驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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第二部 理想を超えて シニア級1年目 秋シーズン
134 短距離の女主人と夏合宿の終わり


 海辺の合宿所、夏合宿最終日。

 

 日が傾きかけた海辺のBBQサイトは、肉の焼ける匂いと賑やかな声が満ちていた。

 合宿最終日恒例の、合同打ち上げBBQパーティーである。

 

 あたりを見回すと、去年と変わらずローレルさんが焼肉奉行を務めていたり、タイキシャトルさんが本国スタイルのBBQを催している。

 幸い、今年は私が交換条件のスポンサーはついていないようで、移動式のグリルが数台あるだけだった。

 

「さあさあどんどん食べてください!!」

「皆さん~、お野菜もちゃんと食べましょうね♪」

 

 バクシンオーさんが焼けた肉を山盛りにして私たちのテーブルにドンと置く。

 そして傍らに添えられたのは大ぶりのサラダボウル、気持ちタンポポ大盛り。グラスワンダーさんだ。

 

「さて、改めまして。セミちゃん、英国での戦捷おめでとうございます」

「ありがとうございます、グラスさん」

 

 グラスワンダーさん、黄金世代の一角にして春秋グランプリウマ娘。現在は指導ウマ娘として学園に所属している。

 直接教えを受けたことはないが、同じ美浦寮所属のためそれなりに面識はあった。

 先日テレビ取材を受けた時にインタビュワーだった同期のエルコンドルパサーさん曰く、すごくおっかないらしいが、全くそんなことはないぽやぽやしてのんびりしたおおらかな方である。

 

「おめでとう、セミラミス。ホント、G1・10勝なんて想像もつかないや。僕なんてやっと2勝クラスを勝ったところなのに」

「ありがとうございます。スクヒさんこそ、支笏湖特別勝利おめでとうございます」

 

 そう続けたのは同期のスクリーンヒーローさん。クラスは違うが彼女も美浦寮。

 彼女は昨年の菊花賞前に怪我をして長期休養を余儀なくされており、先週の支笏湖特別が復帰戦であった。

 適性は多分長めだと思う。

 

「セミラミスは秋の目標決まってるの?」

「始動はセントウルS、その後はスプリンターズステークスの予定ですね」

「勝てば連覇、バクシンオーさんに並ぶわけかぁ」

 

 そうだ。

 セントウルSで整えて、スプリンターズステークスで勝つ。

 

 それで、バクシンオーさんに並ぶ。

 史上ただ一人しか達成したことのないスプリンターズステークス連覇。

 幼き頃、あの日憧れたステージについに並び立つのだ。

 

 ……問題ない。

 

 それで、いいはずだ。

 

 ——なのに。

 何かが、噛み合っていない。

 

 足りない。

 

「……ええ。まずはそこですね」

「っかー、何よ”まず”って!」

 

 そんな思考を断ち切るように後ろから声がかけられる。

 同じクラスのカノヤザクラさんと、合宿でよく一緒に練習したスプリングソングさんだった。

 

「G2よG2、アンタみたいに勝ちまくってるウマ娘からしたら大したことないかもしんないけど、重賞なのよ!?」

 

 口ではそう文句を言いながらも、彼女はにんじんサイダーの缶をこちらに投げてよこす。

 どうやら飲み物を取ってきてくれていたようだ。

 

 カノヤザクラさん。桜花賞や昨年のセントウルSでも対戦した同期のスプリンター。

 先日の新潟でおこなわれた千直G3アイビスサマーダッシュを勝ち、サマースプリントシリーズ制覇を目指してセントウルSに駒を進めている。

 

「もうステップレースなんて使わずに直行しなさいよ。今時叩きなんて流行らないわよ」

「そういうわけには。一度英国の芝に合わせた走法を日本のものに戻す必要がありますので」

 

 そう答えると、冗談よ、というように肩をすくめる。

 

「……それ、あたしたちの仕上げと同じ意味じゃないわよね」

 

 そうだろうか。

 叩きのためのレースと、走法の調整のためのレース。そこになんの違いもありはしないだろうが。

 

「そうなんですね! やっぱり日本とイギリスで走り方って全然違うんですか!?」

「ええ、芝の跳ね返りが違いますから。その都度最適な形を取ります」

「さすがG1・10勝サマは器用なことするわね」

 

 実際、知識としては知っていたしその練習もして行った。だが、実際に現地で適応するのには何度か本気で走る必要があったのも事実だった。

 そう説明すると彼女は、私もそんなことができるようになりたいです、と目を輝かせる。

 

 本当に理解が早く、素直で教えたことを良く吸収する良い子だ。私と一緒に居たこの夏1か月で実力をメキメキと伸ばしているのがよくわかる。

 とはいえ、実力は重賞に手が届くかどうかといったところ。私と同じ舞台に立てるかは、現時点では判断できない。

 

「……なるほど」

 

 バクシンオーさんと話し込みながらサラダのタンポポばかりを貪っていたグラスワンダーさんが、ポツリと漏らす。

 

「後嗣となるべき者を得た、と?」

「さて、それはどうでしょうね。見どころのある娘は一人ではないですし。どういう答えに辿り着くか、それを見るのが楽しみですよ!」

 

 なんの話だろうか。思わず耳がそちらを向く。

 

「それは重畳ですね♪」

「ええ、そちらもなかなか見どころがありそうですが?」

「そうなんですよ。こちらもあの子なりの答えを見せてくれそうです」

 

 そうやって2人は笑い合う。

 結局意味はわからなかったが、楽しそうならまあいいだろう。

 そんなことよりまずは眼の前のレースに集中すべきだ。

 

 

「アンタと当たるの、久しぶりね」

 

 カノヤザクラが缶を傾けながら言う。

 

「そうですね」

「今回は譲らないわよ。サマースプリント制覇もかかってるし」

「ええ」

 

 短く返す。

 彼女にとっては、それが“レースの理由”なのだろう。

 

「……あのっ」

 

 隣からスプリングソングが少しだけ身を乗り出す。

 

「私も出ます」

「ええ、聞いています」

「夏で教えてもらったこと、全部出したくて」

 

 まっすぐな視線だった。

 

「どこまで通用するか、確かめたいんです」

 

 ——どこかで見たような瞳、どこかで聞いたような言葉だった。

 

 だが。

 それは、今考えることではない。

 すぐに思考を切る。

 

 一度だけ、彼女の方を眺めやった。

 

「……そうですか」

 

 ——確かめることはできるだろう。

 ただし、それは——

 

 

 夏合宿の終わり、夕焼けに彩られた海、茜色に染まる砂浜。

 セントウルステークス、2週間前の出来事だった。

 

 




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