驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
誤字報告もいつも助かっております。
午後、ラチの影が長く伸びだしたターフを私はひた走る。
風を切る音が耳にうるさい。
レースは中盤、かなりきついカーブの遠心力に抗いながらラチに沿うように可能な限り内側の経済コースを回る。
カーブを利用して左後ろを確認すると、黒っぽい鹿毛の影が大きなストライドで迫ってきている。目算6バ身といったところ。
前に視線を戻すと残り600mの標識が過ぎていく。まもなく最終コーナーをあけて最終直線へ。
いつもより前目の位置取り、逃げのすぐ後ろをイメージして 。ダイワスカーレットさんならこう走るだろうから。
といっても別にバクシンオーさんから趣旨替えしたとかではない。
ではなぜこのようなことをしているかといえば、時刻は半日ほど遡る。
夏休み期間の良いところは、授業がないので午前中から練習ができるところである。
だがそうすると勉強もせずに夏休み明けにえらいことになる生徒が続出するので、一般の学校でいう登校日のような午前中練習禁止の日が何日か設けられている。
成績の芳しくない生徒は各教科担任から
余談だが、これをノースフライトさんに言うと、セミラミスちゃんはずっとそのままでいてね、と両肩を掴まれてしみじみと言われてしまった。誰か成績の悪い知り合いでもいるのだろうか。
私は吉富トレーナーから完全休養日を言い渡されていたので、どうして過ごそうか考える。
自室で趣味に精を出していても良かったが、せっかくだし気分を変えようと学園の図書館へ向かうことにして私は寮を出た。
「あれ、セミラミスじゃんか。なんでここに?」
そうして学園に入ったところでウオッカに声をかけられた。
「補講……なわけないよな、お前もスカーレットも成績いいし」
「ええ、メジャーさんもいらっしゃらないので今日は気分を変えて図書館で勉強しようかと」
そういえば、ウオッカさんがダイワスカーレットさんと一緒にいないパターンは珍しい。必然、ウオッカさんとサシで話す機会も殆どなかった。
見た目と言動から不良っぽい人かと思われているし、本人もそう振る舞っている節があるが付き合ってみると善寄りの人柄である。年の離れた妹と弟がいるらしく、会話の一端からも良いお姉ちゃんであることが伺えた。
「そういえば、補講はサボりですか?」
「なッ、ちげぇよ! 先生が夏風邪こじらせたとかで休みになったんだよ」
教官の合同練習は、あんなヌルいのやってられるか、とサボって自主練をしていた割に補講はサボらないらしい。
よくわからないが、それが彼女なりの美学、カッケェってことなんだろう。
彼女も暇ができたとのことなので、行き先を図書館からカフェテリアに変更して一緒に勉強することになった。
ただ一緒に勉強するだけなら図書館でも良かったのだが、この機にウオッカさんともなにか食べながら話してみようと思ったのだ。
図書館でそんなことをすれば
いやあれは広報の演出なのはわかっているが、流石は秋シニア3冠というか、怒った彼女にはそれだけの凄みがある。
カフェテリアは同じことを考えたであろうウマ娘でそれなりに混雑していたが、なんとかテーブルを1つ占領することに成功した。
お互い4人がけの席に向かい合わせに陣取って問題集を広げる。といってもこんなものポーズだ。本気で勉強したいならこんなところに来るべきではない。
そして話題といえば、やはりレースのことに集中する。
例えばお互いのトレーナーのこと。
「八木トレーナーってどんな方なんですか?」
「自分の中に一本筋が通ってて豪快なカッケェ人だよ。今のとこ合ってる感じだな。そっちは?」
「まず私のためを思ってくださる方ですね。あの人のことなら信じられるかな、と」
知り合った先輩のこと。
「トレーナーにムリ言ってアグネスデジタル先輩と並走させてもらったんだけどさ、やっぱG1ウマ娘は違うよな!」
「ええ、私もよくヤマニンゼファーさんやノースフライトさんと併せてもらってますが、圧というかオーラが違いますね」
「あの人も普段はああだけど、抜き去られる瞬間の横顔とかすげえカッケェからな! 早くああいうふうに強くなりたいぜ」
そして将来の目標のこと。
「私は……出られるならティアラは桜花賞だけにして、NHKマイルから秋にはスプリンターズS、マイルCSでしょうか」
「そっか、オークスや秋華賞は出ないのか。ラインクラフト先輩と同じ変則2冠、そんでバクシンオー先輩と同じく短距離路線」
「はい、適性的に厳しいかなと。ウオッカさんはティアラ路線ですか?」
「……ああ、ちょっと考えてるんだけどな。うん」
最後については、彼女にしては妙に歯切れが悪かった。
妙だなとは思ったが、それに踏み込んで良いものか迷う。そう逡巡しているうちに、彼女はそれをごまかすように話題を変えた。
「そういやよ、今日の午後って空いてるか?」
「え? うん。特に予定はないけど」
「頼む、オレと並走してくれないか」
「……え?」
わりと唐突な話だったが、そういうわけで私たちはこの人気のない練習コースで走っている。
今私は前を走るウオッカから数バ身離されてゴール板を超えたところだ。
直線に入ったところでスパートをかけたものの、最初にいつもより体力を使ったせいで伸び切らず直線半ばで差し切られてしまった。
息が苦しい。クールダウンで数ハロン走ったところで肩で息をする。
前髪の隙間から見えるウオッカは天を仰いで息を整えている。
私は彼女のオーダー通り走れただろうか。
彼女曰く、スカーレット対策で一緒に並走してほしい、とのことだった。
どう走ればいいかと尋ねた私に対する返答はこうだった。
「スカーレットならどうするか、スカーレットならこう来る、ってやつでいい。タイムとかそういう細かいことはいいから」
ちょっと混乱したが、そうなると私にとってのダイワスカーレットさんを模して走れということになる。
ダイワスカーレットさんのイメージ……先行抜け出しだけど私よりもう少し前、逃げウマの真後ろぐらいの位置取り。うまく再現できただろうか。
そもそもなぜ私なのかと問えば、お前以外にスカーレットと似た走りのやつがいない、とシンプルなものだった。
マーチャンさんは逃げだが短距離寄りなので不適、マイルが走れるピンクカメオさんは後方脚質。確かにマイルかつ前よりの脚質のデビュー直前のウマ娘は私とダイワスカーレットさんしかいない。
理由はわかったし、友人の頼みとあれば協力してあげたいのは山々だったが、解決すべき問題が2つあった。
1つは私が休養を命じられていたことだ。
これは吉富トレーナーに許可を取り、翌日午前のペース走を振替で休養に当てることを条件に認められた。
連絡を取ると夏合宿中のあちらも休養日だったようで、クルーザーを出して海釣りを楽しんでいたらしい。背後ではリールを巻く音とともに「スカ──ん、引──ますよ!」「わ──フラ────取ってタモ!」と騒ぐ声が聞こえたので、別のチームのウマ娘やトレーナーも一緒らしい。
船は吉富トレーナー自ら操縦していたとのことで、なんというか思ったよりワイルドで意外だった。聞いていたウオッカなど、目を輝かせていたぐらいだ。
もう1つは、練習コースの使用には許可がいるということだ。
ウオッカさんはこっそりやれば平気だというし、実際そういうことをしている人が結構いることは事実だ。
でも私はそうしようとは思わなかった。吉富トレーナーは普段から「絶対怪我をしないように。万が一怪我をしたとしても全責任は私にあるのだから私を恨みなさい」とまで仰っている。なのに私がその信頼を裏切って勝手なことをするわけにはいかない。
ウオッカさんは「真面目だなぁ」とちょっと不満げな表情だったが、それについてはすぐ解決したので良しとする。
ようやく息を整え終え、コースを一周して簡易ゲートのところまで戻った私たちを拍手で出迎えた人影が1人。
タニノギムレットさんだ。
「ハーッハッハァ! “疾さ”を体現する良きレースだったぞ!」
癖のある鹿毛にウオッカに似た流星、右目の眼帯がトレードマークのウマ娘。
ウオッカさんが憧れているダービーウマ娘であり、よく備品を壊してたづなさんに呼び出されているのを耳にする。
何を隠そう、カフェテリアで話していた私達のもとに現れ、監督役を買って出てくれたのがこのタニノギムレットさんだったのだ。
ちょっと、いやだいぶん、かなり変な人だが。
「
「ありがとうございます!!」
尊敬する先輩に褒められてウオッカさんも嬉しそうだ。
そりゃそうか。もしあれが自分で、相手がバクシンオーさんだったら。尊敬する先輩に手放しで褒められればと思えば当たり前だ。
「そしてオマエ!
「はいっ!?」
突然、私に話しかけられてビクンとしてしまう。
「まずは感謝を──そして及ばずともオマエも“疾さ”を体現していた。その
えっと、半分ぐらいしかわかんない……。
とりあえず感謝していることと、タニノギムレットさん的には私はマイルでも通用するという評価らしいことは察せられる。……いや本当にそうか? 私なんかが? バクシンオーさんが最後まで弾かれ続けたマイルでも?
そう逡巡していると、タニノギムレットさんは高笑いしながら、暗くならないうちに帰れ、と言う意味であろう言葉を残して去って行ってしまった。
残された私たちは、とりあえず片付けをしようと動き出した。
時間は夕暮れ、学園でも端のほうに位置するこの練習コースの周りに人は殆どいない。
最後の仕上げとして2人用の簡易練習ゲートを2人で引っ張っていく。
そのさなか、ウオッカさんがボソリと話しかけてきた。
「俺さ、ギム先輩みたいにダービーウマ娘になりたいんだ」
それ自体は驚くべきことではない。それこそ彼女がタニノギムレットさんに憧れていることは傍目でもよく分かる。
私自身がそうなのだから、その気持には共感できた。だが……。
「……ってことはクラシック路線にするの?」
「いや、それじゃスカーレットやお前との決着をつけられないだろ? だから俺はティアラからダービーに出る」
驚くべきことだった。
歴史上、ティアラ路線からダービーを制したウマ娘はわずかに2人。競争体系が現在のものになってからは1人も存在しない。
だが、同じく憧れのウマ娘を持つ者同士、それを不可能とは思いたくなかった。
「……応援してる」
「ありがとな。そう言ってくれると思ってたぜ」
もし彼女がこのまま順調にデビューして、東京優駿を優勝したならば──。
64年ぶりのティアラウマ娘によるダービー制覇。間違いなく彼女は歴史に刻まれるウマ娘となるだろう。