驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
ニューマーケット。
ロンドンから北に100㎞程離れたそこは、王立トレセン学園の所在するレースの街。
府中のように街なかにトレセン学園があるというものではなく、シャンティイのようにトレセン学園と街が交ざっているのでもなく、ニューマーケットではトレセン学園に街が付属している。
それだけあってニューマーケットのウマ娘密度は府中の比ではない。まさにレースのためにある街であった。
街の中心にあるのはジュライカップの開催されるニューマーケットレース場。
そこは最も純粋な実力が試される場所だ。
だからこそ、ここを勝ったウマ娘こそが欧州最強を名乗ることが許される。
直線コース。コーナーは存在せず、そこでの差は生まれない。
仕掛けどころも限られる。判断の速さはほとんど意味を持たない。
洋芝への適応は終えている。だがそれは、マイナスを打ち消したに過ぎない。
起伏は比較的穏やかだが、ゴール前には高低差8mの坂が待つ。
削ぎ落とされる。条件も、技術も、余地も。
残るのは、純粋な速さだけだ。
「だから厳しいレースになる」
7月、再び英国へ発つ前日。ブリーフィングルーム。
私の言葉に、トレーナーさんは首を横に振る。
「だから最も勝ち目があるでしょう」
同じ情報から導き出された結論は真逆だった。
「……どういうことでしょう?」
「そのままの意味ですよ」
トレーナーさんは肩をすくめる。
「余計なものが全部消える。展開も、駆け引きも、運も。だから、能力通りに決まるでしょう」
なるほど、まともに走れば私が勝つと言いたいと。
あの面子の中でいえば私が一番速い、と。
その信頼はありがたいが、それができれば苦労はしないというのがレース、特に短距離だった。
「もちろんそうでしょう」
反駁するとあっさりと肯定される。
「ただし」
トレーナーさんのその一言で空気がわずかに締まった気がした。
「まともに走れれば、の話です」
まともに、か。
「ニューマーケットはごまかしが効きません。展開も不利も、ほとんど言い訳にならない」
逆に言えば、と言葉を切った。
「——少しでもズレれば、そのまま負けるということです」
淡々とした口調だった。だが、その内容は軽くない。
「全員が同じ場所で仕掛ける。同じ形になるでしょう。ですから、一番勝ちやすいレースであると同時に一番落としやすい」
トレーナーさんの視線はあくまで真剣だった。
「能力は足りています。ですから、余計なことを考えなければいい」
「余計なこととは?」
「考えすぎることです」
間を置かずに返ってくる。
「全員が同じところで仕掛ける。同じ形になる。ですから、正しいことをするだけでは足りないでしょう」
特に貴女は速い。スピードもレースセンスもある。短距離において現役で敵う相手は居ないのではないかというほどに、と言葉を紡ぐ。
「だからこそ、勝った、とは思わないことです」
そう言われても解せない、というのが本音だった。
これまでのレースを思い返す。レース中ゴール板を踏み越えるまで、勝ったなどと思えたことは一度もないはずだ。
「……思っていません」
短く返す。
トレーナーさんは、わずかに首を振った。
なんと言ったものか、と言葉を選んでいるようだった。
「終わらせている。と言ったほうがよろしいでしょうか」
「……終わらせている?」
「ええ」
トレーナーさんは淡々とした口調のまま続ける。
「抜け出した瞬間に、レースを一度区切っている」
「……」
「勝ったと考えているわけではないでしょう。ただ、そこまでで足りると判断している」
言葉が、わずかに引っかかる。
「それは──」
「正しいですよ」
そんなつもりは、という反駁に被せるように言われる。
「無駄に踏み込まない。余力を残す。合理的です。それで勝っているのですからね」
そこで、ほんのわずかに間を置いた。
「ただし、ここではそれがズレになります」
沈黙。
言っていることはわかる。もっともだ。
だけれども、私がそんなことをしているとはどうしても思えない。
「もちろん僅かなものです。先日のヴィクトリアマイルが一番わかりやすかったですが、それでも映像で直ちに分かるほどではありません」
が、と続ける。
「その僅かが致命傷となるのが短距離というものでしょう」
それはそのとおりだった。
刹那の迷いが致命傷となる短距離だからこそ、その電撃戦を制し続けたからこそ、私はサクラバクシンオーに憧れたのだ。
だが、どうしてもその指摘を腹落ちできずにその場を後にした。
廊下に出ると、空気が少しだけ軽くなる。夏の欧州の日はまだ高い。
そのまま宿舎へ戻ろうとして、声がかかった。
「(難しい顔してるわね)」
壁にもたれかかるようにしていたのは、芦毛のの物腰柔らかなウマ娘。
マルシャンドールだった。
彼女は肩をすくめる。
「(貴女、考えすぎ)」
「(……そう?)」
「(ええ)」
一歩、近づいてくる。
「(単純な話じゃない。速い者が勝つ、それだけ)」
「(……そんな)」」
「(いいえ、簡単よ)」
即答だった。
「(あなたが難しくしてるだけ)」
言葉が、わずかに引っかかる。そうだろうか。
「(……そういうレースでしょう)」
「(いいえ)」
即答だった。
マルシャンドールは壁から離れると、そのままこちらに歩調を合わせてくる。
「(単純よ。全員、同じところで仕掛ける。同じ形になる。それがジュライカップ)」
言っていることは、さっき聞いた内容と変わらない。
だが昨年もジュライカップを走ったウマ娘からもそう言われては思うところがある。
「(だから、難しく考える必要なんてないのよ)」
「(……そんな、ことは)」
「(あるわ)」
そう彼女は迷いなく断言する。
「(選ぶ余地がないもの)」
一歩分、距離が詰まる。
「(早いか、遅いか。それだけ)」
並んで歩くほんの少し高い視線が、私を覗き込む。
否定しようとして、言葉が出ない。
「(だから)」
わずかに声を落として彼女は続ける。
「(最後まで踏み込むことね。止めないで)」
「……止めているつもりなんてない」
「(でしょうね)」
即座にそう返ってくる。
「(でも)」
彼女はほんのわずかに目を細めた。
「(終わらせるのが早い)」
足が半歩だけ止まる。
本当にそうなのだろうか。まさか……。
「(気づいてない顔)」
「(そんなことは──)」
「(あるわ)」
被せられる。
「(一瞬だけ。でも、届かないと思ったら緩んでいる)」
風が渡り廊下を吹き抜ける。
彼女の脚質は追込、最後まで減速しない長く使える脚が特徴のウマ娘。つまり散々行った並走や実戦形式の練習ではほぼ常に後ろから観察されていたはずだ。
わざわざそんなことを指摘する意味を考え、一瞬、ブラフという線も頭をよぎったがそれはないだろう。
つまり、本当に……。
「……」
「(難しく考えなくていい。やることは一つでしょ?)」
談話室に着くと、彼女は背を向けて振り返らないまま、手だけ軽く振る。
「(最後まで踏み込む、それだけよ)」
そのまま彼女の居室へと歩いていく。
人気のない談話室に私は一人取り残された。
「……」
視線を落とす。
言っていることは分かる。きっと正しいのだろう。
ただ——
「……そんなつもりはないのだけれど」
小さく呟く。
だが、その言葉はどこにも届かず、ただ胸の奥に引っかかったまま残った。
いよいよ明日にはニューマーケットへ発つ、そんな夕方のことだった。
部屋に戻った銀髪のウマ娘は、電気もつけずに椅子に腰掛けてくるりと一回転する。
「(本当に賢い娘。速くて、頭が良くて、用心深い。これまで一度として表で日本語で大事な話をしなかった)」
巻き起こった風でカーテンがひらりと舞い上がる。
窓から入った光に照らされた口元には笑み。
「(……だから)」
「与えてしまえばいい。選択肢を、一つだけ」
机に散乱したコース図。阪神、中山、中京、アスコット。そしてニューマーケット。
直線コースの残り150mからゴールにかけて丸が描かれ、そこに向かって400mから矢印が引っ張られている。
椅子が軋む音だけが部屋に響いた。
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みて、ここにバクフー村があったの。
引いた。もう夫婦じゃんあれ。サイゲよくやった。
でもスタブロにイベストとイケバクの大量供給の直後につの丸顔は寒暖差でグッピーが死ぬのでやめてもろて。
あと、英国遠征編終わったらまた掲示板回を挟むので、「そういやアレどうなった」的な気になることがあったら感想欄なりDMで聞いてください。
面白かったらネタにするかも知れない。
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