驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
トレセン学園、栗東寮、シアタールーム。
先日の美浦寮と同じく、門限後ではあるが特例ということで開催された応援会。
シアタールームに集まった人数は同日美浦寮のそれよりは遥かに少ない。
美浦と栗東では若干の対立意識があることに加え、セミラミスの交友関係が本人はなんだかんだ言いつつも美浦寮に集中しているためだ。
そのため、応援会とは銘打ちつつも観戦会といったほうが自然な、お手並み拝見といった空気が半分、日本のスプリンターが勝つところをみたいといった野次ウマ娘が半分といったところだった。
そして数少ない例外側の一団が、セミラミスの同期の面々だった。
「──先程の第一競争チェシャムS(L)を勝ったフリーエージェントのように、英国の女王陛下は個人でもウマ娘の後援をおこなっておられますね」
「へー、流石ジャーニー先輩、博識っすね!」
この中では唯一同学年ではないドリームジャーニー、そして同じクラスのウオッカとダイワスカーレット、加えてこの春から骨折で休養しているローレルゲレイロだ。
スクリーンに映し出された映像は英国アスコットレース場を写している。
「そろそろ始まるみたいですよ」
ドリームジャーニーが居るからか猫かぶりモードのスカーレットを尻目に、ローレルゲレイロはその猫目で食い入るように画面を見つめている。
現地の中継映像を背景に、日本のレースと同じように日本の放送局で実況と解説をつける形式のようだ。
『ロイヤルアスコットミーティング最終日、世界最高峰の短距離戦、第三レースゴールデンジュビリーSがまもなく発走です』
『解説には引き続きアグネスワールドさんをお呼びしています』
本来アグネスワールドはトレセン学園で指導業務に携わっているのだが、なにせ英国の短距離で走っためぼしいウマ娘など彼女を置いて他にない。
そのためここのところ彼女は引っ張りだこだった。
『日本から遠征してきたノルデンセミラミス。国内G1戦線を席巻し、4日前のキングズスタンドSも勝利していよいよ世界最高峰の舞台へと挑みます』
『ポイントはバ場状態。開催が進み、外の伸びがはっきりと見られる状況です。どう思われますか』
実況の質問にアグネスワールドは落ち着いた声音で答える。
『外に出せるかどうか、それだけですね。出せなければ勝てない。出せれば勝負になる。そういう話です。ただセミラミスは内寄りの枠。この不利をどう克服するのかが大きな焦点となります』
アスコットの勝ちこそ無いが、同じ条件を好走した経験のある彼女の言葉は貴重だ。
『前走は半バ身差の勝利、決して余裕のある内容ではありませんでした』
『ええ、あのレースはかなり脚を使っています』
「……大丈夫なのかよ」
「現地だとそこまで珍しくないわよ? 今回もテイクオーバーターゲットやセミラミスと勝負服被ってる子が同じ連戦ローテだし」
ウオッカの疑問に、昨年末から彼女の師匠と同じく距離短縮しているローレルゲレイロが答える。
どうやら彼女らは一時期同じチームに居たらしく面識があるようだ。
『本来なら避けたいローテーションです。ただ今回は少し意味合いが違います』
『前走は適応途中のレースでした。今回はその延長線上にある本番ですね』
「くくっ……まさかG1レースを追い切り代わりにして勝つとはね。面白い人だ」
「……そういう言い方はどうかと思いますけど」
「失敬。ですが、未完成でああならば──」
言い方を嗜めるスカーレットに、完成してしまえばどうなるのか、とドリームジャーニーは言外に語る。
それへの反応は三者三様。
だとしても一番はアタシよ、とその瞳で語る者。復帰後すぐにでも対戦することを考えて画面への視線を鋭くする者。そして、府中マイルでは二度と負けねぇ、と決意を新たにする者。
それぞれの思惑をよそに、レースが始まろうとしていた。
『各国の強豪が揃ったこの一戦。果たしてノルデンセミラミスは世界の頂点に立つことができるのか──注目です』
ゲートが開く。
一直線の芝に、18の影が弾けた。
『揃ったスタートです! ゴールデンジュビリーS、各ウマ娘ぼ互角の飛び出し!』
最初の数歩で流れが決まる。
外から一気に加速してきたのはテイクオーバーターゲット。無駄のない踏み込みでそのまま先頭へ出る。
『外からテイクオーバーターゲット、スムーズにハナを奪います!』
その背後、外ラチ寄りの好位にキングスゲイトネイティヴ。
軽い脚取りで無理なく二列目を確保する。
『キングスゲイトネイティヴは外の好位、絶好のポジションにつけました!』
一方で、ノルデンセミラミス。スタートは申し分ない。前に出る脚もある。
だが、外はすでに埋まっている。横へ広がる外枠勢。その壁に行く手を阻まれ進路は開かない。
わずかに外へ寄せるが、無理はしない。押さえるように脚を収め、位置を確定させる。
中央寄り、先行集団の内から二列目。
『セミラミスは好スタートから外へ出したい構えも、ここは無理をせず中寄りの好位!』
理想ではない。だが、崩れてもいない。
その後方、さらに距離を置いてマルシャンドール。最初から競り合いには加わらない。流れを見切ったように、最後方で脚を溜める。
『マルシャンドールは後方待機、ここはじっくりと構えています!』
隊列が固まり始める。
外へ、外へと流れるバ群。
先頭はテイクオーバーターゲット。その後ろ、外にキングスゲイトネイティヴ。そして中寄りに、ノルデンセミラミス。
まだ、動かない。隊列が伸びる。
『レースは中盤へ! ここで隊列は縦長になりました!』
先頭はテイクオーバーターゲット。ペースを落とさない。むしろ、じわりと締めていく。
『テイクオーバーターゲットが引っ張る展開! 流れは徐々に速くなっています!』
バ群は自然と外へ寄る。踏み固められたラインを選ぶように、外ラチ側へと集まっていく。
その中で、キングスゲイトネイティヴは外の好位を維持。
無理なく、しかし確実に前を射程に収める位置。
『キングスゲイトネイティヴは外の好位でじっくり、前を見ながら進みます!』
一方、ノルデンセミラミス。位置は変えない。
前にも出ない。下げもしない。
『セミラミスは中寄りの好位で動きません! ここはじっと我慢の構え!』
残り3ハロン、すなわちレースの半分が過ぎるまでこの均衡は続いた。
だが半分を過ぎて空気が変わる。
『残り3ハロンを切りました! ここから一気にペースが上がる!』
先頭テイクオーバーターゲットがさらに踏み込む。
それに応じるように、先行勢も一斉に加速。外ラチ側、バ群が前へと圧縮されていく。
『前が動いた! テイクオーバーターゲットが引き上げる!』
その外キングスゲイトネイティヴが動く。
無理なく、しかし確実に一段上のギアへ。外から前との差を詰めにかかる。
『キングスゲイトネイティヴが進出! 外から一気に前へ!』
前は速い。だが──
『速すぎる……!』
先行集団の脚色がわずかに揺らぐ。踏み込みに微かな重さが混じる。
消耗が始まっている。
その中でセミラミスは、まだ動かない。
『セミラミスはまだ仕掛けない! 中団で我慢を続けています!』
前との差が開く。
周囲が前へ出る分、位置が下がる。
『ここでセミラミス、やや後ろへ下がる形!』
『いえ、動いていないだけですね。周りの仕掛けが早すぎる』
残り2ハロン。
『残り2ハロン! 各ウマ娘ここから最終局面!』
外からはキングスゲイトネイティヴ。一完歩ごとに差を詰め、ついに先頭集団へ。
『キングスゲイトネイティヴが前へ! 外から一気に先頭圏!』
先頭テイクオーバーターゲット。
ここまで先頭を引っ張ってきたが、その脚色に陰りがでてきた。踏み込みがわずかに鈍っている。
『テイクオーバーターゲット粘る! しかし脚色が苦しくなってきた!』
その外から赤服に白襷、キングスゲイトネイティヴが並びかける。
先頭争いが、外で動いた。
その瞬間。
中央からノルデンセミラミス。
同じく赤服に白襷のウマ娘がようやく動いた。
『ここでノルデンセミラミスが進出開始! ワンテンポ遅れて動いた!』
外へ踏み込む。
ここまで温存してきた脚を、一気に解放しての加速。
『外へ持ち出したセミラミス、ここから加速してくる!』
さらにその後方、マルシャンドールも追込み開始。後方から、大外を回して一気に伸びる。
『マルシャンドールも来る! 大外から追い込んでくる!』
残り1ハロン。
キングスゲイトネイティヴ外から抜け出す。
『キングスゲイトネイティヴ先頭に立った!』
その内寄りからノルデンセミラミスが迫る。
一直線に加速して並びかける。
『セミラミスが来た! 内から並びかける!』
二人が並ぶ。
完全な横一線。
『一騎打ち! キングスゲイトネイティヴとノルデンセミラミスの叩き合い!』
外からマルシャンドールも伸びてくる。だが間に合わない。
前は二人。
後ろはもう間に合わない。
逃げウマや先行集団にもはや余力はない。
赤い軍服に白い襷、襷の方向まで鏡写しのミラーマッチ。
先に鈍りだしたのは軽斤量で先に加速した
『セミラミス、抜け出す!』
キングスゲイトネイティヴは食い下がる。
だが、その脚はもう一段上には届かない。
『ノルデンセミラミス! セミラミス抜け出した! 行け! そのまま!』
残り僅か。
ノルデンセミラミスは止まらない。
最後まで伸び続ける。
『セミラミス先頭! セミラミス先頭! ノルデンセミラミス先頭!』
そのまま──ゴール。
『ゴールイン! ノルデンセミラミス!』
一バ身半。
確かな差をつけて、先頭で駆け抜けた。
『1着はノルデンセミラミス! 外から伸びたキングスゲイトネイティヴは2着!』
実況の音声だけがシアタールームを支配する。
ここに集まっていたのは、せっかくだし見てみるかといったヒマ娘を除けばビリデュラライトオといった短距離三バ鹿にダブルフラワー、ディープにベロちゃんといった副会長ズとレースに造詣が深い面々だったのが逆に災いしたともいえる。
「どうするのよこんなの……」
「甘い。新潟千直ファン数別定*1なら勝てる」
「現役に何キロ背負わせるつもりですか」
ビリーヴのツッコミが虚しく響く。
負け筋を潰し切るという、レコードとも派手な着差とも違う強い勝ち方。
「なるほど、“短距離の女主人”か」
低い声で呟かれたその異名は、今度は窘められることなく響き渡った。
英国、アスコットレース場、控室への関係者通路。
レース後のインタビューに記念撮影、そしてウイニングライブを終えたノルデンセミラミスと彼女のトレーナーは控室へと戻ろうとしていた。
ロイヤルアスコットミーティングの短距離・マイル用歌唱曲『Graceful Gale』をステージで歌うのはこれで2度目、遠征ウマ娘の特権として『本能スピード』をソロ歌唱するのも2度目である。
王室主催の格式高き伝統をシンフォニックな旋律にに乗せて、当のロイヤルボックスから見下されながら歌い上げたというのにまだ彼女の表情に疲労の色は見えない。
そんな折、シックなハイウエストの共通衣装に身を包んだ年下と思しきウマ娘が話しかけてきた。
「(失礼します。ノルデンセミラミス様、ゴールデンジュビリーS優勝おめでとうございます。私、フリーエージェントと申します)」
丁寧にそう話しかけてきたのは、彼女の2戦前のリステッド競争チェシャムSで勝っていたジュニア級のウマ娘だった。
一緒に着いてきていた執事風の紳士とも挨拶を交わした後、フリーエージェントは本題に入った。
「(お時間をいただくことは、可能でしょうか)」
わずかに姿勢を正す。
「(ノルデンセミラミス様に、ご挨拶したいと。……私の“後援者”が、そう申しております)」
あくまで慇懃に、言葉はそれだけだった。
彼女と吉富トレーナーは顔を見合わせる。断る、という選択肢はなさそうだった。
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○史実馬紹介
フリーエージェント Free Agent 牝
16戦4勝リステッド勝ちのそこまで特筆すべきことはない馬。
Owner : The Queen
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