驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
10月、トレセン学園。
聖蹄祭、あるいは秋のファン感謝祭。
いつも応援してくれているファンに向けて、学園のウマ娘たちが催し物を行うイベント。
今年もその季節がやってきた。
校舎、廊下。
「やーやースクヒっち、メイド服似合ってんじゃーん?」
「誰かと思ったらスプマンテかよ。……それ、勝負服か?」
そそ、とばかりにくるりと濃緑のミニスカートをひらめかせたのはクイーンスプマンテ。
「せっかく作ったのに一回しか着ないのもったいないじゃん? 今日はお祭りなんだしさ」
対してそれをジト目で見つめているのはミニスカメイド服姿のスクリーンヒーロー。首からメイド喫茶開催中、の看板を下げている。
どうやら休憩がてら宣伝してこいと言われたようだ。
「そっちのクラスはメイド喫茶なんでしょ? 客入りはどう?」
「どうもこうも。アサクサキングスとヴィクトリーが頑張っちゃいるが、誰もシニアG1勝ってねぇからな」
「そこはうちらpre-OP組には何ともね」
「お前らのせいでもあるんだからな」
どうやらメイド喫茶は苦戦中らしい。
スクリーンヒーローの視線の先には、スプマンテのクラス展示。
『日本短距離マイルの歴史 ~優勝レイ展示中~』
入口には廊下まで並ぶ行列。展示にもかかわらず、客入りは盛況のようだった。
「いくら自クラスで優勝レイ全部揃うからって手ェ抜きすぎだろ」
「唯一足りない朝日杯のやつもドリームジャーニーさんから借りてきてくれたしね、セミちゃんとをっかちゃん様々だよ。これで展示賞は頂きだね」
その代わりと言ってはなんだが、群衆整理と警備で模擬店並のシフトを組まざるを得なかったので痛し痒しといったところか。
学園側も警備員を派遣する事態になっている。
「で、そのティアラ3強様たちはどうしてんだよ」
「この時間は講堂でトークショーだよ。G1いっぱい勝つと大変だよね」
ティアラ3強、すなわちセミラミスとウオッカにダスカはクラスの出し物への参加が免除な代わりにイベントへ参加させられていた。
これは集客に繋げたい学園側の思惑……というのもあるが、このレベルのファンを抱えた現役ウマ娘が同じ模擬店で接客とかしてると事故るからである。
「そうか、ならちょっと冷やかしてこようかな。放送委員のダチに頼めば上から見れるだろうし」
「おもしろそー、あたしも行きたい」
「んじゃ行くか。今からなら途中からだけど見れるだろ」
「えっと、前半は『ティアラ3強 大接戦の桜花賞を振り返る』だってさ」
学園、講堂。
大型スクリーンに映し出される阪神レース場。
桜舞う仁川の直線。
『ノルデンセミラミス! ダイワスカーレット! ウオッカ! 3人並んだ! 3人が並んでゴールイン!』
実況と共に映像が静止する。
赤、青、黄色。3色の勝負服が横一線に並んだまま巨大スクリーンいっぱいに映し出された。
会場から大きなどよめきと拍手。
「いやぁ……何回見てもおかしいですね」
壇上下手側、司会席に座ったドリームジャーニーが苦笑混じりに肩を竦める。
「ハナ差ハナ差。しかも後ろとの差は3バ身以上、ですか」
上手側の椅子に並んで座る3人。
中央寄りのノルデンセミラミスはいつも通り背筋を伸ばし、その右手のウオッカとダイワスカーレットはそれぞれ違う意味で居心地悪そうにスクリーンを見上げていた。
「差せるかどうかなんて分かんなかったよ」
最初に口を開いたのはウオッカだった。
「でも行くしかねぇだろ」
会場から笑い。
「それはこっちの台詞よ」
ダイワスカーレットも呆れたように返す。
「外から貴女が来るの見えてたから、絶対待たないって決めてたのに」
「ひでぇ言われようだな!?」
「だって並ばれたら負けると思ったもの」
即答。
会場が沸く。
「実際、合理的判断だったと思います」
淡々とした声、セミラミスだ。
「ウオッカの加速性能は脅威でしたので、先行して押し切る構築は適切だったかと」
「だから急にガチ分析始めんなって!」
ウオッカがツッコミを入れ、会場が笑いに包まれる。
ドリームジャーニーはやれやれと首を振った。
「この人だけずっとこの調子なんですよねぇ」
モニターには四コーナー出口付近の映像。
アストンマーチャンの外にダイワスカーレット、その後ろ外からウオッカが進出を始める場面が映し出される。
「でもスカーレットさん、ここ完全にウオッカさんしか見てないですよね」
「ええ、見てなかったわ」
ダイワスカーレットはあっさり認めた。
「チューリップ賞の時、最後に差し切られたから。だから今回は並ばれる前に仕掛けるって決めてたの」
会場から感心したような声が上がる。
「でもあれ、外回されたんだぞ!?」
ウオッカがモニターを指差した。
「終わったと思ったって!」
「なお来ます」
ドリームジャーニーの即ツッコミに会場爆笑。
「だって前に二人見えてんのに止まれねぇだろ!」
「そこが怖いのよアンタは!」
ダイワスカーレットが半ば呆れたように言い返した。
若干、素が漏れている。
そして映像がスロー再生へ切り替わる。
アストンマーチャンの後ろ、包まれた位置に居るセミラミス。
次の瞬間。
内が開く。
真紅の勝負服が鋭く割って入った。
会場からどよめき。
「で、問題のここです」
ドリームジャーニーがスクリーンを指す。
「なんでこの人いつの間にか前に居るんですかね」
「本当にな」
ウオッカがうんうん頷く。
「当時意味分かんなかった」
「私も進路ミスかと思ったわ」
ダイワスカーレットも苦笑する。
「マーチャンの重心変化が見えましたので」
セミラミスは平然と答えた。
「外へ進路を取ると判断しました。そのため内進出を選択しました」
「いや“そのため”じゃないんですよ」
ドリームジャーニーが頭を抱える。
会場笑い。
さらに映像が切り替わる。
四コーナー出口。
内から迫る真紅の勝負服。
次の瞬間、アストンマーチャンが外へヨレた。
会場からどよめき。
「いやこれ怖ぇって!」
ウオッカが思わず身を乗り出す。
「こっち加速入ってたのに、急にスカーレットまで外来たんだぞ!?」
「だってマーチャンが急に膨らんだのよ!」
ダイワスカーレットも即座に反論する。
「進路切り直すしかなかったんだから!」
「その後ろの俺はもっと切り直してんだよ!」
会場爆笑。
「審議は取られていませんからね」
淡々とした声。
「そういう問題じゃねぇ!!」
全方位からツッコミが飛び、さらに笑いが起こる。
ドリームジャーニーが頭を抱えた。
「いやぁ、今見返すと酷いレースしてますねぇこの人。マーチャンさん完全に圧かけられてるじゃないですか」
「進路確保を優先しました」
「言い方!」
ウオッカがセミラミスを手のひらで指して続ける。
「ジャーニー先輩、こいつゲームでも負けそうになると突然ガチりだすんで気をつけてくださいね」
「おやおや」
ドリームジャーニーが面白そうに片眉を上げる。
「追い込まれてから本番、ですか。レースと同じですね」
「いやマジで怖ぇんすよ! 急に盤面計算始めるし心理戦始めるし!」
「順位が一つでも上がるようにするのがゲームでしょう?」
セミラミスが涼しい顔で嘯く。
「にしてもやることが極端なんだよ!」
ウオッカがげんなりした声を上げる横で、ドリームジャーニーだけは楽しげに笑っていた。
「ふふっ、面白いじゃないですか。では今度一局お願いしましょうか」
その言葉に、セミラミスが一瞬だけ言葉を止める。
「……ジャーニー先輩相手は、あまり勝てる気がしませんね」
「お、珍しく弱気だな」
ウオッカが目を丸くする。
「この手の技術では、私より遥かに上ですので」
「いやぁ、褒めても何も出ませんよ?」
ドリームジャーニーは楽しそうに肩を揺らした。
さて、話がそれましたね、と彼女は話題を戻す。
直線。三人が並ぶ。ゴール。
そして10分以上をかけた写真判定の末、順位が確定した。
ダイワスカーレットは、映像の中の自分が掲示板を睨み上げている姿を見て、わずかに唇を尖らせた。
「……あの10分、ほんっとうに長かったのよ」
腕を組み、今でも納得しきっていないように鼻を鳴らす。
「だって二センチ差よ? あとほんの少し脚が伸びてれば、アタシが勝ってたんだから」
会場から笑いと拍手。
悔しさを隠し切れないその声音に、当時を知る観客がどっと沸く。
ムネ差じゃねぇの、と余計なことを言ったウオッカの脇腹には肘鉄が突き刺さった。
だが彼女はすぐに咳払いを一つ。
「ま、まあ? あの日の貴女が強かったのは認めるけど、次は負けないから!」
ドリームジャーニーの表情は、ベタなツンデレですね、と雄弁に語っていたが、口に出さないだけの情が彼女にもあった。
「いやぁ、改めて見ると凄いメンバーですね」
ドリームジャーニーが肩を竦める。
「ティアラダービーウマ娘に、完全連対継続中のミスパーフェクト、それに短距離の女主人ですからね」
そのまま大げさに両手のひらを上にして手を広げてみせた。
「誰ですかティアラは弱い、なんて言ったのは」
会場がどっと沸いた。
その中で、ドリームジャーニーが少しだけ表情を変えた。
「……ただ」
モニターに映る桜花賞の隊列。
逃げるアマノチェリーラン。
その外にアストンマーチャン。
「当時のセミラミスさんは10番人気の2勝ウマ娘。“ティアラ3強”と呼ばれていたのは、彼女ではありませんでした」
会場が静まる。
スクリーンに大映しになるはクリーム色の勝負服にに海老色の襷。
アストンマーチャン。
「阪神JFハナ差2着、前哨戦のフィリーズレビューを勝ち桜花賞へ駒を進めた3番人気。このレースを動かしたのも、間違いなく彼女でした」
映像。
バックストレッチで一気に位置を押し上げるアストンマーチャン。
「アレでアタシも動かされたわ」
ダイワスカーレットが頷く。
「俺も」
ウオッカも続けた。
「非常に圧力の強い進出でした」
セミラミスの評価は、いつも通り淡々としている。
「ピッチ走法から来る加速性能は、当時最も完成度が高かったと思います」
客席の空気が少し変わる。
ドリームジャーニーはそこで、口を三日月型に吊り上げてにやりと笑った。
「──というわけでですね。今日は、一人足りませんよね?」
一瞬の間。
舞台袖から制服姿の一人のウマ娘が姿を見せた。
栗毛。
柔らかな笑顔。
以前より細くなった脚。
だが確かに、そこに居た。
「お久しぶりなのです」
アストンマーチャンが大きく手を振った瞬間、会場が爆発した。
歓声。
拍手。
泣き声混じりのどよめき。
「えっ!? マーチャン!?」
真っ先に立ち上がったのはウオッカだった。
「聞いてないんだけど!?」
「アタシもよ!?」
ダイワスカーレットも目を見開く。
黒子が椅子を追加で運び込む横で、アストンマーチャンは悪戯っぽく笑った。
「いやー、サプライズ成功なのです。覚えていて、くださいましたか? みんなのラブリーマスコット、アストンマーチャンです」
会場から笑いと拍手。
その中で、セミラミスだけは数秒、言葉を失っていた。
「……マーチャン」
「セミラミスも、お久しぶりなのです」
軽い調子で返される。
セミラミスの視線が一瞬だけ、自身の襷へ落ちた。
勝負服の白襷の結び目に留められた小さなブローチ。
アストンマーチャンから託されたもの。
英国の三連戦も。
スプリンターズステークス連覇も。
共に走った証。
だが次の瞬間、ウオッカが雑に肩を叩いた。
「固まってんじゃねーよ!」
「……いえ」
セミラミスがわずかに目を伏せる。
「お久しぶりです」
「だから硬いってば!」
会場爆笑。
アストンマーチャンは椅子へ腰掛けると、改めて観客席へ向き直った。
「えーっとですね。今月末から、復学することになりましたのです」
一瞬静まり返った会場。
次の瞬間、割れんばかりの拍手が響き渡った。
講堂、キャットウォーク。
薄暗い鉄骨の通路の上で、クイーンスプマンテは手すりに身を乗り出すようにしてステージを見下ろしていた。
「……よかったぁ……」
漏れた声は、拍手にかき消されそうなほど小さい。
眼下では、壇上のアストンマーチャンが照れ臭そうに笑いながら手を振っている。以前より細くなった身体。それでも、間違いなくいつものマーチャンだった。
隣ではスクリーンヒーローが静かに拍手していた。派手に騒ぎはしない。ただ、その表情はどこか柔らかい。
「戻ってくるんだね」
「うん……うんっ」
クイーンスプマンテが何度も頷く。
「もう、学園にも来れないのかと思ってたぁ……」
春先。最近見ないと思っていたところの突然の引退報告。
だからこそ今、ああして笑っている姿が信じられなかった。
その時、ステージ上でウオッカが何かを言い、会場がどっと笑いに包まれる。
つられるようにクイーンスプマンテも吹き出した。
「ほんと、あのクラス変わんないねぇ」
スクリーンヒーローは小さく目を細め、手元のプログラムに目を落とす。
「……この空気で、アイスブレイクのクイズやって秋天の話もするのかぁ……」