驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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129 短距離の女主人と夏合宿

 日本、海辺の合宿所。

 

 7月半ば、夏合宿も1/4が終わった頃。

 私は長かった英国遠征を終え、ようやくチームへの合流を果たしていた。

 

 本格的な合宿に入っている他のメンバーに追いつくべく、私は別メニューでの調整を言い渡されている。

 といっても初日のそれはかなり軽い負荷のものであり、スケジュールも他とずれていたため一人テントの影で無聊を囲う羽目になっていた。

 そういうわけで、下の砂浜でトレーニングに励むウマ娘を見下ろしながら英国への遠征について物思いに耽ることとなっていたのだった。

 

 レースという意味では、テイクオーバーターゲット、キングスゲイトネィティヴ、マルシャンドール。多くのライバルを退け、英国短距離を三連覇。

 私の脚は、日本に限らず世界でも通じることを示した。

 勝負服に増えた3つの勲章がその証だ。

 

 プライベートでも、アルファベットの連絡先が随分と増えた。

 その一人であるゴルディコヴァは先日のマイル重賞を勝ち、今年はBCマイルを最終目標にマイルG1戦線に挑むそうだ。

 ここ1か月寝食を共にしたマルシャンドールも、フランスで走った後は香港スプリントを目指すといい、再会を約して別れた。

 

 ──遠征は成功だった。

 

 ……それで? 

 

 自らに問いかける。

 

 次は決まっている。

 史上、サクラバクシンオーただ一人しか成し遂げた者のいない、スプリンターズステークス連覇。

 そして年末、ビリーヴさんやカルストンライトオさんをはじめとして幾多の優駿を着外に弾き飛ばしてきた、短距離の凱旋門こと香港スプリント制覇。

 

 あの日の憧れを超えるために。

 

 ──それで、足りる。

 

 

 そこまで思い至ったとき、後ろに気配がした。

 刹那、首筋に冷感。

 

「へい彼女~」

「わひゃぁ!?」

 

 そこに居たのは麦わら帽子をかぶった葦毛のウマ娘とラッシュガードを羽織った栃栗毛のウマ娘。

 すなわち、冷たいボトルを首に当ててきた犯人のセイウンスカイさんとサクラローレルさんだった。

 二人とも同じ美浦寮の先輩で、サクラローレルさんは出発前にフランス語の速成授業をしてくれた人だ。結果的に普通に英語が通じたので観光以外で必要はなかったのだが。

 

「遠征お疲れ様、中三日の疲れは残ってない?」

「それともお悩みならセイちゃんが聞くだけ聞いちゃいますよ~?」

 

 そう言いながら彼女らは私の両隣を占める。

 ……別に悩みなど無い。

 

「いえ。疲れも悩みもありません。ありがとうございます」

 

 差し出されたドリンクのボトルとお気持ちだけはありがたく受け取りながらそう返答する。

 二人は一瞬だけ顔を見合わせ、視線を交錯させた。

 

「本当に、無理してなければいいんだけど。なにかあったらすぐ頼ってね?」

「……なら、いいんだけどね。ほんとかにゃ~? 実は期末の成績が悪かったとか~?」

 

 セイウンスカイさんは猫のような笑顔でそうからかってくる。一瞬、目が笑っていなかった気がしたのはきっと気のせいだろう。

 確かに今年は始めて追試を受けたが、あれは遠征で期末試験が受けられなかっただけだ。

 自慢ではないが勉強はそれなりに真面目にやっているので問題はない。

 

「もう、スカイちゃん。セミちゃんは成績優秀だってバクちゃんも言ってたじゃない」

「これは失敬、そうだったね。セイちゃんうっかり」

 

 バクシンオーさんが私のことをそんなに。嬉しさを覚えつつも言葉を選ぶ。

 評価してくださっているのは嬉しい。

 けども、レースもあって勉強に全力とはいかないし、実際スカーレットとは教科にもよるが互角か負け越している。自信があるのは現国や英語数学地理といった一部だけだ。

 

「ああスカーレットちゃん、あの子も優秀だって聞くよね」

「ええ、あらゆることに努力を惜しまない人です。私にはとてもあんな真似はできません」

「……へぇ。合理的だね」

 

 セイウンスカイさんがこちらを値踏みするように上目遣いで見上げる。

 

「そういえば英国遠征はどうだったかにゃ?」

「こっちではセミちゃんの話題で持ちきりだったよ。日本の短距離が世界に届いた、って」

 

 世界に届いた、か。

 いや、日本の短距離はあの時世界に届いていた。私はその跡をなぞったに過ぎない。

 だから、まだ足りない。もっと、もっと勝たなければ。

 

「ありがとうございます。洋芝でも通じることを示せましたから、そう評価されるのは妥当だと思います」

「……へぇ」

 

 セイウンスカイの笑みがほんのわずかに浅くなる。

 目が猫のそれのように細まり、その奥の色が変わった。

 

「じゃあさ、どこまでやるつもり?」

「……スプリンターズステークスの連覇、その後はマイルチャンピオンシップを挟んで香港スプリントです」

 

 そうすれば、あの日の憧れを越えるに足るだろう。

 

 私の答えを聞いたセイウンスカイさんがさらに何かを言おうとしたその時、私を呼ぶ声がした。

 

「あっ、セミラミスさん! 帰ってらっしゃったんですね!」

 

 そうやって手を振り振り駆けてきたウマ娘は……誰だこの娘は。

 あ、すいませんお話中でしたか、いやいやいいよ~などとセイウンスカイさんと話している間に思い出さなければ。

 

 容姿はストレートの青鹿毛にサクラと音符をあしらった耳飾りを右につけている。

 確かレヨネットといっしょに居たのを見た覚えがある。なら妹の同級生だろう。それにしてもどこかで見たような……。

 そうやって必死に記憶を掘り返すこと数瞬、レヨネットが2着だったNHKマイルカップの中継に映っていたことをなんとか思い出したところで時間切れとなった。

 

「はじめまして! 私、スプリングソングっていいます! 英国短距離三連勝おめでとうございます!」

「スプリングソングさん、ありがとうございます。こちらこそ、妹とはいつも仲良くしてもらっているみたいで」

 

 確証はなかったが多分そうなのだろうと返すと、やっぱり覚えていてくださったんですね! と感激されてしまった。直接会ったことがあっただろうか、記憶が定かではない。

 本人が語ってくれたところによれば、彼女もまたレヨネットと同じようにNHKマイルの6着をきっかけに夏合宿の間だけチームを移籍しているらしい。

 その移籍先は奈瀬菊代トレーナーのチーム。つまり妹の古巣で、入れ違いになった格好だ。

 

 正直、奈瀬菊代トレーナーについては現状そこまで評価できないというのが本音だ。

 スプリングソングの前担当である小関トレーナー──そういえば春からジャーニーさんが移籍している──のように素行や態度に問題があるというのではない。むしろそこは良い。

 だが、完成すれば私に勝る資質を持つレヨネットを、あの位置(シルバーコレクター)に留めている。結果が出ていない以上、私としては評価する理由がない。

 

 まあトレーナーの評価はさておき、どうやら彼女はスプリンターのようだ。

 そして彼女もまたバクシンオーさんに憧れているという。

 なかなか見どころがあるじゃないか。そう思うと急に親近感が湧いてきた。もはや運命的ななにかを感じるくらいだ。

 

「英国の三連勝、キングズスタンドSもゴールデンジュビリーSもジュライカップも全部見ました!」

 

 特にジュライカップ最後の二の足ってどうやったんですか、などと彼女はまくしたてる。

 ……いやテンション高いな。

 

「あれは他に気を取られててマルシャンドールの接近に気付くのが遅れて──」

「それでも差し返したんですよね! すごいです!」

 

 目を輝かせて来るその姿からは、流石妹の友人だけあって圧倒的な陽の気を感じる。

 

「ぜひ一度、並走して頂けませんか!?」

「えっと、今日は調整だけだから……それに、トレーナーの許可も必要でしょう?」

「そうでした! 今日じゃなくて全然いいのでぜひお願いします!! あとツーショ撮りましょツーショ!! その、妹がファンなんです!」

 

 タジタジになっている私を見て、セイウンスカイさんとサクラローレルさんは楽しそうにクスクス笑っているだけで全く助ける気はなさそうだった。

 

 

 ──でも、こうやってグイグイ来られるのも悪くない。そんなふうに思った夏であった。

 

 

 そうして夏合宿が終わればいよいよ秋シーズンが幕を開ける。

 始動戦であるセントウルステークス出走登録者の中には、スプリングソングの名前もあった。




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スプリングソングのひみつ
実は、芦毛のカワイイ妹がいる。

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