驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
季節は進んで夏。
思えばチーム内に限っても色々なことがあった。
ダービーでは奈瀬文乃トレーナーのところから短期移籍してきたアドマイヤメイン先輩が果敢に逃げを打ったもののハナ差で差しきられ、あと一息のところで吉富トレーナーがダービートレーナーの称号を逃した。
安田記念では短距離を連勝し調子の良かったオレハマッテルゼ先輩が10着と大敗。
桜花賞、オークスと掲示板止まりであったアサヒライジング先輩はアメリカ遠征を表明、現地のトレーナーと共にアメリカンオークスに挑んだものの惜しくも2着止まりであった。
吉富トレーナーの教え子は5大クラシック競走を勝てないというジンクスがあるそうだが、それは今年も継続になりそうだった。
そんなジンクスも今年までだ……なんて言えればいいのだけども。
さて、トレセン学園では夏といえば夏合宿の季節である。
デビュー済みのウマ娘は学園を飛び出して各々の合宿施設で学園ではできない集中したトレーニングに打ち込み、一回りも二回りも成長して秋のG1戦線に備える。
翻ってデビュー前、より正確に言えばジュニア級もしくは未勝利のウマ娘は合宿への参加が認められていない。
前者についてはまだ本格化が未了であり負荷の大きい夏合宿への参加は適当ではないとされているため、後者については純粋にそれどころではないからである。
とはいえ合宿へ行けないことも悪いことばかりではない。
確かに、合宿へいけないことそのものやトレーナーが合宿に行ってしまっていて自由に練習できないことは良いとは言えない。
だが、裏を返せば学園の人気設備を上から順に独占していたオープンウマ娘と上位チームが根こそぎ学園から消えるのだ。つまり我々にも普段使えない練習道具が回ってくるということ……だと思っていたのだが。
「マーちゃん、ちょーっと思ってたのと違うかなって思うのです」
「同感ですね……」
「お前らっ……、後でっ……、覚えとけよっ……」
「こらそこっ! 口じゃなくて脚を動かしなさい! 根性を鍛えるのにはこれが一番なのよ!」
今、私たちは学園のダートコースに横向けに置かれたクソデカタイヤの上にいます。
そう、あれ。先輩がロープを付けて、上に乗ったウマ娘に煽られながら曳いてるやつ。
噂だと、海外の露天掘り鉱山で使い古したやつを理事長が安くもらってきたとかなんとか。
「ラスト1ハロンよ! 気張りなさい!!」
「あいぃ──ーっ!」
ちなみにトレーナーは確かに夏合宿に同行してしまって不在だが、持ち回りで戻ってきたトレーナーや教官、指導補助ウマ娘の面々が交代で私たちの練習を監督してくれている。
今日は同世代デビュー組が合同でタイヤ引きの練習をしており、私の班はマーチャンさんとローレルゲレイロさん。監督としてキングヘイローさんに見てもらっている。
ローレルゲレイロさん。青鹿毛をドリルツインテにしたネコ目のウマ娘。なにかあってキングヘイローさんを慕っているとかなんとか。
ちなみにクラシック路線志望らしい。
キングヘイローさん。鹿毛のセミロングに青いメンコがトレードマークのウマ娘。
黄金世代と同期で、なかなか勝ちきれずにいたが吉富トレーナーと組んで高松宮記念を勝利した。
ただ吉富トレーナー自身は、あの娘はアスケラのウマ娘だから、と自分の手柄にしようとしない。
「──あと1完歩! よーし、よく頑張ったわね! ゆっくり休む権利をあげるわ!」
「ぐへぇ……」
コース1周を曳ききったローレルゲレイロさんは、疲労困憊を絵に描いたような足取りでコース外のスタンド際の日陰へとはけていく。
よほどきついのだろう。実は初めてやる練習なので楽しみだったのだが……
「…………」
「へんじがない、ただのしかばねのようだ。なのです」
「おめーもさっきは似たようなもんだったろうが」
いやこれきっつ……。ジュニア級にタイヤ曳きやらせない理由がよくわかった、負荷が高すぎる……。
一方でこれは確かにパワーと根性がつくのもわかる、そういう疲れ方だった。
マーチャンさんが私の頬をつんつんしているが、払いのける気も起きない。
そのまま頭を持ち上げられ、タオルを引いたハリのあるやわらかいものへと乗せられた。
「そういやマーチャンもそろそろメイクデビューだったっけ?」
「そうです。今月の22日、小倉なのです」
「お、アタシと同日か。アタシの次走もその日のラベンダー賞なんだ」
「良いですね、函館は涼しそうです」
太ももに乗せた私の頬をむにむにともてあそびながら、マーチャンさんとローレルゲレイロさんは頭上でそんな会話を繰り広げる。
デビューにはそれぞれ時期がある。そんなことは頭ではわかっている。
でも、もうすぐデビューだとか、次はオープン戦だとか、そういう話を聞いてしまうとどうしても焦りが胸の中を渦巻く。
平常心、平常心だ。人は人、自分は自分。
会話から目を背けて目の前のコースを見やると、次の班のウミウシかゴンズイのような模様の差し色の入った髪の小柄なウマ娘がちょうどタイヤを曳き終わったところだった。
その人──見覚えがないので栗東の、飛び級組だろうか? ──が片膝をついたのを見て、アタシ行ってくるわ、とローレルゲレイロさんが立ち上がり駆け寄っていった。
私もそろそろ、と体を起こして立とうとすると、ラチのところにいたキングヘイローさんから制止の声が飛ぶ。
「もう1周分休んでなさい! キチンと休むのも一流ウマ娘の務めよ!」
「もうちょっとだけ、休みましょう。ね」
そういわれて、そのまま女の子座りでへたり込む。さすがにこれ以上膝枕されるのは遠慮しておいた。
この後はクラシック路線組とティアラ路線組で分かれての並走があるというのに、これ以上マーチャンさんの脚に負担をかけさせるわけにはいかない。
並走自体は滞りなく終了した。
単に並走といっても、強度も目的も人それぞれなので今回は特に勝ち負けというのはない。
例えば私は新しいフォームを保てるか確かめるようトレーナーから指示されていたので“一杯”の組に入ってほぼ全力で走ったが、マーチャンさんなどは調整だけだったのか“流し”の組だった。
ウオッカさんとダイワスカーレットさんはその間の強度の“強め”の組だったのに、2人で競り合って全力疾走してしまって教官さんに叱られていたがそれはそれだ。
練習終わりの帰り際、いつものティアラ路線の面子がやはりなんとなく一緒になる。
いつメンの彼女らがどのトレーナーと契約したかといえば、マーチャンさんは志望通り奈瀬トレーナー──姉の文乃さんの方──のチームに入れたそうだ。
有言実行、すごいことだ。同じ短距離路線のライバルではあるけど、一歩どころか何歩も先を行かれている気がする。
……追いつかなきゃ。
ウオッカさんは八木
彼の教え子で有名なのは“戦場を選ばぬ勇者”ことアグネスデジタルさんだろう。型にはまらないカッコよさを追求する彼女もまた、アグネスデジタルさんのような活躍をするのだろうか。
……どこか、置いていかれてしまったような気がする。
ダイワスカーレットさんが契約したのは北浦
どこかで聞いた名字だな、と思ったらメジャーさんと同じ、かつて笠松でオグリキャップを担当していたトレーナーだった。メジャーさん曰く、人をやる気にさせるのがうまいとのことだ。意外とお姉さんと似た勝ち気な性格の彼女には合っていたのだろう。
やっぱり、自分というものを持っている人は違う。……私なんかと違って。
この時期にこうしてウマ娘が集まれば、話題は自然といつデビューするのかとなる。
マーチャンさんは今月後半だと言っていたが、2人はどうなのかと聞いてみると次のように返ってきた。
「オレは10月の予定だ。無理に急がずトレーニングを積んで万全の状態でぶっちぎった方がカッケェからな!」
「アンタね……。まあこいつと意見が合うのはシャクだけど同感ね。アタシもじっくり調整してからのほうがいいってことで年末頃にデビューする予定よ」
「んだとぉ!?」
「なによ!」
ある程度仲良くなって知ったが、ダイワスカーレットさんはウオッカさんと一緒にいるとすぐこうして喧嘩しだす。
外でこれなのだから寮が同室なのに大丈夫かと思ったが、1年半も関係を維持できているのだから他人が心配することではないのだろう。マーチャンさん曰く、喧嘩するほど仲が良い、のだ。
「それよりよ、セミラミスはどうなんだ?」
そう言ってウオッカさんが肩を組んでくる。
どうもこの間から距離が近い気がする。決して嫌な訳では無いが、理由がわからないと不安になる。
時期的には選抜レースの直前ぐらいからだろうか。それからも教室でも好きなレースはなんだとかよく話しかけてくれて、それに返すぐらいしかしていない。なにか琴線に触れるようなことでもしただろうか。
「そうですね、トレーナーから走法の問題を指摘されまして。矯正自体は終わったのですが、予定通り10月デビュー予定で練習しています」
とりあえずそう答えると、ウオッカさんとマーチャンさんは、大変だな、頑張ってください、と応援してくださった。
だがダイワスカーレットさんは訝しむような表情で問いかけてくる。
「その割には今日の並走も全力で走ってたみたいだけど?」
「はい、ずっと走法の矯正練習をやってまして、やっとノースフライトさんとの並走でも崩れないようになったんです。それで」
「おー、良かったじゃないか。G1ウマ娘と並走なんて羨ましいぜ」
ウオッカさんは羨ましげだが、ダイワスカーレットさんは眉間のシワを深くして指折り数えだす。なにか気に触ることでも言ってしまっただろうか。
「……ちょっと待ちなさいよ。確か、トレーナーがついたのって4月よね。たった3ヶ月でそれってこと?」
「ええ、お恥ずかしながら……」
有力クラブ出身のウマ娘などは、走法の課題など
きっとダイワスカーレットさんは幼いうちにキチンと走法の指導を受けられたのだろう。
翻って私は、今更そんなことをしているので恥ずかしさを覚える。
そうしていると彼女はすごい目でこっちを見てくる。やっぱり時間かけ過ぎなのかな……。トレーナーさんは、焦らなくていい、ゆっくりでいい、って言ってくれたけど。
そんな私達の間の微妙な空気を変えようというように、2人は練習終わりに遊びに行こうと盛り上げにかかってくれた。
こうして1人で悩みがちな私にとってはそれがなにより嬉しい。
本当に、私には過ぎた友人たちだ。