越しに聞こえるその声に無言を返す。

 起きて顔を合わせる理由がまだ見つからない。

 申し訳ないが狸寝入りを決め込ませてもらおう。先日の私はなんであんなことを……。

 

「(セミラミス~、『アスコットのスピードクイーン』~? 『微笑みの狩人』~? 『鋭剣を忍ばせた淑女』~?)」

 

 思わず布団を跳ね除け飛び起きる。

 

「(あ、やっぱり起きてた)」

 

 そうして扉を開けて入ってきた彼女の表情は明るい。

 逆光で見えにくいが、いたずらっぽい表情を浮かべる目の下の隈も先日に比べると相当薄くなっている。

 

 そのままよっこいしょとばかりにリビングへと連行される。

 

「(それにしても、この間の貴女と今の貴方、どちらが素なのかしらね)」

 

 どちらが。

 そう言われてしまうと難しい。どちらも私だ、というのが正直なところだろう。

 レースの後はどうしても高揚して余計なことまで言ってしまう。あまり好ましい状態とはいえまい。

 

「(どちらもセミラミスですよ)」

 

 電話を終えた椿さんの声に顔を上げる。

 その言葉には迷いも遠慮もない。

 

「(ふぅん……。面白いわね)」

 

 そう顎に手を当てて考え込むマルシャンドールをよそに、椿さんから聞きたくもない話を聞かされる。

 どうやらG1・8勝目というのもあり私の遠征が日本でも注目されているらしい。

 

「今更ですか」

「まあそんなもんよ。勝たなきゃ話題にもならない」

「(歴史は勝者によって書かれる。そういうものよ)」

 

 SNSの私の公式アカウントにもたくさんの反応やコメントがついている。ああ嫌だ嫌だ。

 ちらっと見知ってしまったが、流石京都人だのレスバ強杉だの言われているらしい。

 

 ぐでっ、と机に突っ伏す。

 

「(重症ね。日本のお友達からのメッセージとかはなかったわけ?)」

「(そりゃありましたよ。私だって友人の十人や二十人居ますって……)」

 

 昨晩は溜まっていたLANEの返信で忙しかったのだから。

 それを示そうと個人用の端末を取り出し画面に指を走らせる。

 

 両親、クラスメイト、チームメイトのグループメッセージ。

 それぞれ違う温度で、同じ言葉を送ってくる。

 

 そして個別に送ってきた先輩方。バクシンオーさん、ノースフライトさん、ゼファーさんと言った特にお世話になっている皆さん。メジャーさん、カフェさん、ジャーニーさん、ローレルさん、タイキシャトルさんといった学園の面々。ヴィクトリー倶楽部のユタカオーさんやシンゲキさんといった人たち。

 同じく個別でも送ってきた友人たち。ウオッカ、スカーレット、スプマンテ。

 最近連絡先に加わったゴルディコヴァ、そしてレヨネット。

 

 私の遠征出発直後に行われた安田記念では、シニア級に混じってただ一人クラシック級ながら香港から遠征してきたアルマダを差し切る活躍を見せた。

 ただ3バ身先にウオッカが居ただけで、十分健闘したと言える。

 中継でしか見られなかったが、秋以降の成長が楽しみだった。本人には言ってやるわけにはいかないが。

 

『お疲れ 勝ってたね』

『ありがとう 安田も見たよ』

『……そう』

 

 引き続きスクロールしていると、一番上のところで指が止まる。

 

『おめでとう、なのです』

 

 日本時間の朝に送られたのだろう、たったそれだけの新着メッセージ。

 現役の競争ウマ娘にとっては遅い時間であることに、少しだけ胸の痛みを覚える。

 なんと返そうかしばし迷った末、画面を撫でる。

 

『ありがとう 私達の約束だから』

 

 送信。

 

 画面が暗くなる。

 

 私は、約束を果たせたのだ。

 万感を込めて息を吐く。

 そんな私を見て椿さんとマルシャンドールはどう解釈したのか知らないが、顔を見合わせて声をかけてきた。

 

「(やっぱり気分転換にでも出かけたほうがいいんじゃない?)」

「(それなら、ロイヤル・プロセッションを見ない手はないわね。せっかくアスコットに来たんだから)」

 

 私も軽く抵抗はしたが、翌日の偵察にもなると丸め込まれて同行する運びとなった。

 

 芝の消耗具合を確かめるには実際に走ってみるのが一番だが、二番は走っているのを見ることだった。

 都合が良いことに明日のレースプログラムは6ハロンすなわち本番のゴールデンジュビリーSと同じ条件の競争が組まれている。

 

 それに、ロイヤルアスコットミーティングに来てロイヤル・プロセッション、すなわち王族のパレードを見ずに帰るというのも仁和寺の法師のようなものだろう。

 実を言えば、そのためにフォーマルな服装も持ち込んでいたのだ。

 

 そういうわけで、三人で観客として出かける事になった。




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