驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
日本、合宿所、チームボタイン宿泊所。
7月、無事に期末試験を乗り越えた学園のウマ娘たちは今年も夏合宿へと参戦していた。
地方出身の名トレーナー、北浦勝義率いるボタインもまた例外ではない。
ここまでG1・3勝、完全連帯継続中のエース、ダイワスカーレットを筆頭に、指導陣にも王道中距離のダイワメジャーやキングカメハメハ、短距離のビリーヴらを擁する有力チームである彼女ら。
そのうち何名かが夜中にテレビの前に集合していたのは、各々に関係の深いウマ娘が走るジュライカップが中継されるからであった。
「なんだ、キンカメの奴は寝たのか」
「ええ、明日に障るから、って」
モニターの前に陣取るは、メジャーとスカーレットのダイワ姉妹。
彼女らにとってノルデンセミラミスは、それぞれ可愛がっていた元同室と鎬を削った同期にあたる。
「にしても良かったな」
「あによ」
「期末の成績、首席だったんだろ?」
「……当然じゃない。それと、あくまで“暫定”よ」
若干不貞腐れたような表情のダイワスカーレット。
学業でもレースでも一番に拘る彼女の全教科学年一番を阻み続けてきた存在は、今回の試験をまだ受けていない。英国に居るからだ。
「それにしてもあいつ、いっつも余裕ぶって……。アタシは毎回徹夜してるってのに」
「ぶってるというか、実際わりと余裕ぶっこいてたけどな。試験前でもさっさと寝やがるし。なあレヨネット?」
ソファに腕を回して後ろを振り向くメジャー。
その先に座るはノルデンレヨネット。
彼女は夏合宿の間だけ北浦トレーナーの元に所属して練習を行っているのだが、その理由は少々複雑だ。
端的に言ってしまえば、自分を変えるための移籍ではある。
もともと奈瀬菊代トレーナーの下で走ってきた彼女だったが、メイクデビュー以来惜しいレースが続きすっかりシルバーコレクターが板についてしまっている。
そのため、自分を変えるために環境を変えることを菊代トレーナーと相談して決めたのだった。
「そうですね、姉さんが夜遅くまで勉強しているのはあんまり見たこと無いかも」
「……は? 待ちなさいよ。試験前よ? どうして──」
「授業中に要点はわかってる、だとさ。A評価さえ落とさなきゃいいんだ、だってよ」
スカーレットは理解できない、といった様子でプルプルと震えている。
「現国は書いてあるとおりで、数学は式を見ればわかる、って。……あ、でも歴史とか生物はあんまり興味がないからしんどいって言ってましたよ」
「それで学年上位に食い込んでるのがおかしいって言ってるのよ!」
そう言い切ってから、はぁっ、と大きく息を吐いた。
「まあいいわ、今はレースよ」
そう言ってソファにどっかりと座り直す。
ずいぶんと彼女の素が出ているようだが、この場に居るのはここまで喋っていた3人を除けば一番うしろの席で焼酎のグラスを片手につまみをつついている北浦トレーナーと、程々にしてくださいね、と酒瓶を回収したビリーヴだけである。
まあ猫を被ると言っても今更といえば今更なメンバーばかりだった。
『さあ、解説のアグネスワールドさん以来2人目のジュライカップ制覇なるか、まもなく発走です』
『ぜひとも続いてほしいですね』
ちょうどモニターには発走の準備が整った様子が映し出されている。中継は連日のアナウンサーと、解説のアグネスワールドが務めているようだ。
この場の全員が食い入るように画面を見つめた。
ゲートが開く。
最初に違和感を口にしたのはスカーレットだった。
「もっと行けばいいのに。最初から最後まで先頭なら……」
「あれでいいんです」
「……」
静かにそう断じたのはビリーヴ。
レヨネットはどちらかといえばスカーレットの意見に賛成のようだった。
「欧州の芝は日本のそれほど整っていません。おそらく走る位置を見極めているのでしょう」
「下手に仕掛けたりペースを上げると持たない、ってことか」
「でも、囲まれたら……」
はい、メジャーさんの言うとおりです、とビリーヴが肯定する。
レヨネットはまだコーナーのある日本のレースの感覚で居るが、それもやむを得ないのかも知れない。
実際画面の中のセミラミスも、周りのペースに乗らずまだ巡航を維持していた。
だが様相が変わったのは残り600m、折り返し地点を過ぎた頃だ。
「……外、来てる!」
画面の端、最後方に居た銀髪のウマ娘が進出を開始した。
目標は先行集団ラチ寄り、ノルデンセミラミス。
「マルシャンドール、フランスの。仕掛けてきた」
「来たか」
「……え?」
場数を踏んでいるビリーヴとメジャーは気づいていたようだが、まだクラシック級のレヨネットは反応が遅れている。
残り400を切って、セミラミスが先頭集団に肉薄し、並び、突き放していく。
だがその後ろからマルシャンドールが忍び寄っている。
「お姉ちゃん、来てるって……」
レヨネットがそう呟くが、当然セミラミスには届かない。
そうこうしているうちにぐんぐんと差が縮まっていく。このままではゴールの前で捉えられるのは明白だった。
「──並ばれるッ!」
「これは……ここまでか」
残り150m、完全に並ばれる。画面の中のセミラミスはようやくマルシャンドールをみとめたようだった。
スカーレットは思わず後方のビリーヴを振り返るも、彼女もまた眉をひそめ険しい表情。
ビリーヴさんから見てもダメなのか、そう画面に目を戻すと、明確に差されつつある様子が目に入る。
スカーレットの顔にその名の通り朱が走った。
「何諦めてんのよ! 差し返しなさいよッ!」
その声が通じたわけでもあるまいが、ついた半バ身ほどの差が再び縮まりだす。
「……ビリーヴ、“領域”、か?」
「ええ、おそらく。条件は先行競り合いでしょうか」
「ありそうやな」
何事か後ろで2人が話し合っているが、前の3人はそれどころではない。
完全に観戦モードのダイワ姉妹に、指が白くなるほど拳を握っているレヨネット。
「オラ差せ! 差し返せ!」
「行け! そこ!」
「……ッ!」
どこに残していたのか、画面の中のセミラミスは二の足を使って加速する。射抜くような視線はただ前だけを見据え、光の加減か口元には薄っすらと笑みすら浮かんでいるように見えた。
再び2人の距離がゼロに近づき、それと同時に2人を映すカメラがどんどんと回転しコースに対して真横を向く。
セミラミスが僅かに前に出たのと、画角が完全にコースに直交しゴール板を映し出すのとがほぼ同時であった。
『やりました! ノルデンセミラミス差し返した! これで英国スプリント三連覇、G1・10勝達成!』
『本当に……よくやってくれました。感無量です……』
中継の映像を背景に、歓声だけが遅れて部屋に満ちていく。
誰も、すぐには声を出さなかった。
テレビの中ではまだ興奮が続いている。実況が繰り返し勝利を伝え、スタンドのざわめきが波のように押し寄せては引いていく。
「……は?」
ぽつりと、最初に零したのはスカーレットだった。
「差されて……いや、並ばれて……そこから、なんで──あんな余裕で、笑ってるみたいな」
問いの形を保ったまま言葉が途切れる。
「……余裕、ではないでしょう」
「あれは何らかの理由でノーマークやったところを、やられたんやろな」
静かにビリーヴが言う。
それでも勝ち切るんやから流石やが、と続けたのは北浦トレーナー。ベテランの面目躍如といった分析。
モニターの中で、勝者が映し出される。
息こそ少々乱れているが、表情は大きくは変わらない。
『(素晴らしい勝利でした。おめでとうございます)』
『(ありがとうございます。光栄です)』
「……なによ、それ」
スカーレットが低く吐き捨てる。
納得できない。どうして勝ったのに。
「満足しとらん顔やな」
北浦トレーナーが短く口を開いた。
その言葉にレヨネットが反応する。
「……え? 勝ってるのに、ですか……?」
北浦トレーナーは画面から目を離さないまま答える。
「ちゃうな。アレは、勝って満足できるタチやない。ああいうのは……」
一瞬の間。
視線がレヨネットに向く。
「ま、ええわ」
それだけ言って、彼の視線はまた画面へ戻る。
レヨネットは何も言えなかった。
テレビの中では、まだインタビューが続いている。
マルシャンドールが乱入してきて、かなり聞き取れる日本語で話しかけているようだ。
そんな映像を尻目にレヨネットは考え込んでいる。
──あんなふうに、お姉ちゃんみたいに。G1を。
喉の奥が、わずかに乾く。
「……あの」
ようやく絞り出した声は、思っていたよりも弱かった。
「私には──」
「できる」
レヨネットの声は即座に遮られた。
北浦トレーナーだ。
「……え」
「できるかどうかやない」
一歩、間を詰める。逃げ場を与えない距離。
「やるかどうかや」
視線が、逸らせない。
「さっきの見て、できんって思たか?」
問いではない。
確認でもない。
──突きつけられている。
レヨネットは答えられなかった。
その沈黙を北浦トレーナーは否定しない。ただ、続ける。
「思たんなら、それで終わりや。思てないなら──」
一拍。
「やれ」
それだけだった。
視線を外す。もう言うことはない、というように。
部屋に、再びテレビの音だけが残る。
『(次走については?)』
『(未定です。帰国して調整してから──)』
ポケットの中で、ウマホが震えた。
メッセージが来ている。
送り主の名前はスプリングソング。
入学当初からウマが合う同期同学年の友人で、NHKマイルでも対戦した相手だ。
彼女もまたNHKマイルカップの敗戦をきっかけにチームを一時移籍しており、レヨネットの古巣の奈瀬菊代の元でトレーニングしているはずだった。
開く。
──見た!? やばいって!!
──お姉さんすごすぎでしょ!!
──最後のあれってどうなってんの!?
──てか私と同じ合宿所だよね!?
──8月には会えるよね?
──話しかけて大丈夫かな?
──並走とかお願いしてみたいんだけど!
画面の文字が、途中で止まる。
指が動かない。
──並走とかお願いしてみたいんだけど!
その一文の上で、視線が止まる。
ふと、別の光景が差し込んだ。
石畳の白いテラス席。誰かと話している。
少しだけ、距離が近い。
笑っている──ように見えた。
ああ。
思考ではない。
ただ、理解だけが先に来る。
「……」
画面に戻る。
文字はそのままなのに、もう同じ意味には見えなかった。
夏合宿は、ここからが本番だった。
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