驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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123 八冠の女主人とゴールデンジュビリーSへ(後編)

 ロイヤルアスコットミーティング4日目。

 アスコットレース場、観客席。

 

 ゴールデンジュビリーSを翌日に控えたこの日、私とマルシャンドールはスタンドの上の方にてレースを観戦していた。

 日本であれば黒山の人だかりとでも評されるところだろうが、こちらでは華やかな帽子が咲き乱れるとでも評するべきだろうか。

 

 ロイヤルアスコット開催中、最初のレースの前には必ず「ロイヤル・プロセッション」が行われる。

 儀仗ウマ娘に護衛された王族がバ車でコースを進み、観客がそれを迎える。いわばこの開催を象徴する儀式だ。

 

 スタンドに上がるにはドレスコードを守る必要がある。

 こういうときのために、とノースフライトさんが選んでくれていた淡色のサマードレスは着飾った観客の中でも浮いてはいなかった。

 

「(振袖じゃないのね)」

 

 マルシャンドールが少々残念そうに呟く。

 金の刺繍が入ったネイビーのワンピースにリボン付きのサマーハットで決めた彼女のように、ドレスコード上は西洋の正装ではなく各国民族衣装も問題ない。

 実際、サリーやチャイナドレス、振袖の女性やウマ娘もちらほらとは見られる。

 ただ……。

 

「(目立つのは嫌なので)」

「(残念、きっと似合うと思ったのに)」」

 

 私は走りに来たのであって、百歩譲って走りを品評されるならまだしも容姿を品評されるために来たのではない。

 そういった西洋人の無意識な傲慢さが気に食わない。必死に西洋に伍するため鹿鳴館で着飾った先人たちの苦労が忍ばれるというものだ。

 だが結局マンチュリアの原野や対海峡で武力を示さねば条約改正もままならなかったように、自らの走りによってでしか見方は変わらないのだろう。

 個々人としてはともかくとして、だ。

 

 そんな過激なことを腹の中で考えながらスタンドの最上部に陣取る。

 色とりどりの帽子が並ぶ観客席。そのざわめきが不意にすっと収まる。

 

「……?」

 

 周囲が一斉に立ち上がる。何事かと視線を巡らせたところで、遠くから拍手が波のように広がってきた。

 

「(あれよ)」

 

 隣で双眼鏡を下ろしたマルシャンドールが、顎でコースの向こうを示す。

 

「(ロイヤル・プロセッション。毎日やるの)」

 

 視線の先、芝の上をゆっくりと進んでくるのは、金の装飾を施されたバ車だった。

 バ車曳きから儀仗兵に至るまで芦毛と白毛で固められ、それぞれ赤い正装に身を包んだウマ娘の隊列が目前を通過する。

 それに揺られるは、ほど近いウィンザー城からお出ましの女王陛下と王配殿下。

 

「(毎日?)」

「(ええ。ロイヤルアスコットだから)」

 

 簡潔な答えだった。

 ウマ娘文化全体の守護者にして、自身もまた後援するチームを有する無類のレース好きとしても知られる女王陛下。

 要するに趣味と実益(公務)を兼ねているのだろう。

 

 陛下の名を冠したレースが英連邦(コモンウェルス)諸国に存在しているというのがその証とも言える。

 そして、その数少ない英連邦(コモンウェルス)諸国以外で開催される王室公認レースが日本のエリザベス女王杯である──というのはレース史でも習うことだった。

 

 観客の拍手は決して騒がしくない。ただ、揃っている。

 帽子を軽く掲げる者、静かに手を打つ者。

 どこか儀礼めいたその動きが、場の空気を一段引き締めていた。

 

 ──なるほど。

 これが、ロイヤルアスコットミーティングか。

 

 

⏰️ ⏰️ ⏰️

 

 

 ロイヤルアスコットミーティング5日目、ゴールデンジュビリーS当日。

 アスコットレース場、控室。

 

 

 目を開く。

 姿見には完全武装のウマ娘の姿。

 赤い上着も、白い襷も、散りばめられた勲章やメダルも、一部の隙もない。

 

 更衣室を出ると、控室にはトレーナーさんと椿さん。

 もはや会話は必要なかった。

 作戦は昨夜の内に詰めてある。

 

 

 昨日の時点でアスコットは開催4日目。開催が進んで、内側のバ場が荒れてきている。

 マイルまでは直線コースしか使わないが、それ以上ではやはり内側にウマ娘が集中するからだ。

 そのため昨日の直線6fでも外側の若い番号が有利となっていた。

 

「外が伸びる。これは確定でしょう」

 

 報告を聞いたトレーナーさんの言葉に私は頷く。

 だが問題がある。私が今回引いた枠は20人中の16番。外から順に並ぶアスコットではかなりの内枠だった。

 

「勝ち筋は3つあります」

 

 トレーナーさんは指を3本立てた。

 

「外へ出して押し切るか、中団で脚を溜めるか、あるいは内でロスを消すか」

 

 順にハイリスクハイリターン、安定、ローリスクといったところか。

 とはいえ私が取るべき手段など決まりきっている。

 そうでしょう、と椿さんを見やった。

 

「……外へ出て押し切るしかない、かな?」

Exactly.(その通りにございます)

 

 距離ロスがあったとしても、半端に内に留まるほうが不利。

 昨日のレース模様を見て、私はそう判断していた。

 そして共に見ていた、同じく内枠の12番マルシャンドールも同じ判断を下していることだろう。

 

「となると、まず警戒すべきは外枠のテイクオーバーターゲット」

 

 トレーナーさんは豪州の逃げウマの名を挙げた。

 たしかに数々のG1を勝ち、安定した成績を残している彼女は脅威だろう。一緒に走っていた身としてもそう感じる。

 

「あるいはマルシャンドールも来るでしょう」

 

 短距離では珍しく追込脚質の彼女もまた十分に警戒すべき相手だ。

 ここ3週間共に研鑽した相手でもあり、その爆発力は身をもって知っている。

 

 だが。

 

「……一番危険なのは、キングスゲイトネィティヴです」

 

 たしかに前走では期待されるも凡走し人気を落としている。

 だが今回は前回と違って外枠を引き、クラシック級の彼女は斤量もわずか0.45ポイントだが前回より軽い。

 決して油断していい相手ではない、というのが私の見立てだった。

 

 そんなことを思い返していると、トレーナーさんが私の前に立つ。

 いつも通りに私の肩に両手を置き、腕まで撫で下ろした。

 

「気をつけて、行ってきなさい。いつもどおりに」

「はい」

 

 そう、自分のレースをする。

 例え異国の地であろうとも、私の走りをすることが肝要なはずだ。

 

「それでは」

 

 そのまま扉を開け、外へと踏み出した。




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