驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
10月5日 中山レース場 第11レース
スプリンターズステークス(G1) 芝 1200m 晴 良
『晴れ渡る秋空のもと、秋のスプリント王決定戦、スプリンターズステークスです』
放送席には壮年の男性アナウンサー。
その隣には、ゲストのロマンスグレーの壮年の男性と、鹿毛のウマ娘が座っている。
『引き続き、解説には“サクラの庭師”こと
『よろしくお願いします』
『さらにゲストとして、スプリンターズステークス他重賞4勝、“日の丸特攻隊”ことサクラシンゲキさんにもお越しいただいております』
『まぁ、よろしくってことで』
スタートのゲート前には勝負服姿のウマ娘たちが集合しつつあった。
ゲート前のカメラが赤地に白襷の勝負服、ノルデンセミラミスを大写しにする。
『G1・10勝、そのうち短距離G1を5勝。今夏は英国遠征で3連勝と、もはや国内外を問わず結果を残してきました!』
『ここも当然、断然の支持を集めています! ──ただし、焦点はそこではありません! 問題はただ一つ、“誰がどこまで食らいつくか”です!』
そしてカメラは2番人気スリープレスナイトの黒い和装姿に移る。
『その中で注目を集めているのがスリープレスナイト! 芝転向後連勝中、この勢いがどこまで通用するか!』
そうやって対抗ウマ娘を一通り紹介したところで、実況のアナウンサーが解説の2人に水を向ける。
『明石梧郎トレーナー、そしてスプリンターズステークスといえば、やはり現状唯一のG1スプリンターズステークス連覇となるサクラバクシンオーですが、現在のセミラミス、この強さ、どうご覧になりますか?』
『ずいぶんとイワイに気を使いましたね』
そうやって彼は苦笑して続ける。
『……強いですね。間違いなく、今の短距離では抜けています』
『やはり歴代最強との声も──』
『そういう話ではありません』
彼は言葉を切った。
『正直に言えば、強さだけなら比べてもいいでしょう。ただ、あの時代は“短距離”という概念そのものが無かった。その先駆けとは比べるべくもない』
『おう、あたしなんか走るレースがなくてジャパンカップも走ってるからな! 2400だぞ、1200×2だぞ? スプリンターに走らすんじゃねぇよ』
ハハハその節は、と実況席が笑いに包まれる。
『“日の丸特攻隊”の異名の元になった第一回ジャパンカップですね』
『おうよ、日本の快速ウマ娘の面目をかけてハナを切っていけ、って言われてよ。案の定持たなかったが』
『
アナウンサーがそうやって逸れた話題を今回のスプリンターズステークスに戻す。
『では明石トレーナー、今日のポイントはどこでしょう?』
『そうですね、普通に走れば勝てません。勝つとすれば、形を崩すしか』
顎に手を当てて少し考えて続ける。
『前に強い逃げを置いて、後ろから圧をかけ続ければあるいは』
『あたしみたいなのがハイペースを刻んでもいいし、逆にペースを握ってもいい』
事実上、単独ではどうしようもないと言っているに等しかった。
『単独では相手にならない、と?』
『まともに相手しようとすれば、前から上がり34.2を出せるウマ娘ぐらいは用意してほしいものですが』
『そりゃバクの字じゃねぇか』
『全盛期のバクシンオーであれば勝てる、と言っているのですよ』
完全に担当トレーナーとしての贔屓目が出ている明石梧郎トレーナー。
それはさておき、とアナウンサーはスタート地点の女性リポーターにマイクを回す。
『ではずん子さん、そちらの様子はいかがでしょうか』
『はぁい、特に渋る様子もなく順調にゲート入りは進んでいます』
『そちらで注目のウマ娘はいますか?』
『そうですね、今ゲートに入ろうとしている14番のスリープレスナイトでしょうか』
画面に黒基調の和装の勝負服に赤い紐をたすき掛けにしたウマ娘が映る。
その目の下には隈がベッタリと張り付いていたが、視線は鋭い。
『ありがとうございます。気合十分といったようですね』
すでにゲートは埋まりつつあり、最後の大外タマモホットプレイが収まった。
『体勢完了、第42回スプリンターズステークス。ゲートが開いてスタートを切った!』
一斉に飛び出す16人。
『揃ったスタート! ノルデンセミラミス、スリープレスナイトいいスタート!』
そのまま前からウマ娘の名前が呼ばれていく。
『ノルデンセミラミス、さらにはビービーガルダン、タニノマティーニ、ウエスタンヴィーナス、エムオーウィナー。前には5人が行く。ウエスタンヴィーナスがハナを取ります』
『14番スリープレスナイトの内にファイングレイン、ちょっと前が詰まったか? ジョリーダンスもちょっと詰まったようです。それからキンシャサノキセキ──』
淀みない口調で全ウマ娘の隊列を読み上げていく。
『──11番スズカフェニックス、それから7番カノヤザクラ、9番トウショウカレッジ。16番タマモホットプレイは追込に賭けます』
中山の短い向正面の間に全員の名前を読み上げ終わって、ギュッと詰まった10バ身ほどの隊列は3コーナーへと入る。
先頭に逃げウマ娘。ノルデンセミラミスはその直後。
その少し外側後ろにエムオーウィナー、1列後ろにファイングレイン、ビービーガルダン、スリープレスナイトの3人が並んでいる。
『前はウエスタンヴィーナスが飛ばしている。1バ身ほどのリード。どう見ますか?』
『あれじゃ通らねぇよ。ただ逃げてるだけだ。流れを作れてねぇ』
『というと?』
『ペースを作れていない。後ろのスリープレスナイトが圧を掛けに行っていますが、あれでは意味がない』
サクラシンゲキがべらんめぇ調で吐き捨てるように言った言葉を、明石トレーナーが補足する。
そうこうしているうちにバ群は4コーナーへと入っていた。
『外からキンシャサノキセキ。ビービーガルダン、スリープレスナイト、ノルデンセミラミス前に出た』
明石トレーナーの言葉通り、折角後ろから圧をかけてもそのままノルデンセミラミスは前へするりと抜け出してしまう。
4コーナー半ばで抜け出したノルデンセミラミスはそのまま先頭へと躍り出る。
『直線を向いて、ノルデンセミラミス先頭に立った! 外からはスリープレスナイト、キンシャサノキセキ! 間を割ってビービーガルダン!』
後方から迫るウマ娘たち。
なかでもスリープレスナイトが抜け出して追いすがる。
だが……。
『ノルデンセミラミス先頭! ノルデンセミラミス先頭! 外からスリープレスナイト、キンシャサノキセキ、ビービーガルダン!』
『先頭はノルデンセミラミス! ゴールイン!』
決勝線を越えたのはノルデンセミラミス。1バ身離れて2着はスリープレスナイト、さらに1バ身離れて後続が続く決着となった。
『──やはり強い! 外からスリープレスナイトも迫りましたが、差は最後まで詰まりませんでした!』
『勝ち時計は1:07.8、昨年に続きスプリンターズステークス連覇! サクラバクシンオー以来史上2人目の快挙です!』
実況のアナウンサーが、隣の席の明石トレーナーへと話を振る。
『お2人は、このレースをどうご覧になりましたか』
『悪くはなかったよ。けど、まだもう一丁いけるだろ』
まず口を開いたのはサクラシンゲキ。
『先行勢、スリープレスナイトはやれるこたぁやったよ。後は逃げだね。もっと揺さぶらねぇと』
『というと』
『ペースを握るか、楽をさせないか、あるいは後ろと
若干抽象的なサクラシンゲキの言葉をトレーナーが補完する。
続いて、話題は連覇に移った。
『なるほど。ではサクラバクシンオーと同じくスプリンターズステークス連覇、この結果、どうご覧になりますか?』
『……そうですね。まず、並びました。バクと……サクラバクシンオーと同じ記録です』
『いつかやるとは思ってたけどさ、ほんとにやってのけるとはねぇ。大したもんだよ』
『ですが──』
明石トレーナーは一旦言葉を切って続ける。
『──同じではありません』
『……同じではない?』
『ええ。バクシンオーは未だスプリントとマイルが一緒くたに短距離であった時代に、スプリント路線を切り拓いたウマ娘です』
高所にある実況席から、彼はターフの紅白の勝負服のウマ娘を見下ろして続ける。
『ノルデンセミラミスは、あくまでその道の上で勝っている。同じでは、ない』
そう静かに言い切った明石梧郎トレーナーに、実況のアナウンサーは訊ねる。
『……なるほど、では、彼女はこの先どうなっていくのでしょうか』
『さぁて、ね。それはあの娘が決めること。私のようなロートルでは思いもよらないことです。ただ──』
『──面白くなりそうだ』