驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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132 変人記者@代休中

 それにしても、と彼女は考える。

 視線の先には写真立て、そこにはスーツ姿の2人の女性が写っている。彼女自身と、彼女の姉でフリーの通訳である乙名史慶子。

 海外を飛び回る姉との久方ぶりの仕事、ノルデンセミラミスの英国遠征についてだった。

 

 ノルデンセミラミスの特異性は、その戦績だけでは語りきれない。

 むしろ注視すべきは、彼女自身がそれをどこまで理解しているかという点にある。

 かつて分かたれたスプリントとマイルという区分が揺らぎつつある今、彼女の存在は単なる一人の強豪を超え、路線そのものに影響を与えている。

 

 しかし当の本人は、その自覚をほとんど持っていないように見える。

 

 勝利の先にある文脈ではなく、あくまで次のレースを見据えるのみ。

 その姿勢は競走者としては純粋である一方、この規模の影響力を持つ存在としては、あまりにも無防備だ。

 

 

 彼女の危うさは、三つのレイヤーに分けられる。

 

 ──一つ目は、政治。

 

 ──二つ目は、レース。

 

 ──そして三つ目は、彼女の個人的な部分。

 

 

 まず大きいのは政治的な問題、これは今すぐではなく数年後に顕在化するだろうが、一番大きな影響がある。

 

 トレセン学園の生徒会は、単なる自治組織ではない。URAの下部組織として実質的な統治機構でもある。

 そして現在、その体制は移行期にある。

 長く続いたシンボリルドルフ体制から、ディープインパクト体制へ。

 カリスマの交代と、権威の再編。

 

 そこに、ノルデンセミラミスという“規格外”が現れた。

 

 現在の生徒会は、三冠ウマ娘というカリスマを頂点に据えつつ、各路線の有力者がそれを支える構図で成り立っている。

 短距離を担うタイキシャトルやサクラバクシンオーもまた従来体制と近い位置にあり、大きな軋みは生じていない。

 

 そして派閥……というと語弊があるが、ウマ娘の習性として自分たちの中で一番速いやつがトップという意識が強い。

 ここでセミラミスをみてみよう。

 スプリントでサクラバクシンオーに迫り、マイルでタイキシャトルを追い越しつつあり、かつ彼女はティアラ路線である。

 いくら非主流派とはいえ、セミラミスにその気があるならこれらを糾合しキャスティングボートを握れてしまう立場になりつつある。

 だというのに、本人にその自覚がまったくない。

 

 これでもし彼女が体制に従順であればなんの問題もなかった。

 だが噂によればシンボリルドルフその人が彼女を怒らせてしまい、没交渉状態だとか。なにやってんだ。

 これで生徒会は潜在的な反体制派を抱えて生徒を束ねなくてはいけなくなった。

 

 仮に、生徒会入りを拒否し、直接権力を奪いに来る“暴君”が現れたとして。

 そこにノルデンセミラミスが与したなら。

 現体制は、まず持たない。

 

 だが、おそらくそのような事態は起こらないだろう。

 生徒会とは直接ではないが、今回の英国遠征でも活躍した遠征支援委員会のドリームジャーニーと彼女は良好な関係を築いている。

 その仲は蜜月と言っていいほどであり、ジャーニーとルドルフの関係も良好であるためここが切れないかぎり先のようなシナリオは考えにくい。

 

 そもそもドリームジャーニー自体、穏健で聡明な人物だ。それはジュニア級の時のや今回の遠征時の取材でもよくわかっている。

 彼女が体制派から離脱することはまず考えられない。少なくとも、私が取材した限りドリームジャーニーはそういう人物だ。

 

 もし何かがあるとすればドリームジャーニーの大切にしている家族関連だろうが、そこに触れて怒らせるほどシンボリルドルフも軽率ではあるまい。

 

 そういえば、今年入学したドリームジャーニーの妹。かなり有望なウマ娘だと評判だ。

 確か名前は……オルフェーヴルといったか。一度取材しておかねば。

 

 

 それはさておき、次の危うさはレース関連だ。

 おそらく、この問題は1年程度で表面化するだろう。

 

 勝ち続けた先に、何があるのか。

 ノルデンセミラミスは、いずれこの問いから逃げられなくなる。

 

 ノルデンセミラミスの走り出したきっかけは、彼女自身が宣言したようにサクラバクシンオーを超えてみせるという憧れだろう。

 現時点で彼女は、短距離における実績という点ではすでに比較対象となり得る位置にいる。

 だがサクラバクシンオーとの比較においては、単純な勝敗や記録以上に評価の軸そのものが異なる。

 前者は競走の結果として積み上げられ、後者は路線の成立として歴史に刻まれている。

 この差は、勝利を重ねるだけでは埋まらない。

 

 勝ち続けて、勝利を重ねて、その先には何があるのか。

 

 ノルデンセミラミスが勝利を重ねるほどに、彼女を測る基準は失われていく。

 かつて存在した「越えるべき背中」は、いずれ到達点ではなく、通過点へと変わるだろう。

 そのとき彼女は、初めて問われることになる。

 

 私はなんのために走るのか、と。

 

 ノルデンセミラミスの行く末について、現時点で断定的な評価を下すことは難しい。

 だが、過去の名ウマ娘たちの軌跡を踏まえれば、その終着点はいくつかの典型に収束する。

 

 ひとつは、故障による強制的な終幕である。

 走り続けた末の故障。レースというものはウマ娘の脚に多大な負担をかける。

 故障から復帰できない、あるいは復帰しても往年の走りが失われている、もしくはレース場で最期を遂げる。

 意思ではなく、損耗によって幕が引かれる形だ。

 

 もうひとつは、いわゆる燃え尽きによる引退である。

 勝利を重ね、比較対象を失い、目標を見失う。

 走る理由そのものが希薄になり、静かに競走から距離を置く結末である。

 怪我から復帰しきれないパターンもこれに含まれることがある。

 

 そして三つ目は、自らの意思によって終着点を定める勇退。

 到達した領域を認識し、その先に進むのではなく、そこで区切りをつける選択だ。

 競走者としてではなく、一個の存在として「終わり」を引き受ける形とも言える。

 

 脚が折れるか、心が折れるか、あるいは、とも言い換えられるだろう。

 

 では、ノルデンセミラミスはどこへ至るのか。

 

 現状を見る限り、二つ目の可能性は低い。

 彼女は勝利や評価に過剰な意味を求めるタイプではなく、目標喪失がそのまま意欲の喪失に繋がるとは考えにくい。

 

 むしろ懸念されるのは一つ目、強制的な終幕である。

 明確な終点を持たないまま走り続ける傾向は、結果として身体的な限界に依存した結末を招きやすい。

 

 だが、もう一つの可能性も残されている。

 それが三つ目──自ら終わりを選ぶという道だ。

 

 これまで彼女は、目の前のレースを積み重ねることで結果を築いてきた。

 だがいずれ、比較の基準も、越えるべき背中も失われる。

 

 そのとき初めて問われるのは、勝てるかどうかではない。

 どこで終えるかを自分で決められるかどうか、である。

 

 現時点で断言はできない。

 ただ一つ言えるのは──彼女が最後に示すものは、速さではなく、選択であるだろうということだ。

 

 

 そして三つ目は──と考えを巡らせたところでカップが空になったのでおかわりを注ぎに席を立つ。

 

 といっても、先の二つと比べれば、差し迫った問題とは言い難い。

 競技の外側にある、ごく私的な領域。

 外部から把握できる情報も限られている。

 

 強いて挙げるとすれば、妹との関係だろうか。

 

 2杯目のカフェオレを注ぎ、デスクに戻る。

 優秀な姉を持つ妹、という構図自体は珍しくもなんともない。私自身だってそうだ。

 程度の差こそあれ、比較やプレッシャーは避けがたいものだ。私だって、姉は姉、私は私だと割り切れるようになるまでそれなりに時間を要した。

 

 姉と二人で撮った写真を再び眺めやる。

 今では姉も私のことを思ってくれていたのだとわかる。だが学生時分はそうは受け止められなかった。

 何度も喧嘩……というより顔を合わせても口すら聞かない時期すらもあった。

 

 その点彼女の場合、少なくとも表面上はそれが大きな軋轢となっている様子は見受けられない。

 取材時の受け答えも理路整然としており、対人関係に問題を抱えているようには見えなかった。

 

「私は私、妹は妹です」

 

 先日の取材時のその言葉は、線を引くものでありながら、同時に相手を正当に評価する響きを持っていた。

 さらに尋ねると、本人や妹の担当トレーナーに失礼だからオフレコで、と前置きして、彼女の実力はこんなものではないはずです、と答えてくれた。

 

「見ていてください。今にG1の3つや4つは楽に獲ることでしょう」

 

 もちろん同じレースに出てくるなら容赦はしませんが、と冗談めかして言ったが、その言葉に大言壮語の響きは感じられなかった。きっと本気で言っているのだろう。

 何とも羨ましい限りだ。私の姉もあれぐらい私のことを尊重してくれていたら、などと意味のないことを考えてしまう。

 

 過度に踏み込まず、しかし軽んじもしない。

 

 あの距離の取り方は、むしろ理想的なものに見える。

 少なくとも、私の知る限りでは。

 競技者同士としては、むしろ健全な距離感といえるだろう。

 

 ……ただ。

 

 彼女が本気で妹ならいくつもG1を獲れると信じていることはわかる。

 だがそれだけに、彼女の妹の感じるプレッシャーは並大抵のものではないだろう。

 何事にもそつのない彼女のこと、寮では同室だという妹のフォローぐらいはやっていることだろう。

 が、それでもかつて似た立場だった者として、ノルデンレヨネットの心労いかばかりかと思わざるを得ない。

 

 

 一息ついた私は、再びネットサーフィンを再開する。

 そしていつも入り浸っている掲示板のまとめサイトに気になるトピックを見つけた。

 

 【悲報】ノルデンセミラミスさん、周りのウマ娘に喰われまくってる模様

 

 ……これは市場調査である。どんな記事が大衆に求められているかの。

 そう誰ともなしに言い訳してリンクをクリックした。




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