驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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137 短距離の女主人と金色の暴君

 トレセン学園、遠征支援委員会。

 

 白磁のカップには琥珀色の液体が満たされている。

 立ちのぼる湯気は淡く、南国のフルーツのような甘い香りが立つ。

 一つ口に含むと、まずは重厚なコクと甘み。それでいて後味はスッキリとしていて渋みがない。持ち込んだレモンケーキとも合いそうだった。

 紅烏龍(ホンウーロン)というだけあって、烏龍茶とも紅茶とも似ているが異なる味わいだ。

 

 なるほど確かに彼女が、珍しいものが手に入りましたので、と言うだけのことはある。

 

「お口に合いましたか?」

「ええ、とても」

 

 彼女、ドリームジャーニーさんもカップに口をつける。

 他の友人たちとのように姦しい会話はない、静かな沈黙。

 だがそれは埋めるべきものではない。

 お互いに心地よいものであるとこれまでの付き合いで了解し合っていた。

 

 

「まずは、セントウルステークスの勝利、おめでとうございます。見事な先行押し切りでした」

「ありがとうございます。ジャーニーさんこそ、朝日チャレンジカップのまくり勝ちは流石です」

 

 私のセントウルステークスの翌日、祝日の月曜に同じ阪神で実施されたG3芝2000m朝日チャレンジカップで彼女は勝利していた。

 小雨降る中後方からレースを進めた彼女は3コーナーからロングスパートを仕掛け、直線で先行集団を差し切ってみせたのだ。

 

 彼女は私とは走法も適性距離も戦法も何もかもが異なる。

 そもそも体格、上背からして20センチ差なのだから当たり前だ。

 その小柄な体躯は接触の多い先行中団からのレースには向かない。だが彼女はそれをものともせず、外から後方一気で制してみせる。

 弱点を露呈させない彼女らしいクレバーな走りっぷりであった。

 

「無理して前に行っても勝てませんからね」

 

 そう彼女は飄々とした態度を崩さない。

 

 

 思えば彼女との付き合いももう1年になるか。

 最初にカフェさんのところで出会ったときは、極度の緊張もあってインテリヤクザかマフィアのボスかと誤解してしまったが、今にして思えば失笑物だ。

 彼女ほど真心と情の深い人物はなかなか居るまい。

 それは夏の英国遠征での、微に入り細を穿つきめ細やかな支援で十二分に理解した。

 

「英国でのご活躍はひとえにセミラミスさんの実力ですよ」

「如何に精強な軍勢といえど、兵站なくして実力を発揮することはできません。ましてや海を超えた遠征では」

 

 自身の実力は当然として、私はそれを支えたものを軽んじるような恩知らずではない。

 いずれ、この恩には報いるべきだろう。

 

 とはいえ何で報いたらよいものか。

 ちょっとしたことであれば趣味の細工物などを渡したりするのだが、彼女のセンスに合うほどのものを作れるほどの自信がない。 

 

「そんな、セミラミスさんのお仕事は素晴らしいと思いますが……」

「所詮は趣味ですよ。大したものではありません」

 

 お互い父親が金属を細工して生計を立てているという共通点もあってか、彼女とはなかなか話が通じる。

 そして、その審美眼はなかなかのものだ。カフェさんに渡した猫のチャームの製法をおおよそ言い当てたのだから。

 なにせ聞けば彼女のご両親は芸術家、お父上は金細工職人だという。

 いくらなんでも10代の小娘の趣味では本業には敵わないだろう。

 

 それに、物を渡してはい終わりといったものではあるまい。やはり至誠には至誠で報いたいものだ。

 

「でしたら、将来海外遠征するウマ娘たちの助けになって頂けませんか」

「もちろんそのつもりではありますが、それでよろしいのですか?」

「ええ、そのための遠征支援委員会ですから。それが本懐です」

 

 そう言う彼女の眼鏡越しの瞳からは嘘偽りの色は見られない。

 ……彼女の望みであれば、そうするのが良いのだろう。受けた恩には足りないように思えるが。

 

 

 話は移り変わって、今後のレーススケジュールへと移る。

 彼女のローテーションは天皇賞(秋)から有記念だという。

 ウオッカやスカーレットと同じローテーション、すなわち私とは当たることのないローテだ。 

 

「お二人は強敵ですからね。加えてセミラミスさんまで相手取らなくて良いのは助かります」

「……ええ、路線が異なりますからね」

 

 私の秋シーズンのローテはスプリンターズSからマイルCS、香港スプリントという短距離路線だから、彼女らの王道路線とは当たらない。

 

「では次はスプリンターズステークスですか。連覇のかかる」

「はい」

 

 スプリンターズステークス連覇。G1となってから未だ一人しか得ていない栄光。

 あの日、冬の中山で誓った。越えると宣言した背中にようやく届く時が来た。

 

 目前のジャーニーさんはただ黙ってカップを傾ける。

 

 聡い彼女のことだ、乙名史記者の記事が真実を含んでいることぐらいお見通しだろう。直接そうと言ったことはないが。

 一方で彼女が走る理由もまた私に近しいものがある。かつて彼女が漏らした“アネゴ”というのは、きっと私にとってのサクラバクシンオーなのだろう。

 

「届くと、良いですね」

「……はい」

 

 わずかに、間を置いて答える。

 それゆえに、多くの言葉はいらなかった。

 そう、勝ちさえすれば、届くのだ。

 

 

 その話題が出たのは、ローテの話のついでといった雰囲気であった。

 

「そういえば、秋天の出走想定にレヨネットさんの名前もありましたね。菊花賞は回避ですか」

「ええ、距離不安もあってそうするようです」

 

 彼女が“妹”と呼ばないことに好感を覚える。

 練習やレースを観察するかぎり、レヨの適正距離はおおよそ1600~2200mあたりだ。ダービーはともかく菊花賞は長すぎる。

 であれば、シニア混合とはいえ秋天を目指すのは合理的だ。トレーナーを変えたのが吉と出てほしいところだが。

 

「厄介な相手ですね。完成はしていないが、それだけに底が知れない」

 

 ジャーニーさんが呟く。

 なるほど、そう見ているか。

 

 私とトレーナーさんの見立てでは、実力は申し分ないが精神的に一皮むける必要がある。あるいはシンプルに相手が悪いというものだった。

 すなわち、我が妹は勝ててもおかしくない勝負を落とし続けているという身も蓋もない評価だ。

 

 

 妹、というワードで思い出す。

 そういえば彼女、ドリームジャーニーにも妹が居たはずだ。

 1つ差の私とレヨネットとは違って、確か3つか4つ離れていたはずだ。

 

「ええ、オルとは4つ離れています。今年中等部に入学してきていますよ」

 

 彼女は珍しく相好を崩す。

 本当に妹が可愛くて仕方ないようだ。

 

 もし、レヨと年が離れていたらあんなふうに可愛がっていただろうか。

 ……いや、レヨネットが私の付属物扱いされることだけは避けねばならない。なら、そうするわけにはいかないだろう。

 

 

 その時、外につながるドアが開け放たれた。

 ノックもなしに開いた扉に、思わずそちらを振り向く。

 

「姉上! ──ん? 来客か?」

 

 そこに立っていたのは、明るい栗毛にド派手な流星のウマ娘。

 背格好からしておそらく中等部入りたてだろう。

 だが誰だろう。残念ながら遠征支援委員会は本人も言っていたように知名度が足りず、尋ねてくる人は少ない。

 居たとしても遠征を考えるシニア級や指導ウマ娘など年嵩のものが殆どで、中等部のウマ娘が尋ねてくることは考えづらい。

 では誰だ。その答えはジャーニーさん自身の口から明らかになった。

 

「そうだよオル、こちらノルデンセミラミスさんだよ。セミラミスさん、こちら私の妹のオルフェーヴルです」

 

 ああ、これが例の。

 そう言われて改めて彼女、オルフェーヴルを眺めやる。

 ……あまり似てない。

 

「む、不敬であろう。伏して拝するがよい」

 

 

 ──この不遜なウマ娘こそが、“暴君”オルフェーヴル。後の三冠ウマ娘との初めての出会いであった。

 

 この時は大した言葉を交わさなかったが、唯我独尊がウマ耳をつけているような彼女が言い放った言葉だけは記憶に残っている。

 

「ふん、つまらんな。真の王なれば、冠など自ずと捧げられるもの。自ら求むるなど、王の行いに非ず」

 

 この言葉の意味が腑に落ちたのは、およそ1年後のことになる。

 

 スプリンターズステークスは、翌月頭に迫っていた。




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カーインライジングあれ何なん? ホンマに馬?
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